2. セレスティナの過去
セレスティナとボスが出会ったのは今から7年ほど前のことだった。裏の規則を破った人身売買組織一味を、当時暗殺者として活動していたボスが一網打尽にしたそのとき、馬車の扉のほんの少しの隙間から覗く、蒼いまん丸の瞳と目が合った。
(仕事を見られた。)
普段しないミスに思わずチッと舌打ちをし、馬車へと向かう。
(誘拐されたどこかのお嬢様か? 可哀想だが、仕事を見られた以上始末しなきゃなんねえ。面倒ごとになんなきゃいいが…。)
馬車の扉を開けると、そこに居たのは、銀髪の幼い少女。
(うわっ!シルバーブロンド!?やべー、公爵家じゃねーか…。しかも蒼眼かよ。)
銀髪—貴族たちはシルバーブロンドと呼んでいる—は四大公爵家の一角、グーテンベルク公爵家の代名詞のようなものだった。グーテンベルク家は、代々銀髪蒼眼、少なくとも銀髪の者にしか家を継がせないことで有名であった。
(つまり、こいつがグーテンベルク家の正当な後継者ってことか。はあー、なんでこんなとこ居やがんだよ。しかも、今んとこ子供はこいつ一人だけだったか。さすがに殺したらまずいよな?少し気絶させれば、子供の記憶ぐらい飛ぶか?)
思いもよらない事態に、必死で対処を考えていると、ふと前から強い視線を感じた。顔を上げると、少女が当時少年であったボスを、見透かすような瞳で見つめていた。少女に震えている様子はない。血塗れの自分を見ても怖がらない様子をボスが不思議に思っていると、少女が口を開いた。
「わたしは、セレスティナ。セレスティナ・グーテンベルク。おまえは、わたしをころすの?」
口調は幼いものだったが、表情、雰囲気には大人と同等、いや、それ以上の威厳が込められていた。
(こいつ…気に入った。公爵家が探しに来るまで、俺がもらおう。)
セレスティナに思わず魅せられた少年は、そう決意して、手を差し出した。
「俺は、アベル。闇ギルドのボスになる男だ。俺と来るか?」
セレスティナは、躊躇いもせず、差し出された彼の手を取ったのだった。