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第50章:マンチュン

「本当に、お見送りをしなくていいのですか?」

スジンが、何度目かの問いを投げる。

私は、北門の屋根を支える柱にもたれかかりながら、黙ってその言葉を無視した。

下を見ると、駕籠が一台、出発の時を待っている。

ヘヨンを乗せて。

「……何の意味がある?」

結局、私はぼそりと答えた。

「意味はあるでしょう。」

スジンは食い下がる。

「彼女は倭へ向かうのですよ。一度行けば、二度と戻れない。」

——知っている。

そんなことは、言われなくても。

それなのに、なぜ彼は、わざわざ口にする?

「せめて、彼女に説明を——」

「離縁状が、俺の伝えるべきすべてだ。」

それで十分だ。

彼女がここを離れ、すべてが終わったあとで、理解すればいい。

「それなら、なぜここに隠れているのです?」

スジンの言葉に、私は目を伏せた。

黙っていれば、彼も余計なことは言わなくなると思っていた。

——だが、彼は違った。

むしろ、私の沈黙が、彼にさらなる勇気を与えたかのように。

「まさか……」

スジンは、呆れたような笑みを浮かべる。

「俺は思いもしませんでしたよ。あの楊万春ヤン・マンチュンが——高句麗でただ一人、大莫離支テムジンに抗うことができる男が——」

「……」

「己の感情を恐れるとは。」

——それ以上、言うな。

「今すぐ口を閉じろ。」

私は低く警告する。

「さもなければ、お前は後悔することになる。」

愛など——俺たちには許されない。

俺たちのような人間には。

「国がすべてだ。」

私はそう呟いた。

それが、唯一の真実だと自分に言い聞かせながら。

「……もし本当にそう思うのなら。」

スジンの目が冷える。

「彼女と、その兄を殺すべきでしたね。」

——その瞬間、私は彼の首を掴んでいた。

「……もう一度言ってみろ。」

彼は苦しげな息をつきながらも、冷静さを失わず、なおも言葉を絞り出した。

「王位継承者を擁立するにせよ、あるいは姫を担ぎ上げるにせよ、それは諸氏族を分裂させ、国を内乱へと導くことになります。そしてあなたもご存知のはずです。我々の隣国は、内乱が起これば、すぐさま攻め込んでくるということを。王子であれ、彼女であれ、その存在そのものが、この国を滅ぼす可能性を孕んでいるのです。」

私は苛立ちとともに彼の襟を掴む手を離し、その勢いで彼を後ろへと押しやった。

スジンは抵抗することなく、膝をつく。

「……私は分を弁えぬ発言をしました。」

彼は淡々と続ける。

「そのことは承知しています。私は死に値する。どのような罰でも、お受けします。」

私は深くため息をついた。

疲れていた。

彼の言うことは、正しい。

——それは、私自身が一番よく分かっている。

この三年間、絶え間なく続いた包囲戦が、私の決断を鈍らせていたわけではない。

私が即座にボクドクを王位に就けなかった理由は、まさにスジンの言う「混乱」のせいだった。

そして、それは王子自身の存在によるものでもある——。

「……消えろ。」

短く言い放つ。

「静かに夜明けを楽しませろ。」

スジンは、思いがけず罰を受けずに済んだことに驚いたのか、私をじっと見つめたまま動かない。

その視線を煩わしく思い、私は手を振って彼を追い払った。

ようやく彼は立ち上がり、その場を去っていく。

そして——

彼が去った直後、ヘヨンが現れた。

——息が詰まる。

呼吸が止まったかのように、胸が締めつけられる。

それでも、私は動かない。

駆け下りて、彼女を抱きしめるわけにはいかない。

たとえ、それが最後の機会だったとしても。

「本当に国がすべてなら、彼女とその兄を斬るべきだった。」

スジンの言葉が耳の奥にこだまする。

私は、ただ——

何もできずに、彼女を見送ることしかできなかった。

彼女は駕籠へと向かう。

しかし、乗り込む前に、彼女は立ち止まった。

あたりを見渡す。

まるで何かを、誰かを探しているように。

私は後ずさりし、夜明けの影に紛れた。

彼女はしばらくそこに立ち尽くしていたが、やがて護衛の一人が促すと、静かに頷いた。

最後にもう一度だけ、砦を振り返り——

そして、駕籠へと乗り込む。

その瞬間、車輪が軋み、駕籠が動き出す。

城門が開く。

数秒後には——

彼女は、消えてしまう。

永遠に。

彼女はもう戻らない。

ここ安市へも、高句麗へも。

スジンの言葉は、すべて真実だった。

彼女とボクドクは、この地を離れるべきだった。

彼らが生き残るために。

それが、国のためになるから。

それが——最も理に適った選択だから。

だが。

——どうして、こんなにも痛むのか。

胸が、締めつけられる。

彼女が消えていく光景を見つめながら、私はただ、その苦しみに耐えていた——。

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