第四十話:助けたい人がいる
予選Bグループが終わり、本戦出場チームが決定した。
俺達はその様子を控室のモニターで見守る。
「さぁて、本戦はどんな感じでくるのかな?」
発表された本戦の内容は8チームによるトーナメント戦。
チームメンバー3人が順番に戦い、先に2勝したチームが勝ち進むというルールだ。
「これは……戦う順番も考えなくてはな」
「だな。相手との相性もあるだろうし」
だけどこういう戦略性は個人的に大好きだ。
俺達チーム:ゼラニウムはどんな順番で出ようか、今からワクワクする。
「あぁ、天川は強制的に大将戦だからな」
「え?」
「そうですね。ツルギくんは私達の最終兵器ですから」
「むしろ最後に出てもらわないと困る」
戦略性ってなんだっけ?
完全に俺を駆使したパワーゴリ押し戦術が、そこにあった。
速水とソラは先鋒と次鋒をどうやって決めるか話し合っている。
俺の……俺の入り込む余地がない。
そうやって俺が静かに涙を流していると、控室のモニターに動きがあった。
『それでは、確定したトーナメント表を発表いたします!』
モニターにでかでかとトーナメント表が表示された。
俺達はそれを食い入るように確認する。
やはり一番気になるのは……
「アイのチームとはかなり離れたな」
「そうだな。この組み合わせだと、チーム:Fairysと戦うには双方が決勝戦に上がる必要がある」
「焦らされるなぁ」
「が、頑張らないといけませんね」
ソラが鼻息荒く気合を入れる。
確かに頑張らないといけない。だがそれは俺達だけじゃなく、アイ達もだ。
「俺達が決勝に行くのは確定として、問題はアイの方だけど……」
「きっと大丈夫ですよ。アイちゃん強いですから」
「そうだけどさぁ。今のアイはあのメンタルだからなぁ……」
ソラが無言になって俯く。
やはりどうしても心配になってしまうんだな。
「どうした二人とも。らしくないな」
「速水」
「信じ抜きたいんじゃないのか? アイの事を、ライバルの事を」
「速水くん」
「俺達はサモンファイターだ。信じて戦い続ける事が、相手への最大のリスペクトになるんじゃないのか?」
そうだ。速水の言うとおりだ。
「だな。最後までアイを信じ抜くべきだよな」
「そうですね。私もアイちゃんを信じたいです」
「だったら俺達は俺達で、出来る限りのファイトをするだけだ。そうだろ?」
「あぁ! 思いっきり暴れてきてやる!」
「天川は少し自重してくれよ」
「ツルギくん、ほどほどでお願いしますね」
ご安心ください。
本戦は可能な限り正攻法で勝つ予定です。
……可能な限りでね。
「それはそうと、試合開始まで結構時間あるな」
「そうですねぇ。お昼休憩挟んでますから」
「せっかくパークに来てるんだし、どっかで美味い飯でも食いに行こーぜ」
テーマパークのグルメは割高だけど、お祭り気分で美味しくなるものだ。
割高だけど!
「天川の言うとおりだな。どこか近くにレストランでもあれば良いんだが」
「あっ、それなら私パークの地図持ってますよ!」
「ソラ……付箋がいっぱいついてるけど、もしかして」
「ち、違いますよ! 別に食べ歩きをしたかった訳じゃないですよ!」
ソラさんや。
食べ物屋にばかり付箋を貼った地図を出されても、説得力がないですよ。
「まぁいいや。チュロス食いながら練り歩こうぜー」
「たい焼き! たい焼きもお願いします!」
「何故このテーマパークにはたい焼き屋台があるんだ?」
速水が疑問を持っているが、深く考えるのはやめた方が良い気がする。
俺達が昼飯食べ歩きツアーの計画を練っていると、控室の扉をノックする音が聞こえた。
「ん? 俺出てくるよ」
とりあえず昼飯計画は二人に任せて、俺は扉に手をかける。
また三神さんだろうか。
俺が扉を開くと、そこには意外な人物がいた。
「……君らは」
立っていたのはの黒髪ロングの女の子と、金髪ショートボブの女の子。
俺はこの二人を知っている。
「あっ、あの……その」
黒髪の女の子、佐倉夢子が何か申し訳なさそうに言い出そうとしている。
「……誰かに見られても面倒だろ。話あるなら中で聞くよ」
「あっ、ありがとうございます」
俺はさっさと二人の女の子を控室に入れた。
念のため誰かが見てないかも確認する。大丈夫そうだ。
「ツルギくん、誰か来てたんで……え?」
「どうした赤翼……ん?」
「お、お邪魔してます」
「配慮されて連れ込まれました」
二人の女の子を見てソラと速水が唖然としている。
だってそうだろ。
俺が控室に招き入れたのはチーム:Fairysのメンバー、佐倉夢子と日高ミオだ。
「おい天川! なんでライバル選手を控室に連れてきてるんだ!」
「だって話があるっぽかったから」
「だとしてもだ! もう少し思慮というものをだな!」
「あの、やっぱりご迷惑だったでしょうか」
夢子が恐る恐るそう言ってくる。
それをソラが全力で否定した。
「そ、そんなことないですよ! 問題ないです!」
「なら、良かったです……」
「速水も問題ないよな?」
「……まぁ、やってしまった事は仕方ない」
渋々理解を示してくれた速水。ありがたい事だ。
俺はとりあえず二人のアイドルを椅子に座らせる。
本題に入ろうか。
「で、アイドルさんは俺達にどんな用事があるんだ?」
「えっと……その、お願いが、ありまして」
「ユメユメ、アタシから話そうか?」
夢子は静かに頷く。
するとミオは、どこからか一つの召喚器を取り出した。
その召喚器を見た瞬間、俺達は目を見開いた。
何故なら俺達はその召喚器を見たことがあるからだ。
「それって、アイちゃんの召喚器、ですよね」
「あぁ。間違いなくアイの【樹精】デッキのやつだな。なんで君らが持ってるんだ?」
「アイっちには怒られるかもしれないけど、こっそり持って来たの」
俯き気味に、ミオがそう答える。
でもなんでデッキを持って、俺達のところへ?
「あの、お願いっていうのは」
「愛梨ちゃんの召喚器と、遠距離接続設定をして欲しいんです!」
やや悲痛気味に、夢子がそう言う。
それにしても、遠距離接続設定?
「なぁ速水。遠距離接続設定って、たしか」
「あぁ。距離の離れた相手の召喚器にターゲットロックをする為のシステムだな。とは言ってもせいぜい50メートルくらいの距離にしか対応していないが」
「でもなんでそんな設定を頼んでくるんだ?」
それがよく分からない。
するとミオと夢子は、静かに話を始めた。
「愛梨ちゃん。最近ずっと苦しい思いをしてるんです。自分のデッキを思うように使えなくて……」
「だからせめて、アイっちが尊敬している相手とくらいは、自分のデッキで戦って欲しくて」
「……本当は話すべきではないのかもしれないけど、アイから全部聞いてる」
俺がそう言った瞬間、ミオと夢子は膝の上で拳を握りしめた。
「プロデューサーの意向なんだってな。アイが【妖精】デッキを使ってるの」
「……はい。だけどそれは」
「アタシ達のせいでもあるの」
「ん? どういうことだ?」
「私とミオちゃんは、元から【妖精】のデッキを使っていたんです。だからアイドルとしてデビューした時も、それを活かしてアピールしました」
「アタシもユメユメと同じ。その後ユニットを組むことになって、アイっちと出会って……アイっちも同じ【妖精】デッキを使ってるんだって、最初は喜んでたの」
だけど……とミオが続ける。
「アイっちのは、全部、プロデューサーが無理強いしてただけだった。ある日アイっちが【樹精】デッキを持ってるのを見て、全部察したの」
「宮田愛梨という実績を彩るために、プロデューサーは愛梨ちゃんの意思を全部無視してきたんです」
今にも泣きだしそうな顔で二人のアイドルが語る。
「……プロデューサーの事も、俺はアイから聞いてるよ。君達二人を人質にしてる事も」
「ッ!」
「愛梨ちゃん……」
「アイが言ってたんだ。大切な仲間の夢を壊してまで、自分のエゴを通していいのか悩んでるって」
俺がそれを告げた瞬間、ミオと夢子はポロポロと涙を流し始めた。
「わ、私は」
「アタシは! アイっちを犠牲にしてまで、アイドルなんてやりたくない!」
ミオの悲痛な叫びが、控室に響き渡る。
「みんなを笑顔にしたくてアイドルになったのに……大切な友達を犠牲にして、デッキを使えなくするなんて……そんなのしたくないよ」
「私も……同じです」
涙ながらに気持ちを吐露するアイドル二人。
俺の後ろでは、ソラも少しもらい泣きをしている。
少しの間が、空間を支配する。
俺は無言で、テーブルに置かれたアイの召喚器に手を付けた。
「遠距離接続設定をすればいいんだな」
「天川!?」
「アイがターゲットロックをするより早く、この召喚器に俺がターゲットロックをする。それが作戦で良いんだな?」
「は、はい! そうです!」
俺は自分の召喚器を取り出し、設定画面を起動する。
だけどそれを速水が止めようとする。
「まて天川! 早まるな、もっと警戒しろ!」
「警戒する要素、あるか?」
「こんな事は言いたくないが、あのプロデューサーの部下相手だぞ! 何か罠の可能性も」
「ないだろ」
「何を根拠に」
「根拠なんてなくていい。友情がSOS出してるんだ、助けなくちゃだめだろ」
それにな……
「仮に罠だったとしても、友達のために動くんだ。俺は後悔しねーよ」
本心からの言葉。
アイという友達のためにやる行動だ。後悔なんてするもんか。
「私も。念のために設定しますね」
「赤翼!?」
ソラも自分の召喚器を取り出して、設定画面を開いた。
二人で遠距離接続設定をする。
「アイちゃんが自分を失いかけてるんです。私にできる事なら、喜んでしますよ」
「速水はどうする? 別に強制しないし、やらなかったからと言って責める事もしない」
しばし無言になる速水。
メガネの位置をただし、二人のアイドルを見る。
「君達の言葉、信じて良いんだな?」
「はい」
「うん。信じて欲しい」
「……わかった」
そう言うと速水も召喚器を取り出して、設定画面を開いた。
これで誰がアイと当たっても、作戦は実行できる。
「一応確認しておくけど、本当にいいんだな?」
これだけが懸念事項。
「アイが【樹精】デッキを使えば、君たちがどうなるか分からない。アイから聞いた話を信じる限りじゃきっと……」
「いいんです。私もミオちゃんも、覚悟は決まってますから」
「うん。自分の事よりも、アイっちを助けたい」
「そうか」
なら、俺から追及する事はもう無いな。
俺は遠距離接続設定を終わらせる。
「ルール上、ターゲットロックで繋がったデッキがファイトをする事になってる。予備デッキで登録されているアイのメインデッキと繋げば、上手くいくはずだ」
「だが問題は、俺達チーム:ゼラニウムと、チーム:Fairysが対戦するまでの道のりだ」
「速水曰く、俺達が戦うには双方が決勝戦に行く必要があるんだってよ」
その話を聞いた瞬間、ミオと夢子は固唾を飲んだ。
「約束してくれ。必ず決勝に行くって。俺達も必ず決勝に行く」
「……はい。約束します」
「絶対に勝って、アイっちを連れていくね」
交わす約束。
俺は自分のデッキが入った召喚器に目を落とした。
アイとファイトをして、それでアイを救えるかどうかは正直分からない。
だけど、それでもこのファイトで、アイが何か答えを見つけてくれるのだったら。
「絶対にアイと戦う……あいつの魂を救うんだ」
俺は控室にいる全員を見渡す。
思いは、同じだ。
「絶対に決勝に行くぞ……アイを助けるために!」
速水とソラ、そして二人のアイドルは力強く頷いた。