表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

24/62

第23章: ヘヨン

意識が戻ったとき、最初に感じたのは手首を締めつける鋭い痛みだった。

何度も頭を振り、視界にかかる靄を振り払う。

瞬きを繰り返しながら周囲を見渡し、次第に認識する。

——ここは、要塞内の訓練場だ。

冬の夜気はまだ冷たく、松明の灯りが淡い影を空間に揺らめかせている。

私は拷問用の柱に両腕を広げられ、縛り付けられていた。捕虜を痛めつけ、自白を強要するための柱——。

目の前にはマナが立っていた。弓士の装いを身にまとい、軍の鉢巻を額に巻き、手には弓を握っている。

周囲には何人もの影。彼女の「観客」となるために集まった者たちだ。

込み上げる吐き気をこらえる。——彼女は私を罠にはめたのだ。

最初から、彼女の目的はただ一つ——私を排除することだった。それなのに、私はまんまと欺かれ、自ら進んで彼女の罠に飛び込んでしまったのだ。

私はマナを見据え、視線を逸らさずに睨み返す。彼女の唇には、勝ち誇ったような笑みが浮かんでいた。

——満足げだ。

「やっぱりね。結局、お前の本性が露わになるのに時間はかからなかったじゃないか」

まるで私がマンチュンの私邸を探れと命じたのが彼女ではなかったかのように、冷ややかにそう言い放つ。

「これで、お前みたいな間者がどんな扱いを受けるのか、身をもって知ることになるわけだ」

彼女は手近にあった金属製の矢筒から一本の矢を抜き、弓に番えた。そして、躊躇なくその矢尻を私に向ける。

冬の湿った空気の中、冷たい汗が全身を覆い、震えが走る。

息をつく間も、瞬きをする暇さえもなく、弓弦が鳴った。空を裂く音が耳に届くのは、その矢が私の上腕をかすめ、皮膚を裂いた後だった。

痛みが襲い、私は思わず拘束を引き千切ろうとする。だが、それは叶わず、藁縄が手首に深く食い込み、皮膚を抉った。

マナが鼻で笑う。

「ただの挨拶よ」

矢筒から新たな矢を抜きながら、軽く肩をすくめる。

「質問に答えないか、嘘をつけば、どうなるか身をもって理解させてあげる」

——つまり、彼女の関与を口にした瞬間、私の命はないということか。

「で、何を探していた?」

マンチュンの書類の中に、何を求めていたのか、と彼女は問いかける。

だが、どう答えろというのか?私自身、大莫離支が何を探しているのかすら知らないのに。いや、そもそもゲソムン自身が、それを把握しているのかすら怪しい。

マナは弓をゆっくりと持ち上げ、私の正面に矢を向けた。

身体が震え始める。

「答えろ、このろくでなし! 何を探していたんだ!」

私は奥歯を噛み締める。何を言おうと、いずれにせよ彼女は私を殺す。

ならば、沈黙こそが唯一の武器。

彼女が私に情報を持っていると信じている限り、命を繋ぐ時間が稼げる。

「答えない? それなら、それで構わないわ」

弓弦が解かれ、次の矢が宵闇を裂いた。今度は首元をかすめ、矢尻が私の衣の襟を杭へと縫い止める。

遅れて、燃えるような激痛が襲う。それでも、声は漏らさなかった。

——私が苦痛に屈した姿を見せれば、それこそが彼女の思う壺。

マナが冷ややかに告げる。

「強がっていられるのも今のうちよ。いずれ観念して口を割ることになるわ。……ただ、それまでにどれほど苦しむかは、お前次第だけどね?」

彼女は矢筒からまた一本の矢を引き抜くと、心底楽しげな目を向けた。

「お前は、最初からここにいるべきだったんだ」

その言葉を最後に、彼女は沈黙する。

だが、その沈黙こそが、何よりの拷問だった。矢が放たれるのを待たされる時間は、それが実際に突き刺さるよりも、はるかに耐え難い。

私は目を閉じる。

一筋の涙がこぼれ、冬の冷気が頬をなぞる。

——今夜、私は死ぬのか。

喉の奥に、鉄のような苦味が広がる。息を呑み、恐怖を押し殺そうとするが、無駄だった。

「私は質問をしたはずだけど?」

マナの声が、私を現実に引き戻す。

その声音に潜む警告に、思わず目を開けた。

彼女の指がさらに弦を引き絞る。

——もう、終わりだ。

私は静かに目を閉じ、運命を受け入れる。

——しかし、次の矢は飛んでこなかった。

「もうやめろ!」

突如、鋭い声が闇を裂く。

私は反射的に身を強ばらせた。

——この声……。

恐る恐る目を開くと、そこに立っていたのは——

テウォンだった。

マナと私の間にテウォンが割って入り、両腕を広げて立ちはだかった。

私は磔にされた木枠の上で身をよじり、縄を引き千切ろうともがく。その背後では、砦の高壁がマナの笑い声を反響させる。

「やっぱりね。お前が出てくるだろうと思ってたよ」

彼女は鼻で笑いながら言った。

「結局、ネズミは群れで動くものだ。ようやく正体をさらしてくれたんだから、お前の始末も一緒につけてやる」

心臓が締め付けられる。

——ダメだ! 彼が私のせいで傷つくなんて、絶対に。

「テウォン!」

私は必死に叫ぶ。

「早く逃げて! これはお前には関係ない!」

だが、彼は微動だにしない。私の訴えを無視し、ただ黙って身を盾にしてくれる。その姿を見た瞬間、こらえていた涙が頬を伝った。

「テウォン……」

震える声が、嗚咽にかき消される。

目の前で、マナが冷然と弓を構え、狙いを彼に定める。

「本当なら、とっくに始末しておくべきだったのよ」

彼女はそう呟き、矢を放った。

その瞬間——私は恐怖に縛られながら、矢が彼の肩に深く突き刺さるのをはっきりと見た。

テウォンは片膝をつき、苦痛に喘ぐ。その声を聞いた途端、私の心は音を立てて引き裂かれた。

「テウォン!!」

私は叫ぶと、マナに向かって懇願した。

「やめて! お願いだから、彼を傷つけないで!」

だが、マナは愉快そうに笑いながら、新たな矢を矢筒から抜き取った。

「なるほどね……」

彼女はにやりと笑う。

「ようやく、お前を喋らせる方法を見つけたわ」

弓を引き絞りながら、テウォンへと狙いを定める。しかし、視線はまっすぐに私を捉えたままだ。

「さあ、知っていることを話しなさい。さもないと、彼がもっと苦しむことになるわよ。大莫離支がなぜここまで執着する? マンチュンが持っているのは、一体何なの?」

——彼女は、答えを求めているのではない。

本当に知りたいのは、なぜゲソムンが彼女を蚊帳の外に置いたのか——なぜ、彼女の兄がこの秘密を共有しなかったのか。

テウォンがゆっくりと立ち上がる。

「もうやめろ」

傷を押さえながら、彼は低く言い放つ。

「お前だって分かっているだろう? これはただの脅しだ」

彼は一歩前へ進み、静かに続けた。

「お前は俺を殺せない。……そんなことをしたら、どうなるか分かっているはずだ」

「黙れ!」

彼女は声を荒げる。

——だが、揺らいでいる。

彼の言葉が核心を突いたのは明らかだった。

彼女の指が矢を番えたまま止まり、目には動揺の色が滲む。それでも彼を睨みつけ、毅然と立ち尽くす。

その間、砦の中庭には重苦しい沈黙が広がった。

燃え盛る松明の弾ける音だけが、静寂を引き裂く。

その時——

「これは一体、どういうことだ?」

低く響く厳格な声が、沈黙を打ち砕いた。

マンチュン——

彼の登場に、マナの体が一瞬跳ねた。

動揺した彼女の手が弓を滑らせ、矢が思わぬ方向へ飛んでいく。

闇へと消えた矢の行方を追う間もなく、マンチュンが前へ進み出た。

数人の兵を従えた彼の姿に、私は今まで感じたことのない安堵を覚えた。

「答えられないのか?」

彼は妹に問いかける。

マナはわずかに後ずさり、悔しさと恐れの入り混じった視線を彼へと向ける。

「……彼女を見つけたのよ。お前の書斎を漁っていたところを」

「それで?」

彼は冷たく問い返した。

「だから“尋問”していたとでも?」

その言葉に、マナは口をつぐんだ。

マンチュンは振り返り、背後の兵士へと命じる。

「すぐに縄を解け」

「マンチュン、待って——」

彼女が何か言いかけたが、彼は鋭い眼光を向けて一喝する。

「指揮官だ」

彼の声音が冷たく響く。

「お前は家族であっても、ここではただの兵士にすぎない。そのことを忘れるな」

彼女が反論する余地はなかった。

彼はすでに彼女から関心を逸らし、テウォンへと歩み寄る。

「……さて、お前は——」

マンチュンの視線が、テウォンの肩に突き刺さった矢へと向かう。唇にわずかな冷笑を浮かべ、静かに言い放った。

「今度はどんな企みをしている?」

その声には、冷たく悪意のこもった響きがあった。

その間、命じられた兵士が私の縄を短剣で断ち切る。乾いた音とともに藁縄が緩んだ瞬間、全身から力が抜け、膝が崩れそうになる。

歯を食いしばりながら、なんとか踏みとどまり、二人のほうへと歩み寄った。マンチュンが鋭い眼差しを向けたまま、冷ややかにテウォンへと問いかける。

「お前がまるで私の妻を気にかけているかのような芝居をして、誰を騙すつもりだ?」

「芝居?」

テウォンは皮肉げに笑う。

「お前が本当に彼女を大切にしていれば、俺が世話を焼く必要なんてなかったんじゃないのか?——俺は弟として当然のことをしているだけだ。法に従ってな」

その言葉の響きと、その奥に潜む微かな棘に、胸の奥がざわめく。

——違う、私はただ彼のことが心配なだけ。

そう自分に言い聞かせるが、何かが引っかかる。

マンチュンの目に殺気が灯る。

しかし、彼は弟ではなく——私のほうへと向き直った。

思わず後ずさろうとするが、足に力が入らない。

バランスを崩した瞬間、彼が腕を伸ばし、私の身体をしっかりと抱きとめた。

そのまま強く抱きしめると、冷ややかな声で妹に告げる。

「お前の問題については、後で話をする」

そう言い残し、くるりと背を向けると、そのまま私を抱えたまま訓練場を後にした。

「待って、あなたの弟が……怪我をしてるのよ」

私はかすれた声で訴えた。

その瞬間、彼の体が硬直し、腕の力がさらに強まる。

「テウォンは、自分のことくらい自分でどうにかできる」

吐き捨てるような声だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ