【後日談】『閂少女と白光火蜥蜴』
あそこで私は不可思議な体験をした。
あの店員は一体何を知ってたんだろう?何を私にしてくれたんだろう?
今更ながら、そんな思いが胸に広がる。
会いたい。
無性にあの店員と会いたくなった。
だったら話は簡単だ。会いに行けばいい。
あの人がいる店はここからすぐ近い、近所である。
私は古びたタンスから灰色のフレンチコートと白いマフラーを取り出し、着衣する。
装備が整ったら、私はアパートの裏手にある裏路地に在る『白光火蜥蜴』へと向うため、あの人が待つ外に飛び出した。
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昨日の事だ。学校から下校し、自宅のアパートに着いた頃の私は、酷くやつれて疲れ果てていた。
自宅は木造二階建ての古いアパート。部屋の中は畳が七畳に、窓と押し入れが一つある。一人暮らしには十分の広さで、さらにはお台所まで完備している。水道の蛇口からは、なんとお湯まで出る。
トイレは流石に共同で、お風呂は近くの銭湯を利用している。
そして極めつけは破格の家賃である。なんとなんと二万円ジャストとゆう、考えられない安さで部屋を提供していた。
だが、そんな天国のようなアパートの壁面には『コーポ獄堂』と大きな字で書いてあって、どうしようもなく不釣り合いでしょうがなかった。
字のとおり、このアパートは獄堂さんとゆう人が経営しているアパートなのだ。
大家の獄堂さんは、そんなごつい名前とは対照的に、明るくて常に優しいオーラが体から滲み出てるような、70過ぎのお婆さんだった。
何でも獄堂さんの息子さんは、結構有名な運送会社に勤めている敏腕会社員らしいのだ。毎月かなりの額の仕送りも貰っていて、お金にはまったく苦労しないとの事だ。
そんな獄堂さんはお金に苦労している人、特に若い人を中心に支援をしてあげたいと思い、手元にある毎月まったく使いきれてない大金を貯めて、このアパートを買ったそうだ。
だから現在このアパートに住んでいる住民は、大学生や自分のような訳ありの高校生が住んでいる。
だけど家賃がいくら二万円と言えど、自分には家賃や光熱費、生活費などを毎月払う事など出来ない。
だったらアルバイトの一つでもやればいいと思っていたが、お父さんに断固反対された。
ここで一人暮らしするのも本当は駄目だったのだが、私は一週間かけて何度も何度もお願いしてやっとの思いでお父さんから許可を貰ったのだ、これ以上お父さんの意見を拒否するのは不可能だったのだ。
だから必然的に私は今、お父さんから毎月仕送りを貰う事になっている。
でも本当は心の底では、アルバイトをしなくていい理由が出来てホッとしている自分がいる。
何故ならばそれは、私の存在自身にある。
この欠落して力は、ほんの些細なことで発動してしまうのだ、もし私が接客業でもしていざこざにでもなったら・・・考えたくもない。
きっとお父さんもそれが大きな理由だったんだろう、学校以外で人と深く関わるの事はなるべく避けるべきだと。本当なら、学校へ行くのも反対されているのだが・・・。
結局私は一人で頑張るために来たのに、いろんな人に助けられているのだ。
そんな歯がゆい気持ちを胸にしまい、ドアの鍵を開け中に入る。
「ただいま」
勿論中には誰もいないが、つい言ってしまう。もし『おかえり』と返ってきたら、私はそのまま交番に直行だ。
部屋の中は酷くこざっぱりしていた、とゆうより物が少ないだけだ。ただ単にあまり必要最低限な物以外置きたくないのだが、別に何にも欲しくないととゆうわけではなく、部屋の限度がある以上物があり過ぎて狭い空間になってしまうのが嫌なのだ。
部屋の中を見渡すと、部屋の中央のガラス製のテーブルがある。
そしてそのテーブルの上に、一つの小さなサボテンが鎮座していた。
「お留守番ありがとね針手山。さびしかった?」
そう呼ばれたのは、目の前にあるサボテンの事だった。
針手山との出会いは、ここに引っ越した時である。引っ越した際、物の無さに寂しさを覚えた私は、商店街の一角にある花屋さんの店先にセールス品として売られていた、このサボテンを買ったのだ。
その日からこのサボテンは『針手山』とゆう呼称を付けた。
もはや家族の一員と言っても過言ではない私にとって、この小さな同居人は一つの心の支えである。
部屋に入るなり、そんな小さな同居人の前に正座して座る私。
「ねぇ、聞いて針手山・・・・・・・」
そのまま私は滝のように喋り出した。転校初日の感想、クラスのみんなの対応、今日の出来事とそして、彼女の事を。
傍から見れば、サボテン(しかも呼称付き)に熱心に喋る女子高生は、かなり可愛そうな電波ちゃんだ。
しかし、当然ながらこの部屋には私と針手山以外いない。ドアの鍵は閉まっているし、他に覗くかれる場所と言ったら窓くらいだか、ここは二階である。それでいて覗かれていたなら、私はそのまま警察署へ直行だ。これじゃあ、今日一日で何度も警察機関にお世話になってしまう。
一通り話が済んだ私は、少しばかり心が軽くなった。その途端猛烈に喉の渇きが強くなり、水道の蛇口をひねり、水道水をコップへ入れる。
そのまま針手山の元へ向かい、コップを傾け針手山の上から半分ほど水をかける。
「話聞いてくれてありがと、針手山」
私は少し微笑みながら水をあげ、残った水を飲み干す。
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三十分後、私は私服へと着替え終わりボーッとしていた。
だが頭の中は、彼女の事で一杯だった。明日のシュミレーションを何回も繰り返し、その度バットな結果に気分が沈んでいく。
だがこのまま考えていても仕方ない。よし・・・。
「外に行って考えよう・・・」
結局考えるのだが、少しでも気分転換しないと、明日には心が海底よりも深く沈んでいるだろう。
私は古びたタンスから、灰色のフレンチコートと白いマフラーを取り出し、着衣した。
装備が整ったら、私は商店街の外れに在る、寂れた公園へ向かうため、外に出た。
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裏路地。
外は太陽が傾きかけ、段々と空が朱色に染まりつつあった。
そんな裏路地は普段より暗く、薄らと怪物が口を開いてるような、そんな不気味さがあった。
この裏路地は、アパートと商店街を繋ぐ近道で現在通ろうとしている。
一歩足を踏み入れ、私は普段よりも早足で歩き始める。
そんな時、ある建物が目に飛び込んだ。
花屋が一軒建っていた。
いや、建っているとゆうより、狭い空間に無理やり詰め込んだような、建物と建物の間に出来た吹き出物のような印象だった。
でもそれ以前に、私はこの花屋の存在を。
今知った。
すでに数十回は通ったであろうこの裏路地に、しかもこんな細長い道で、このような異様な花屋を見逃すはずがない。
確かにここは、裏路地にしては少々横幅がある、ちょっとした広場だが、決してお店を建てる所としては適していない。
私はそのまま通り過ぎず、いつの間にかその花屋の店先に立っていた。
謎のお店の存在に私は首をかしげつつも、店の全体図を見る。
ガラス張りのショーウィンドウがあり、そこから何かの花が沢山見えている。この事から、私は花屋として断定しているが、確定はしていない。壁は白で統一され、店先には当然何も並べてなかった。
それもそうか、こんなとこに花を広げるほどのスペースないもんね。
何度もゆうようにここは裏路地だ。店と店の間に出来た僅かな隙間。
そんな場所に店を建てるなんて、もとい花屋を建てるなんて何を考えてるのだろう。こんな日光の欠片しか入ってこないし、夏は風通りも少なくじめじめしていて、冬は寒くて乾燥しているこんな場所に建てて、一体何のメリットがあるのだろうか。
それに可笑しなことに、この店には店名が書いてなかった。壁は黒いカビ一つ生えてない純白で、名前を書くスペースならあるのに、どこにも店名が書かれてなかった。
もしかしたら花が沢山見れるだけで、本当は違うお店なのかな・・・?
段々とお店としての存在も疑えてきて、まさに奇妙奇天烈な存在だった。
はたして入ってみてもよいのだろうか? もしかしたらもしかすると誰かの家だったり?
そんな疑問が頭の中をかけずり回り、無性に興味が湧いてくる。
その漠然としない答えを知りたいとゆう欲求が強くなるのは、そう時間はかからなかった。
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結局私は耐え切れず、お店のドアノブを手に取った。
カチャリとドアが開き、中から何とも言えないよい香りが漂った。
それが花の匂いだと判断するのに時間がかかり、理解できた時にやはりここは花屋だったんだと確信した。
店内は外見と同じく、真っ白なペンキでコーティングされ、壁の隅々には山のように盛られた花たちがひしめき合っていた。中には見た事のない花なのかすら分からない物もあり、さらに普通ではない花屋だと再認識した。
店内は甘い匂いと、不思議な雰囲気で満たされており、自然と抱えている私の不安が和らぐ。
ガチャッ。
そうドアが開く音がし、音の方向に目を向けると、店の奥の扉から一人の女性が現れた。
頭に赤いバンダナを巻き、所々茶色く汚れたエプロンを着けた、歳にして20代と言ったところだろうか、恐らくこの店の店員だろう。
私の存在に気がついたのか、軽く会釈して、軽快な声で言った。
「いらっしゃい。また珍しい客だな」
珍しい? 確かにこんな所にある花屋に入る人は珍しいかもしれないが、そんな意味だろうか?
「ま~せっかく来たんだし、ゆっくりと見ていっておくれよ。品ぞろえには自信があるよ」
「は、はぁ」
そう曖昧に返事した私は、あせった風に花達を見つめる。
そんな私のリアクションを楽しむかのように、あの店員さんはニヤニヤしながら私を見つめていた。
そ、そんな風に見られちゃ落ち着いて見れない・・・。
「どうだい? どいつもこいつも綺麗だろ? いや~珍しい物珍しい物と探している内に、本当に珍しすぎて誰にも買ってもらえんのよ。こりゃ笑えるよな、わっはっはっはっははは」
そう豪快に笑いだした。
何なんだろこの人・・・。妙に絡んでくるとゆうか暑苦しいとゆうか、性格も随分と男らしいし、やはり店の出す場所もこの人の性格を表してるのだろうか。
「おっと、そんな変な顔すんなって。悪い悪い、つい久方の客でな、テンションがオーバーヒートしちまった」
「い、いえ、こちらこそすみません。えっと、このお店何とゆうか素敵ですね、いつ出来たんですか? 私近くに住んでるんですけど、まったく気がつきませんでした」
「あぁ、そりゃさっきだ」
「さっき・・・?」
さっき、とは何時の事を表しているのか? 言葉通り取るなら、まるで数時間前数分前のように聞こえるのだが、それは絶対ありえないだろう。
何せ昨日もこの裏路地を通ったのだ。いくら夜に通って暗かったとしても、気が付かない訳がない。でもそれ以前に、このお店が建設しているとこすら見ていないのだ、奇妙とゆうより、不気味に近かった。
「ん? その顔は『こんな店、こんな場所にあったかなー?』って顔だな」
「ぅ」
ギクリと擬音は聞こえそうだった。
「図星か」
店員さんはニタリと笑みを浮かべ、エプロンのポケットから煙草のケースを取り出して、煙草を一本口にくわえてライターで着火した。
ここはお花屋さんだ、そんな場所で人体にも花達にとっても有害な煙草を堂々と吸っているこの光景に、私は注意していいのかためらった。
「ふぅ~。あ? あぁいいのいいの。花達は水が必要としている事と一緒、私も煙草を必要としているの」
ヤニ一つついてない、真っ白な歯を見せながら店員さんは言った。
煙草を吸う仕草はどうも貫禄があり、一種のカッコよささえ感じる。だが威風堂々と吸っているが、やはり店内での喫煙は控えた方がよいのでは・・・・。
「おっと、まだお互いの自己紹介もしてなかったな」
ふと思い出したのか、半分ほどしか吸っていない煙草を、ポケットから取り出した携帯灰皿に入れた。
「自己紹介ですか?」
何故自己紹介? ここは転勤してきた職場や学校ではない、ただのお店なのだ。コンビニに入って、一々店員さんに名前を紹介するなんて事はない、それともこのお店の、あの人の仕来たりなのだろうか?
「私はこの店『白光火蜥蜴』の店長、灼色焔だ」
ただの、と続け。
「火蜥蜴さ」
そう、ヤニ一つない真っ白な歯を見せながら彼女は。
灼色焔は暑苦しく言った。
「ようこそ、私のお店へ。同じ人間じゃない者さん」