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第二百十三話:5枚

「僕のターンッ! スタートフェイズ。ドローフェイズッ!」


 僅かに焦る心はあるものの、小太郎は自分の頭を必死に冷やして思考を巡らせる。

 相手の盤面情報と残りライフ。そこから自分のデッキで行える勝ち筋。

 勝ち目の薄い格上が相手といえども、小太郎はまず自分にできる最善の一手を考える。


(一番厄介なのは、あのモンスター達の能力)


 誠司(せいじ)の使うモンスターが持つ能力【断罪】。

 相手の行動に反応してカウンターを仕掛けてくるという、相手にすれば厄介この上ない効果。

 そこに追い討ちをかけてくるのは「政帝(せいてい)には7枚の切り札がある」という話。

 現在出てきた《罪臣(ざいじん)》のモンスターは3体。噂通りであれば残り4体が控えている。


(動けば何かが来る……だけど立ち止まれば、そこで終わるッ!)


 勝利は理想論。

 理想に手が届かなくとも、最低限の目的は果たさなくてはいけない。

 その為の最短ルートは、全力で勝ちにいく事。


「メインフェイズ! 〈アーサー〉と〈シャドウウルフ〉の合体を解除」

「オット? 下準備ってやつかァ?」

「そういう事だ。続けて〈レフト・サンダーカブト〉を召喚!」


〈レフト・サンダーカブト〉P4000 ヒット1


 新たにカブト虫型のメカが召喚され、小太郎の場には3体のモンスターが並ぶ。

 下準備はまだ続く。アーサーは期待するように小太郎の方へと視線を向けていた。


「進化条件は系統:《ライト》と《レフト》を持つモンスターをそれぞれ1体ずつ! 僕は〈レフト・サンダーカブト〉と〈ライト・シャドウウルフ〉で融合進化!」


 巨大な魔法陣に、カブト虫型とオオカミ型のロボットが飛び込んでいく。

 そして魔法陣は異空間のカタパルトへと繋がるゲートとなり、真っ赤なボディの巨大戦闘機が発進してきた。


「来い〈マックス・ストライカー〉!」


〈マックス・ストライカー〉P14000 ヒット2


「よーし小太郎、ロックにいくぞォ!」

「そのつもりだ! 僕は〈【中核機神(ちゅうかくきしん)】コア・アーサー〉と〈マックス・ストライカー〉を合体!」

「オッシャアッ! いくぜェ〈マックス・ストライカー〉!」


 叫び声を上げて気合いを入れるや、アーサーは〈マックス・ストライカー〉と共にバンク空間へと突入する。

 その中で合体を完了させ、赤い巨大ロボットとしてフィールドに舞い戻ってきた。


「オレ様超完成ッ!」

「〈【超勇機神(ちょうゆうきしん)】マックス・アーサー〉合体完了」


〈【超勇機神】マックス・アーサー〉P23000 ヒット4


「さァてと、パワーは十分。あの気色悪い奴らはまとめてブッ飛ばしたいが……いけそうか?」

「いけるかどうかじゃない。やるんだ」

「ハハッ、イイねェ〜流石はオレ様の相棒。オレ様好みのロックだ!」


 左手の平に右拳を叩きつけながら、アーサーは楽しそうに返事をする。

 パワー勝負でどうにかできる程単純な戦いではない、それはアーサーにも理解できている。

 だが動かなければ何も得られない。進まなければ勝ちもできない。


「アタックフェイズ! 〈マックス・アーサー〉で〈グリード・リラドール〉を指定アタック!」

「最初の獲物はテメェだッ、成金ヤロー!」


 黄金や毛皮など、混沌とした欲望で構成されたゴーレムに向かって〈マックス・アーサー〉は拳を振り上げる。

 悍ましい外見をした怪物であっても、パワー勝負なら〈マックス・アーサー〉に分がある。


「ほう、〈グリード・リラドール〉から狙うのか。良い判断力をしている」

「永続効果は厄介だからね。そこから潰すッ!」


 仮想モニターを操作して相手のテキストを確認していた小太郎。

 いくつか読めない効果はあったが、確認できた範囲で最も厄介であったモンスターから狙い撃つ事にした。

 そして〈グリード・リラドール〉の永続効果は、場に存在する限り「相手がライフを回復したら、その数値分のダメージを相手に与える。その後与えたダメージの数値分、自分のライフを回復する」というもの。


「まずはライフ回復を解禁させてもらう。アーサーッ!」

「任せろ小太郎! 土手っ腹に風穴空けてやらァァァァァァ!」


 左の手で怪物の頭を鷲掴み、アーサーは赤く熱された右の拳を腹部に叩き込む。

 黄金も毛皮も全て無意味に貫かれて、〈グリード・リラドール〉には破壊判定が下ってしまう。

 だがこの程度で倒し切れるようなモンスターを、誠司は決して安易に召喚はしない。


「〈グリード・リラドール〉の【ライフガード】を発動。回復状態で場に残る」

「おっと生き残ったか。けどナー、オレ様達もただ指定アタックをしただけじゃネーんだぜェ!」

「進化素材となっている〈ライト・シャドウウルフ〉の効果を発動。戦闘で相手モンスターを破壊した時、そのモンスターの元々のヒット数だけ、〈アーサー〉のヒットを上げる」


 たとえ【ライフガード】で場に残っても破壊判定は下っている。

 よって〈マックス・アーサー〉はヒット数を上げて、さらに〈マックス・ストライカー〉の効果によって回復状態となる。


〈【超勇機神】マックス・アーサー〉ヒット4→7


「生き残ろうが関係ねェ! もう一回ブン殴ってやらァァァァァァ!」


 そしてもう一度〈グリード・リラドール〉を攻撃する〈マックス・アーサー〉

 パワーの変化は起きてないので、怪物は拳で頭部を砕かれてしまい、再び破壊されてしまう。

 もう【ライフガード】による耐性も残っていない。


「モンスターを戦闘破壊した事で、2つの効果が再び発動する!」

「オレ様回復ッ! さらにヒットも上昇だァァァァァァ!」


〈【超勇機神】マックス・アーサー〉ヒット7→10


 とうとうヒット数が二桁の大台に到達したアーサー。

 そしてこの過剰とも言えるヒット上昇こそ、小太郎の狙いでもあった。


「これで下準備は完了、そうだろ小太郎ォ!?」

「おや、何か策があったのかな?」

「貴様を討つのにやり過ぎという言葉は存在しない。僕は魔法カード〈超修繕粒子ちょうしゅうぜんりゅうし〉を発動!」


 魔法カードが発動された瞬間、フィールドに淡い光の粒子が解き放たれる。

 これが今の小太郎にできる最善の一手。


「〈超修繕粒子〉の効果によって、僕はライフを3点回復する」


 小太郎:ライフ5→8


「なるほど、その為に〈グリード・リラドール〉を優先的に破壊したと。だけどライフを回復した程度では、君が僕に刃を届かせるには至らない」

「ライフが重要なんじゃあない。本命はこっちだ! 〈超修繕粒子〉の追加効果。自分の場にヒット8以上のモンスターが存在する状態で発動した場合、このターンの間相手はアタックフェイズを終了する効果を発動できなくなる!」


 (まつり)誠司(せいじ)の退路を断ち切る。

 それが小太郎の選んだ一手であった。

 どれだけ高いパワーを持つモンスターで敵軍を殲滅しようとも、アタックフェイズを終了されてしまえば元も子もない。


「言ったはずだ。誅罰だと」

「なるほど。ちっぽけな一年生でも、多少の策は練られるか」

「残念だったな政帝。こう見えて僕が最も倒したい相手は、策の十や二十でも用意しなくちゃ勝てない強者なんだよ」

「あぁ、勘違いすんじゃあねーぞ。間違ってもテメェみたいな悪趣味野郎じゃねーからな」

「おやおや、それは残念」


 ビジネススマイルは崩さない。

 自分が優位的な立場であると決して疑問視はしない。

 それが序列第1位【政帝】政誠司という男であった。

 己の意思は民の意思。己の正義は全てに於いて正義。

 その傲慢さは暴君や圧政者に分類される。

 故に守るべき下の者すらも私欲で利用して、死にまで追いやるこの男の存在を、瓦礫の王は認めたくなかった。


「汚れた玉座の掃除を約束したんだ。今すぐ降りてもらうぞッ! 〈マックス・アーサー〉で〈エンヴィ・ブレイン〉を指定アタック!」

「頭でっかちな脳みそ叩き潰してやるぜェェェ!」


 続けて〈マックス・アーサー〉は巨大な機械を力任せに殴りつける。

 どれだけ抵抗をされようとも、パワーによるゴリ押しでアーサーは培養液で満たされたカプセルを露出させた。


「スクラップになりやがれ!」


 そしてカプセルごと、中に浮かんでいた脳を殴り潰すアーサー。


「【ライフガード】は使わない。そのまま破壊を受け入れよう」


 不必要に場に残しても〈マックス・アーサー〉の自己強化を助けるだけ。

 誠司は敢えて〈エンヴィ・ブレイン〉を墓地へと送らせた。

 この時、小太郎は妙なもの感じてしまう。


「〈マックス・アーサー〉は回復して、ヒット数が上昇する」


〈【超勇機神】マックス・アーサー〉ヒット10→12


「残り1体だ。〈グラトニ・オニマル〉を指定アタック!」

「さっきは派手にやってくれたじゃねーか。コイツはお返しのビートだァァァ!」


 先程の戦闘へのお返しだと言い、〈マックス・アーサー〉は鬼武者へと攻撃を仕掛けた。

 両手に刀を握り、〈グラトニ・オニマル〉は返り討ちにしようと斬りかかる。

 自身の効果でパワー17000まで上昇するが、先程とは違って〈マックス・アーサー〉には届かない。

 鋼鉄の身体に刀の刃は通らなく、逆に砕け散ってしまう。


「オイ、今度はオレ様のビートを味わってくれや」


 アーサーは鬼武者の頭を鷲掴みにして持ち上げると、胸部にエネルギーを充填し始めた。


「吹き飛べ! マックスバァァァァァァァァァァァァストッッッ!」


 充填されたエネルギーが放出されて、〈グラトニ・オニマル〉を飲み込む。

 そのまま鬼武者は呆気なく消し炭と化して、フィールドから消滅してしまった。

 そしてモンスターを破壊した事で〈マックス・アーサー〉は回復し、ヒットを上昇させる。


〈【超勇機神】マックス・アーサー〉ヒット12→15


「これでテメェは文字通り裸の王様ってわけだ。ハイクは読めるか?」

「フフっ、基礎的なものなら少々」

「もうテメェを守るモンスターはいねぇ。アタックフェイズも終了できねぇ。覚悟はイイか?」


 アーサーの言う通り、普通なら次の攻撃で小太郎が勝利すると思えるような状況。

 小太郎自身も自分のペースに持ち込めたとは思っていた。

 しかし……小太郎にはどうにも違和感が付き纏っている。


(ブロッカーは0、アタックフェイズも終了できない。仮にモンスターの攻撃を無効化する手段を持つなら、すでに使っているはず……)


 にも関わらず、誠司は落ち着いていた。

 何一つ不安になる要素はないと言わんばかりに、不気味な笑みを浮かべ続けていた。

 不利な状況だと認識していないのか、それともただの狂気なのか。

 真意は全く見えないが、除去耐性のある〈マックス・アーサー〉なら多少の無茶は問題ない。

 そう判断した小太郎は――


「っ! 〈マックス・アーサー〉で攻撃ィィィ!」


 ――攻撃宣言を、してしまった。


「……攻撃をしたね?」


 政誠司の目が、一瞬妖しく光った。

 瞬間、何かが広がり始めて、周囲の空間を包み込む。

 攻撃を仕掛けていた〈マックス・アーサー〉は拳を振り下ろした瞬間の状態で全身が硬直。

 小太郎が慌てて周辺を見渡すと、世界から色が減り……灰色に染まっていた。


「なんだ、なにが起きた」

「これは王命。君達の時間を少しだけ飛ばさせてもらったよ」


 全てが静止している。

 世界の時間が止まったかのように、音も消え去っている。

 今この空間で動けるのは小太郎と誠司……そして、誠司が呼び出そうとしているモンスターのみ。


「墓地に系統:《罪臣》を持つモンスターが3種類以上存在し、自分の場にモンスターが存在しない状態で相手が攻撃をしてきたことで……【大断罪】を発動」


 手札から1枚のカードを投げると、誠司の背後に浮かんでいる紋様から巨大な扉が出現する。

 鎖で封じられた扉を内側から強引に開いて、そのモンスターはフィールドに降り立とうとしていた。


「真なる為政者はただ一人。時も世界も、その威を以て弄ぶといい。汝は七つの頂点に君臨する魔神なり!」


 扉から飛び出て、ソレはフィールドに降臨する。

 人型のように見えるが、異様に長く大きな腕や、貌のない頭部。そしてコウモリのような翼と大きな角が、ソレを一目で悪魔の類だと理解させてきた。


「降臨せよ〈【最悪総理罪臣さいあくそうりざいじん】プライド・デーモン〉」


 音も声もなく不気味極まる。

 だがそれ以上に小太郎が言葉を失ってしまった理由は……


〈【最悪総理罪臣】プライド・デーモン〉P25000 ヒット4


「パワー25000を、こんな緩い条件で」

「〈プライド・デーモン〉の前では全てが無力。【大断罪】によって召喚された事により、君のターンの残りは全て消滅する」


 効果が発動するや、貌のない悪魔は身体を震わせる。

 すると周囲の空間にヒビが入り始めて、瞬く間に砕け散ってしまった。

 砕けた空間から元の空間が再構成されると、時間も動き出す。

 攻撃途中で止められていたアーサーの動きも再開したが、すぐさま〈プライド・デーモン〉の腕で叩き落とされてしまった。


「グアっ!? なんだ、なにがあった!?」

「ターンの残りは消えた。これで君たちに次のターンは来ない」


 財前:ライフ8 手札1枚

 場: 〈【超勇機神】マックス・アーサー〉(構成内容〈【中核機神】コア・アーサー〉+〈マックス・ストライカー〉)


 小太郎は仮想モニターに目をやると、確かにターン終了の表示が出ていた。


「バカな……効果でアタックフェイズは終了できなかった筈だ!」

「アタックフェイズを終了させたのではない。ターンを消し飛ばしたんだ」

「なんだよソレ。ターンごと消すとかありか?」


 並大抵の策は通じなかった。

 それどころか強力なモンスターまで呼ばれてしまった。

 少し前まで抱いていた想像を遥かに超える政誠司に対して、小太郎は歯軋りをしてしまう。

 アーサーも突然ターンを飛ばされたという事実に戸惑っているが……時は既に遅く、誠司のターンが開始される。


「僕のターン。スタートフェイズ。ドローフェイズ」


 小太郎の場には疲労状態の〈マックス・アーサー〉のみ。

 いくらライフが8点残っていようとも、相手が相手なだけに気休めにすらなっていなかった。


「……アタックフェイズ。君という咎人に最後の審判を下してあげよう」


 もはや新たにモンスターを出す必要もなく、魔法を使う必要もない。

 誠司は冷たい目で小太郎を見据えて、攻撃に移行する。


「〈プライド・デーモン〉で、攻撃」

「通すわけがないッ! 魔法カード〈スーパーディフェンスシフト!〉を発動。〈マックス・アーサー〉を疲労ブロッカーに――」


 最後の手札を防御に使おうとした瞬間、どこからか凄まじい勢いで飛んできた鞭が、小太郎の最後の手札を破壊した。

 突然の出来事に、小太郎は愕然として消えた手札を見てしまう。


「相手が魔法カードを使った事で、手札から〈【交痛罪臣(こうつうざいじん)】サイバーヴァンプ〉の【断罪】を発動」


 誠司の場に現れていたのは、どこかSFチックな衣装に身を包んだ女性型吸血鬼。

 その吸血鬼の手には、先程小太郎の手札を砕いた長い鞭が握られていた。


〈【交痛罪臣】サイバーヴァンプ〉P5000 ヒット2


「〈サイバーヴァンプ〉が【断罪】で召喚された時、相手の魔法カードを1枚無効化する」

「ザけんなよ、何でもありかよッ! 小太郎ォ!」

「……ライフで受ける」


 手札は0枚、ブロック可能なモンスターもいない。

 小太郎は〈プライド・デーモン〉が振り下ろしてくる鋭い鍵爪を、その身で受け止めた。


 小太郎:ライフ8→4


「ガッ、ハッ」


 痛みは増幅し、皮膚も裂けて血が流れる。

 内臓が裂かれたような凄まじい痛みに耐えながら、小太郎は誠司を睨みつけた。


「ここまで追い詰められて、まだ歯向かおうとするその意思……それだけは賞賛に値するよ」

「言ったはず、だ……自称と言えど、も、王は王……貴様のような下種を地に落とすのは、僕の、役目だ」

「愚民できる事は、王を見上げる事だけ。君は自らの意思で方舟から降りたのだよ」

「何が、方舟だ……血に濡れたソレで、何処へ行くつもりだ」

「君が到達できない新世界だ。そこで僕達は本当の幸せ手にする。〈サイバーヴァンプ〉で攻撃!」


 誠司が攻撃を宣言すると、女性型吸血鬼は鞭をしならせて襲いかかってくる。

 一見すると手札もブロッカーも無い小太郎には打つ手がない。

 だが小太郎の目は諦めていなかった。

 序盤で誠司の〈オールブレイン〉によって手札から墓地へと落とされていたカード。

 弔い合戦も兼ねているこのファイトへ、1枚でも連れて行こうと考えた小太郎が、ヒトハのデッキから持ち込んできた魔法カード。


「墓地から魔法カード〈ラック・ライフ・ウォール〉を発動ッ!」

「ッ!? そのカードは」

「自分の墓地に同名カードが3枚揃っている場合、このカードは墓地から発動できる……貴様達に利用された、ヒトハのカードだッ!」


 小太郎の墓地には〈ザ・トリオメタル〉が3枚存在する。

 よって発動条件は満たされていた。

 予想外のカードを発動されて、誠司はこのファイトで始めて僅かに表情を崩した。


「〈ラック・ライフ・ウォール〉の効果。デッキの一番上のカードを墓地へ送って……モンスターカードなら、アタックフェイズを終了させる」


 今はこれに賭けるしかない。

 小太郎は痛みで震える手で、自分のデッキからカードを墓地へ送る。

 もしも魔法カードなら、追撃が来た場合に防ぎきれない。

 奇跡を信じて、小太郎は墓地へ送られたカードを確認し……小さく笑みを浮かべた。


「〈ライト・サムライラビット〉……モンスターカードだ、これで――」

「カオスライズ」


 冷たく宣言をする誠司。

 瞬間〈サイバーヴァンプ〉がドス黒い闇に包まれて、その姿を変えてきた。

 如何にも悪堕ちしたといった姿の女吸血鬼。

 まるで()()と嗜虐性を体現したような、新たな感染モンスターが出現した。


〈【交痛感染罪臣】ラスト・ヴァンパイア〉P11000 ヒット3


「こんなタイミングで感染……!? だけど〈ラック・ライフ・ウォール〉の効果で、アタックフェイズは強制終了する!」


 魔法効果によって、小太郎を守るように四葉のクローバーを彷彿とさせる障壁が現れる。

 だが〈ラスト・ヴァンパイア〉の放った鞭によって、その障壁はあっけなく粉砕されてしまった。


「〈ラスト・ヴァンパイア〉の効果により、君はもう効果でアタックフェイズを終了できない」

「なん……だと」

「さっきのお返しさ。そして〈ラスト・ヴァンパイア〉で攻撃!」


 万策は尽きた。もう小太郎に防御手段はない。

 女吸血鬼の振るった鞭をその身で受け止める以外に、小太郎には選択肢がなかった。


 財前:ライフ4→1


「ガハッ」

「小太郎ォ!」


 裂けたのは皮膚か内臓か、もう何処の痛みが襲ってきているのか小太郎自身分からない。

 口から血を吐いて、残りライフ1まで追い詰められてしまい、ついに小太郎はファイトステージに膝をついてしまった。

 だが政誠司という男は、そんな相手の姿を見ても情が湧く事はない。


「〈ラスト・ヴァンパイア〉の効果発動。相手が魔法カードを発動しているターンであれば、1度だけモンスターを回復させる事ができる。〈プライド・デーモン〉を回復」


 効果によって再び立ち上がる貌の無い悪魔。

 せっかくの戯れは、エースカードで終わらせよう。

 これも全ては、そんな誠司の気まぐれに過ぎない。


「ちっぽけな一年生にできる事はない。これで君も終わりだ」

「終わり……ハハっ、そうだ、これで……ハハハハハハハハ!」


 トドメを刺される直前にも関わらず、小太郎は突如として笑い声を上げ始めた。

 流石に誠司も訝し気な表情浮かべる。

 もう小太郎には防御手段など無いはず……それなのに何故彼は笑うのか。


「ふむ。追い詰められておかしくなってしまったか? まぁいい、些末な事だ。これで――」

「5枚だ」

「なに?」


 突然笑う事を止めた小太郎は、誠司に向けて意味不明な数字を告げる。


「聞こえなかったのか、5枚だと言ったんだぞ」

「なんの数字だい? 君はいったい何を」

「このファイトで、貴様が使ったSRモンスターの数だッ!」


 誠司の表情が一瞬にして凍りついた。


「感染した姿、後ろのウイルスも含めればもっとか」

「それが何だと言うんだい?」

「分からないのか? 貴様は5枚も使ったんだぞ。たかがAクラスのちっぽけな一年生相手に、1枚でも切り札と言えるようなSRを5枚も使ったんだぞ?」


 政誠司の切り札は7枚のSR。

 それを少しでも使わせて、ファイトログを残す。

 それが小太郎の真の目的でもあった。


「僕のような取るに足らない雑魚相手に、貴様は5枚も使ったんだ。学園最強の政帝が聞いて呆れるなァ?」

「黙れ」

「貴様は自分が思っている程強くもない。たかが一年生にここまでカードを使ったんだ。新世界だか何だか知らないが、貴様が玉座から引きずり下ろされるのは時間の問題だろうなァ?」

「黙れと言っている」


 苛立っている誠司を見て、小太郎は口元に笑みを浮かべる。

 少しでもあの男のプライドに傷をつけられるなら……後の事は、信頼できる者に託す。


「先に地獄で待っていてやる。名所の下見は任せてもらおうかァ! ハリボテの帝王様よォ!」

「黙れェェェェェェェェェェェェッッッ!」


 激情に任せて叫ぶを上げる誠司。

 その衝動に応じるように〈プライド・デーモン〉は一切の容赦なく、小太郎にその鍵爪を振り下ろした。


「小太郎ォォォ!」


 鋭い爪に引き裂かれて、血が飛び散る。

 後方に吹き飛ばされる浮遊感と共に、小太郎は世界がスローモーションで見えていた。


(あぁ……やっぱり、悔しいな)


 できる事なら自分が討ちたかった。

 ヒトハという少女の無念を、自分が晴らしてやりたかった。

 しかし政誠司に勝てる力はないと、小太郎自身が一番良く知っている。


(だから……これで、良い)


 ファイトログは全て、弟に預けた召喚器に転送されている。

 後は信じるだけだ。

 必ずあの男を倒せると……小太郎が信じるファイターに、託すのみ。


(後は任せたぞ……(てん)(かわ)……)


 意識が闇に飲まれていく。

 小太郎は自分が認めたライバルにログが伝わる事を願いながら……その意識を手放すのだった。


 財前:ライフ1→0

 誠司:WIN

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