【後日談】『閂少女と灼色焔』
灼色焔は薄く、クツクツと笑った。
「う、あ・・・え・・?」
私は完全に言葉をなくし、落ち着きのない声を上げるしか出来なかった。
「なーに、簡単な話さ。あんたがこの店に来れた事が、あんたの存在を裏付けてるんだよ」
あんたの存在、その言葉だけで私はさらに落ち着きをなくす。
「ま、混乱するのも訳ないか。特にあんたは色々と抱えてそうな顔してるしな、まぁ何も抱えてない奴なんていないか。特に俺達みたいなやつらはさ」
俺達、含みのあるこの言葉。つまりそれは、私の本当の姿を知っているってこと?
「わ、私が座敷童子って事を・・・・・知ってるんですか?」
「ん? あ~あ~あ~。あんたって座敷童子なのか、成程ねぇ。だからあんたの見た目ってまんま人間なのか」
何も知らないような、そんな素の反応がかえって来た。そんな反応が帰ってくるとは、夢にも思いもしなかった私は、さらに思考の迷宮が入り組んでしまった。
「そんで? あんたの名前は?」
私の自己紹介の催促に、混乱しつつも簡潔に答える。
「閂、美音子です」
「閂ぃ? あんた珍しい名前してんな~」
あなたも人の事言えない気が・・・・。
「座敷童子の閂美音子か・・・・・・・・・・。うん・・・・うん・・・よし!」
何が『よし!』か分からないが、灼色さんは何かを考え始め、数秒もしない内に手をポンと叩いて『よし!』と言った。
「あんたの名前、まどろっこしいっつうか、呼びにくいっつうか、書きにくいっつうか、まぁそんなわけであんたのあだ名は」
ずばり、と灼色さんは続け。
「『ぬき子』で決定だ!」
理由の最後で出てきた『書きにくい』とゆうのがよく分からないが、とにかく突然の私のあだ名が一人で決議、決定、発表され、私は何も言えずポカーンとしていた。
「何だその顔? 『ぬき子』じゃ不満か? でも他に思いつかないしなぁ・・・・・『かん子』いや・・可愛くないな・・・・『ぬっきー』んー・・・何か仲間はずれみたいだな・・・・」
灼色さんは私のあだ名を色々と吟味しだし、私はすでにあだ名に対して口出し出来なくなってしまった。
「やっぱり『ぬき子』が一番だな、うん。じゃあぬき子、これからもよろしく頼むな」
差し出された手は、勝手に私の手を握り、何の理解もしないままよろしくやってしまう協定を、私は灼色さんと結んでしまった。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
数十分後。
今聞いた灼色さんの話を要約すると、こんな感じである。
まずこのお店が出来たのは、ついさっき。この『さっき』とは、時間で表わすと二時間ほど前とゆう事らしい。
私の推測通りこのお店はお花屋さんで、店先に何も並べてないのはただ単に場所がないから。
店員さんは灼色さんだけで、さっき出来たから店員がいないのではなく、雇える人がいないからだ。
雇えない、とは別に人件費を払うお金が無いとゆう意味ではない。これには人には言えない大きな理由、つまりこの店の存在などの意味も兼ねていて、全ての謎が関わっている。
その理由とは、この店と灼色さんが非現実的な存在だから。
私が疑問に思った、この店の立地場所と突然の店の出現が、この理由で解消される。
灼色さんによると、この店は非現実的な存在が作り出した、非現実な店、とゆうことらしい。つまりはこの現代のルールには適用されず、この異常な立地場所と店の出現が可能になる。
店主の灼色さんも、勿論非現実的な存在。私と同じく見た目は人間でも中身が違う。
火蜥蜴、灼色さんは自分の事をそう呼んだ。しかし火蜥蜴なんて言葉、私はファンタジー小説やゲームなどでしか聞いた事がないので、現実では一体どんな姿なのか皆目見当もつかない。
火蜥蜴と聞いて世間一般の人がまず連想するのは、まずは名前の通り炎を纏った蜥蜴だろう。あとは擬人化されて、二本足で立つ半蜥蜴のような者だったり、精霊のような霊的な存在だったりと、大体これくらいだろう。
この知識がどこまで通用されるか分からないが、今私の目の前にいる灼色さんの姿は、少なくとも擬態しているんだと思う。
このお店は先術話したように、そこに在るようでそこに無い、非現実的な建物。このお店を見つけ入る事が出来るのは、私のような非現実的な存在か、灼色さんの方から招くしか方法はない。だから灼色さんは、私の正体が何なのかまでは分からなくても、このお店に入った事から私をただの人間ではないと分かったのだ。
そして私はある一つの事に気付いた。
それは。
この出会いは、私の非現実的な存在への初コンタクトなんだと。
私のような存在がいるのだ、他にも色んな非現実な存在がいてもおかしくない。いるなら会ってみたいと何度も思ったものだ。
そしてそれが今現実に起こっている。
カウンターに座り、こちらを見つめながら何が面白いのかニヤニヤしている灼色さんに、私は話しかける。
「あの」
「ん、何だ? ぬき子」
「そのあだ名、やっぱり決定したんですか・・・・」
「あぁそうだ」
間髪いれず答える灼色さん。
当たり前だろ? みたいな顔で答えた灼色さんは、それなりにこの愛称? を気にいっているようだ。
「まぁいいじゃねーか、あたしが他人にあだ名をつけるのは一つの愛情表現の一種だ。それにぬき子だってまんざらじゃない顔してるじゃん♪」
「え?」
自分からは勿論見えないが、自分の顔が笑っているのが表情筋の感覚から分かる。
今灼色さんに指摘されるまで、まったく気が付かなかったが、どうやら私はいつの間にか顔がニヤけていたようだ。
何だろう、この感覚。
他人の心にズカズカと入ってくる、と言ったら印象が悪いが、灼色さんはまさにそんな感じ。
赤の他人だろうか関係ない、ズカズカどころか土足で相手の家に入るような、相手の意を気にせず話しかけてくる灼色さんは、今までの私にはまったく縁のなかった種類の人だ。
他人の中身などは気にしない、私を恐れず人として接してくれる、私に愛称としてあだ名を付けてくれる、私が会ったことのない理想の人。
灼色さんは、そんな私の理想の人なのかもしれない。だから顔も自然にニヤけるのかもしれない。
「そう・・・ですね。気にいりました、そのあだ名」
「はは、当たり前だ、何せあたしが直々に付けたもんだからな」
二人の人間じゃない者同士は笑いあった。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
また来る事を約束し、あだ名を付けてもらったお礼に私は一つサボテンを買い、店を出た。
まさかこの出会いが、明日にあの彼女に私を救ってくれるきっかけになるなんて、夢にも思わなかった。
~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~ ~
現在、冷たく薄暗い路地裏に私はいる。
目の前には真っ白で壮麗なお店が建っている。しかし、お店の外壁には店名が書いておらず、小さなショーウィンドー以外なにもついてなく、まず本当にお店なのかどうか根本的な所から見直してしまう。
そうして私は、そのままお店なのかも分からないお店に入る。
中に充満していた花の誘惑な匂いが私を突き抜け、開いたドアの隙間に流されていく。
「よう、いらっしゃい」
「こんにちは」
煙草を吸いながら私に挨拶してきた人に、私は笑顔で応える。
「ん? 何だーその顔。何かいい事でもあったのか?」
「あ~、顔に出てます?」
「そりゃーもう。そんな幸せそうな顔されると、こっちまで幸せになっちまうよ」
クツクツと笑いながら、灼色焔はそう言った。
「あはは」
「ふふ」
人間じゃない者同士は、昨日よりも幸せそうに笑った。
はい、これにて後日談が終わりました。
ちょっと時系列が分かりにくと思うので、ここで書きますと。
最後の灼色さんとの会話は、第五話の次の日の話です。
無事、閂さんのあだ名も付けられ満足です。ここまで読んで下さった人に最大級の感謝を!