第42章 ヘヨン
ようやく、一人になった。
窓越しに差し込む夕陽が、障子紙を淡く照らしている。
私は、静かに机へと向かい——
袖に隠していた地図を、そっと取り出した。
私は地図を広げ、改めてじっくりと目を走らせた。
赤い墨で描かれた謎の四角形は、確かに私たちが滞在した寺院の近くにある。
私は指先でその距離をなぞるように触れながら、山々と川の線を辿り、マンチュンが私を花見へ連れて行った場所 を特定しようと試みる。
だが、どうしても思い出せない。
——あの日、私は行き先よりも別のことに気を取られていた。
それに、輿の簾が下ろされていたせいで、景色さえまともに見えていなかった。
私は、城塞とその赤い印の距離を、寺院へ向かった時の道程と比較して推測することしかできない。
だが、それはあまりにも曖昧で不確かな計算だった。
実際の地形を知らなければ、移動時間が同じとは限らないのだから——
私は、地図をじっと見つめる。
目の前の答えに、手が届きそうで届かない。
この地図には、マンチュンの秘密が隠されている。
それは間違いない。
なのに——
どうして私は、今さらこんなにも迷っているのだろう?
私は目を閉じ、息を吐いた。
思考と感情を整理するために。
——またしても、「夫」に助けられてしまった。
彼はすでに知っていたはずだ。
火を放ったのが私であり、この地図を盗んだのも私であることを。
それでもなお、大広間で私が糾弾された時、彼は迷うことなく私を庇った。
そのたびに、私の中の「彼に対する確信」は揺らぐ。
——それに、あの日以来。
竹笠を被ったあの青年を見かけた日以来、私はずっと違和感を抱えている。
(……誰でもない、ただの旅人だったかもしれないじゃないか)
私は自分にそう言い聞かせる。
だが、それでも——
「マンチュンへの疑念」という種が、その日、私の心に植え付けられたことは間違いない。
私は静かに目を開き、袖で地図の紙をなでた。
……今のところ、すべてはただの憶測にすぎない。
何も確証がないうちは、この地図はただの無用な手がかりであり、マンチュンは依然として"怪物"のままだ。
もしスジンが介入しなければ、私は間違いなくあの寺に送り返されていた。
そうなれば、直接確かめることができたのに。
私は大広間での一件を思い出す。
その思考の先には、自然とテウォンの姿が浮かんでいた。
——もう、彼を巻き込むべきではない。
どんな時でも、最終的に被害を被るのは彼なのだから。
(彼には、この地図のことも、私の計画も話さない。)
彼にはすでに十分すぎるほどの敵がいる。
知らないほうが、きっと安全だ。
私は再び、赤い四角を指先でなぞった。
その時だった。
——外の回廊の床が、きしむ音がした。
私はすぐさま、地図をぐしゃりと丸めて袖の中へ滑り込ませる。
ぎりぎりだった。
扉が開く。
そこに立っていたのは、マンチュンだった。
彼の手には、食事を運ぶための木箱がある。
ゆったりと近づいてきた彼は、無造作にそれを私の前の机へ置いた。
——冷ややかな、揺るぎない表情。
どこまでも自信に満ち、常に己を完全に制している男の顔。
「——また助けてやったな」
静かに告げる。
私は黙っていた。
今の私にとって、沈黙こそが最大の武器だった。
マンチュンは、私を見下ろしながら、言葉を継ぐ。
「そしてお前は、その恩に報いるどころか——」
「俺の倉庫に火を放ち、俺の物を盗んだ。」
「何のことか、さっぱり分かりません。」
私は木箱から目を離さずにそう言った。
「……お前の誓いも、蛍火のように儚いものだな。」
私は反応しなかった。
彼は最初から喧嘩をするつもりで来たのだろうが、その挑発に乗るつもりはない。
それでも、彼の視線が私の肌を刺すように焼き付いてくるのを感じた。
だが、私は決して顔を上げなかった。
すると彼は、私の横に屈み込み、静かに言った。
「せめて礼の一つでも言ってもらえるかと思ったが……結局、どれだけ俺が何をしようと、お前は最後には必ず、俺ではなく"あいつ"を選ぶんだな。」
——やはり、そこに行き着くのね。
私は内心でため息をつく。
「それで? 偉大なるヤン・マンチュン様が、今日は嫉妬に狂って愚痴でもこぼしに来たの?」
ようやく彼を見上げ、皮肉めいた笑みを浮かべながら言う。
「話を逸らすな。問題なのは、お前自身だ。」
マンチュンの視線が鋭くなる。
「今日だって、あいつのせいで危うくひどい目に遭うところだった。それでもまだ、あいつを庇うつもりか? いつになったら本当のことが見えるようになる?」
私は彼の視線を真っ直ぐに受け止めた。
そして、一切、目を逸らさなかった。
「本当に私が危険な目に遭いかけたのは、あなたの妹のせいでしょう。」
私は冷静に言い返す。
「正直に言うと、あなたの副官が止めに入ったことを後悔しているくらいよ。もしあのまま寺に送られていたら、今頃私はあなたたちといるよりずっと安全だったでしょうから。」
彼の瞳が、一瞬、冷たく光る。
だが、私は視線を逸らさない。
「……本当に安全のために行きたかったのか?」
彼の声が低くなる。
「俺には、むしろ"ある場所"を確認しに行くための口実だったように思えるがな。……お前が盗んだ、あの地図に載っている場所を。」
「何のことか分かりません。」
私は静かに答える。
すると、マンチュンはわずかに目を細めた。
「信用というのは、互いに築くものだ。」
「……あなたに言われたくはないわね。」
私は呆れたように笑い、続けた。
「そっちこそ、話を逸らしているのはどちらかしら?」
「いきなり"信頼"の話を持ち出すなんて、まるであなたが誠実な人間かのように聞こえるけれど、実際のところ、あなたの目的は違うでしょう?」
「あなたが本当にここへ来た理由は、火事でも、地図でも、私が偽の罪で追及されたことでもない。」
「違うわ。」
「あなたは、"今朝のこと"が許せないだけでしょう?」
「テウォンを庇った私を、許せないだけでしょう?」
私がそう言い放つと、マンチュンの目にかすかな影が差した。
図星だったのだ。
「……それで、お前はこれからどうするつもりだ?」
彼が、急に話を変えた。
私は眉をひそめる。
「……どういう意味?」
彼は少し間を置いてから、静かに言った。
「——テウォンは、お前が"身ごもった"と信じている。」
「さて、これからどうなると思う?」
私は一瞬、言葉を失った。
そして、ゆっくりと答える。
「それが、あなたに何の関係があるの?」
マンチュンは嘲笑混じりに口を開く。
「……テウォンのことはよく知っている。」
「あいつは今、お前に裏切られたと思っているだろう。」
「時間の問題だな。やがて、お前は"本当のテウォン"を知ることになる。」
私は奥歯を噛み締め、唇を結ぶ。
彼の言葉に、いら立ちがこみ上げるのを必死に抑えた。
「……でも、あなたの弟は、あなたが言うような怪物ではないわ。」
私はきっぱりと言い放った。
彼は小さく笑う。
「違うな。」
「テウォンは、"怪物"なんかじゃない。」
「もっと、ずっとタチが悪い。」
私は、思わず彼を睨みつけた。
「そんなに私と彼を引き離したいなら、いっそ城から追い出せばいいでしょう?」
「たとえば、寺院へ行かせるとか?」
彼の言葉に、私は冷ややかに微笑んだ。
「私にとっては、どこでも構わないわ。」
「あなたさえいない場所なら。」
彼は私をじっと見つめる。
私は、わざと肩をすくめた。
「そんな顔をしても、私には効かないわよ。」
「テウォンが私を操っているように言うけれど——今のところ、一番私を操作しようとしているのは、あなたでしょう?」
マンチュンが口を開く。
「テウォン——」
「もう、いいわ。」
私は彼の言葉を遮るように、手を上げた。
そして、疲れたように目を伏せる。
「もう、何も聞きたくない。」
「出て行って。それと、その箱も持っていって。」
「中の料理の匂いだけで、気分が悪くなる。」
彼は、意外にも抵抗しなかった。
ただ、一瞬だけ、わずかに声の調子を変えて、こう言った。
「……医者を呼ぼうか?」
彼の気まぐれな態度には、本当に振り回される。
私は首を振った。
「医者なんて必要ないわ。今の私に必要なのは、ただ一人になれる時間だけよ。」
「……そうか。」
彼はどこか未練がましい口調で言ったが、それ以上は何も言わず、持ってきた木箱を手に取ると、そのまま部屋を後にした。
襖が静かに閉まる。
そして、部屋の中は心地よい静寂に包まれた。
私は深く息を吸い込んだ——しかし、その瞬間、胃の奥底から込み上げる激しい吐き気が胸を締め付け、思わず目に涙が滲むのを感じた。