プロローグ: 闘志の力
20年もの時が流れ、戦争の終結と共に世界は変わった。しかし、目の前の現実は変わらず、あの日の傷跡は深く残っている。街は廃墟のように崩れ、心も体もぼろぼろ。生きるために力を求め、私たちは過去を捨て、未来を模索している。そんな世界で、私はただ一つの力を信じていた。それは、戦うことで得られる力―闘志の力だった。
そして今日も、私はその力を試すため、街を歩きながら戦いの舞台に向かう。過去の記憶が曖昧で、自分の名前すら覚えていないけれど、それでも進むしかない。この混沌とした世界で、強くなければ生き残れないのだ。
戦争が終わってから二十年。俺は、その終戦から数年後に生まれた。だが、俺の国が抱える傷跡は、想像を超えて深かった。戦争は確かに終わったが、その代償はあまりにも大きかった。街々は廃墟となり、心も物理的にも、傷を抱えたままで。俺の国は、なんとか立ち直ろうとしていたが、人類全体がまだ、廃墟の中に立っているような状態だった。
俺が生まれた頃には、すでに何もかもが変わり果てていた。ああ、そうだ、俺の名前はハルトだ。ストリートファイターだと自分では言っているけれど、それが何か特別なことかと言われれば、多分がっかりされるだろうな。名前すら覚えていないし、それがどうでもいいと思っている。今の世界では、みんな力を欲している。金持ちが貧乏人を踏みにじり、その力をふるう。戦争前も、たぶん似たようなものだったんだろう。ただ、今ではその差がもっとはっきりと見えるようになっただけだ。
そんなことを考えながら目を覚ますと、耳元でひときわ大きな音が鳴り響いた。それは、まるで金属を叩くハンマーのように耳を突き刺す。ああ、クソ。目覚まし時計だ。ベッドから飛び起きると、シーツが足に絡まり、身動きが取れない。部屋は狭くて、古びたマットレスがかろうじて収まるくらい。それに、枕もこの部屋の空気と同じくらい疲れ果てていた。汚れて、荒れ果てて、壊れやすい—まさに俺の人生そのものだ。
時計を見ると、クソ、また遅刻だ。もう言い訳なんて通じない。手の届く服を適当に引っかけて、部屋を飛び出す。ドアに鍵をかける意味なんてない。誰が何を盗むっていうんだ?俺の命か?それだって価値があるなんて思ったことがない。
学校はほんの数ブロック先だ。走っていけば、なんとか間に合うだろう…と思いながら、さらに足を速める。しかし、突然、何者かに路地に引き込まれた。
一瞬で全身が固まった。これはまずい。ハルトは何も考えずに、この瞬間、数人の敵を作ったことを理解した。今、俺がすべきことは、こいつと戦うことだ。授業に遅れるだけでなく、この男と戦って時間を無駄にしているという事実を悟ったからだ。引きずり込んだその男は、俺よりもずっと大きく、筋肉で固められた塊のような男だった。
“ふん、こんな奴とやる価値があるのか?”俺は少しだけ、冷ややかな笑みを浮かべながらその男を見つめた。
「お前、あの友達がボコボコにされるのを見てただけの野次馬か?」と、少し皮肉を込めて言うと、男は吐き捨てるように唾を吐いて、俺をじろじろと見ながら言った。「あんた、たいしたことなさそうだな。やる気ないなら、やめとけ。」
俺の目が彼の目を捉えると、その瞬間、周囲の時間が止まったように感じた。何も言う必要はない。目の前の男が伝えるべきことは、俺の目線一つで十分だった。
男が勢いよく拳を振り下ろしてきた。しかし、そのパンチはまるで素人のようで、俺は軽々と避けた。そして、すぐに間合いを詰め、男の腹に一撃を食らわせた。男はその一撃を受け止め、何ともないかのように反応した。運が悪い。
だが、その瞬間、男が体をひねり、拳を俺の頭に向かって振り下ろしてきた。俺は両手でそのパンチを受け止めたが、その衝撃が腕を震わせる。
「クソ、もう勘弁してくれ。」俺は息を吐きながら呟く。
次の瞬間、俺は膝を男の股間に思いっきり突き刺した。それは正しい戦い方ではなかったが、今はそんなことに構っていられなかった。
男はうめき声を上げながら地面に崩れ落ち、両手で股間を抑えた。俺はその勝利にさほど感慨はなかった。遅刻したし、無駄な時間を過ごすつもりもなかった。
「また一日、また一歩前進だな。」そう言いながら、男を見向きもせずに歩き去った。
その時、何かが目に入った。
小さな光だ。それは大したことはないと思ったが、少なくとも立ち止まって考える価値はあった。ひょっとしたら、これを質屋に持っていけば、少しは金になるかもしれない。
俺はその光が差し込む古びた廃墟に近づいた。まるで、核戦争の後の世界みたいな景色だった。これに驚くことはなかった。この街は他のロシアの地域よりもずっと発展していなかったから、こうなるのは予想の範囲内だった。
空気は、埃と灰で充満していた。腐敗の臭いが立ち込め、瓦礫が積み重なり、金属の破片や木片、ガラスの破片が至る所に散らばっていた。まるで爆撃を受けた廃墟のようで、ここに残されたのは、もう癒し方を忘れた世界の墓標のようだった。
俺はその瓦礫の中で、何か使えそうなものがないかと目を凝らしていた。学校の遅れを取り戻すことや、家賃をあと数ヶ月待ってもらうことを考えるべきだったが、この光が、どうしても気になって仕方なかった。
俺の指が何か固いものに触れた。それは、他のゴミのように崩れたり壊れたりしていなかった。
それは、古びたボクシンググローブだった。
俺は少し立ち止まって、それをじっと見つめた。それは、擦り切れ、ぼろぼろになっていて、昔見たことがあるものだと思った。グローブをひっくり返してみると、縫い目の内側に何か奇妙な文字が書かれていた。その文字が、うっすらと見えた。
「ムハマド・アリ。」
「はっ!こんなの、どうせ偽物だろ…いや、そうでもないか。」
なぜか、俺はそのグローブを手に取らずにはいられなかった。その名前の重み、そして昔聞いたことがある話がどこか頭に浮かぶ。
無意識に、グローブを手にし、手を突っ込むと、その瞬間、体中に電流が走るような衝撃が走った。
最初、何も感じなかった。ただグローブを握りしめて立っていただけだった。しかし、その時、腕に不思議な感覚が広がり始めた。それは物理的なものではなく、精神的な、何か生きているような感覚だった。
目を閉じて、その不思議な感覚を振り払おうとする。しかし、再び、その感覚が強く襲ってきた。今度は、まるで他人の記憶が一気に押し寄せてくるような感じだった。
フラッシュバック。
ある男。黒い肌、拳を握り締め、リングに立ち向かう。その男はただの人ではなかった。その名は、ムハマド・アリ。
そして、俺の内側に何かが…変わり始めた。
走っているうちに、周りの世界が静まり返った。すべてが落ち着き、一瞬の平穏が訪れた。
でも、私はまだ授業に遅れていた。