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第二百九話:予選終了と明日への準備

 体力の消耗はみんな同じらしく、時間が経過するにつれてその辺で休憩をしている生徒が増えてきた。

 俺やソラ、途中ですれ違った他の面々も何度か短い休憩を挟みつつ勝ち点を稼いでいく。

 そして時刻が17時30分になった瞬間、パーク内に予選終了を告げる放送が流れてきた。


「やっと終わったか〜」

「ですね〜」


 背筋をググっと伸ばしながら、予選終了の余韻に浸ってみる。

 勝ち点が多い順で本戦出場者が決まるので、結果はすぐに出てくる。

 幸いパーク内にモニターは沢山あるので、俺とソラは最寄りのアトラクション付近にあったモニターへと行ってみた。


「おっ、俺1位通過だったのか」

「だと思います。ゴーカート以外でもまとめて撃破を何回かしてましたし」

「そういうソラも余裕の通過じゃんか。速水達の名前もちゃんとある」


 どうやら身内は全員無事に本戦へと進出できたらしい。

 とはいえ、やはり俺としては途中リタイアをする予定があるという罪悪感が少し出てしまう。


「本戦1日目、ファイトは1回のみ」


 本戦出場者が表示されたモニターを見上げながら、ソラが呟く。


「ソラは、どうするんだ?」

「私は……まだ少し迷ってます。戦わなきゃいけないって気持ちはあるんですけど、勝てる相手なのかもわからなくて」


 ソラの言いたい事もよく分かる。

 仮にも相手は学園の序列1位と2位。下手をすると学園の教師すら歯が立たないだろう。

 討つべき理由がどれだけあろうとも、力の差が勝手に埋まるわけではない。

 ましてや今回の相手はウイルスの大元を手にしている。

 仮に俺が勝ちに行ったとしても、迂闊に挑めば負傷は回避できない。


「アイちゃんは、いざとなったら守りに徹するって言ってました。私はそっちの方が、足を引っ張らなくて済むのかなって」

「戦う理由があるなら、どちらを選んでも良いはずだろ。俺はソラがどちらを選んでも、その選択を尊重したい」

「……迷って、しまいますね」


 迷いなんて、ない方がおかしいんだ。

 それでもこの世界では、戦う意思を持ち続けないと手から離れてしまう物事が多過ぎる。

 心理的な余裕が少しでもある、今の俺が異質なだけなんだ。


「明日の本戦は1回のファイトのみ。誰が相手でも良いけど、しっかり楽しまないとな」

「僕にはその余裕が羨ましくて仕方ないよ」


 ふと後ろから聞き慣れた声と共に、大きな影が現れた。

 振り向かなくても影の大きさで分かる。

 この前目覚めたばかりの化神アーサーと、いつもの財前(ざいぜん)だ。


「カーッ! 良いね良いね、こういう連戦はオレ様のロックを聴かせるのに丁度いい!」

「だからと言って騒ぎすぎだ!」

「悪ぃアーサー、正直俺も喧しいって思った」


 ゲンナリした表情の財前と、率直なクレームを言う俺。

 アーサーはそれでもなお「細かい事は気にすんな!」と言って笑い飛ばしていた。

 せめて音声ユニットを調整してくれ。ロボットだろお前。


「財前も予選通過したんだろ?」

「あぁ、キミ達も無事に通過したようだね」

「そりゃあ当然。と言っても俺は――」

「本戦1日目まで、なんだろ?」


 どこか遠くを見るような表情で、財前が言葉を被せてくる。

 同盟で集まった時やメッセージなんかで、俺や(らん)は本戦1日目にリタイアする事を全員に伝えてあった。

 当然それは財前も知っている。


「財前は良いのか? 直接潰しに行かなくても」

「アレを討つ理由ならある。だけど以前にも言ったはずだ。僕は自分の力量を間違えるほど、愚かじゃない」

「……そう、か」


 感情だけで現実は塗り潰せない。

 それを理解しているからこそ、財前は後方支援に徹するつもりなんだろう。

 本当に個人的な感情を言ってしまうのなら、俺は財前には一緒に来て欲しいと思っていた。

 あの事件で伊賀崎さんに介錯をしてしまった財前には、特に見届けてもらいたかった。


「まぁ安心したまえ。キミが不在の間、僕が勝ち上がって玉座を綺麗に磨かせておくよ」

「そりゃあ助かる。クリーニング代の支払いは来年でいいか? 釣り銭付きで倒しに行くからさ」

「生憎と僕はそれを支払わせる気はないけどね」

「お高い玉座だなぁ」


 だけどこれくらい不遜な態度でいてくれた方が、俺は安心できる。

 評議会は一人じゃない。財前なら空いた玉座を任せられるし、きっと黒崎先輩や音無先輩がブレーキ役にもなってくれるはずだ。

 だから大丈夫。俺は俺の戦いをしに行くだけだ。


「そんじゃあ無事に予選も終わったし、今日はもう帰るか」

「そうですねぇ、アイちゃんや藍ちゃんとも合流したいですし」

「財前もどうだ、一緒にファミレス行こうぜ」


 せっかく同盟という繋がりもできたんだし。

 そう思って誘ってみたが、財前は小さく首を横に振った。


「誘いは嬉しいが、生憎と僕はこの後臣下達と予定があってね」

「そっか、じゃあまた今度だな」

「あぁ……また、いつかな」


 そして俺とソラは財前の元から立ち去り、他の皆と合流する事にした。

 何もおかしな点はない。不自然な点もない。

 だから俺は何も疑わなかったし、財前が小さく言った言葉に気づく事もなかった。


「天川……後は任せるぞ」





 夜空になってしばらくの後、俺はようやく帰宅した。

 荷物を置いて着替えを終えると、ふと思い立ってカバンから一冊の漫画本を取り出した。

 ゼウスから手渡された、落書きだらけの漫画本だ。


「……パッと見は普通の漫画だよな?」


 日本では有名な漫画の第一巻。

 版も多いので流通数はかなりのものだと、奥付を見なくても分かる。

 その上から黒い油性ペンで描かれたであろう、ゼウスの落書きが目立っている。

 とりあえず俺はページを捲ってみる。


「落書き、以外にも塗りつぶし? あと棒人間?」


 ぐちゃぐちゃに線を書き殴った落書き。

 まるで戦時中の教科書のような台詞の塗りつぶし。

 そして余白に出てくる棒人間の落書き。

 何か法則性がありそうでもなく、何を伝えたいのかも分からない。


「それで最後はページが何枚か破かれていて……あれ?」


 破かれたページの先を開いた瞬間、奇妙なものがあった。

 何もない白紙のページ。

 印刷ミスのようにも見えるが、今の日本でこんなものが流通するとも思えない。

 あまりにも不自然な白紙が、漫画本の最後を〆ている。


「これがヒントって、そもそも何に対するヒントなんだよ」


 全く見当もつかず、最後のページを開いてみる。

 そこはやはり白紙のページ……だったようだが、ゼウスの手でハッキリと意味のありそうな記号が書かれていた。

 ページの真ん中を、()()()()に大きく貫くように書かれた矢印。


「上から、下に」


 不思議と矢印の向きが気になったが、その意味を理解する事はできない。

 結局この漫画本は落書きがある以外、何の変哲もない代物。

 特別なカードがどうこうという訳でも無さそうだ。


「はぁ、今すぐ考えても仕方ないか」


 少なくとも今は明日の本戦と、その翌日の事を考えないと。

 そう思いながら漫画本を部屋の本棚に仕舞うと、扉をノックする音が聞こえてきた。


「お兄、今大丈夫?」

「どうした卯月」

「うん、ちょっと聞きたい事が」


 卯月からの質問か……この世界のあれこれか、アニメの展開についてか。

 もしくは智代(ちよ)ちゃんの配信への出演交渉か。


「卯月、配信への出演は来月以降で」

「違う。流石に今のお兄に出演依頼は出せないから」


 なら良かった。

 政誠司を倒してすぐに出張サモン教室で俺が酷使される未来は回避されたんだな。


「お兄って半蔵(はんぞう)のこと覚えてる?」

「そりゃあ当然。財前の弟だろ」


 受験シーズンに一回会ってるし、何度も卯月の話に出てきてるからな。

 忘れるわけがない。


「アイツからお兄に聞いて欲しいって頼まれたんだけど」


 妙に真剣な様子で聞いてくる卯月。

 少なくともいつもに様な塩対応をするような感じではなかったらようだ。


「アイツのお兄さん、お兄と同じクラスなんだよね?」

「あぁ、そうだな」

「そのお兄さんの方がさ、先月末くらいから様子が変だって言ってて。何か知らないかって聞かれたんだけど」


 先月末と聞いて、俺はすぐに理解した。

 そのタイミングはちょうど、伊賀崎さんとのファイトがあった時期だ。


「お兄、何か知ってる?」

「知ってる……人が死んだ。だから今はそっとしておいてやって欲しい」

「もしかして、ウイルス関係?」

「一応。だけどもう終わってしまった。あとは元凶を叩くだけなんだ」


 それだけ言うと、卯月もある程度状況を理解したのか「そう」と短く返してきた。

 とは言え渋々といった様子ではある。

 この後は危険を伴う戦いだから、無理もない話だよな。


「元々ウイルスとの戦いは避けては通れなさそうだったし。アイツらが存在する以上、決戦の時も回避はできない」

「それは分かってるけどさ」

「下準備はできた。クラスメイトを殺されたんだ、狩りに行かない理由がない」


 少し殺気が漏れてしまったのか、卯月が一緒ビクッと身体を反応させる。

 だけど同時に卯月も俺の意思を察したのか、それ以上止めようとはしてこなかった。


「はぁ……まぁカーバンクルがいるから、感染とかは大丈夫なんでしょ?」

「キュップイ! ウイルスに感染しても全部ボクが食べるから、お任せあれっプイ」

「というわけだ。安心だろ」


 俺は頭の上に乗っているカーバンクルを指差して、安心をアピールする。

 実際カーバンクルがいなかったら危なかった場面も多々あったからな。

 今の俺は……俺達は化神達と一緒にいる。


「とは言え政帝(せいてい)達の帰国も近い。万が一もあるから卯月は――」

「学校を休む、なんてすると思う? 誰がアタシにサモンを仕込んだと思ってるの」


 そう言って胸を張ってくる卯月。


「自分の周りくらい自分で守れる。智代と(まい)だってお兄に仕込んでもらえたんだから、もう少し信じてあげて」

「……そっか」


 少し場所は離れているとはいえ、油断はできない。

 だけど卯月がそう言い切ってくれるなら、少し安心できる。

 一人じゃない、だからきっと大丈夫だ。


「じゃあ俺は空港で黒幕を倒して、一年生編を終わらせるとしますか」

「それ帰国日いつなの?」

「明後日の朝。始発で乗り込んでやる」


 デッキの調整は済んでいる。

 後は当日を待つだけだ。


「じゃあアタシもデッキ調整しとこうかな」

「必要なカードがあったら言えよー」

「分かってるって」


 そう言って部屋を出ようとした卯月だったが、突然何かを思い出したようぬ足を止めた。


「そういえば半蔵が、お兄さんから予備の召喚器を渡されたとか言ってたんだけど」

「召喚器の予備?」


 買い替えた新型とか、その前に使ってた旧式とかでもなく予備?

 この世界だと一部の召喚器の本体コレクター以外は、複数持ちをする利用なんて薄い筈だけど。


「箱入りだけど開封はしてあって、電源は入るけど所有者登録はお兄さんでロックもかかってるから半蔵は使えないの。なんかすっごい変じゃない?」


 所有者登録は自分のままで……わざわざ弟に渡した?

 財前の不可思議な行動に、俺は首を傾げる他なかった。

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