第百九十五話:クイーンの【絶名侵食】
『アタシのターン。スタートフェイズ開始時に〈フューチャードロー〉の効果で2枚ドロー』
ヒトハ(クイーン):手札2枚→4枚
『そしてドローフェイズ……フフ』
ドローしたカードを見るや、露骨に笑みを浮かべるクイーン。
現在アイツの手札は5枚。さっき墓地に落ちていた〈ザ・アグレッサーゲート〉の事を考えれば……恐らくこのターンに大きく動いてくる筈。
(だけど問題は、仮にクイーンが例のアームドカードだったとして、どのカードなのかが読めない事)
クイーン。女王を意味するその言葉を名に冠するカードは、サモンに限らずいくらでも存在する。
実際、侵略界のアームドにも乗っ取り後の名前で「クイーン」とつくカードはいくつかあった。
だけど……俺が把握している限りでは、少なくとも【四葉】と特別相性の良いカードは無かった筈。
(ウイルス感染したモンスターのように、本当に未知のカード……それが一番厄介だぞ)
そして、クイーンは下卑た笑みと共に動き出す。
『メインフェイズ。用済みになった〈三つ葉フェンネル〉と〈二つ葉アイリス〉をコストで破壊』
クイーンの残虐さを表現するかのように、二体の妖精少女が無惨に爆散してしまう。
そして呼び出されるのは【四葉】の切り札。
草花を象徴する妖精達の女王。
『来なさい〈十つ葉パーフェクト・ライフ〉』
〈十つ葉パーフェクト・ライフ〉P10000 ヒット0
伊賀崎さんが出した時と変わらぬ筈なのに、どこか闇や悪を感じる。
化神でないから当然の筈なのに、こに〈パーフェクト・ライフ〉はまるで虚像のような存在に思えてしまう。
(だけど今の状況じゃ、結局いつもの【四葉】デッキの動きでしかない)
お互いのスタートフェイズに墓地から系統:《四葉》のモンスターを1体だけ除外する〈パーフェクト・ライフ〉。
その能力を使って4種類のモンスターを3枚ずつ……合計12枚除外しないと特殊勝利を達成できない。
たとえアームドで強化したところで、元々の脆弱性まではカバーし切れない筈だ。
『さぁここからが本番よ。アタシは手札を1枚捨てる事で、墓地から魔法カード〈ザ・アグレッサーゲート〉の効果を発動』
「また墓地から発動する魔法か」
『そうよ。そして墓地から発動した〈ザ・アグレッサーゲート〉は、デッキから【絶名侵食】を持つアームドカードを1枚選んで手札に加える』
聞き慣れない能力名が出てきたので、財前もどこか訝しげな様子になっている。
やっぱり侵略界のアームドが入っているのか。
問題はどのカードなのかだけど――
『アタシが手札に加えるのは……〈【零号型試作剣】マリス・ディスペア〉』
――最悪の予想が的中してしまった。
まさか本当に俺の知らないカードが出てくるとは思わなかったぞ。
しかも零号型試作剣って、まるでこれが一枚目みたいな名前じゃないか。
だけど恐らく、あのカードこそクイーンの本体。
『フフフ。アナタ達にいい物を見せてアゲル』
そう言ってクイーンは、手札から1枚のカードを俺達に見せてきた。
それは政誠司がばら撒いた悪意の塊。
多くの化神や人間を狂わせてきた、邪悪なカード。
「オイオイ、随分と嫌〜な気配を漂わせているカードじゃねーか」
「話に聞くウイルスカードというやつか」
『ええそうよ。これが人間に感染する含質量ウイルスプログラムの塊。アタシとヒトハがばら撒き続けた素敵なタネ』
「……そのためにヒトハの身体をギリギリまで乗っ取らなかったんだな」
財前の言葉が届くと、クイーンは嬉々として「大正解」と答える。
伊賀崎さんは居るだけでウイルスを散布する身体になっていた。
普通に学生として生活してもらった方が都合がいい、だからクイーンは伊賀崎さんを自由にさせていた。
悪趣味もここまでくると本気で吐き気を覚える。
『それじゃあ見せてあげる。素敵なショーを! アタシは手札から魔法カード〈【暗黒感染】カオスプラグイン〉を――』
十中八九〈パーフェクト・ライフ〉に使うのだろう。
今までの流れから俺達はついそう考えてしまった。
だけどクイーンは、あまりにも予想外の行動に出てきたのだ。
『――コストで破棄!』
「なにっ!?」
財前だけでなく、俺と藍も驚いてしまう。
まさかウイルスをわざわざ手札コストにしてしまうとは、予想できなかった。
『手札の魔法カードを捨てる事で、アタシは顕現が可能になる! アタシは自分自身を、〈【零号型試作剣】マリス・ディスペア〉を顕現!』
そして一枚のカードを仮想モニターに投げ込んだ瞬間、伊賀崎さんの全身から溢れ出ていた黒いスライムの大半が、彼女の場に移動し始めた。
大量の黒い不定型が集まり、一振りの剣へと変化していく。
悪意の権化、絶望を与えて楽しむ刃。
禍々しくも漆黒の剣……クイーンの本体が伊賀崎さんの場に顕現された。
「アレがクイーンの本体か」
「あっ……身体が」
「ヒトハ、大丈夫か!?」
『う〜ん、やっぱり場に出ると完全に操れないわね……まぁ、手足だけでも操れるなら十分かしら』
クイーンの支配からいくらか解放された伊賀崎さんだが、手足を操られているという事は、ファイトはそのまま続いてしまう。
それを察した財前は、短く舌打ちしていた。
『さぁ、絶望しなさい。アタシの顕現時効果を発動! コストで〈カオスプラグイン〉を捨てていたなら、お互いの墓地に存在するカードを全て除外するわ!』
「全て……最初からそれが狙いだったのか!?」
『死してなお喰らい尽くしてアゲルわ! ヴォイドグラットン!』
クイーンの顕現時効果によって墓地に存在した全てのカードが除外されてしまう。
これには流石に俺も冷や汗をかく他なかった。
【四葉】が強くない理由は、結局のところ〈パーフェクト・ライフ〉による特殊勝利の条件が厳しすぎるところにある。
お互いのスタートフェイズに1枚ずつの除外。しかも【四葉】でも使えるようなカードの中に、自分の墓地を能動的に除外できるカードは無い。
(だけど……そんな弱いという評価も、自分の墓地を全て除外するカードがあるとなれば話が変わる)
根本的な【四葉】の前提条件が覆されてしまった。
そんな挙動は俺でも想定できない。
俺は大急ぎで召喚器を操作して、現在のクイーンが除外している【四葉】のカードを確認した。
除外されているカード:〈一つ葉ライラ〉×3〈二つ葉アイリス〉×3〈三つ葉フェンネル〉×2〈四つ葉エリカ〉×1
「除外9枚……残り3枚」
通りでクイーンは余裕だった筈だ。
とにかく墓地にモンスターを貯めていたのも、ギリギリまで〈パーフェクト・ライフ〉を召喚しなかったのも。
全ては自分自身の能力で追い詰めるためだったんだ。
『ドキドキするでしょう? 急激に死が近づくと、人間って良い顔するのよ』
だけど……とクイーンは続ける。
『アナタ達の死に様は、もっと良い席で観てあげる……来なさい〈パーフェクト・ライフ〉!』
クイーンがそう言うと、〈パーフェクト・ライフ〉はユラリと禍々しい黒剣に歩み寄ってくる。
『アタシ自身を〈十つ葉パーフェクト・ライフ〉に武装!』
黒剣の柄を〈パーフェクト・ライフ〉が握ると、刀身や柄から無数の黒い触手が飛び出してきた。
黒い触手は細く鋭く、持ち手である〈パーフェクト・ライフ〉の腕から始まり、全身を容赦なく貫いていく。
『【絶名侵食】発動』
「ひぃッ」
あまりにも凄惨な光景に、伊賀崎さんは小さな悲鳴をあげてしまう。
クイーンが伸ばした黒い触手は宿主に根を張るように、宿主をグチャグチャにかき混ぜて乗っ取るように蠢いていく。
大切なものを喰らい尽くし、蹂躙し、あくまで自分のために利用し尽くす。
そんな思想が表れているかのように、伊賀崎さんのエースモンスターはクイーンに乗っ取られてしまった。
『これがアタシの本来の姿。アタシの本来の名前……〈【暗闇の訪れ】クイーン・トラジェディ〉!』
邪悪極まる悪意が根を張るように、〈パーフェクト・ライフ〉を乗っ取っている。
元の原型はそれなりに残っているが、衣服は黒く、羽根も黒く染まり、その全てが邪悪に堕ちたようなデザインになっている。
そして手には【四葉】のモンスターには似つかわしくない、禍々しい黒剣が握られていた。
〈【暗闇の訪れ】クイーン・トラジェディ〉P10000 ヒット0
「なにあれ、本当にモンスターを乗っ取ったの?」
「それが【絶名侵食】って能力なんだ。名前を奪って、系統まで取り込んでしまう」
「あの野郎、よりにもよってヒトハの切り札を乗っ取りやがったブイ」
あまりの光景に驚く藍。そして嫌悪感を抑えられないブイドラ。
恐らくクイーンはここまで織り込み済みだったと思う。
伊賀崎さんを傷つけるため、財前を倒す過程で自分が悦に浸るために、わざわざ乗っ取り先を選んでいたんだ。
『手札から最後の〈三つ葉フェンネル〉を召喚。そしてアタックフェイズよ』
まだ手札にモンスターを持っていたのか。
しかもこの状況で攻撃するとなれば、一つしか考えられない。
『〈四つ葉エリカ〉で攻撃! その瞬間【ブルームスキル】を発動。同名カードをデッキから墓地へ送って、その邪魔な化神は手札に帰ったもらうわ!』
「オイ小太郎ォ!」
「〈アーサー〉が場を離れる時、〈レフト・キャリータートル〉を身代わりにする!」
効果で場を離れそうになったアーサーだったが、咄嗟に合体を解除する事で除去を免れる。
さらに今身代わりとして墓地へ送ったカードには効果もある。
「場を離れた瞬間、〈レフト・キャリータートル〉の効果を発動! デッキから【ストライカー】を持つカードを1枚選んで手札に加える!」
一部の機械モンスター専用の能力である【ストライカー】を参照する効果。
財前はその効果でデッキから〈マックス・ストライカー〉という融合進化モンスターを手札に加えた。
確かにあのカードなら組み合わせ次第で十分逆転できる可能性はある。
(となれば問題はクイーンの武装時能力か)
俺は召喚器を操作して、場に出ているクイーンのテキストを確認する。
既に顕現と武装をした後だからか、ノイズなどもなくテキストを読む事ができた。
だからこそ、その凶悪性が一瞬にして理解できてしまったのだ。
『アタシはこれでターンエンドよ。アタシを倒したければお好きにどうぞ……負けるのはアナタだけどね』
ヒトハ(クイーン):ライフ8 手札1枚
場:〈四つ葉エリカ〉〈三つ葉フェンネル〉〈【暗闇の訪れ】クイーン・トラジェディ〉
挑発するように言うクイーンだったが、それは決して嘘偽りという訳でもなかった。
財前も何か異様なものに気がついたのか、仮想モニターを操作してクイーンのテキストを確認する。
「なっ!? 何故か〈キャリータートル〉が除外されたと思ったら」
場を離れる事で効果が発動できるカードだから良かったけど、他のカードだったら今頃大打撃だ。
俺も確認したテキストを見て胃が冷え込んでしまう。
(武装時効果は3つ……その内1つは、クイーンが場に存在する限り、場から墓地へいくカードは全て除外される!?)
さらに自分が破壊される場合、他の味方モンスターを1体代わりに破壊できる。
当然ながらそれを使えば、身代わりになったモンスターは除外されてしまう。
つまりクイーンに乗っ取られた〈パーフェクト・ライフ〉を倒そうとすれば、隣にいるモンスターが身代わりになって除外されてしまう。
(次の財前のターンで、クイーンは墓地に残った1枚を除外する……そうなれば残りの四葉モンスターは)
場にいる〈四つ葉エリカ〉〈三つ葉フェンネル〉のみとなる。
クイーンを倒そうと攻撃すれば、逆に特殊勝利を達成させてしまう。
しかも効果ダメージで倒そうにも、クイーンの最後の能力によって効果ダメージは一度に2点以上受けない状態だ。
(破壊以外の除去が乏しいデッキだと詰みに近いぞ! どうする財前)