第二百二十九話:続く青春の1ページ -戦う者達の日常-
政誠司との戦いが終わり、気づけば11月に入っていた。
流石にパンデミックの直後は、色々と騒がしい感じではあったけど、今となっては嘘のように落ち着いている。
まるで大事件など無かったかのように日常が流れている……とも言い切れない、何とも微妙な肌感だ。
(町一つ丸ごと感染させたんだから、当たり前ではあるんだろうけどさ)
人気のないファイトステージに立ちながら、俺は一人物思いに耽る。
ニュースによる報道なんかも続いてはいるし、今も近隣の病院には感染に巻き込まれた人達が訪れている。
ただ、それだけなんだ。
それだけの話であって、騒ぎのピークはとうに過ぎ去っている。
テレビの編成はいつも通りになっているし、SNSの反応も飽きが見えている。
危機感的なものは、あっという間に流されてしまった。
(当事者だからこそ、不気味に感じる……学園内ですら日常に戻っている事も含めて)
聖徳寺学園は概ね普遍的な日常に戻っていると言っていいだろう。
敢えて非日常的な要素を挙げるとするなら、政誠司と風祭凪が未だ不在という点だけ。
評議会のトップ2が不在のまま世代交代をした……そんな細やかなイレギュラーしか残っていないんだ。
簡単に結論を述べてしまうと、世間的にはウイルスの存在は認知されずに終わったらしい。
報道なんてされていないし、パンデミックも原因不明の怪奇現象扱いだ。
俺はてっきりウイルスの存在は公表されるのかと思っていたけど……
(よく考えてみれば、アニメでも公表されたような描写は無かったもんな)
アニメというかフィクションあるあるとでも言うべきか。
余計な混乱を起こさずに済んで良いと考えるか、真実を闇に葬られて悪いと考えるか。
どっちが正しいのか、今となっては判断しかねる。
ただ一つだけ確かな事は、〈ザ・マスターカオス〉を封じ込めた以上、もうこれ以上新たな感染者は出ないという事だ。
(本体を断ってしまえば、他のウイルスも無力化される……これでもう大丈夫な筈だ)
あのパンデミックの後、俺は自宅に封印状態だった〈【暗黒感染】カオスプラグイン〉をカーバンクルに確認してもらった。
合宿の時にウッカリ拾ってしまった、あのカードだ。
あの後俺は件のカードをサイドローダーに入れた上、テープでグルグル巻きにし、通販で買った小型金庫の中に封印していた
それをカーバンクルが念入りに確認した結果……以前に、中身を取り出した時点で白紙と化していた。
ブランクカードとは違うようで、ただ白紙なだけの無意味なカードである。
(でもおかげで、もう大丈夫だという安心はできた)
とはいえ、まだまだ事後処理は残っている。
未成年である故に報道されなかったとはいえ、評議会のトップ2が逮捕されたんだからな。
新しい評議会メンバーはそれらの後始末をしないといけない。
……九割くらい黒崎先輩達が頑張ってくれているけど。
(本当に、先輩達には頭が上がらない)
ただ一つだけ気になる事はある。
黒崎先輩曰く、あの二人はまだ入院中らしいが……どうも取り調べが思うように進んでいないらしい。
逮捕後、最初の一週間はどうにか受け答えもしていたが、ある日突然無反応になってしまったそうだ。
無難に考えればウイルスの影響なのかもしれないけど、どうせ廃人になるなら、情報を全部吐いてからにして欲しいもんだ。
「ツルギ、なーんか難しそうな顔してるっプイ」
「仕方ないだろ。ひと段落したとはいえ、主犯が揃ってアレなんだぞ」
「あんなの天罰っプイ」
「大人の事情も考慮してくれ」
頭上に乗ってきたカーバンクルと他愛ない会話をする。
あのパンデミックから今日まで、かなりドタバタしていたからな。
今日は久しぶりに自分勝手な時間を楽しめそうだったりする。
「ツルギくーん! もうすぐみんな来ますよー!」
「りょーかい。ありがとなソラ」
観客席からソラが声をかけてくるので、俺はそちらを向く。
今日はファイトステージと言っても少し特別な場所だ。
具体的には学園にある大型ファイト施設のステージ。
俺達がランキング戦の本戦を戦う予定だった場所だ。
「サモンファイター……いえ、男性の性質ですね。いつの時代も、こと戦いとなれば決着をつけないと気が済まない」
「でもそれで良いんです。その方がツルギくんらしいですから」
「……乙女心、なのでしょうか」
観客席からソラとエオストーレの会話が聞こえる……のだが、次の瞬間にカシュッと缶を開ける音が聞こえたのを、俺は聞き逃さなかったぞ。
なんであの大天使が魔剤中毒なんだよ。
初めて知った時は宇宙猫みたいな顔になったぞ。
つーか今のタイミングだと完全に、スポーツ観戦でビール缶をフライング気味に開栓するオッサンのそれだぞ。
いいのか、天使がそれで。
「キュプ、他の皆も来たっプイ」
観客席に顔を向けて、カーバンクルがそう言う。
俺も視線を向けて見ると、よく知る顔ぶれが揃い始めていた。
「会場スカスカなのね」
「良いのよウィズ。これが彼らの一番望んだステージなのよ」
「そういうものなのね?」
観客の少なさを指摘するウィズと、これが良いのだとフォローをしてくれるアイ。
「天川、今更手加減なんてするんじゃないぞ」
「わかってるって!」
速水の言葉に、俺は軽く返す。
だけどアイツの事だ、今日は俺も本気で行くと理解した上での軽口だろう。
「ツルギくん頑張れー!」
「負けんじゃねーブイ!」
「もう少し静かにしないか……マナミ?」
「お友達と、一緒に試合観戦……ボク、ゴールしていいよね?」
「マナミィィィ!? ゴールするんじゃなァァァい!」
藍とブイドラも応援に来てくれたのか。
だけど隣で九頭竜さんが真っ白になっているけど、大丈夫か?
シルドラが叫んでいるけど、俺が同じポジションでも叫ぶと思うぞ。
あの事件の後、本体を倒した事でウイルスが消滅したのか、九頭竜さんはすぐに回復していった。
一時は心臓が止まっていたそうだし、しばらく入院はしていたけど、こうして元の日常に戻れて良かった。
「今日の観客はこれで全員……あとは」
アイツが来るのを待つだけ。
俺はファイトステージの向かい側から、今日の対戦相手が現れるのを待つ。
するとコツコツと足音を近づけながら、その男は現れた。
「よう財前、怪我はもう大丈夫なんだよな?」
「愚問だね。普通のファイトなら難なくこなせる」
「常に普通で良いんだよ。あんなイレギュラー無くていいんだ」
対戦相手として現れたのは、ついこの前退院したばかりの財前。
流石に〈ザ・マスターカオス〉による負傷だったせいか、九頭竜さんよりも少し回復が遅れたようだった。
「初めてだね。キミの方からファイトを挑んでくるのは」
「そりゃあそうだろ。お前あんな不完全燃焼のままでいられるか?」
「……自分から試合を放棄した手前、こんな事を言うのも烏滸がましいだろうけど。その通りだよ」
そう言って召喚器を手に取る財前。
今日のファイトは俺から誘ったもの。
理由は簡単……俺達だけでランキング戦のやり直しをするためだ。
勿論、お互い自己満足のやり直しだから公式記録にはならないけどな。
「しかしファイト施設を丸ごと貸し切るとは。戴冠早々派手にやるじゃないか――序列第2位」
「権力って、こういう時に使わないと勿体ないだろ?」
そう、財前が言及した通り六帝評議会は例年通りに世代交代をした。
前評議会メンバーとのファイトや諸々の会議を経て、俺は序列第2位に着いた。
ちなみに評議会の新メンバーはこんな感じになっている。
序列第1位:【裏帝】黒崎勇吾
序列第2位:天川ツルギ
序列第3位:【氷帝】音無ツララ
序列第4位:【竜帝】九頭竜真波
序列第5位:武井藍
序列第6位:宮田愛梨
牙丸先輩は三年生なので卒業。
そして俺を含めた新メンバーに二つ名が無いのは……ドタバタでそれどころじゃないから、後回しになっているだけである。
一応近々命名らしいけど、なんとも微妙な期間に突入してしまった。
「ところで天川、一つ質問をしてもいいか?」
「何を聞かれるか予想はついてるけど、良いぞ」
「何故、序列2位なのだ? 聞いたところキミは裏帝にも勝ったそうじゃないか」
うん、絶対に聞かれると思った。
なんなら既に家で卯月にも同じ疑問をぶつけられた。
じゃあお答えしてやろう!
「なぁ財前……ぶっちゃけ今の評議会って、歴代でも屈指の忙しさじゃん?」
「それは、そうだろうね」
「先代のトップ2がやらかしたからさ、俺らが引き継いで後始末をするわけなんだけど……その時、誰が最初にヘイト向けられると思う?」
「…………あっ」
どうやら財前はすぐに気づいてくれたようだ。
そう、六帝評議会の顔とは序列第1位になった者である。
「序列を決める会議でさ、黒崎先輩が言ったんだよ『お前が序列第1位に着いたのであれば、オレは全力でバックアップをすると約束する。だが少しでも不安があるなら誰かに押し付けても良い。少なくともオレは決してその決断を否定はしない』ってさ」
「一応聞くが……今日、黒崎先輩は?」
「今も後始末をしてる。というか後始末の七割は黒崎先輩がやってる。二割は牙丸先輩と音無先輩。残り俺ら」
「……このファイトが終わったら、僕は先輩方への差し入れを買いに行こうと思うのだが」
「断られてもついていく。というかお供させてください」
はい。というわけで色々と慣れている人が壁になってくれると言うので、お言葉に甘えてしまいました。
マジでこのファイトが終わったら美味しくてお高い差し入れを買いに行きます。
観客席の皆もウンウンと頷いています。
「キュプ……この気配、もしかして!」
ふと、頭上のカーバンクルが声を上げてくる。
同時に財前のデッキから、一つの光が出てきた。
アレは間違いなく化神のそれ……という事は。
「イィィィィィィヤッホォォォォォォッ! オレ様復活ロックンロールッ!」
光から変化して一体のスーパーロボットの姿になる。
間違いない、空港での戦い以降ずっと安否不明だった化神……アーサーだ。
「アーサー、貴様無事だったのか!」
「ようシルドラ! 見ての通り、もう絶好調よ!」
「無事ならもっと早く伝えぬかッ! ……よかった」
観客席のシルドラに無事を報告するアーサー。
俺とカーバンクルも、彼の無事を知れてようやく安心できていた。
「キュップイ、本当に無事で良かったっプイ」
「でもなんで今まで音沙汰無かったんだ?」
「アーサーは昨日目覚めたばかりなのだ」
「そうよ。やーっと休眠状態から目覚めたんだぜー」
という事は、空港でシルドラを逃した後、カードの中で休眠状態だったのか。
……いや、ちょっと待て。
「休眠状態って事は、エネルギー切れになったって事だよな? どうやって速攻復活したんだ?」
「やーっぱオレ様の中からウイルスが消えたのがデケーな! でも最後の一手はやっぱり」
「昨日なんとなく、アーサーのカードをガソリン缶の上に置いてみたら即座に復活したぞ」
「お前ガソリンでも復活できるのかよッッッ!?」
「キュプゥ……まさにロボットっプイ」
感心しているところ悪いがカーバンクルよ、ガソリンで動くスーパーロボットって中々無いぞ。
あったとしても、それは全部惑星ゾラ製だ。
「はぁ〜、なんか心配し過ぎたかもしれん」
肩も胃も緊張も、全部抜けていく感じがする。
でもまぁ……無事だったのなら、それでいいか。
俺は自分の召喚器を手に持って、前に突き出す。
「ターゲットロック!」
自分の召喚器と、財前の召喚器を無線接続する。
それを確認したと同時に、カーバンクルとアーサーはすぐさまデッキの中へと戻っていった。
戦いの始まりは、化神だろうとファイターであろうと本能でわかる。
財前も初期手札を引いて、準備を完了していた。
「せっかくの大舞台なんだ。キミという好敵手を倒すにはちょうど良い!」
「だったら簡単には負けてくれるなよ? 俺も今日は本気で勝ちに行くからな!」
「それは最高だ。全力のキミを倒してこそ、僕は僕の理想に至れる!」
これはカードゲーム至上主義な世界の物語。
これは俺の新しい青春と、新しい日常の物語。
そしてこれは……俺達ファイターが描き続ける、戦いの物語。
「始めようか、天川ツルギ!」
「あぁ、俺達のランキング戦を!」
この生命はきっと、戦いの中で輝く。
この戦いはきっと、明日へ繋がるドローとなる。
この道は全て……俺達が選んだ、俺達の世界の物語。
「「サモンファイト! レディー、ゴー」」
【一年生編:完】
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第九章、後書き
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