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第46章:ヘヨン

宴の間に戻ると、真っ先に目に入ったのは——

マンチュンの視線だった。

扉をくぐる私を、彼は何を思うでもなく見つめる。

しかし、その目がわずかに揺れた瞬間、奇妙な感覚が胸をかすめた。

彼はすぐに目を逸らしたが、私の中には、不可思議な感情が残る。

言葉を交わすことなく、それでも互いに全てを理解し合ったかのような——

不可視の糸が、ふと絡み合ったような錯覚。

そして、それは妙に懐かしく、心の奥でほのかに温かかった。

大窓の扉は、いつの間にかしっかりと閉ざされていた。

部屋の中央には、ヨン・ゲソムンの姿。

しかし彼は、上座には座らず、壇の前に立ち、両手を背中に組んだまま、ただ静かに佇んでいた。

視線はどこにも向けられず、誰にも触れず——まるで、そこに在りながら、この場には存在していないかのように。

その傍らには、彼の護衛が控えている。

私は無言で元の座に戻る。

すると、ゲソムンが大きく片手を振った。

部屋に控えていた侍女たちが、彼の合図に即座に動き出す。

「まだ処理すべき事案が山積みだ。」

彼は淡々と告げる。

「残念だが、宴に付き合う時間はない。」

私たちは一斉に立ち上がり、恭しく礼をとる。

彼は一瞥もくれず、そのまま部屋を後にした。

護衛を従え、ただ、迷いなく——。

彼の護衛の者たちはすでに出発の準備ができていたのだろう。大莫離支の姿が消えた瞬間、彼らは一斉に動き出した。

私はゆっくりと身を起こし、マンチュンへと視線を向ける。

再び、私たちの目が交わる。

彼の瞳に宿るのは、いつもの冷ややかで警戒に満ちた色ではない。そこに、微かではあるが確かな"理解"を見た気がした。

彼は控えめに微笑み——私はそれに、思わず応えてしまう。

喉を鳴らしながら、胸の奥でまたあの感覚が膨らんでいくのを感じた。

——まるで私たちは、どうしようもなく"繋がっている"のだと。

たとえ望もうが望むまいが——

今日、彼を突き出すことなく守った瞬間から、私は"選んでしまった"のだ。

そして、それはもう取り消せない。

嘘も、疑念も、敵意も——

今この瞬間、全てが跡形もなく消え去ったかのようだった。

私たちの間に横たわる対立すら、もはや何の意味も持たないように思えた。

大莫離支は、自らの手で一つの"答え"を私に示した。

皮肉なことに、彼の執拗な攻撃性は、私が抱いていた疑念を吹き飛ばし、決定的な確信を与えてくれたのだ。

——この男とは決して手を組めない、と。

たとえ共通の敵を滅ぼすためだとしても。

"敵"——

では、マンチュンもまだ"敵"なのだろうか?

桜を眺めたあの日から、ずっと絡まり続けていた何かが、ようやく正しい形に収まったような気がする。

——もしかすると、この男は、私が思っていた人物とは違うのかもしれない。

`外の喧騒が静まり返ったその時、マンチュンは侍女たちに向かって手を軽く上げた。

「もういい。我々も出る。」

数瞬後——

宿の玄関を出た私たちを迎えたのは、慌ただしく駆け寄るスジンだった。

「大莫離支が、護衛をつけていきました。」

確かに、遠くには数名の騎馬兵が待機していた。

戦馬にまたがり、鎧をまとった彼らの姿が、無言の圧を帯びている。

マンチュンは露骨に不快げな表情を浮かべ、傍らの副官が投げた無言の問いに、わずかに首を横に振る。

そして、私が輿に乗り込むと——

彼は馬を捨て、私と共に輿へ乗り込んだ。

驚いた私は、思わず尋ねる。

「何を考えていたの?」

彼の苛立ちが、護衛をつけられたこと自体ではなく、そのせいで計画が狂ったことにあるのは分かっている。

「もうどうでもいい。」

彼の答えは、いつものように素っ気ない。

だが——

その声の響きが、なぜか無性に懐かしくて、胸の奥を微かに震わせた。

目を見開き、彼をじっと見つめる——

だがその"錯覚"は、完全に形を成す前に、儚く消えてしまう。

「……お前は俺を憎んでいると思っていた。」

彼はまっすぐに私の目を覗き込む。

「それなのに——」

「他人の手を借りて俺を消す機会があったのに、それを見送った。」

初めて——

私たちは本当に"対話"をしている気がした。

偽りも、駆け引きもない、純粋な言葉のやり取りを——。

「もしかして……」

彼は私にわずかに身を寄せながら、低く問う。

「お前の俺への見方は、変わったのか?」

冷たさの下に、隠された一抹の期待。

彼の瞳に宿る金の光が揺らめき、私の返事を求めるように見つめてくる。

——まるで、それが彼にとって"世界で最も大切なこと"であるかのように。

だが、私は何も答えられない。

すると、彼の指が静かに持ち上がり——

私の頬に、そっと触れた。

その微かな感触が、あまりに儚く、壊れやすく思えて——

私は、どうすることもできなかった。

彼の視線が私を貪るように捕らえ、何かしらの反応を待ち構えている。

しかし、私は沈黙を守り、そのまま彼を見つめ返した。

今日という一日で、彼に対する憎しみはすっかり消えてしまった。

——たった数言。

それだけで、大莫離支は私の中の"偽りの確信"を、すべて打ち砕いたのだ。

そう、私はもう認めざるを得ない。

——彼に対する見方が、変わってしまったことを。

だが、それだけではない。

本当のことを言えば——

"彼"という存在そのものが、私の中で"違うもの"になりつつある。

私は口を開き、何かを言おうとした。

けれど、その瞬間——

彼が私に顔を寄せ、唇が重なった。

それは、かすかに触れるだけの、儚く繊細な口づけ。

まるで、先ほどの問いをもう一度、沈黙のうちに繰り返すかのような。

私は……彼を拒まなかった。

むしろ——

思わず目を閉じ、その感触に身を委ねてしまう。

抗えないほど強く惹かれて。

まるで炎に魅せられ、焼き尽くされる蝶のように——。

そして、最初はかすかな触れ合いだったはずのそれが、いつしか切迫した求めへと変わっていった。

彼の手が頬をなぞり、やがて首筋へと滑り込む。

指が私を引き寄せると、私はその腕の中に沈み込んだ。

世界が止まり、私のすべてが彼の熱に包まれる。

心地よく、抗いがたく、身を焦がすほどの温もりに。

だが——

その刹那、胸を締めつけるような郷愁が私を襲った。

——まるで、時間が巻き戻り、"別の誰か"の腕の中にいるかのような錯覚。

「春を待ち、桜を愛でること。」

その考えが一瞬でも脳裏をかすめた瞬間、私ははっとして現実に引き戻された。

衝動的に彼の唇を振り払い、乱暴に突き放す。

「……姫……」

彼がそう呟く声が、耳に届いた。

その呼びかけ方——

その声の調子が——

私は震えを抑えられなかった。

……いや、違う。そんなはずはない。

彼が"あの人"であるはずがない。

私が、そんな"間違い"を犯すはずが——ない。

「勘違いしないでください。」

私は自分でも驚くほど冷たい声で言った。

「何も変わってなどいません。」

それは、"嘘"だった。

でも、自分の気持ちが怖くて——

私は"偽り"にすがるしかなかった。

「今日あなたを助けたのは、ただ、それが"私にとって"都合が良かったからです。」

「……姫……」

彼はもう一度、手を伸ばそうとした。

けれど、私はそれを振り払うように、そっと身を引いた。

「——馬に乗ってください。」

彼の動きが止まる。

一瞬の沈黙のあと、彼はわずかに肩を強張らせ、落胆を滲ませた笑みを浮かべた。

そして、静かに拳を握ると——

ゴンッ

硬い木の壁を叩く音が響く。

馬車が止まり、彼は迷うことなく外へと降りていった。

私は彼の背中を見送ることすらできず——

ただ、唇に残る"彼の温もり"を噛み締めることしかできなかった。

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