第百九十三話:オレ様ロックに酔いしれな
人造化神クイーンに身体を乗っ取られている伊賀崎さん。
そんな彼女と財前のファイトが始まった。
とは言っても、あの様子じゃあ伊賀崎さんの意思なんてほとんど身体に反映されていないだろうけど。
『あら? アタシが先攻みたいね。スタートフェイズ』
先攻はクイーンか。
無難に考えれば伊賀崎さんのデッキである【四葉】を使っていそうだけれど……
(仮に授業でも使っていたデッキそのままなら、財前が負ける要素が無い)
となれば一番のネックはあの人造化神だ。
クイーンという名前は間違いなく略称。今の段階じゃあ具体的なカードが全く分からない。
『メインフェイズ。まずはコレ。魔法カード〈フューチャードロー〉を発動』
まずは定番の汎用ドロー魔法か。
ギョウブもそうだったけど、化神だからといって全くサモンができない訳じゃないんだな。
クイーンはコストでライフを2点支払い、2ターン後にドローを予約する。
「うっ、ぐぅ」
ヒトハ(クイーン):ライフ10→8
ライフコストを支払うと同時に、伊賀崎さんの呻き声が聞こえてくる。
まさかとは思うけどあの人造化神、ライフ減少による苦痛を全部伊賀崎さんに押し付けているのか。
「ヒトハァ!」
『あらあら心配してくれるのかしら? でも安心しなさい。勝てば傷も帳消しよ』
財前もクイーンの思惑に気づいたようだ。
あの人造化神め、伊賀崎さんを人質にして揺さぶる気だな。
しかも財前のデッキは高いパワーやヒット数でライフを削り切るタイプで、特殊勝利のような戦術をとれるカードは無い。
ライフダメージが現実のダメージにもなるウイルス戦だと、相手を過剰に痛めつけかねない。
「貴様ァ」
『ファイトを続けましょうか。アタシは〈一つ葉ライラ〉と〈二つ葉アイリス〉を召喚』
以前の授業でも伊賀崎さんは使用したモンスター。
草花を擬人化させたような外見の妖精少女が2体、クイーンの場に召喚された。
〈一つ葉ライラ〉P1000 ヒット0
〈二つ葉アイリス〉P2000 ヒット0
『〈一つ葉ライラ〉の召喚時効果【ブルームスキル】を発動。デッキから同名モンスターを1枚墓地へ送って、アタシはカードを1枚ドローする』
ヒトハ(クイーン):手札2枚→3枚
『アタシはこれでターンエンドよ。さぁ、踊ってみせて』
ヒトハ:ライフ8 手札3枚
場:〈一つ葉ライラ〉〈二つ葉アイリス〉
最初のターンを終えたクイーンの盤面は、一言で表すなら普通。
手札消費は〈一つ葉ライラ〉で抑えて、ダメージ軽減を持つ〈二つ葉アイリス〉で時間を稼ぐ。
【四葉】のデッキと対戦をするなら、前の世界でも珍しくない光景だ。
(だからこそ、今一番問題なのは財前のメンタル)
いくら相手が時間稼ぎに向いているカードを使うとはいえ、結局はパワーで押し切るしかない財前の【機械】デッキじゃあ伊賀崎さんの身体にダメージを与える他ない。
あの様子で、アイツが伊賀崎さんを攻撃できるのか。
『ほらほらどうしたの? アナタのターンよ』
挑発するように急かすクイーン。
だが財前は顔を伏せたまま、何も言わない。
『それとも〜? ヒトハのライフを削るのが怖いのかしら? それはそうよね。だってアナタが攻撃をすればする程、ヒトハが苦しむ――』
「舐めるなよバケモノ」
伏せていた顔を上げて、財前はクイーンに力強く言い放つ。
俺にはその背中に、迷いを断ち切ったような凄みが見えた。
「痛み? 苦しみ? 貴様が与えてきたソレに比べれば大した事もないだろう」
『アナタ、まさか本当に』
「舐めるなと言った筈だ……ヒトハは僕の、臣下だぞ」
信頼。そして自分自身の誇り。
そんな財前の魂が言葉に乗っていて、クイーンに身体を支配されている伊賀崎さんにも伝わったように見えた。
「こ、た、ろう、くん」
「王は臣下の限界を見誤らない。この期に及んで痛み如きに耐えられない人間を、僕は臣下にした覚えは無いッ!」
そして財前は伊賀崎さんの方に視線を向けて、小さく口を動かす。
恐らくあれは「いいな」と問いかけたんだろう。
だからこそ伊賀崎さんは、クイーンに抵抗するように頷いたんだ。
「いくぞ、僕のターン! スタートフェイズ、ドローフェイズ!」
財前:手札5枚→6枚
『ハハッ! こいつはイイ。最高にロックな魂を感じるぜェ!』
財前がカードをドローした瞬間に、若い男のような声が倉庫に中に響き渡る。
初めて聞く声だ……だけど俺達はなんとなく声の正体を察してしまう。
「ねぇツルギくん。この声って」
「あぁ。多分財前の」
「キュップイ。気配が膨れ上がってるから間違いないっプイ!」
俺の頭上でカーバンクルが肯定するって事は、そういう事なんだろう。
財前も手札に加えたカードに視線を落としている。
『おい相棒。アンタの魂たしかに伝わったぜ!』
「……こんなタイミングで目覚めたのか」
『喧嘩なんだろ? だからアンタはロックを奏でた、違うか?』
「どうして僕の周り癖のあるヤツしか集まらないんだ……だけど、今目覚めてくれた事には感謝する」
どうやら化神とは心通わせられたらしい。
財前はメインフェイズに入り、自分の仮想モニターに1枚のカードを投げ込んだ。
『サァ! オレ様を呼べェェェ!』
「言われなくてもそのつもりだ! 魔法カード〈ザ・コアマシンスクランブル〉を発動!」
合宿の時にやった俺とのファイトでも使った魔法カード。
あれはデッキから系統:《センター》を持つモンスターを直接呼び出すことができる。
という事は……
「僕がデッキから召喚するのはコイツだ! 出撃しろ〈【中核機神】コア・アーサー〉!」
財前の後ろに異空間へと繋がるゲートが出現する。
そしてゲートの向こうでは一体のスーパーロボットがカタパルトに乗っていた。
3
2
1
GO!
カタパルトが作動して、ロボットをゲートの向こう側……財前の場へと射出した。
「イィィィヤッホォォォ! 喧嘩のビート! オレ様ロックに酔いしれなァァァ!」
財前のキーカードであり、遂に目覚めたアイツのパートナー化神。
なんだか滅茶苦茶テンションが高いけど、やる気満々で参上してくれた。
〈【中核機神】コア・アーサー〉P3000 ヒット2
「それで? 今日の喧嘩相手はテメェでイイんだな?」
『あーヤダヤダ。熱苦しい上にセンスもない。もっとお上品になってから出直してくれない?』
「なるほど。趣味の悪さはオレ様以上か」
『アナタ産まれる時にデータダストが混ざりすぎたんじゃない? 目も耳も錆だらけよ』
アーサーとクイーンが舌戦をするが、明らかに苛ついているのはクイーンだけだった。
大して気にも留めず、アーサーは財前の方へと振り返る。
「オイ相棒。まさか呼んだだけで終わりなんて言わないよな?」
「そんなわけないだろ。あと僕の名前は――」
「財前小太郎。オレ様を使いこなせるか、お手並み拝見させてもらおうか?」
「……そうかい。だったら好きなだけ見ておくんだな! 僕はライフを1点支払って〈ライト・ランススネーク〉を召喚!」
そして財前の場に召喚されたのは、頭部が刃物のようになっている巨大な蛇型ロボット。
攻撃性能の高い、俺もよく知っている優秀な合体要員だ。
だけどアレだけじゃ……
〈ライト・ランススネーク〉P6000 ヒット0
「魔法カード〈オイルチャージ〉を発動。カードを2枚ドローする。続けて〈レフト・マッハガゼル〉を召喚!」
次に召喚されたのは二本の角が特徴的な動物型ロボット。
マッハと名がつく通り、その胴体には二つの巨大なブースターが装着されている。
〈レフト・マッハガゼル〉P3000 ヒット2
「いくぞアーサー」
「応よ! 3体合体……GO! デルタ・アーサー!」
バンク空間に突入した〈アーサー〉〈ランススネーク〉〈マッハガゼル〉はそれぞれ変形開始する。
そして〈アーサー〉を中心にして、〈マッハガゼル〉が下半身、〈ランススネーク〉が両腕へと合体していく。
「オレ様完成!」
「来い〈【合体機神】デルタ・アーサー〉!」
〈【合体機神】デルタ・アーサー〉P15000 ヒット4
バンク空間から戻ってくると、地響きを鳴らしながら〈デルタ・アーサー〉が着地する。
合体状態になった事で、パワーは合計されて〈デルタ・アーサー〉は1体の巨大モンスターとなった。
通常ならこれだけでも十分に相手からすれば脅威になるだろう。
だけど問題は、意外と忘れられてがちな系統:《四葉》の共通効果。
「アタックフェイズ! 〈デルタ・アーサー〉で攻撃!」
「今のオレ様は【貫通】持ちだぜェェェ!」
勢いよく右腕の巨大な槍を構えて突進する〈デルタ・アーサー〉。
確かに〈ライト・ランススネーク〉の効果によって【貫通】は得られているから、モンスターを戦闘破壊してもヒット数である4点のダメージを与えられるだろう。
だけどそれは、相手が普通のモンスター達ならの話だ。
『それは〈一つ葉ライラ〉でブロックするわ』
「パワー1000の雑魚じゃあ止められねぇ! オレ様のヒット数、4点の貫通ダメージをくらいやがれェェェ!」
巨大な槍で貫かれて爆散してしまう妖精少女。
だけど次の瞬間、戦闘破壊された〈一つ葉ライラ〉の残骸が光となって伊賀崎さん(クイーン)の身体を守るように包み始めた。
「なんだァ、テメェ」
『残念だけど、〈一つ葉ライラ〉の戦闘によってアタシは【貫通】ダメージを受けない』
「チッ、そういう効果なのかよ。おい小太郎!」
「わかっている。〈デルタ・アーサー〉で2回攻撃!」
もう一体の合体要員である〈マッハガゼル〉の効果で、〈デルタ・アーサー〉は【2回攻撃】を得ている。
確かに相手の頭数を減らすには良いかもしれないけれど……四葉の【貫通】しない効果は、共通能力なんだ!
『〈二つ葉アイリス〉でブロック。そして【ブルームスキル】を発動』
余裕と嘲りの笑みを浮かべながら、クイーンは効果処理を行う。
デッキからもう1体の〈二つ葉アイリス〉を墓地へ送って、次に自身が受けるダメージを2点減らす。
これで万が一追撃されても問題ないというわけだ。
『この子も同じで、【貫通】ダメージは発生しない……残念だったわね』
「萎えるぜ、バッドガール」
「……ターンエンドだ」
財前:ライフ9 手札4枚
場:〈【合体機神】デルタ・アーサー〉(構成内容〈レフト・マッハガゼル〉+〈【中核機神】コア・アーサー〉+〈ライト・ランススネーク〉)
全ての攻撃を防ぎ切って気持ちが良いのか、クイーンは伊賀崎さんの身体を使って笑い声を上げる。
だからこそ不快。だからこそ嫌悪が湧き出る。
お前が、その身体で笑うなと思わずにはいれられない。
『時間稼ぎは得意なのよ。まるでヒトハの生きたいって想いに似ていて可愛いデッキでしょう?』
「そうだな。テメェと違って」
『鉄屑に心を期待するのって、やっぱりバカだったかしら』
「自分の心でビートを刻んでねぇテメェは、間違いなくバカの頭領だろうよ」
その言葉が癪に触ったのか、クイーンは伊賀崎さんの身体を使って睨みつける。
だが当のアーサーだけでなく、財前さえもその睨みを気にしない。
「生きたい。相手を傷つけずに勝つ。テメェの宿主のデッキは良いビートを出してやがる」
「だからこそ、貴様なんかが触れて良い代物じゃあない」
「そういうこった……喧嘩のマナーを知らねぇってんなら、オレ様が教えてやる!」
拳を突き出してクイーンに宣言するアーサー。
そして財前は、伊賀崎さんに向かって叫ぶ。
「まだ、やりたいことは残っているだろ! 僕はまだ、キミが満足する瞬間を見届けていないぞ!」
「でもワタシ、もうこんななんだよ」
「だからどうした。もう手は伸ばしたんだ、このまま引く気はない!」
だから……と、手を伸ばしながら財前は続ける。
それは悲痛で、純粋で、心の底から出たような叫び。
「もっと僕を頼れッ! ヒトハァァァ!」
身体の支配権を奪われていても、全てではない。
伊賀崎さんは涙を流して、自分の言葉で……抑え込んでいた自分の本音を解き放つように……
「……たす、けて」
ただ一言、そう口にした。
きっとクイーンと切り離されてしまえばどうなるのか、伊賀崎さん自身知らないわけは無いだろう。
それでも、今のようにクイーンに利用され続けるくらいなら……その声を上げてしまうのも何らおかしくない。
「オイ小太郎。こう言われちゃあ仕方ないよなぁ?」
「言われなくても、僕がやる事は同じだ」
「ヒューっ、そりゃあロックだな。気に入った」
アーサーもちゃんと財前を認めたらしい。
結末までは変えられなくても、何かが少しでも良い方向になるなら、このファイトはアイツらに託そう。
どうか俺や藍の出番が来ることなく終わってくれますように。
『ヤダヤダ、ほんとヤダッ! そういう無意味なポジティブとか大ッッッ嫌い!』
苛立った様子でヒステリックな叫びを上げながら、クイーンは自分のターンを開始した。