舞子と鳴海 ②
鳴海は、舞子の静かな視線に、すべてを話す覚悟を決めた。
「私たちは、羽田の血を引く者として、この地の霊的な均衡を保つ義務があると考えています。そして、長年この地を蝕んできた負の連鎖の根源は、貞子さんの怨念だけではなく、それを呼び覚まし、操ろうとする黒い影にあると確信していました。」
鳴海は、痛む足に力を込め、身を乗り出すように続けた。
「あの黒い影は、単なる怨念の集合体ではないんです。それは、遥か昔からこの地に存在し、人々の負の感情を糧に力を増してきた、海門のさらに奥深くに潜む存在…言わば、この世と常世の境界を曖昧にする、歪んだ門そのものだと。」
舞子の脳裏に、以前鳴海が「海門」が境界を指す可能性に気づいたと話していたことが蘇った。
「貞子さんの抜け殻は、たしかに消滅しました。しかし、その抜け殻を介して黒い影の力が顕在化し、この世界に干渉しようとしていた。私たちは、その黒い影を完全に封じるためには、一時的にでもその力を引き出し、制御する必要があると考えたんです。奈緒は、その影の残滓に強く共鳴する性質を持っていました。だから…奈緒を媒体として、その力を引き出し、完全に浄化しようと…」
鳴海の言葉は、舞子の胸に重く響いた。奈緒への共感が、結果として彼女を危険に晒したのだ。
「私たちは、奈緒がそこまで深く侵食されるとは考えていませんでした。計画は、あまりにも甘かった。そして、雫さんは…私たちよりも早く、黒い影の真の危険性を察知していました。彼女は、奈緒を解放した後も、その影の残滓が完全に消滅していないことを感じ取り、単独で追跡していたんです。」
鳴海は、苦しげに顔を歪めた。
「奈緒が再び姿を消したのは、おそらく黒い影が、一度は手に入れかけた奈緒の力を、再び我が物にしようと接触してきたからでしょう。そして雫さんは、それを阻止しようと、奈緒の後を追ったのだと思います。連絡が取れないということは…彼女もまた、その影の渦中にいる可能性が高い。」
鳴海の告白は、舞子にとって衝撃的なものだった。貞子の抜け殻の消滅は、物語の終わりではなかった。それは、より深く、より危険な存在である黒い影との新たな戦いの始まりだったのだ。
「舞子さん…どうか、私たちに力を貸してください。奈緒を救い、そして、この黒い影を完全に封じるために…私たちだけでは、もうどうすることもできません。」
鳴海の懇願に、舞子は静かに目を閉じた。彼女の心の中では、貞子との約束、そして羽田の血に流れる巫女の使命感が、強く燃え上がっていた。