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第60章:ヘヨン

ぼんやりとした光が、紙窓越しに差し込む。

私は、重たい瞼をゆっくりと開けた。

視界がまだはっきりしない。

身体を起こそうとした瞬間——

ズキンッ!

鋭い痛みが頭を貫いた。

「——動くな。」

低く、落ち着いた声がした。

——この声。

私は、僅かに身をこわばらせた。

——これは、誰の声?

マンチュン? それとも……テウォン?

どちらの声なのか、すぐに判断がつかない。

もともと似ている二人の声。

混濁する意識の中で、私は一瞬、恐怖を覚えた。

だが——

記憶が、鮮明に蘇る。

——テウォンの目。

——あの時、私が髪飾りを突き立てた瞬間の、彼の表情。

——飛び散る鮮血。

私の手を染めた温もり。

——鼓動が、早鐘のように打ち鳴らされる。

——私は、人を殺した。

目に涙が溜まる。

——その時。

「……終わったんだ。」

——ああ、この声は。

——間違いない。

次の瞬間、強く、優しく、守るように——

私の身体を抱きしめる腕があった。

——これは、夢じゃない。

私は、その腕にしがみつく。

まるで、現実が幻となって消えてしまうのではないかという恐怖に駆られるように。

「……どうして?」

「……どうして、私は生きているの?」

「……あの毒に、解毒薬なんてなかったはず……。」

震える声で、問う。

「——それは、トリカブトじゃなかったからだ。」

「……え?」

私は、理解が追いつかず、呆然と彼を見つめた。

「どういうこと……?」

「お前が毒を手に入れた時点で、それはすり替えられていたんだ。」

「——テウォンが、お前が本当に毒を持っていると疑わなかったとでも思うか?」

「お前の持ち物は、徹底的に調べられた。見つかった毒は、すべて麻酔薬に差し替えられていた。」

私は、彼の言葉を飲み込めなかった。

「……じゃあ……」

「じゃあ……私は……」

「テウォンを、毒殺したわけじゃない……?」

——私の手で。

——毒で、死んだのではない?

……では、あの時、私は——。

その事実が、何よりも重く、胸を圧迫するようだった。

——マンチュンは何も答えなかった。

どんな答えを返したところで、正解などないのだから。

私は、まばたきをしながら彼の方へ顔を向けた。まだぼんやりとしか見えないが、少しずつ彼の輪郭がはっきりしていく。

「……あなたは?」

「傷は……?」

そう口にした瞬間、目覚めたときから喉に詰まっていた嗚咽が抑えられなくなり、私は彼にすがりついたまま、声を上げて泣いた。

「大丈夫だ。」

彼の声は穏やかだった。

「君が間に合ったんだ。……命を救ってくれた。」

——命には命を。

そう思ったところで、何の慰めにもならなかった。

「もし……もし、テウォンを殺していなかったら、俺は縄を解かれる前に死んでいただろう。」

「ごめんなさい……」

私は彼の温もりの中に顔を埋めた。

「……ごめんなさい……」

「あなたを理解できなくて……」

「あなたを……認められなくて……」

「……千の中からでも、きっと見分けられるって思ってたのに……私は……」

私は、彼を見誤った。

私は、見た目に惑わされた。

私は——

彼は少しだけ身体を離し、私の頬にそっと手を添えた。

——その瞳が、私の視界に映る。

金色の光が散る、その瞳が。

「……私は、なんて愚かだったの……。」

「どうして、こんな簡単なことに気づけなかったの……。」

私は最後まで言い切ることができなかった。

——なぜなら、彼がその唇を私の上に落としたから。

その口づけは、柔らかく、優しく、そして何より——

私の罪を、すべて許すものだった。

私は、彼の腕にしがみつく。

絶対に、もう離れたくない。

自ら、彼を求めて口づけを深めた。

切実に、貪るように——まるでこれが、私の生存の証であるかのように。

初めて、私はこの感情に触れることを許された。

初めて、私はこの温もりを必要としていることを認めた。

——マンチュンがいてくれるから。

彼の愛が、私を支えてくれるから。

彼はそっと口づけを解き、額を私の額に重ねる。

「……俺の方こそ、謝らなければならない。」

「最初から君を信じるべきだった。」

「でも——」

「俺は……君がボクドクの生存を知れば、どんな変化が生じるのか怖かった。」

「君の怒りが、大莫離支に向けられるかもしれないし……あるいは、君の身元が危険に晒されるかもしれない。」

「だから、俺は……」

「君に憎まれることを選んだ。」

「たとえ、それがどんなに……」

「どんなに、耐え難いことだったとしても。」

私は彼を見つめた。

——知っていた。

——本当は、私も最初から気づいていたのだ。

「……でも、今は……」

彼は微笑みながら、私の髪を優しく撫でた。

「過去じゃなくて、今が大事なんだ。」

——違う。

「……違う。」

私は彼の言葉を遮った。

「今だけじゃない。これからもよ。」

彼の目が揺らぐ。

その腕が、微かに震えた。

そして——

再び、彼は私を強く抱き寄せ、もう一度、深く口づけた。

——この人だ。

——最初から、ずっとこの人だった。

——これから何が待ち受けようとも、私は彼と共にいる。

どんな未来が来ようとも——

どんな困難に直面しようとも——

この腕の中にいる限り、私はすべてに立ち向かうことができる。

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