第二百十九話:禁断の二枚目
禍々しい見てくれの獅子が、藍達を見つめる。
狩るべき獲物を捕捉したかのように、〈カオスヘイトレッド・ネルガル〉は呻き声と唾液を漏らしていた。
元々ウイルス感染したモンスターは絶大な強化を得る。
とはいえ特別な効果によるものではなく、元々のパワーが30000という破格の数値は、大抵のファイターには脅威として映ってしまう。
「ぐっ、あぁぁぁッ!」
だが脅威が牙を向けるのは対戦相手だけではない。
強大な感染モンスターを従えている筈の凪にも、その代償が襲いかかる。
黒い痣は身体のあちこちに現れて、凪に激痛を与えていた。
もはや見ただけで分かってしまう異常事態に、藍は思わず声を上げてしまう。
「嵐帝!」
「この程度の……この程度の痛みでェ、止まるわけには」
「止まらないと不味いって、どう見てもおかしいよ! なんでまだ続けようとしてるの!」
「全ては誠司様に報いるため。全ては真に平和な未来を創るため。二度と私達のようなマイナスを生み出さないためです」
目が赤く染まりながら、凪は言葉を続ける。
遠目でも分かる程、その目に宿るのは純然たる狂気。
目的以外を排除する事でしか絶頂に至れないと確信し過ぎた、無邪気な狂気であった。
同時に藍の脳裏に浮かび上がるのは、移動中にツルギや勇巳が話していた断片的な内容。
「マイナス、養護施設、アナタ達はかつて被害者だった。それが今に繋がる動機なの」
「……誰から聞いたのですか」
「学園まで送ってくれた刑事さん。それとツルギくんも……曖昧な感じだったから、アタシはハッキリとした答えなんて知らないけど」
答えは明確化せずとも、ヒントはそこにある事くらい理解できる。
何より藍が思い返しているのは、移動中に勇巳が言った「かつて被害者であったとしても、今行った加害で塗り潰してしまえば取り返しがつかない」という言葉。
相応の理由はあるのだろう。だが今の彼らが行った事に対する免罪符にはならないと、藍も理解している。
「そういえば、貴女も私達と同じでしたね」
「それは、施設出身ってところだけ」
「十分ではないのですか? 施設の大人がどういう存在なのか、貴女はよく理解していると思いますが」
「アタシは世界を創り変えようなんて思わない。そうなる理由もない。だから政帝に手を貸すアナタを理解したくない」
ハッキリと拒絶を言葉にする藍。
それを聞いた凪は心底退屈そうな顔を浮かべて、どこか失望のような雰囲気を漂わせていた。
同時に藍が気になる事はただ一つ。黒い痣に自身を蝕ませる事も厭わない、凪の誠司に対する忠誠心だ。
「ねぇ、なんで政帝に従ってるの? 化神も人間も、いっぱい犠牲になったのに、なんで一緒にいるの」
「……愛です。愛してくれたのです」
「愛?」
「穢れた私を知っても、不完全な身体だと知っても、あの人だけは私を愛してくれました。お互いに身も心も搾取されましたが、それでもあの人は私を側に置いてくれました」
頬を赤らめ、虚な目で語る凪。
陶酔や狂信、あるいは一線を超えた依存。
普通なら到達し得ない領域に足を踏み入れた女が、そこにはいた。
「好きだから、従うの?」
「そうです……それに貴女も、コレを見れば少しは理解できるのではないでしょうか?」
そう言うと凪は、上着とスカートの間に指を入れて、軽くずらしてみせた。
開いた場所から彼女の素肌が部分的に見える。
そう、見えてしまったのだ。
見えてしまったからこそ、瞬間的に何があったのかを理解してしまい、藍は絶句した。
「分かりますか? 分かりますよね。同じ女性ならコレが何か」
「それ……誰かに?」
「大人ですよ。施設の大人と、私達を買った大人がこうしたのです」
淡々と言いながら、凪は上着とスカートを元の位置に戻す。
その様子を見て、藍は既に彼女は壊れてしまったのだと、嫌な確信を得てしまっていた。
「幸せとは難しい事です。私はもう子を産めませんが、未来に負の遺産を残すような愚行は望んでいません」
「だからウイルスを撒いたの?」
「ウイルスは未来への方舟です。悪に死を与え、真に秩序ある世界を創り出す。その変革の過程で血が流れるのであれば、それは必要な犠牲です」
「……じゃあ、アナタも同じだ」
自分達の大義を語り微笑む凪に、藍は真っ直ぐ言い放つ。
「大きな力にメチャクチャにされたから、より大きな力で世界を変える。誰の話も聞かないで、色んな人や化神を犠牲にしてゴリ押しするんだったら、それはアナタを壊した大人達と同じ」
「違う」
「違わない。誰かのためって言ってるけど、アナタ達は自分のために八つ当たりしてるだけ。自分にとって都合のいい世界を創ろうとしているだけ。自分の強さを悪用して、大人達と同じ事をしているだけ――」
「違うッッッ! 私もあの人も、幸せな世界を創りたいだけ!」
ヒステリックに叫びながら、凪はドローフェイズを行う。
失った幸せを、平凡を取り戻す。
その願望は察したが、その為に手段を選ばなかった彼女達に、藍は下手な擁護をしようとは思わなかった。
「アタックフェイズ! 〈カオスヘイトレッド・ネルガル〉で攻撃ッ!」
メインフェイズは何もせず、凪はそのまま攻撃へと移った。
禍々しくも黒い獅子は、咆哮を上げて牙を剥き、全身から生えている鎌を向けてくる。
「〈カオスヘイトレッド・ネルガル〉の攻撃時効果、【禍風:∞】を発動。お互いの墓地に眠るカードを全てデッキに!」
黒い暴風が巻き起こり、双方の墓地からカードがデッキに戻される。
暴風は真空の刃を発生させて、藍の場にいる2体の竜に近づいてきた。
「な、なんかヤバそうブイ」
「気をつけろ! あのバケモノは墓地にカードが存在しない者の数だけ、モンスターを墓地送りにしてくるぞ!」
「墓地にカードがないって、今2人だからオイラ達全滅じゃねーか!?」
「そういう事だ。武井藍ッ!」
シルドラは振り向くや、すぐさま藍の名を叫ぶ。
何か策を打たなければブイドラ共々除去されてしまう。
そうなっては大打撃、最悪敗北は免れない。
「分かってる! 魔法カード〈トリックエスケープ〉を発動!」
藍が発動したのは、ツルギから教えてもらったモンスター回収魔法。
「効果で〈ブイドラ〉と〈シルドラ〉を手札に戻す。そして戻したモンスター1体につき、ライフを1点回復!」
『ふい〜、危なかったブイ』
『我らに召喚コストがなくて良かったな』
藍:ライフ5→7
「化神には逃げられましたか。ですが肝心のファイターはがら空きです」
「っ! ライフで受ける」
この攻撃を防ぐ手段を、今の藍は手札に持ったていない。
そして受けても敗北しないダメージなら、ここは大人しく受けた方が良いだろうと、藍は判断した。
自身を遮る存在がない〈カオスヘイトレッド・ネルガル〉は一切の容赦なく、鋭利な鎌が生えた前脚を藍に叩きつけた。
「ッッッ!」
『藍!』
藍:ライフ7→3
手札からブイドラが藍の名を叫んでくる。
4点のダメージ。それもウイルスによるダメージの実体化も合わさって、藍の身体には生々しい切り傷ができている。
傷口からは血が流れ、床に数滴落ちていた。
それでも藍は痛みを堪えて立ち続ける。
『大丈夫か!?』
「大丈夫だよ、これくらい……ダメージのおかげで、コレも発動できるし!」
シルドラの心配を他所に、藍は1枚のカードを手札から発動した。
「魔法カード〈リベンジバースト!〉を発動!」
『それは、天川ツルギが使っていたカード』
手札からシルドラの驚く声が聞こえる。
藍が使ったカードは以前、合宿でツルギが小太郎とファイトをした時にも使用していたカードであった。
「便利そうだったから、アタシもデッキに入れてみたんだ……〈リベンジバースト!〉は相手から一度に4点以上のダメージを受けた時に発動できる魔法カード」
その効果でカードを2枚ドローし、藍はこのターン中に受ける全てのダメージを3点軽減する事に成功した。
「そのカードのために、わざと攻撃を受けたという事ですか」
「友達ってね、スゴいんだよ……みんな違うから、色んな事を学べて……色んな世界を知れる」
「多様過ぎる世界は諍いを生みます。ウイルスは人間を夢と幻に閉じ込める事も容易。それぞれに正しい役割を与えて、正しい範疇の多様性に生きれば、世界は健全になります」
「……息苦しい」
「それを利己主義と呼ぶのです」
目に見えぬ火花が二人の間で飛び散る。
思想信念の違い。水と油のように相容れないのであれば、戦いにて決着をつける他ない。
自身の効果で回復した〈カオスヘイトレッド・ネルガル〉は起き上がり、再び藍の方へと狙いを定める。
「回復した〈カオスヘイトレッド・ネルガル〉でもう一度攻撃!」
「ライフッ!」
ダメージは軽減されているとはいえ、元々のヒットは4。
1点のダメージは免れない。
藍の正面に透明な防御結界が現れるが、それを突き破って、黒い獅子の鎌は襲いかかってくる。
藍:ライフ3→2
一枚の鎌が結界を突破して藍の頬を斬りつける。
連鎖して身体中の傷口に痛みが走るが、藍は気合いで歯を食いしばる。
まだライフは残っている、負けられないという強い思いがあるからこそ、藍は決して折れようとはしなかった。
「ターンエンドです。あとは時間の問題ですね」
凪:ライフ5 手札4枚
場:〈【嵐神の感染】カオスヘイトレッド・ネルガル〉
「……アタシのターン」
ライフ差は大きい。盤面に至っては何もない。
そんな不利的な状況だが、まだ藍には手札がある。
ならば諦める理由はない。
「メインフェイズ! もう一度きて〈ブイドラ〉〈シルドラ〉!」
「任せるブイ!」
「ヤツを討つまで、倒れる訳にはいかぬ!」
再び召喚される2体の小さな竜。
だがこれだけでは勝てない。
ならば勝利の可能性を引き当てるまで。
「魔法カード〈ビクトリードロー〉を発動! デッキの一番上をオープンして、それが系統:《勝利》を持つカードなら手札に加える!」
オープンしたカード:〈【勝利竜王】ビクトリー・ドラゴン〉
「手札に! そして【Vギア】を達成しているから、さらに2枚ドロー!」
強力な切り札は手札に来た。だがそれだけでも勝てない。
相手は絶大なパワーと能力を持つ怪物。
だが藍には一つだけ策があった。
ある人物をヒントにしてデッキに入れておいた、感染モンスターへの秘策が。
(ドローしたカードは……よし!)
策は、手札に来た。
なら次は勝ちに行くのみ。
「いくよ、ブイドラ!」
「よっしゃあ! 派手にいくブイ!」
「進化条件は系統:《勝利》を持つモンスター1体! アタシは〈【勝利竜】ブイドラ〉を進化!」
藍が1枚のカードを仮想モニターに投げ込むと、真っ赤に燃える魔法陣がブイドラを飲み込んでいく。
灼熱の炎はブイドラの身体へと流れ込み、その存在を進化させていった。
「絶対勝利の誓いをここに! 真っ赤に爆ぜてドラゴン魂! 〈【勝利竜王】ビクトリー・ドラゴン〉召喚!」
「負けねェ、オイラ達は負けられねェェェ!」
巨大な炎塊を突き破り、雄々しき姿をした紅蓮の竜が降臨した。
〈【勝利竜王】ビクトリー・ドラゴン〉P13000 ヒット2
「報告のあった対ウイルス用のカードですか……しかしそのカードの召喚時効果は」
「今使っても意味がない。【SVギア】で破壊上限を上げても、パワー30000のモンスターは倒せない」
「パワー勝ちもできないなら、わざわざ召喚する理由も薄いですね」
凪の言う通りであった。
仮にこの後、アームドカードの〈ビクトリーセイバー〉を武装しても、〈ビクトリー・ドラゴン〉のパワーは23000にしかならない。
他のカードを使ってさらにパワーを上げても、凪の墓地にカードが存在しないので、〈カオスヘイトレッド・ネルガル〉は回復状態で場に残る。
〈カオスヘイトレッド・ネルガル〉自身の回復効果も合わせれば、あまりにも守りが強固過ぎるのだ。
「たしかに。そのカードはすごくパワーが高くて、倒してもすぐに復活しちゃう」
だけど――藍は口元に笑みを浮かべて続ける。
「倒せない敵は、倒さなければいい!」
「なにを」
「これがアタシの答え! 魔法カード〈氷河の牢獄〉を発動!」
「ッ!? そのカードは音無ツララの!?」
藍の使う【勝利】デッキなら、普通は絶対に入れないであろうカード。
だが藍は覚えていたのだ。ツルギとツララのファイトに出てきた、このカードの存在を。
そして気づいたのだ、このカードが持つ凄まじい突破力に。
「〈氷河の牢獄〉はモンスターを1体選んで【凍結】状態にするカード。凍結したモンスターはどうなるのか、アナタは分かりますよね?」
「ッ……凍結状態のモンスターは攻撃もブロックもできず、効果は無効化される」
「どれだけウイルス感染して強力なモンスターになっても、氷漬けになったら何もできない!」
凄まじい冷気が戦場を包み込む。
禍々しく黒い獅子は、一瞬にして巨大な氷の中に封じ込められてしまった。
「何故、こんな事を」
「出会えたから思いつけたの。ツララ先輩やツルギくん、真波ちゃんにヒトハちゃん、そして他のみんなだって同じ……みんなと出会えたから、アタシは色んな世界を見る事ができた。手を伸ばし続ける方法だって見つけられた!」
「その自己満足でッ、世界を醜悪なまま放置する気ですか!?」
「手を伸ばし続けなきゃ、誰かに全部勝手に決められたら、そっちの方がアタシには後味が悪いの!」
腹の底、心の底から、藍は己の叫びを上げる。
「みんな生きてる。みんな戦おうとしてくれている。誰かが勝手に決めた世界じゃない、アタシ達が自分で選んだ世界で生きたいから」
「それが間違いだと何故気付けないんですかッ!」
「勝手な犠牲を作った方が間違いだよ! 自分達だけで決めて、新しい世界を無理強いして、誰かの生きたいって願いまで踏み躙ったのに、なんで目を逸らしてるの!?」
「大義ッ、正義ッ! それ以外に不要!」
「分からずやァァァァァァ!」
パートナーの絶叫を背に、〈ビクトリー・ドラゴン〉は咆哮を上げて攻撃を仕掛ける。
可能性があるなら、たとえ相手が外道に堕ちても手を伸ばしたかった。
罪を償うというなら、それを受け入れようとも思った。
そんな藍の僅かな思いも、今この瞬間に足蹴にされたのだ。
紅蓮の竜は怒りの咆哮と共に、風祭凪を見下ろす。
「覚悟しろよ。消し炭すら残してやらねェからな!」
「……馬鹿ですね」
「アァン!?」
「いくら凍結状態にしても、カード名や系統は参照できるのですよ」
怒りに燃える〈ビクトリー・ドラゴン〉に対して、凪は淡々とカードを1枚使用する。
「魔法カード〈断絶の神風〉を発動。アタックフェイズを強制終了させます」
凄まじい風が〈ビクトリー・ドラゴン〉の動きを阻んでくる。
凪に到達するより先に弾き返されてしまい、そのまま藍のアタックフェイズは終了してしまった。
「ターンが終われば凍結状態は解除されます。アナタの策もこれで――」
「なら、ターンが終わらなければいい!」
藍の言葉を聞いて、真っ先に笑みを浮かべたのは〈ビクトリー・ドラゴン〉であった。
相手によってアタックフェイズを終了させられる。
これを発動条件とするカードを、彼はギョウブとの戦いで経験していた。
「魔法カード〈ドラゴニック・リベンジ〉を発動!」
「アタックフェイズを終了させたのが間違いだったな! コイツの効果で、オイラ達はもう一度アタックフェイズを行えるブイ!」
「さらに〈ドラゴニック・リベンジ〉の効果で〈ビクトリー・ドラゴン〉を回復!」
凪は、自分が追い詰められた事を悟ってしまった。
新たに始まったアタックフェイズにより、藍のターンは継続する。
そして残る攻撃回数はヒット2の〈ビクトリー・ドラゴン〉が2回。
同じくヒット2の〈【王子竜】シルドラ〉が1回。
全ての攻撃を受ければ、合計ダメージは6点で凪のライフでは耐えられない。
その上、凪の場にあるのは凍結状態の〈カオスヘイトレッド・ネルガル〉のみ。
「どうやら、勝負あったようだな」
シルドラは冷静に、だが怒りも込めて凪に言い捨てる。
今の凪には、防御札を手札に抱えている者特有の余裕は見受けられない。
ポーカーフェイスを装っているが、微かな焦りはシルドラに見抜かれていた。
「いくよ〈ビクトリー・ドラゴン〉!」
「任せろッ!」
紅蓮の竜は口の中に膨大な炎を溜め込む。
その一方で凪は自分の手札を見つめながら、ブツブツと何かを呟いていた。
「こんな……あぁ……約束……あの人との……私は……」
困惑、絶望、嫌悪。
様々な黒い感情が渦巻く中、凪は手札にある1枚のカードを見つめる。
そんな彼女の感情に反応するように、黒い痣はさらに凪を蝕み始めていた。
「申し訳ありません……誠司様……」
「これで終わりだァァァ! ドラゴニック・ブレーザァァァァァァ!」
最大限に溜め込んだ炎が、〈ビクトリー・ドラゴン〉の口から放たれる。
最初の一撃であり、決着に向けた一撃。
この一撃を食らうとは、即ち凪の敗北をも意味する。
だからこそ……それを一番理解している凪だからこそ、その禁を破ってしまった。
「約束、破ります」
そう言って凪が1枚のカードを仮想モニターに投げ込んだ瞬間であった。
感染モンスターを封じていた巨大な氷塊が砕け散り、〈ビクトリー・ドラゴン〉の攻撃を打ち消してしまったのだ。
「なっ!? まだ防御カードを持って――」
「待て、なにか様子がおかしいぞ!」
シルドラの言葉で〈ビクトリー・ドラゴン〉も異質さに気がつく。
凍結していたはずの〈カオスヘイトレッド・ネルガル〉は確かにそこにいる。
だが様子がおかしい。背中は破け、頭部からもドロドロの闇が漏れ出ている。
先程攻撃を防いだのも、このドロドロの闇だったようだ。
「【凍結】が、解除されてる……!?」
「たとえ凍結状態でもッ、カード名はッ、参照できます……」
「アナタ、何を使って――ッ!?」
突然解除された凍結を不思議に思っていたが、藍はすぐに凪が何をしたのか理解してしまった。
仮想モニターに表示されている、凪が発動したカード。
藍も想定していなかった、2枚目がそこにあった。
「魔法カード……〈【暗黒感染】カオスプラグイン〉を発動ッ!」
「2枚目のウイルス――って、まさか感染対象は」
「そのまさかです。感染済みのモンスターにも、ウイルスは追加で感染させられる。私は〈【嵐神の感染】カオスヘイトレッド・ネルガル〉!」
ウイルスを過剰に注入された黒い獅子は、苦悶の雄叫びを上げながら闇に飲み込まれていく。
今まで想像もできなかった程の闇とウイルス。
それらは使用者である凪にもいくらか逆流していった。
「あ“ァァァァァァァァァァァァ!」
凪の苦悶の叫びが響き渡る。
身体中に出ていた黒い痣は、血のように赤みがかり。
血管のようなものが脈打ちながら浮かびあがって、右眼に至っては見えているのか分からない程真っ赤染まっていた。
「闇を胎動させ今こそ降誕せよ。汝は世界を終焉させる落とし子なり!」
獅子を飲み込んだ闇は、胎のような球体形状となって浮かび上がる。
ドクンドクンと鼓動すると、闇の球体に無数の切れ目が現れ、血が流れ始めた。
悍ましい、そんな安易な言葉で足り得る存在でない。
藍やシルドラ、〈ビクトリー・ドラゴン〉は言葉を失いながら、その光景を見ることしか出来なかった。
「二重感染」
瞬間。切れ目が開いて、目が現れた。
虚無を象徴するような闇の球体から、血の涙を流して怨嗟と復讐を誓うような印象を出してくる。
その怪物は球体のまま、口らしきものも無いが、耳をつん裂くような凄まじい産声を上げてきた。
「ピギャァァァァァァァァァァァァ!」
「さぁ、存分に壊しなさい……〈【シン化獣:末期型】ヴォイドヴァンジェンス・ネルガル〉ッ!」
悍ましさ……否、それよりも恐ろしいものがあった。
藍と〈ビクトリー・ドラゴン〉は呆気に取られて言葉を失う。
召喚された闇の球体が持つステータス……それはあまりにも、想像力の外にある数字をしていたのだ。
辛うじて口を開く事ができたのは、シルドラのみ。
「なんだ、それは」
〈【シン化獣:末期型】ヴォイドヴァンジェンス・ネルガル〉P66666 ヒット6
「パワー……66666だと!?」