第二百十六話:学園へ急げ!
物々しい雰囲気がする車内……いや護送車だから当然ではあるか。
何をどう言い繕おうとも、車内にある格子の存在感が全てを吹き飛ばしてしまう。
というか助手席の黒崎先輩が羨ましい。
「勇吾の父親が刑事だとは知っていたけど、流石に護送車を待機させていたのは想定外だぞ」
「言っておくが発案者は父さんだ。必要になる可能性は十分にあるってな」
牙丸先輩の言葉に淡々と返す黒崎先輩。
というか発案者は親父さんだったのか。
「すまない。いきなり護送車じゃあ驚いただろう」
「いえいえ、大急ぎだったんで本当にありがたいです」
とりあえず俺は運転席にいる角刈りの刑事さんこと、黒崎先輩の親父さんに御礼を言う。
公共交通機関が止まっている現状、護送車とはいえ移動手段があるのは本当にありがたいからな。
ただ今はちょっとだけ……格子の一番近くに座るのだけは止めとけば良かったかなとは思ってる。
「勇吾から話は聞いているかもしてないが、私は黒崎勇巳、警視庁の刑事だ。所属部署は…… ちょっと特殊なところとだけ」
以前にも黒崎先輩が言ってた上に、俺からすればアニメ未登場の新情報だったのでよく覚えている。
とはいえ特殊な部署の刑事って、物々しさに拍車がかかり過ぎる。
あと刑事ってこんな気軽に護送車を持ち出せるものなのか?
この人以外に警察官がいないのも少し気になる。
「私だけ、というのも変な話と思われるのは十分に承知している。ただ今は訳ありとだけ思ってもらえればいい」
そう言うと勇巳さんは、一瞬だけ車内にあるルームミラーに視線を向ける。
誰を見たのかは分からないけど、何故か俺は自分に視線を向けられたような気がした。
「けどパトカーじゃなくて、こんなデカい護送車を用意するなんて。捕まえるにしても二人しかいないのに」
「二人で済まないと考えていた。彼らの支援者が待機している可能性が十分に想定できていたから、少し特別製のモノを用意させておいたんだよ」
俺の疑問に勇巳さんが答えてくれる。
あの二人の支援者……俺の記憶からはアニメで一瞬だけ映った、彼らにウイルスを提供した白衣の大人達。
だけど今最もソレに該当するであろう情報は、黒崎先輩が言っていた『財団』という存在。
「私は彼らを支援しているであろう存在を追っている。今回彼らに辿り着いたのは、悪く言ってしまえば結果論でしかない」
結果論か……何となくだけど、刑事といえど表立って動けない立ち位置なんだろう。
そもそも表立って動けるなら、もっと分かりやすく動いてるだろうし、化神の存在だって一般認知されていると思うし。
とはいえ、大人の味方が増えてくれるのは純粋に頼もしい。
「色々と混乱は広がっているようね。今は赤土町にしか広がってないでしょうけど、感染者が外に広がるのは時間の問題よ」
「だろうな。音無先輩が心配だけど今は耐えてもらうしかない」
アイがスマホで色々と情報を確認してくれている。
想像通りというか案の定というか、悪い意味でアニメと同じような展開になり始めた。
となれば他も同様に近いと考えたい。
幸いにして音無先輩はアニメだと風祭凪に勝った人だから、そう簡単に負けるような事は無いだろ。
「なんで、こんな事をするんだろう」
「分からない。だからこそ気になるのは、ファイトログで誠司が言っていた『方舟』という言葉」
藍の言葉に牙丸先輩が反応する。
確かに政誠司は具体的な目的は言及していなかったし、どうしてウイルスを散布しているのかもログの中では明言していなかった。
俺はアニメでの断片情報である程度動機は知っているし、あの二人の目的も知っている。
「世界を破壊して、生命を選別して、自分達が選んだ存在だけで新世界を創り上げる」
俺の発言に他の皆が食いついてくる。
流石に前の世界については言えないから、あくまで推測という体で話を進めよう。
「神は堕ちた人類に怒りを覚えて世界を滅ぼす。ノアは愛する者、そして自身が選んだ生命と共に方舟へ乗り込み、次の時代へと生き延びる」
「方舟はウイルスカード。ノアは政帝と嵐帝というわけか」
「問題はウイルスカードが神の怒りも兼任している事だと思いますよ。速水にカードを渡した時アイツらは『友達になろう』とか言ってたのに、実際には観客席の人達を問答無用で感染させてた」
「なるほど。方舟の用意と同時に神の怒りを自作自演すれば、不要な人間だけを駆逐できるというわけか」
助手席の黒崎先輩が納得したように頷いている。
これが政誠司の目的。
ウイルスを使った全人類の剪定。
そして生かした者達と共に、自分の想い描く「優しい世界」を創り上げる事。
「ウイルスは感染者の人格を歪める。ダメージの実体化を使えば抹殺だって容易にできる……全部俺の推測ですけど」
「だが、今のあの二人ならやりかねない。オレはそう思う」
「否定したいところだけど……ボクも勇吾と同意見だ。あの二人なら実行する」
牙丸先輩は神妙な面持ちで、残念そうに言う。
よく知る相手だからこそ、そうなるのも仕方がない事なんだろう。
実際アニメでも一年生編の終盤では似たような感じだったし。
だけどそうなると次に出てくる疑問は、簡単に想像がつく。
「どうして、そこまでして世界を変えようとしてるんでしょう? 関係ない人まで大勢巻き込んでいるのに……」
「巻き込む事に意味があるんだろ。特に大人を巻き込めるなら何でも良いんだ……全部個人的な推測だけど」
ソラの疑問に返答をすると同時に、俺は運転席の勇巳さんに視線を向ける。
あの二人に辿り着いた刑事なら、あの二人の出自についても調べているはず。
「とある養護施設。彼らはそこで育ち……この凶行に及ぶ動機を得てしまった」
車内ミラーから勇巳さんの神妙な、何かに対して厳しい表情と共に言葉を紡ぐ。
やっぱり、そこに辿り着いているか。
とはいえアレに関しては、俺も詳細を知っているとは言い難い。
何故なら内容が内容なだけに、アニメ本編でも遠回しな表現だったから。
「内容が内容なだけに、今私から詳細を話す事はできない。だけど一つだけ知っておいて欲しいのは、かつて被害者であったとしても、今行った加害で塗り潰してしまえば取り返しがつかないという事だ」
「それ、あの二人には絶対に通じないですよね」
「……そうだな。本来であれば我々警察が予防すべきだった案件だ」
流石にここまで言ってしまうと、俺も怪しまれてしまうか。
だけど今は……特に藍にはこの後のファイトに集中してもらう為にも、俺ははぐらかす事を選ぶ。
何より二人の内どちらとファイトしようが、きっとファイト時には自分達の動機を自白するだろう。
アイツらはそういう性格だ。
「何か、知っているのかな?」
「推測です。全部ただの推測」
「そうか……親子だな」
少し妙な言葉が聞こえた気がするが、勇巳さんはそれ以上俺を追求してくる事はなかった。
詳細を話さない辺り、俺と似たような事を考えたのだと思いたい。
それはそうとして、さっきから車が動いていない気がする。
「完全に渋滞しているな」
速水が車内のカーテンを少しずらして外を見ている。
公共交通機関が麻痺している以上、当然といえば当然なのかもしれない。
いや困る。今人生で一番急いでるのに渋滞は困る。
「仕方ない。全員シートベルトをしてどこかに掴まって」
とりあえず俺達はシートベルトをする……いや待ってください。
まさかとは思うんですが、やる気ですか?
あぁ〜サイレンなり始めたよ、絶対そういうのやる気じゃん。
「飛ばすぞ。国家権力の名の下に」
勇巳さんがそう言った次の瞬間、護送車は渋滞の隙間に入り込み、猛スピードで走り始めた。
カーテンの隙間からチラチラと外が見えるけど、今自分が乗っているのは護送車……もといバスだよな?
バスとは思えないスピードで乗用車の隙間を掻い潜っているぞ。それっぽい音が聞こえない辺り、多分一瞬たりとも車体をぶつけてない。
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「揺れぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
そんなトンデモ運転をされれば、当然車内の俺達はこうなる。
遊園地のアトラクション顔負けの揺れに、俺はソラと一緒に声を上げてしまう。
ちなみに他の皆も似たような感じ……いや、後ろから藍も楽しそうな声が聞こえる。そういえばキミはそういう子だったね。
「よし、赤土町に入ったぞ!」
途端に車内の揺れがおさまる。
渋滞を抜けたのだろう。そう思って俺はカーテンの隙間から外を見る。
「……どう見ても感染が広がってますって感じだな」
言葉にする必要もないくらいに機能停止している町。
車は不自然に停車して、人は棒立ちかフラフラと歩くばかり。
生きているけど、ウイルス感染の影響で自我を奪われているような状態なんだろう。
「ツルギくんと速水くんが戦った場所にいた、観客席の人達みたいですね」
「ウイルス感染してるだろうし同じ状態なんだと思う。町に入ってもうコレって事は」
「学園はもっと酷いかもですね」
だけど言い換えれば、政帝達は間違いなく学園にいるという事でもある。
頭の上に乗っているカーバンクルも、毛を逆立てているのがよく分かる。
「濃くなってるっプイ。今まで感じた事がないくらい、濃い気配っプイ」
「だろうな。どう見ても本体っぽいウイルス使ったし」
ぽいというか実質本体なんだけどな〈ザ・マスターカオス〉。
確かアレは他のウイルスのコントローラーも兼ねていたはずだから、感染者を生かすも殺すも自由自在になるって話だったはず。
逆に言ってしまえば、本体さえ潰せば他のウイルスも連鎖して死んでしまう。
アレは一部のオリジナルウイルスを除くと、本体か存在を維持している眷属のようなものだからな。
「見えてきたぞ」
黒崎先輩の一言で、俺達は護送車の先を見る。
聖徳寺学園の校舎が近づいていた。
だけどよく見れば校門前に何人か虚な様子で立っている。
間違いなく感染者だな。
「近づけるのはここまでか」
「十分だ。後はオレ達に任せてくれ」
「私も戦う事ができれば良かったのだが」
「無理を要求する気はない。父さんは後方支援を頼む」
あれ、警察突入イベント発生しないの?
なんか黒崎先輩も普通に納得してるし……まぁ俺としてはノイズの発生確率が上がるよりはって思うけど。
ここカードゲーム至上主義な世界だよな?
「全員、準備はいいな? 外に出れば間違いなく今までで一番危険な戦いが始まる。逃げるなら――」
「牙丸先輩。ここに逃げるようなタイプの奴、いると思いますか?」
思わず言ってしまったけど、牙丸先輩はすぐに「それもそうだな」と微笑んで返してきた。
「天川、武井! 道は俺達が作る!」
「バトンを渡されたんだから、負けたら許さないわよ」
速水とアイが背中を押してくれる。
「二人共もう一度言うが、無理はするなよ」
黒崎先輩が後ろを担ってくれる。
「ツルギくん。私も頑張りますから、終わらせましょう」
「あぁ。絶対に勝つ」
ソラに背中を任せられる。
なら後は、藍と共に決戦に向かうだけ。
「藍、準備はいいか?」
「大丈夫。アタシもブイドラも、シルドラだっていつでも行けるよ!」
「こんな気色悪いウイルス、オイラが焼き払ってやるブイ!」
「まさか貴様と共に戦う日が来るとはな……頼むぞ」
「ガッテンブイ!」
シルドラもブイドラと共に戦う決意はできたらしい。
藍も既に主人公らしい目で準備を完了している。
なら後は、前に突き進むのみ。
「オレはまず音無を探す。他の皆は政帝達を!」
「ツララちゃんは任せたよ、勇吾」
音無先輩は先輩がなんとかしてくれるなら安心だ。
あの人が嵐帝と戦っている可能性は少しあるけど、まぁ大丈夫だろ。
そして護送車の扉を開けて、俺達は学園へと乗り込むのだった。
「露骨に門番役を配置するか、誠司が好みそうなやり方だよ!」
「どうせあっちも召喚器持ってるだろうし、まずは門番を倒してから――」
俺も自分の召喚器を手に持って、ファイト準備に入ろうとする。
だけどそれよりも早く、突如現れた木の根が校門前に立っていた生徒達をグルグルに拘束してしまった。
「……ウィズさん?」
「一々ファイトしてたらキリがないのね! 飛ばせるイベントなんて飛ばして、さっさとボス戦に行くのね!」
あぁ、うん、その通りなんだけどさ……もうちょっとこう、雰囲気とかあるじゃん。
見ろよアイを、ウィズの言い分は理解できるけど全面肯定に躊躇いが出て微妙極まる表情してるぞ。
「キュプ、安心して大丈夫っプイ。ああいう人間への干渉なんて、普通の化神なら数分が限度。それよりも――」
頭上でカーバンクルが校舎を見上げる。
「ここまで近づけば、どこに潜んでおるのか丸裸も同然。死んだ者達の怨嗟がよう聞こえてくる。平原に出た豚はさぞ射りやすいかや」
「だろうな。ナビゲート頼むぞ」
「キュップイ。任せるっプイ」
相当怒りが溜まっているのか、またも一瞬だけ口調が変わる。
だけどすぐに元のカーバンクルに戻っていた。
化神がいてくれるお陰で、敵の居場所はすぐに分かる。
勿論、藍と共にいるブイドラとシルドラもだ。
「行こう、みんな!」
「そうだな。最短ルートで行くぞ!」
藍の言葉が合図となり、俺達は門番をスルーして校内へと進んだ。
シルドラやカーバンクルが、敵の居場所を示してくれる。
ある程度場所は予測できていたけど、やっぱりアニメと同じ場所にいるらしい。
「本戦の会場。学内のファイト用施設か」