第百九十四話:わらうな
『アタシのターン!』
ヒトハ(クイーン):手札3枚→4枚
苛立ちを隠そうともせず、クイーンがカードをドローする。
一応、財前は手札こそあるが場にはブロッカーがいない。
とは言っても、伊賀崎さんのデッキだと戦闘ダメージそのものを与えられないんだけど。
『メインフェイズ。来なさい〈三つ葉フェンネル〉〈四つ葉エリカ〉!』
〈三つ葉フェンネル〉P3000 ヒット0
〈四つ葉エリカ〉P4000 ヒット0
新たに召喚されたのは、先程までの2体よりお姉さんといった雰囲気の妖精少女たち。
これでも【四葉】の中ではパワーが高い方だし、能力もそこそこ強くはなっている。
だけど【四葉】が抱えている問題の根本は解決できていない。
(伊賀崎さんの身体に棲みついていたのなら、あのデッキの問題点は分かっているはず……クイーンは何をする気なんだ?)
自分が負けるとは微塵も思っていなさそうなクイーンを見ると、そう考えてしまう。
(悪く言ってしまえば、セオリーを知らない初心者が予想外の方向から環境カードを潰してくるような。暗闇で濡れ手に触れられる予感のような気味の悪さ)
無策なんて事は考えられない。
動きが予測できないからこそ不気味。
『続けてライフを2点支払って、魔法カード〈ピース・リーフ・リバイバル〉を発動』
「あっ、ぐぅぅぅ」
コストによるライフ現象で、伊賀崎に痛みが走っている。
だがそれすらもクイーンの身勝手な欲によるものだと思うと、あまりにも気分が悪い。
流石に二度目となれば、財前も無言でクイーンを睨みつけている。
『〈ピース・リーフ・リバイバル〉の効果。墓地からヒット0のモンスターを1枚選んで手札に加える。アタシは〈一つ葉ライラ〉を手札に』
使いやすいドロー効果を持つモンスターを回収するクイーン。
アレはヒット0ならどんなモンスターでも墓地から回収できる魔法カードだけど、【ブルームスキル】を持つモンスターを回収した場合に追加効果がある。
『【ブルームスキル】を持つ〈一つ葉ライラ〉を手札に加えたことで、アタシはライフを2点回復するわ』
これでライフコストは帳消し。
元々耐久性のあるデッキなのも相まって、より時間稼ぎができる手段を選んでいる。
それだけじゃない。
同名モンスターをデッキから墓地に送らないと発動できない【ブルームスキル】は、条件付きで能力が強化する。
『今手札に加えた〈一つ葉ライラ〉を召喚。そして召喚時に【ブルームスキル】を発動! 3枚目の〈一つ葉ライラ〉をデッキから墓地へ!』
「また1枚ドローか。堅実な能力だな」
『残念だけど、ドローする枚数は2枚よ』
「なんだと!?」
『自分の墓地に同名カードが2枚存在する場合、【ブルームスキル】はパワーアップするの。〈一つ葉ライラ〉によるドロー枚数は2枚になる!』
ヒトハ(クイーン):手札1枚→3枚
突然の手札補充に驚く財前。
たしかに知る機会は少なかっただろうな。
何故なら伊賀崎さんはほとんどの授業で、強化版の【ブルームスキル】を使う前に負けていたから。
俺自身1、2回程度しか見た事がない。
「なるほど。同名カードが墓地に貯まれば強化されるっつー事か」
「少し侮っていた。僕のミスだ」
『じゃあそれを致命傷にしてアゲル。アタックフェイズ!』
ヒット0のモンスターしか場にいない状態でのアタックフェイズ宣言。
普通なら戦闘によるダメージも与えられないから、【指定アタック】でも使わない限り無意味な行為でしかない。
だけど俺の隣にいる藍には、クイーンの狙いが理解できているようだった。
伊賀崎さんと何度かファイトをした経験のある藍だから。
『まずは〈三つ葉フェンネル〉で攻撃。その瞬間に【ブルームスキル】を発動。同名カードをデッキから墓地に送ることで、相手モンスター1体の効果を無効にするわ!』
「オイオイオイ、1体だと!?」
大袈裟に驚いて動揺しているアーサー。
それもその筈。3体合体している〈デルタ・アーサー〉は盤面を全て埋め切っているが、ルール上合体状態のモンスターは何枚のカードで構成されていようとも1体として数える。
そして今の合体構成では、アーサーは〈三つ葉フェンネル〉の効果を防ぐ事ができない。
「グゥゥゥ、小太郎」
「ヒット0なら問題にもならない。ライフで受ける!」
効果が無効になり、膝をつくアーサー。
だが財前は防御する必要はないと判断したのか、そのまま相手の攻撃を受け止めた。
とはいえヒット0ではダメージが発生しない。
今一番問題なのは――
『続けて〈四つ葉エリカ〉で攻撃。そして【ブルームスキル】発動! 今度は相手モンスターを1体選んで手札に戻すわ!』
この攻撃だ。
先程の攻撃で〈デルタ・アーサー〉は、合体を構成しているカードを身代わりにする能力まで無効化されている。
このまま食らえば召喚コストを持つカードまで手札に戻されてしまう。
「オイどうすんだ小太郎!?」
「魔法カード〈ユニットリターン〉を発動。〈デルタ・アーサー〉を構成しているカードを2枚までデッキに戻して、その枚数分だけドローをする」
「……結局オレ様は手札に戻るのかよ」
「召喚コストが無いなら、再召喚すれば良いだけの話だ」
そう言って財前は、アーサーに合体している〈ランススネーク〉と〈マッハガゼル〉をデッキに戻して2枚ドローする。
手札を補充し終えると、次は相手の能力によってアーサー自身が手札に戻ってしまった。
財前:手札3枚→5枚→6枚
除去効果に対応して、自分の場のカードをコストにする。
上手いプレイングで、受ける被害最小限に留めたな。
そして財前は〈四つ葉エリカ〉の攻撃をライフで受けたが、やはりダメージは発生しない。
「ブロッカーは1体。ステータスが低いならゴリ押せる」
『そんな野蛮な男を通すと思うのかしら? 魔法カード〈パラレルサモン〉を発動』
クイーンが発動したカードは、後続となるモンスターをデッキから呼び出す魔法カード。
とは言っても、カードの性質上ブロッカーを並べる事しかできないだろうけど。
『発動コストでアタシは〈一つ葉ライラ〉を墓地へ送る。そしてデッキから発動時に墓地へ送ったモンスターと同じ系統、同じヒット数を持っていて、パワーが異なるモンスターを1体選んで召喚する。アタシは3枚目の〈二つ葉アイリス〉を召喚!』
モンスター1体を犠牲にして、デッキから新たな妖精少女が場に出てくる。
とは言っても、既に同名カードが2枚墓地にある以上〈二つ葉アイリス〉の効果は使えない上に、〈パラレルサモン〉のデメリットで攻撃もできない。
それでも壁役としては十分か。
『アタシはこれでターンエンドよ』
ヒトハ(クイーン):ライフ8 手札3枚
場:〈三つ葉フェンネル〉〈四つ葉エリカ〉〈二つ葉アイリス〉
ブロッカーは2体、パワーは低いがどちらも【貫通】ダメージを防ぐ能力を持つ。
だけど決して優位的な状況であるとは言えない。
防御はできても、一切責めに転じれないんだ。
(なのに……なんでクイーンは余裕なんだ?)
特殊勝利の条件は、まだ何一つ達成されていない。
にも関わらず、クイーンはまるで自分が不利だとは思っていなさそうだった。
むしろ逆。あれはまるで自分は勝利に近づいていると確信しているような余裕だ。
『……あら?』
突然クイーンがそう呟くと、黒いスライムのような触手が伊賀崎さんの右手を掴み挙げた。
よく見れば伊賀崎さんの右手があった場所には、小さな仮想モニターが出ている。
『ヒトハ、何をしようとしてるのかしら?』
「クイーンが出る前に、ファイトを終わらせる」
『ダメでしょう、投了なんてしちゃったら。アタシが負けたら、アナタがどうなっちゃうのか……よく理解してるでしょ?』
瞬間、顔を青ざめさせる伊賀崎さん。
やっぱりカーバンクルやウィズが言っていたように、クイーンの存在で生命を繋ぎ止めているらしい。
それをわざわざ再認識させてまで恐怖を煽りやがって、あの人造化神は。
『それに〜。こんなところで死んじゃったら、アナタのために頑張ったお母様が可哀想じゃない』
「可哀想だと? 全ては貴様の身勝手が招いた結果だろ」
『そんな事はないわよ……ねぇ? ヒトハ』
黒い不定型のスライムが伊賀崎さんを後ろから抱きしめるように出てくる。
財前の言う通り、全てはあの人造化神クイーンが招いた惨劇で、伊賀崎さんは悪くない。
なのに……何故か伊賀崎さんは俯いてしまっている。
そして俺は一つの引っ掛かりを覚えた。
(伊賀崎さんは母子家庭……財前は何度も伊賀崎さんを送り届けていて……)
伊賀崎ヒトハという存在に気を取られすぎていたのかもしれない。
黒崎先輩や牙丸先輩からの報告でも、財前の口からも、その人の存在は一度も触れられていなかった。
「クイーン、まさかお前」
黙って見守っておこうと思ったが、流石に問い詰めざるを得なかった。
俺の言葉が聞こえた瞬間、黒いスライムのような存在は楽しそうに蠢き始める。
『アラアラ、察しの良い人間もいるのね〜。でも仕方ないわよね〜、愛する娘に生きて欲しいって願ったのは、お母様本人なんですもの』
「……天川、何が言いたいんだ」
「財前、ただの一度でも見たことがあるか? 伊賀崎さんの母親をッ!」
俺がそう言った瞬間、財前も察しがついたようで、すぐさまクイーンの方へと振り返る。
明らかに怒りを覚えている様子の財前を前にして、クイーンは嘲るように笑い声を上げてきた。
「……小太郎くん、ワタシね」
伏せていた顔を上げて、伊賀崎さんが語り始める。
涙の跡は痛々しいほどにハッキリ出ていて、それでも何かを告白しようと、彼女は口を開いた。
「病院でクイーンを植え付けられてね……生き返って、最初にね……お母さんを、食べちゃったの」
絶望と後悔。それが涙となって伊賀崎さんの瞳から流れ出る。
「ワタシのせいで、お母さんがいなくなって……ワタシが生きたいって願ったから、全部ダメになって……それでもね、政って人に、お母さんの死を無駄にしちゃいけないって言われて、ワタシ死ねなくて」
死にたくても、死ねない理由を与えられてしまった。
政誠司という男に、死ねない呪いをかけられてしまった。
それが伊賀崎ヒトハという子が、ずっと背負ってきたもの。
そんな彼女の苦しみさえ、クイーンにとっては娯楽でしかないのだろう。
『アッハハハハハハハハハ! そうよその通り。アナタは死ねない。だって優しい子なんですもの。お母様の命は無駄にできないわよね〜?』
踏み躙り、苦痛を与え、恥もなく嘲笑するクイーン。
「……嘲うな」
『なのにアナタときたら、たすけて〜だなんて。バッカじゃないの』
「嘲ってるんじゃあないぞッッッ! この腐れ外道がァァァ!」
財前の爆発するような怒号が、倉庫中に響き渡る。
だが俺や藍達も同じ思いだった。
「生きたいと願って何が悪い。普通の幸せを求めて何が悪い! ただ母親と平凡に生きたかっただけの人間の想いを踏み躙って、苦しめ利用して」
激情に任せて、財前は拳を強く握りしめる。
「それが、心を持つ生命体のやる事かッッッ!?」
『だから多様性よ。アタシはそういう存在ってだけ』
「ならこちらも多様性を主張しようか。僕は貴様を同じ生命だとは認めない」
そして財前は自分のターンを開始する。
「必ず討つ。そしてヒトハを助ける。僕のターン!」
財前:手札6枚→7枚
「メインフェイズ! 来い〈アーサー〉!」
「応よ! 派手にブチかましてやろうぜ!」
先程手札に戻された〈コア・アーサー〉を再召喚する財前。
となれば次に使うカードは。
「僕は手札から〈ライト・スカイサーファー〉と〈レフト・キャリータートル〉を召喚!」
一体は巨大なサーフボードに乗った人型のロボット。
そしてもう一体は以前俺とのファイトでも召喚した、亀型のメカだ。
〈ライト・スカイサーファー〉P3000 ヒット0
〈レフト・キャリータートル〉P3000 ヒット2
「続けて魔法カード〈オイルチャージ〉を発動。カードを2枚ドローする」
2枚目を持っていたのか。
それに左右の合体要員もいる……となればやる事は一つ。
「合体しろ、アーサー!」
「いくぜェェェ! 三位一体、デルタ・アーサー!」
亀型のメカが下半身へと合体し、人型ロボットは変形して両腕に合体。
最後に巨大サーフボードに乗ることで、新たな〈デルタ・アーサー〉が完成した。
〈【合体機神】デルタ・アーサー〉P12000 ヒット4
「アタックフェイズ! いけ〈デルタ・アーサー〉!」
『無駄よ。ブロックすればダメージなんて――』
「残念だったな。今のオレ様はブロックされねェェェ!」
アーサーの言う通りだ。
能力で【貫通】ダメージが与えられないなら、【貫通】を使わなければ良い。
今回の合体に使った〈スカイサーファー〉の能力は、相手にブロックされない事だからな。
「手放し運転でェェェ、キメるぜェェェ!」
『魔法カード〈ラック・ライフ・ウォール〉を発動』
クイーンが発動した魔法カード。
あれは自分のデッキを上から1枚破棄して、その種類によって効果が決まる防御カードだ。
ランダム要素はあるが、汎用性の高い厄介な一枚。
『デッキから墓地へ送られたのは……〈ピース・リーフ・リバイバル〉。魔法カードならその攻撃は無効よ』
勢いよく突撃した〈デルタ・アーサー〉だが、突如現れた四葉のクローバーを模したバリアに阻まれてしまった。
「チッ、防がれたか」
『魔法カードが破棄されていた場合、さらにアタシは次に受けるダメージを2点減らす事ができる』
「ならもう一度攻撃するまでだ。〈ライト・スカイサーファー〉の効果発動!」
財前が効果発動を宣言すると、〈デルタ・アーサー〉はサーフボードを乗り捨てて合体を解除してしまう。
これが〈スカイサーファー〉の持つもう一つの効果。
合体状態で攻撃した場合、その攻撃終了と同時に合体解除をしてしまうが、即座に〈アーサー〉を回復させる事ができる。
「これで、もう一発殴れるぜェ」
「〈アーサー〉で攻撃!」
2体合体になったのでパワーは落ちているが、それでも【四葉】相手なら十分だ。
ブロックされない能力はないが、アーサーは勢いよく拳を振り下ろそうとする。
しかし……
『墓地から〈ラック・ライフ・ウォール〉を除外して効果を発動』
「なんだと!?」
『アタシの墓地に同じカード名を持つカードが3枚あるなら、このカードはゲーム中に1度だけ墓地から発動できる』
驚いている財前。
それもそうだろうな、墓地から発動する防御魔法なんて珍しいからな。
だからこそあのカードは汎用性が高いんだ。
そして今、伊賀崎さん(クイーン)の墓地には〈一つ葉ライラ〉が3枚ある。
『デッキを上から1枚墓地へ……ふふ、魔法カード〈ザ・アグレッサーゲート〉よ』
なっ!? なんでそのカードが。
「チッ、また攻撃無効化かよ!」
「これ以上の追撃は不可能か。ターンエンド」
財前:ライフ9 手札5枚
場:〈ライト・スカイサーファー〉〈【中核機神】コア・アーサー〉(〈レフト・キャリータートル〉と合体中)
ライフダメージを与えられず、悔しそうにターンを終える財前。
アーサーも舌打ちをしているが……俺の心境はそれどころじゃなかった。
「なんで……あのカードがあるんだよ」
「さっき墓地にいった魔法? ツルギくん知ってるの?」
隣で藍が聞いてくる。
あぁ知ってるよ。前の世界ではよく見たカードだからな。
「〈ザ・アグレッサーゲート〉。サモンではよくあるデッキから特定のカードを手札に加える魔法カード」
「でも名前的にヒトハちゃんのカードとは関係なさそうだよ」
「あの魔法が指定しているのは系統:《侵略界》を持つモンスターカード……もしくはある能力を持つアームドカード」
「ある能力?」
系統:《侵略界》を持つアームドカードだけが持つ特殊能力。
アニメなら本来、二年生編で出てくる筈のカード群。
だけどカード内の背景ストーリーでも、あのアームドカード達は確かに自我があるかのように描かれていた。
という事はまさか……
「【絶名侵食】……武装したモンスターを乗っ取る能力だ」
クイーンは、俺の知らないアームドカードなのかもしれない。