第二百十四話:すまない
誠司と凪のファイトは、ほとんど同時に終了した。
ウイルスによるダメージの実体化も相まって、ファイトステージから落とされた小太郎と真波は完全に意識を失っている。
二人とも服には血が滲み、身体中には黒い痣が浮かび上がっている。
「マナミ、返事をしろッ! マナミ!」
散乱しているカードから出てきたのは傷だらけで血塗れのシルドラ。必死に真波へと語りかけるが、返事はない。
それどころか黒い痣は蝕むように、ゆっくりと真波の身体に広がっている。
「ッ! なんだこりゃあ、このウイルス全然吸い取れねーぞッ!?」
負傷して倒れている小太郎に手をかざして、アーサーはウイルスを除去しようとするが叶わない。
シルドラも同様に今までと同じようにウイルスを吸収しようとするも、ウイルス側が抵抗をするので上手くいかなかった。
化神の力を持ってしても除去ができない強大なウイルス。
「これがオリジナル……あの〈ザ・マスターカオス〉だというのか……!?」
立体映像が消えてなお、まだ誠司の背後に浮かぶ紋様をシルドラは睨みつける。
誠司が執る究極のウイルス〈【終焉の感染】ザ・マスターカオス〉。
そして凪の執るオリジナルのウイルス。
シルドラはその想像を絶する恐ろしさを前に、身体を僅かに震わせてしまう。
「っ! 誠司様、そちらは」
「あぁ……何一つ問題はなく済んだよ。それよりも凪、君の身体の方が心配だ」
誠司はファイトが終了してもなお、未だ目が赤く染まり、身体に黒い痣が浮かんでいる凪を心配する。
痣から発生する痛みに耐えながら、凪は小さく頭を下げた。
「申し訳ありません。一年生とはいえ評議会に入る者が相手でしたので」
「別に咎める気はない。僕が同じ立場でも判断は変わらなかったさ。むしろよくやってくれた」
「ありがとうございます」
「本当に手早く済んで良かった……凪が二重感染を使う前に済んで、ね」
安心したように凪の頭を撫でて笑みを浮かべる誠司。
そこから一転して、倒れてる相棒に声をかけるシルドラとアーサーに視線を向ける。
「ではそろそろ、最後の仕上げといこうか」
そう言うと誠司は右手を上げ、背後に浮かぶ紋様に指示を出す。
紋様は妖しく光輝くと同時に、膨大な量の黒い霧を散布し始めた。
アーサーやシルドラは、瞬間的にそれがウイルスであると肌で理解する。
「野郎、こんな場所でばら撒く気かよッ!」
「うッ、あぁ!」
「マナミ、どうした! マナミ!」
ウイルスが撒かれると同時に、真波の身体が反射的に苦悶の声を出してしまう。
それは小太郎も同様であった。
アーサーは振り返り、誠司を睨みつける。
「ウイルスは感染した者の善悪を判別する。悪には死を、善には永遠の幸福をもたらす」
「テメェ……」
「そしてウイルスは化神を材料にした存在。当然君達の善悪も判断する」
瞬間、黒い霧の一部が大きな塊として出現。
シルドラとアーサーの前で形を形成していき、いくつかのモンスターを模ってきた。
モンスターといえども全て霧の集合体に赤い目が光っているのみ。
「どうやらウイルスは君達を悪と断じたようだ。残念だけど、ここまでだよ」
「チッ、素材にした化神の形を再現したった事かよ! 違法コピーは犯罪だって学校で習わなかったのかァ!?」
「不味いぞ、マナミ達を守りながらこの数は……」
相手をしきれない。そうシルドラが言い切るより先に、黒い霧の塊は襲いかかってきた。
どうにか抵抗を試みるが、すでに負傷しているシルドラが動いても傷が増えるのみ。
「――ッ!」
襲いかかるウイルスの塊を相手にしながら、アーサーは一瞬だけ視線を後ろに向ける。
それは小太郎に向けてでも、真波やシルドラに向けてでもない。
もう少し外れた場所、散乱したカードの中にそれがあるか否かの確認。
「これしか――ねェェェ!」
そのカードを視認した瞬間、アーサーは思いっきり腕を振り払った。
意図的にシルドラへとぶつけて、彼を後方へと弾き飛ばす。
「貴様、なにをッ!?」
「テメーは今すぐ逃げろッ!」
「ふざけるな、我がここで逃げる理由など――」
「今のオレ様達じゃどうにもならねー! 自分のカードを持って逃げるんだよォォォ!」
そこでようやくシルドラは、アーサーが何故後ろに殴り飛ばしたのかを理解した。
足元に落ちているのは〈【王子竜】シルドラ〉と〈キングダムセイバー〉のカード。
「今はパートナーの事を考えるな、オレ様達じゃどうにもならねえ」
「マナミを置いて逃げる訳にはいかん!」
「全滅したら元も子もねーんだよッ! 誰かがコレを、仲間に伝えなゃなんねーんだッ!」
「しかしそれだと貴様は!」
「オレ様のカードは、逆方向に飛んじまった! オレ様が時間を稼ぐ、だからテメーは――さっさと逃げやがれェェェェェェ!」
アーサーの叫びが響き渡る。
今の自分達ではパートナーを助ける事はできない。
それを理解してしまったシルドラは一度真波の方を見ると……「すまない」と呟いて、自分のカードと〈キングダムセイバー〉を拾い上げた。
「死ぬな、死なせるな。これは我の命令だァァァ!」
「……任せろ」
アーサーの短い返事を背にして、シルドラはファイトステージから脱出する。
背後から迫り来るかもしれないウイルスの塊を恐れながら、歯を食いしばってシルドラは飛び続ける。
傷の痛みなどどうでもいい、最も痛むのは心。
己の不甲斐なさに対する底なしの怒りであった。
「マナミ、アーサー……すまないッ」
空港を出て、シルドラは必死に翼を動かす。
目指す場所は聖徳寺学園。
伝えなくてはいけない、敵の恐ろしさを……武井藍と天川ツルギに。
そして数時間後。
傷だらけのシルドラは聖徳寺学園でファイトの顛末を伝え、ツルギ達同盟の元には小太郎と真波の病院搬送の報がきた。