第二百二話:実は初遭遇! 鳳凰院姉妹
召喚器に転送されたパークのマップデータを見ながら、俺はソラと一緒に目的地へと向かう。
「テーマパークの地図にさ、変形後って注釈がついてるの初めて見た」
「私もです」
そもそもなんで変形機構なんて搭載したんだよ、このパークは。
半分くらいカードゲーム関係ないだろ。
「ゴーカートの勝利ポイントは1人あたり3ポイント固定。その代わりバトルロイヤルルールだから、複数人から狙われるリスクがあると」
「ポイントだけで見れば安定して稼げますけど、やっぱりリスクは大きいですねぇ」
仮想モニターに浮かぶアトラクションの情報を見ながら、ソラがそう呟く。
アトラクションは色々あるけれど、主なやつのポイントはこんな感じ。
ジェットコースター:3ポイント
ティーカップ:2〜4ポイント
巨大迷宮:1〜4ポイント
ゴーカート:3ポイント
ヒーローショー:2〜4ポイント
メリーゴーランド:1〜6ポイント
「ほとんどのアトラクションが固定ポイントじゃないですね」
「アトラクションのギミックによって変動するんだってさ。振れ幅が大きいやつほどギャンブル性が高くなる」
「アイちゃん、真っ先にメリーゴーランドに行きましたね」
「まぁ、アイツなら大丈夫だろ」
むしろギャンブル系のギミックで高得点ゲットしたら顔赤らめそうなタイプだし。
いざとなったらギミックとかガン無視でポイント稼いでそうだし。
アイの事だから飽きたらさっさと別のアトラクションに行くだろ絶対。
「で、もうすぐ俺らは目的地なんだけど」
「結構集まってますね」
軽く見ただけでも30人くらいはいそうだ。
確かに今回は敗北してもポイントの現象はないから、バトルロイヤルルールでファイトができるゴーカートはお得に見えるのかもしれない。
ただし、自分が負けなければの話だけどな。
「勝てば3ポイントですけど、自分がトドメをさした相手しか計上されないルールなんですね」
「だな。だから複数人を一気に倒せば大量のポイントを得られる反面、集中放火を受けたらそれどころじゃあなくなる」
「最悪、その集中放火のフィニッシュを誰がやるかで揉めそうですね」
「ある意味そういう心理戦も見られているんだろうな……お偉い人達には」
俺は少し離れたところを指差してそう言う。
ソラがそちらに顔を向けると、そこにはスーツに身を包んだ大人の集団がいた。
「ツルギくん、あの人たちってもしかして」
「聖徳寺学園ランキング戦の風物詩。名門学校だからこそ来るスカウトの皆様だよ」
そう、このランキング戦で皆がピリピリする理由の一つはコレにある。
スーツの大人達のほとんどはサモンのプロチームに所属するスカウトの人。
それ以外にも芸能関係のスカウトもいれば、サモンに関連する多数の企業からも人が来ているとか。
実際に来ているところが見えたせいか、ソラは少しプルプルと震えながら緊張してしまっている。
「ななななんだか急に心臓が。胃も冷たいです」
「落ち着けって。スカウトから声をかけられるか分からないんだからさ」
「落ち着けないですよ! 可能性が1%はあるかもなんですよ!?」
うーん、それもそうか。
とはいえ俺らまだ一年生なんだけどな。本当に気にしてるのは二年とか三年だけだろ。
将来有望そうな一年生を探しているスカウトがいるとかなら、話は変わるだろうけど……いないよな?
「おっ、ここか」
そうしている内に、目的のアトラクションであるゴーカートへと到着した。
人もそれなりに集まっているし、バトルロイヤルでやるには丁度良さそうだ。
「……なぁソラ、なんかみんな無言で俺の方見てない?」
「えっと、その、想定内の結果だと思います」
なんというか、俺を見る奴らの表情が恐れとか絶望とかを超越して、もう穏やかな虚無のそれなんだよ。
走馬灯を見ているというか、川の向こうが見えているというか。
全てを諦めて悟りを開いた人間のような感じになってるぞ、過半数以上が!
「なんだよ、人を鬼か悪魔みたいに認識してさー」
「貴方はそれを言えるようなファイターではないでしょう」
「その通りデス」
突然声をかけられ……ディスられたので振り向いてみる。
するとそこには、絵に描いたような金髪縦ロールのお嬢様な女子と、黒髪でメイド服を着た小柄な女子が立っていた。
やっベぇ、流石にこんなタイミングとはいえ俺の心が震えるぞ。
「貴方が天川ツルギね。その武勇はSクラスにも届いているわ」
「意外と会う機会がなかったから、ちょっとご挨拶に来たデス」
「あぁ、それはどうもご丁寧に。鳳凰院姉&妹さん」
「丁寧なのか雑なのか判断に迷う省略をされたわね」
「すずも反応に困るデスよ」
いや申し訳ない。突然の原作キャラ登場でちょっと思考がバグってしまった。
目の前にいる二人はアニメでも準レギュラーくらいには出番があった鳳凰院姉妹。
金髪縦ロールの方が姉の茉莉花で、隣にいる小さいメイドさんが妹の鈴音だ。
(合宿では藍と九頭竜さんが戦ったって言ってたし、同じ学校にいるという事は把握できてたんだけど……)
何故か俺、今まで直接遭遇する機会がなかったんだよな。
アニメでは結構強そうな描写もあったし、一回くらいファイトしたかったんだよ。
なんて考えていると、隣でソラが俺に質問をしてきた。
「ツルギくん、知ってる人ですか?」
「S組の鳳凰院姉妹。九頭竜さんに何度も挑んでは返り討ちにあってる」
「ウチのクラスでいう財前くんのような人なんですね」
「そうだな。不屈の闘志を持つお嬢様ファイターだ」
「褒めているのか貶しているのか、どちらなの?」
「本当に反応に困る人なのデス」
褒めているつもりだぞ。戦績に関しては嘘を言ってないし。
「まぁそれはそうと。ここに来てるって事はそういう事なんだよな?」
「えぇ。話の早い殿方で助かるわ」
「ウチの男子達も見習ってもらいたいものデス」
「ゴーカート。基本ルールはバトルロイヤル。敗北してもポイントの損失がないなら、二人で協力プレイもしやすい」
俺がそう言うと鳳凰院姉は一瞬だけキョトンとする。
だけど表情はすぐに不敵な笑みへと変化していた。
「そこまでお見通しということ。やはり九頭竜さんが認めた相手なだけはあるようね」
「高評価どうも」
「貴方とのファイトがますます楽しみになってきたわ……だからこそ、今のうちに言っておかないといけない」
急に真面目な雰囲気だしてきたな。
接点なんか今できたところだし、姉妹の性格的に九頭竜さんを強請る材料を欲しがるとかも無さそうだけど。
「ありがとう。あの子に切っ掛けを作ってくれたの、貴方なのでしょう?」
「切っ掛け?」
「合宿の時デス。すずもお姉様も少しびっくりしたデスよ。あの九頭竜真波に友達ができたなんて」
小さいメイドの鳳凰院妹に言われて、俺はようやく何の事か理解した。
確かに合宿の時、俺が放っておけなくてグループに誘ったのが切っ掛けで、九頭竜さんと藍は友達になったんだ。
「って、いやいや。九頭竜さんと藍が友達になったのは結果論だし。そもそも俺が切っ掛けになったのはただの偶然だし」
「切っ掛けなんて誰でもなれたのよ。でもあの子は周りと距離をとってしまう。目の上のたんこぶとはいえ、ワタシも何度か距離を縮めようと試みた。でも結局ワタシはあの子を前にカードを手にするしかなかった」
だけど……と鳳凰院姉が続ける。
「武井藍。あの子くらい真っ直ぐにいくのが正解だった。氷みたいに硬くて冷たい心を溶かすなんて、太陽に当てればいいだけだったのよ」
「そうだな。だからそういう礼なら藍に言ってやってくれ」
「それはそれ。ワタシは貴方も称賛されるべきだと思うわ。他の凡人達なら六帝評議会という肩書きだけで避けてしまうのに、貴方は恐れずに最初の声をかけてくれた」
だから、ありがとう。
目の前の金髪縦ロールのお嬢様にそう言われて、少し心がグチャっとなってしまう。
あぁ、そうか……本来なら九頭竜さんはそういう道を辿っていたんだよな。
俺のやった事が本当に正しいのかは分からないし、もしかしたら間違いなのかもしれない。
それでも、今は少しだけ……良かったんだって、そう思ってもいいのかな。
「偶々そうなっただけ。その後は九頭竜さん自身が選んだ道だよ」
「そうね……ならワタシ達はその道に合流して、追い抜くまで」
「怖いなぁ。ファイターの本能が隠れてないじゃねーか」
「あら、この学園でそれを言うのは無粋じゃないかしら?」
うーん反論ができないな。
カードゲーム至上主義は、即ち勝敗に重きを置く。
だったら獣のように牙を向くのは、自然な事と言えるんだろう。
「そうだよな。だったら俺も……今日は本能剥き出しでお相手しようか」
「あら、初めて本気を出す相手にワタシ達を選んでくれるのかしら? それは光栄ね」
おっと、これは何か見抜かれているっぽいぞ。
「バレていないとでも思っていたのかしら? 一学期の期末試験や校内でのファイトの様子。ワタシ達のような強者ともなれば、相手がどの程度の余力を残しているかなんて容易く見抜けるわ」
「そっかぁ……でもこの後本気出さなきゃいけないんだよな。だからさ――」
俺はまだ人が乗っていないゴーカートを指差して言葉を続ける。
「試運転、付き合えよ」
「あら、エスコートしてくれるの? 御粗末だったら車体ごとスクラップにしてあげるわ」
「それはそっちが生き残れたら、だろ?」
「……やっぱり貴方、九頭竜さんによく合いそうね」
本能をバチバチにぶつけ合う俺と鳳凰院姉。
そんな事をしていると近くからソラと鳳凰院妹の会話が聞こえてきた。
「あの人いつもあんな感じなのデスか?」
「そんなことは無いんですけど、多分あれはノリだけで言ってます」
「男子は男子デスね」
「そうですね……ところで、なんでメイド服なんですか?」
「これはただの趣味デス」
あのメイド服ってただの趣味だったんだ。
この世界、急に原作の新情報が入ってくるから困る。
ともかくとして、そろそろ第一レースが始まる頃だ。
「ソラ、巻き込まれたいか?」
「私次のレースに出るので、ツルギくんは頑張ってください」
めちゃくちゃ良い笑顔で送り出してくるじゃねーか。
でもその判断が良いと思う。
ルールは把握できても、ギミックの詳細までは非公開だからな。
敢えて初回を見逃して、情報を得るのも立派な戦略の一つ。
「じゃあ俺は御指名入ったんで、ひとっ走り行ってくる」
「鈴音、行くわよ」
「あっ、お姉様待ってくださいデス!」
とりあえず俺は空いているカートに乗り込む。
カートの数の関係で、同時に走れるのは10台まで。つまりバトルロイヤルルールで考えても、10人同時対戦が限界らしい。
よく見るとハンドル部分がモニターになっており、そこに指示が表示されていた。
「召喚器をカートにセット?」
カートに用意されている接続スロットに、とりあえず自分の召喚器をセットする。
すると次に、専用のヘルメットを装着するように表示された。
「ヘルメットって、これか」
運転席に収納されていたソレを取り出して装着する。
どこかSFチックな緑色のシールドが特徴的なフルフェイスヘルメットを被ると、ハンドルの手前に初期手札のグラフィックが表示された。
ヘルメットのシールドがARゴーグルのようになっているらしく、小さな仮想モニターがいくつか映し出されている。
どうやらこのファイトでは召喚器に入ったデッキをスキャンして、同じ内容のデジタルデッキを使ってファイトをするらしい。
「カートの風圧で手札が飛ぶ心配はないって事か」
手の込んだアトラクションだと思いつつ、俺は軽く操作だけ確認をしておく。
ドローは自動で、手札の使用はシンプルなドラッグ&ドロップ方式。
カートの方も小さな仮想モニターで運転アシストが表示されている。
これなら安心して、ファイトに集中できそうだ。
『全車両、スタート準備が整いました』
『召喚器をバトルロイヤルモードへ移行します』
準備完了。
仮想モニターに発進までのカウントダウンも表示され始めた。
『3、2、1、GO!』
「「「サモンファイト! レディー、ゴー!」」」
アクセルを踏み込み、カートが発進する。
同時にファイトが開始されたのだが……
(なんかこれ、ゴーカートらしからぬ早さしてない?)
元がファミリー向けのアトラクションとは思えない速度出てるぞ。
そんな些細な考えはすぐに仕舞い込んで、俺はファイトに意識を集中するのだった。