3. めんどうくさい事情
「何があったの?」
セレスティナがアベルに問いかけた。
「お前に客が来た。」
「客?」
「ああ、貴族の客だ。」
「依頼人?」
「いーや、違う。先代の公爵様だよ。」
そう言ってアベルはにやりと笑う。
「先代?今代のじゃなくて?」
セレスティナは訝しげに眉を寄せた。
「ああ。なんとも愉快なことになってるみたいだぜ?」
アベルの話によると、セレスティナの誘拐を今代公爵夫妻は知らないらしい。そんなわけあるかと言いたくなるが、取り敢えずアベルの話を聞くことにする。
グーテンベルク公爵家は、銀髪蒼眼、とくに銀髪を重要視している。蒼眼の者より銀髪の者の方が少ないからだそうだ。先代が公爵のとき、正妻の夫人から蒼眼の男子が生まれた。周囲は銀髪ではないことを残念がりながらも、正当な後継者として彼を認めていたという。
しかし、後継者を指名する段階になって、先代公爵がある少年を連れてきた。彼は蒼眼ではなかったが、銀髪だった。先代公爵は、彼を自分の息子だといい、公爵位は銀髪の彼に継がせると言った。
それに強く反発したのは、公爵夫人だった。夫人としては、納得できる訳が無い。しかも夫人は、四大公爵家のうちの一つ、ギルモア公爵家の分家の出であったため、ギルモア公爵家からも抗議があり、本家と分家まじえて行われた後継者選定会議は紛糾した。
夫人に同情した一部の女性と、ギルモア公爵家との関係を気にした一部の分家たちは、夫人と共に蒼眼の息子を推したようだが、結局大多数が銀髪の息子を支持し、銀髪の息子が次期公爵となった。
しかしその後、ギルモア公爵家からの圧力を危険視した分家の過激派が暴走し、蒼眼の息子を毒殺してしまう。
毒殺事件は、国の騎士団によって捜査が行われるも、実行犯であった使用人の証拠しか見つからず、使用人は処刑、使用人の主であった過激派分家の当主は当主を退き、蟄居するという甘い沙汰となった。
この事件の後、 グーテンベルク公爵家とギルモア公爵家との間に走った亀裂は決定的となり、交流は断絶した。他の二つの公爵家は、ただ静観していたという。
で、これらを前提に、わたしの誘拐事件が起きた。黒幕は先代公爵夫人。銀髪のわたしが当主になるのが気に入らなかったんだと。現公爵夫人がわたしを産んだ後、子を産めなくなったと知って、わたしがいなくなれば…と思ったらしい。
先代公爵は、誘拐事件後にそれらを知り、取り敢えずわたしは先代公爵が預かったということにし、後、病死ということにしようと先代夫人を説得したらしい。
わたしを誘拐した後先代公爵夫人は、分家の中から蒼眼の男子を見つけ、預かっているわたしが病弱で頼りないからという理由で、その男子を養子にするよう現公爵夫妻に強く要請したという。
また、現公爵夫人は娘が欲しかったのか、没落した男爵家の子を養子に迎えている。
そして今年になって先代公爵夫人が亡くなったため、先代公爵は銀髪蒼眼のわたしを後継者にしようと迎えに来た、という。
「って、こんなかんじらしーぞ。ぐっちゃぐちゃ過ぎて笑えるよな。まあ、お疲れ様。」
アベルに同情を込めた目で見つめられ、頭をぐしゃっとなでられる。
「ご感想は?」
「正直巻き込まないで欲しい…。髪とか目とか、どーでもいい…。わたしが家に戻ったらさらに泥沼化……。」
「まあ、ギルド長としては、セレスティナに頑張ってなんとかしてほしいが。公爵家のゴタゴタは王国にとって良くないからな。でも髪と目がどーでもいいは言い過ぎじゃないか?」
アベルは苦笑いしながら言った。
「まあそーかも。血統は大事だよね。髪と目とかの色というより、顔の綺麗さという観点で。」
わたしの言葉に、アベルがひどく驚いて叫ぶ。
「な、お前、メンクイだったのか!?」
「うーん、わたしが、というよりほら、王子の妃とか面倒くさい役、王子の顔がブサイクだったら誰もやりたがらないでしょ。そうなったら良くない。」
そう真顔で言うと、アベルは思いっきり吹き出して笑う。
「く、はは、お前はそういう奴だよな、ははは。」
「わたし、真剣に話してるんだけど。」
「悪い悪い。じゃ、お詫びにこれ。」
そういって渡されたのは、二本のダガー。
「これ…アベルの?」
「ああ、俺もお前も小柄で、殺り方似てるし、ちょうどいいだろ?」
「うん、ありがと。大事にする。」
もらったダガーを懐にしまうと、そこが少しあたたかくなった気がした。
「よし、じゃあお客様んとこ行くか。」
「うん」