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第二百十五話:天川ツルギの分岐点

 病院の外で召喚器用の動画ファイルが再生を終える。

 財前が残した(まつり)誠司(せいじ)とのファイトログ。

 そしてシルドラからも、空港で何があったのか全て話された。


「こうして我は、アーサーの助けがあってどうにか逃げきれたというわけだ」


 シルドラはいるのに何故アーサーはいないのか、嫌なパズルのピースがハマってしまう。

 まだ傷が治って間もないシルドラは、(らん)に抱き抱えられながら悔しそうに歯軋りをしていた。


「これが……政帝(せいてい)のデッキなのか」

「なによこれ、ウイルス感染したモンスターなんて1体だけでも厄介なのに」


 速水とアイは動画に出てきた感染モンスターを見て大きな衝撃を受けている。

 それは牙丸(きばまる)先輩や黒崎先輩も同様。

 強大なSRモンスターの感染体を、こう何体も出される様を見せられたら、普通の人間なら恐怖を覚えても仕方がない。


「ツルギくん?」


 召喚器の仮想モニターが消えても無言でいる俺に、ソラが心配そうな声をかけてくる。

 ウイルスの危険性。

 感染モンスターという強力なカードへの恐怖。

 そんな感情は欠片も湧いてこない。

 今俺の中にある感情――言葉はただ一つ。


「殺す」


 ただそれだけ。

 今自分がどんな顔をしているのかは分からない。

 アニメでアイツらの背景は知っていたから、向こうの出方次第では多少の情けはかけても良いと思っていた。

 でもそれは最初だけ。半年程度の時間で、アイツらはラインを越え過ぎた。

 そして今、俺の中で無意識の内に張られていた一本の糸が、確かに切れた音が聞こえてきた。


「キュ、これは想像以上に危険な奴らっプイ……シルドラ、アーサーは?」

「分からぬ。カードが近くにあれば分かるかもしれぬが」

「キュプ〜、そのカードが今は近くにない……せめて無事でいてくれれば」


 俺の頭に乗りながら、カーバンクルがシルドラにアーサーの安否を聞いている。

 確かに、せめて無事でいてくれると良いんだけどな。

 その一方でブイドラは随分と苛ついている様子で、シルドラに声を荒らげていた。


「オイ王様野郎、なんで勝手に突っ走ってんだブイ」

「獲物は早い者勝ち、そういう取り決めだ。だから我と真波は己の責務を――」

「そうじゃなくてッ! なんで一度もこっちを振り向かなかったのかって話ブイッ!」


 大きな声でブイドラは、己の気持ちをシルドラにぶつける。


「オイラは王様の気持ちなんて何にも分からない。バカだから王様野郎が何をしたいかなんて言ってくれなきゃ分からないブイ」

「だから我らは先頭に立って守護せねばならんのだッ! 貴様らのような存在を!」

「背中ばかり見せるんじゃなくて、オイラ達の顔を見ろって言ってんだブイ! 自分の後ろにいる奴を見なくて、何が王様だッ!」


 ようやく少しだけ気持ちが落ち着いた俺は、二体の化神の方へと振り向く。

 ブイドラに言われた事が相当ショックだったのか、シルドラは今まで見た事ない表情をしていた。


「早い者勝ちしに行くのは別に良いブイ。だけど戦いに行くなら一回くらいオイラ達の方を見て欲しい。知らないところで知ってる奴がいなくなったら、オイラも藍も、他のみんなも後悔する。そのくらい王様なら気づいてくれブイ」

「ブイドラ……」


 反省をしたのか、シルドラは少し沈んだ様子でブイドラの名を口にしている。

 するとシルドラを抱き抱えたまま、藍も話を始めた。


「ねぇシルドラ。アタシね……もうそういう経験があるの。自分じゃどうにもならない所で、一緒にいたかった人達と二度と会えなくなった経験」


 藍の言おうとしている事はすぐに察せた。

 だけどそれは大っぴらに言うような事でもないし、きっと藍自身の心にも負荷がかかっている。

 それでも言おうとしているのは、シルドラという……親友のパートナーを諭すためなのだろう。


「アタシね、産まれてすぐに施設に入れられてたの。だから本当の親の顔は知らないし、名前だって後からつけられたもの。それでも同じ施設にいた子達とは仲が良かったんだよ」


 だけど……と、藍は話を続ける。


「ある日突然、離れ離れになっちゃった。何が起きたのかアタシもよく覚えてないんだけど、一瞬に暮らしてた家族や友達が急にいなくなって悲しかった事は覚えてる。本当に手放したくない人ってね、いなくなってから気づいても遅いの」

「……マナミに、手を伸ばし続けたいと言うのか」

真波(まなみ)ちゃんだけじゃない。シルドラも、ここにいるみんなもアタシがずっと手を伸ばし続けたい人達。だから伸ばした手は絶対に離したくない。アタシが掴める人達は何があっても掴んでいたい。もうギョウブやヒトハちゃんみたいに、見ているだけで終わるなんて嫌だから」


 藍の言葉は俺の心にも刺さってしまう。

 ギョウブも伊賀崎(いがさき)さんも、俺にとっては助けたくても助けられなかった相手だ。

 気持ちこそ藍と同じでも、俺は手を伸ばす方法すら分からなかった。

 カードゲームで勝つという人間の領域でしか、俺は自分の価値を発揮できない


(いや、違うか……俺が先を想像できなかっただけなんだ)


 アニメの展開なら容易に思い出せる。

 アニメの登場人物なら容易に戦い方も読める。

 だけどそれ以外はどうだ。この世界はフィクションじゃなくてリアルなんだぞ。

 今を生きる人間の思考やイレギュラーを想像する力なんて、俺にはない。


(先を想像する力……それを無いと言ったら、きっと言い訳にしかならない)


 だけど……一人で挑み続けて、後ろにいる人達が不安になるのなら。

 可能性すら恐れて、自分にできる事から逃げるのなら。


「ちゃんと泣いてくれる王様の方が安心できる――ヒトハちゃんが言ってたんだけど、アタシも同じ。突然いなくなるくらいなら、思いっきり助けてって言って欲しい。そうすればアタシ達も思いっきり手を伸ばせるから」


 きっとここが、俺にとっての分岐点なのかもしれない。

 自分の立つ場所がどこなのか、自分の意思で決めるべき瞬間なのかもしれない。


「カーバンクル。俺は――」

「ツルギ。ボクはキミがどんな選択をしても一緒に戦いたい。それがボクという生命の選択っプイ」

「……ありがとう」


 未来を変え過ぎれば、未知の領域が果てしなく続く。

 だけど未知を恐れ過ぎては、未来に進む事はできない。

 ここはかつて、観測する事しかできなかった世界。

 だけど今は、俺が生きる世界。


「なぁソラ、ちょっとだけ弱音吐いていいかな?」

「……はい」


 転移して間もない頃から、ずっと隣にいてくれた女の子の方を向く。

 こんな場面で「弱音」なんて言ったのに、ソラは優しく微笑んでくれた。

 きっと今までなら、こんな事は絶対に言わないようにしていたと思う。

 だけど今は、大切な分岐点だから、ちょっとだけ背中を預けたい。


「正直、めっちゃ怖い」

「ツルギくん……それ、笑いながら言うセリフじゃないですよ」

「自分でもそう思う……だけど、一人じゃないから」


 本来なら、人間が未来を知る術なんて存在しない。

 未来を知るなんて、呪いと大差ない――なんて話も聞いた事がある。

 なら俺にかかっていたものは、ある種の呪いなんだろう。

 呪いに振り回されて、心を押し潰そうとして……一人で戦い続けようとしていた。


「ヤベー奴が相手なのにさ。受け継いじゃったら立ち止まれねーだろ」

「それ、口実ですよね?」

「……かもしれない。でも今はソラ達がいる」


 財前から託された召喚器を一瞥してから、俺はソラや他の皆に視線を向ける。

 想定よりも展開が早くなっている。政誠司が帰国したという事は、恐らくもう学園に向かっているだろう。

 だけど俺の心は想像以上に落ち着いていた。


「財前が繋いでくれた。本当に背中を任せられる人達に出会えた」

「私は、ツルギくんの背中を守れそうな人ですか?」

「じゃなきゃ弱音なんて聞かせてない……だから、俺も手を伸ばし続ける」


 届かないなんて言わせない。

 自分の目に見える範囲だけでも、手を伸ばし続けて、掴んでいたい。

 アニメという未来を知っているからこそ。

 変化する未来を恐れず、前に進みたいからこそ。

 ここで分岐を選ばなけれいけない。


「ツルギくん」


 ふと、ソラが俺の手を握ってきた。

 小さくか細い手が、確かに生きている存在なのだと温もりを伝えてくる。


「私、ちゃんと頑張りますから。だからツルギくんは……ツルギくんがしたい戦いをしてください」


 生きている。

 この世界で生きて……手を離したくない人達ができた。

 だからこそ俺の脳裏には、ゼウスからの問いかけが浮かび上がってくる。


――君は今この世界に於いて、観測者なのか? それともこの世界を生きる登場人物(キャラクター)なのか?――


 観測者として必要以上に干渉しなければ、物語は既定路線で進むのだろう。

 だけど登場人物として動くなら……そこから先は白紙の未来、自分で創る物語になる。


(たとえこの先、未来を知るというアドバンテージを失ったとしても)


 自分の力で明日を勝ち取らなきゃいけない。

 それができる力が今この手にある。

 このカードゲーム至上主義の世界で、無双を成せる力が今の俺にはある。

 未来を変えてしまおうとも、その先で大切な人の手を掴み続けていられるなら……俺は登場人物を選ぶ。


 そして俺の――強さの果てはそこにある。


「キュプ!? ツルギ、召喚器のカードが!」


 頭上のカーバンクルに言われて、俺は自分の召喚器を手にとる。

 デッキの中に入れてあった1枚のカード。

 今朝カーバンクルに言われて気がついた、変化が始まっていたブランクカード。

 それが淡く優しい光を放っていた。


「これが、俺が必要としたカード」


 俺は自分の召喚器からそのカードを取り出す。

 淡い光は徐々に消え、ブランク状態だったカードに絵柄とテキストが現れた。

 それは俺も見た事がない未知のカード。

 だけどカード名を見た瞬間、ブランクカードは確かに俺の心を汲んでくれたのだろうと断じる事ができた。


 そのカードの名は〈【天地開闢竜てんちかいびゃくりゅう】オブシディアン・ソード・ドラゴン〉。


「オブシディアンの名前か。白紙だった未来を創るって意味じゃあ最適解だな」


 過去に俺が使ったカードの中にも〈オブシディアン〉の名前を持つカードはあった。

 〈オブシディアンの封印竜〉と〈オブシディアン・アンノウン〉。

 だがこの2枚は背景ストーリーでは重要なポジションを仄めかされていたが、前の世界では結局3枚目以降の姿は出なかった。

 文字通り白紙の未来を抱えていたカード……それが今こうして、俺の決断に反応するように姿を現してくれた。


「裏……そういう事か」


 変化したカードの裏面を見て、俺は色々と腑に落ちる。

 召喚器に入れてもエラーが起きないという事は、メインデッキに入れて問題ないタイプなのだろう。

 もう、向かうべき道は一つだ。


「ん、ツララちゃんから?」


 その時であった。学園で留守番状態だった音無先輩が、牙丸先輩に電話をかけてきた。

 何があったのか予測はつく。あの二人が学園に戻って来たんだろう。


「なっ!? 分かった、すぐに向かう」

(ワン)先輩、なにがあった?」

「誠司達が学園に戻ってきた! 学内だけじゃなく、明らかに感染した人間が町中に広がっている!」


 流石に黒崎先輩も顔を顰めている。

 こういう展開は、原作通りになってしまうんだな。

 だけど大丈夫……原作通りだからこそ、決着のつけ方も分かる。


「藍! 財前と九頭竜(くずりゅう)さんが繋いでくれたんだ……勝ちにいくぞ」


 一人じゃない。だから半分だけ力を借りるぞ、原作主人公。


「うん。アタシも――絶対に負けられない! だからシルドラ、力を貸して!」

「……良いだろう」


 藍の決意と共に、シルドラは彼女のデッキへと入っていく。

 大丈夫、今の藍は誰が相手でも勝てる。

 だから俺も、全力で政誠司に勝ちに行く。


「先輩……俺ら先に行ってます」

「勝てる見込みはありそうか?」


 黒崎先輩に問われてしまう。

 だけどこういう時、カードゲーマーの答え方は一つだ。


「100%なんてありませんよ。俺達はどんなファイトでも、100に近づけるように尽くすだけです」

「そうか……なら行ってこい! 天川(てんかわ)武井(ぶい)

勇吾(ゆうご)、お前」

「王先輩。今回バトンを受け取ったのはあの二人だ。オレ達は帝王として後輩のために道を作る。違うか?」


 戸惑う牙丸先輩に、黒崎先輩がハッキリと言い切る。

 だけど牙丸先輩もすぐにため息を一つだけ吐いて、やれやれと口元に笑みを浮かべた。


「年長者ってのも大変だね。特に帝王なんて面倒事しかない」

「万が一の時に備えて、後ろに控えるのもオレ達の務め」

「そうなんだよね〜……二人とも」


 牙丸先輩は真剣な表情で俺と藍に視線を向けてくる。


「これだけは約束してくれ。無茶はするな。もしもの時は必ず上級生を頼れ」


 そして――


「勝てよ。勝って誠司達を止めてくれ」

「……はい!」

「言われなくてもそのつもりです」


 心の底から出てきた願いを聞いて、藍と俺は腹を括る。

 負けられない、負けたくない。

 必ず勝って、全てを終わらせる。


「ねぇ、学園どころか赤土(あかど)町に感染が広がっているのよね?」


 突如アイが疑問を投げかけてきた。

 確かに聞くところによると学園の外にも感染が広がっているらしいが。


「今調べたのだけど……電車、完全に止まってるわね」


 えっ?


「状況が状況なだけに、タクシーを使うのも気が引けるのだけど……どうやって学園に戻るの?」


 数秒の沈黙が場を支配する。

 た、確かに!? 帰還する手段を完全に忘れてた!

 どうするんだよ、ここから学園まで徒歩とか無茶にも程があるぞ!


「それならオレに考えがある。元々明日ために準備しておいた仕込みがあったが、それが使えそうだ」


 そう言うと黒崎先輩はスマホを取り出して、どこかへ連絡をし始めた。


「先輩、なにをする気なんでしょう?」

「わかんね。この人数の移動だろ? どうする気なんだ?」


 俺とソラは二人揃って頭上に疑問符を浮かべる。

 そして1分半ほど電話すると、黒崎先輩は俺達に「少しだけ待っていろ」と言ってきた。


「あの〜先輩? なにか呼んだんですか?」

「そうだ。父さんが来ればすぐに分かる。場所が近くて良かった」


 電話したのは黒崎先輩の親父さんか。

 ……刑事の親父さん?


「なぁソラ……もしかして先輩が呼んだのって」

「私、パトカーで運ばれる日が来るなんて思いもしなかったです」


 絶対パトカーだよな?

 警察がお迎えに来るってソレ絶対にパトカーだよな!?

 見てくれよ他の皆の顔を、めちゃくちゃ筆舌に尽くしがたい顔になってるぞ!


「ま、まぁ学園に向かう事ができるならパトカーでも」

「そうなんだよな、贅沢言ってられる状況じゃないしな」


 そして待つ事数分。

 パトカーが近づいてくる様子は全くない。

 代わりに俺達に近づいてきたのは一台のバス。

 形はバスなのだが、パトランプは付いているし窓に思いっきりスモークフィルムまで貼られている。

 うん、アレじゃないよね? アレはたまたま通りがかっただけの車両だよね?


「来たぞ、全員乗れ」

「これ護送車じゃねぇかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 真顔の黒崎先輩に、思わず叫んでしまう。

 予想できるか護送車が来るなんて!

 テレビ局の代わりに学園へ突っ込む気か!


「私、今ほどアイドルを引退しておいて良かったと思った事はないわ。道連れになってくれるかしら?」

「天川……背に腹はかえられない。乗るぞ」


 微妙な表情のアイと速水に肩を掴まれる。

 うん、もうこれしか無いもんね。

 俺は先程まで上がっていたテンションが下がっていくのを感じつつ、護送車に乗るのだった。

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