第百九十二話:助けさせろ
財前の記憶を頼りにして、俺達は町中を駆け回る。
最初はただの公園。次はカードショップで、その次はレンタルサイクルのスポット。
それから商店街にある服屋や飲食店とカードショップで、その次はカラオケ屋。
どれもこれも、なんて事のない場所。
ありきたりだからこそ胸がザワザワとしてくるし、全く見つからない伊賀崎さんが心配になってくる。
「ねぇツルギくん……これって全部」
「言われなくても、そうだと思う。だから胸糞悪い」
「ヒトハちゃん、どこにいるんだろう」
心配そうに周囲視線を向けている藍。
現在時刻は17時35分。
マンションでの事件が起きて……そして探し始めてから結構な時間が経過している。
(今のところ唯一安心できるのは、あのマンション以外で騒ぎらしい事が起きていないってだけか)
安心、とはいえ気休めにもなりやしない。
マンションから離れた途端、周辺はいつもと変わらない日常の音ばかり聞こえてくる。
だからこそ分からない。伊賀崎が今どこにいるのかが。
「ねぇブイドラ、何か感じ取れたりしない?」
「ダメブイ。人間は多すぎるし化神の気配も全然」
「カーバンクルはどうだ?」
「キュ〜、ブイドラと同じっプイ」
化神達も感じ取れないか。
せめて伊賀崎さんの中にいるっていう人造化神ってのさえ感じ取れてもらえれば。
「なぁ藍。まさかとは思うけどもうなんて事は」
「縁起でもない事言わないでよブイドラ!」
「ブ〜イ、本当にどこにいるブイ?」
ブイドラが万が一の可能性を言いたくなってしまう気持ちも理解できる。
事件後の足取りが全く読み取れない。
「なぁ財前、他に行きそうな場所の心当たりは?」
「今考えているところだ……死んでるなんて、無いはずだからな」
願望を口にする財前。
とはいえカーバンクルが言っていたように、伊賀崎さんはまだ生きている筈だ。
少なくとも政帝がこのタイミングで伊賀崎さんを死なせるような真似をするとは思えない。
とはいえ、俺のコレも願望でしかないのだろう。
(話を聞く限り、政帝にとって伊賀崎さんは生きていてもらう必要がある。とはいえ……こうも見つからないと)
頭の中に最悪の光景が浮かんでしまう。
それだけは無いと思いつつも、心が可能性を主張してきてしまう。
とにかく色んなところを片っ端から探しているが、そろそろ立ち寄ったカードショップも十件目になりそうである。
「カードショップじゃなさそうだよな。学園に行ってたら連絡があるだろうし」
「そうだな。衝動的に動かれていると僕でも行き先が想像できない」
「だよな。でも行き当たりばったりじゃ時間がかかり過ぎる」
財前の心当たりもおおよそ確認できた。
かと言って当てもなく探すには範囲が広過ぎる。
俺達がどうしようか考えていると、財前の元に一人の女が近づいてきた。
「あれ? こんな時間に小太郎がいるなんて珍しいじゃん」
派手なメイクとゴスパンクな服装が特徴的な女。
口振りからして財前の知り合い……というか場所的に間違いなく取り巻きの一人だ。
中学の時も思ったけど、なんで財前の取り巻きは揃いも揃って同年代とは思えない外見をしているんだ。
「今日は短縮? それとも誰かのガス抜きで城にでも行くのかい?」
「……城?」
「てかなんだいアンタ。天川と一緒にお出かけなんて、本当にどうしたんだい?」
ゴスパンクの女に話しかけられても、財前は何も言わない。
先程出てきた城という言葉が何か引っかかるのか、財前は何かを考え込んでいた。
「まさか」
「ちょ、どうしたの小太郎」
たった一言呟くと、財前は即座に駆け出した。
俺と藍も見失わないように、財前を追い始める。
「財前、なにか心当たりでもあったのか!?」
「城。僕らがそう呼んでいる場所がある! ヒトハも来た事がある場所だ!」
「財前くんのお城あるの!?」
「呼び名というだけだ」
妙な誤解をしそうになっている藍に、財前が釘を刺す。
とにかく城という場所にいる可能性があるのであれば、行ってみる価値は十分にある。
俺と藍は財前と共に、古い建物が集まっている地区に入る。
昔ながらの雰囲気と同時に、どこか過去に取り残された様相もあるが……重要なのはそこではない。
「ッ!? 藍、なにかいるブイ!」
「ツルギ、間違いなくビンゴっプイ」
ブイドラとカーバンクルがそう告げてくる。
状況からして間違いなく伊賀崎さんの中にいる人造化神ってやつだろう。
財前に案内されて、俺と藍は人の気配が全くない工場へと足を踏み入れた。
「人がいないのは、元からだよな?」
「祖父が昔停止させた工場だ」
「なら安心だな」
なるほど、秘密基地のように使っているこの場所を「城」と呼んでいるわけか。
そして財前は一切迷う事なく、大きな倉庫のような建物の扉を開けて入っていった。
俺と藍も後を追う。古い建物だからか、ギシギシと足音が響く。
スマホのライトを点けて、俺達は周囲を確認する。
「武井、天川、そこのスイッチを押してくれ。灯りが点く」
指示されるがままに、俺達は倉庫内の電気を点ける。
昔ながらの白熱電球が中を照らし出すと、灯りの届かない場所から何かが蠢く様子が見えた。
ブルーシートの下にいるソレの動きは、どう見ても人間とは思えない。
「カーバンクル……アレって」
「全員距離を取って。絶対に、迂闊に近づいちゃダメっプイ」
あまりにも真剣な様子で言ってくるカーバンクル。
俺だけじゃなく、藍とブイドラも警戒して足を止めてしまう。
特にブイドラはいつでも藍を守れるような体勢をとっている。
だけど、ただ一人例外だったのは。
「おい財前!」
財前だけは、蠢くなにかに歩み寄って行った。
アイツはカーバンクルの声が聞こえている。それでも近づいて行ったのだ。
「……えっ、小太郎くん?」
ブルーシートの下から覚えのある声が聞こえてきた。
生きてはいた。見つけられた。
だけど、間違いなく良い状態ではないという確信がある。
「ヒトハ、そこにいるのか」
「ダメ、来ちゃダメ! お願いだから逃げてッ!」
拒絶する伊賀崎さんの言葉を無視して、財前はブルーシートに触れようとする。
だけど次の瞬間、何かがブルーシートを弾き飛ばして、財前の身体を殴りつけた。
「グっ!?」
勢いよく後方へと飛ばされてしまう財前。
俺は咄嗟に着地点へと飛び出て、衝撃吸収のクッション代わりとなった。
「痛ってて、大丈夫か?」
「僕はな。だけどヒトハが」
ブルーシートから黒い何かが伸び出ている。
コールタールのように真っ黒で、スライムのような不定型の触手が財前を殴りつけたようだ。
『あーあー最悪。せっかく胴体の風通しをよくしてあげようと思ったのに。アナタお腹に鉄板でも仕込んでいるの?』
誰かが話しかけてくるが、財前は別に腹に鉄板など仕込んでいない。
いや、それよりも声の主は……間違いない、目の前にいる黒いナニかだ。
恐らくあの黒いやつが……
「お願いクイーン、やめて、もう出てこないで」
『ダメよヒトハ。アナタを誑かした悪い男なんて、アタシがちゃ〜んと退治しないと』
クイーンと呼ばれたソレがそう言うと、黒い粘液のような触手がブルーシートをビリビリに破り捨てて、俺達の前へと歩み寄ってきた。
「ヒトハ、ちゃん?」
伊賀崎さんの姿を見て、絞り出すように藍は名前を呼ぶ。
俺達に至っては完全に言葉を失っていた。
そこに立っていた伊賀崎の姿はあまりにも、無事とは言い難い状態だったから。
「逃げ、て……クイーンが、まだ満足してない」
『えぇそうよ。やっぱり自由に殺して食べられる環境って最高ね』
俺達に逃げるよう伝える伊賀崎さん。
その身体のあちこちからは、黒いスライムのような何かが大量に漏れ出ている。
片目は普通ならありえない程にドス黒く変色していて、伊賀崎さんの口の中にも黒いスライムのような存在が見える。
恐らくアレを使ってクイーンは喋っているのだろう。
「お前が、人造化神なのか」
『えぇそうよ。気軽にクイーン様とでも呼んでちょうだい』
傲慢極まる声色で答えてくるクイーン。
なるほど、カーバンクルが「殺す」なんて言うわけだ。
何十人もの人間を喰い殺して、伊賀崎さんの身体と心を踏み躙ってきたのだから、嫌悪感も尋常じゃない。
「何が様付けブイ……人間を殺して、人間の身体を好き勝手して、なんで笑っていられるんだブイッッッ!」
『そりゃあ楽しいから笑うのよ。アナタ達と同じ、化神にだって生命と心はある。アタシは人間を拷問してから食べるのが大好きなグルメってだけよ』
「テメェなんかとオイラ達を一緒にすんじゃねェェェェェェ!」
ブイドラが怒号を上げる。
そうだ、ブイドラと藍は隠神島でギョウブと出会ったんだ。
人間と心を通わせて、人間を守りたくて行動して、取り返しがつかなくなってしまった……心優しい化神を知っているんだ。
同じなんかじゃない。あの人造化神とは、間違っても同じなんかじゃないんだ。
「心があるから、オイラ達はパートナーと仲良くやれる。心があるから、人間と一緒に生きる事ができるブイ」
『だからアタシも同じよ。多様性よ多様性』
「そんな言葉で人間を殺して良いわけないブイッ! お前は間違っても、オイラ達と同じなんかじゃねーブイッ!」
魂からの叫びをぶつけるブイドラ。
それを聞いたクイーンは、伊賀崎さんの身体を使ってつまらなさそうな表情を浮かべる。
冷め切った様子のクイーンは「あっそ」と吐き捨てるように呟いた。
『このままアナタ達のパートナーを食べても良いのだけど……つまらない相手につまらない事をするなんて、気に入らないわね』
「クイーン、なにする気なの?」
『ヒトハ〜、アナタの身体でアイツらを再起不能にするなんて……素敵だと思わないかしら?』
そう言うとクイーンは伊賀崎さんの身体を操って、デッキの入った召喚器を手に持たせる。
間違いなくクイーンはウイルスを内包している存在。
だったらファイトをすれば他のウイルス戦と同じように、敗者は深刻なダメージを負う事になる。
「やめて、やめてよクイーン」
『ダ〜メ。ヒトハの苦しみはアタシの喜び。アナタのデッキでお友達を苦しめてから喰べるなんて、胸がときめくじゃない』
目に涙を浮かべてクイーンに懇願する伊賀崎さん。
だがクイーンはそれすら楽しそうに感じているようで、伊賀崎さんの身体を使って下卑た笑みを浮かべていた。
クイーンが何のカードなのかは分からないけれど、化神の絡むファイトだと言うならむしろ好都合だ。
俺と藍はアイコンタクトをして、召喚器をホルダーから取り出せる状態にしてから無言で頷きあう。
「ターゲットロック!」
だけど決して、俺と藍は最初のファイトに参加しない。
想いを理解できたからこそ、このファイトは財前がやるべきだと確信していた。
『あら? アナタから相手をしてくれるの?』
「小太郎、くん?」
相手を睨みつける財前。だけどその対象は伊賀崎さんを蝕んでいるクイーンのみ。
困惑している様子の伊賀崎さんに、財前は言葉を続けた。
「言ったはずだ。嫌いになる前に、手を伸ばすと」
「でも、ワタシ」
「僕がそうしたいから手を伸ばしているんだ! だからヒトハ……助けさせろ」
きっと俺がファイトをすればすぐに終わるだろう。
だけど、そうしたとしても伊賀崎さんの結末は変わらないだろう。
少なくとも俺とカーバンクルじゃあ、本当の意味で伊賀崎さんの生命を助ける事はできない。
だから俺と藍は後方で万が一の保険として待機をする。
伊賀崎ヒトハという女の子の魂を救えるのは、財前だけだと確信しているから。
『アハハ、助けさせろだなんて……なにもできない人間って面白いことを言うのね』
「貴様に発言を許した覚えはないぞ、バケモノ」
『……なんですって?』
「僕は自分にできる事をするだけだ。例えどんな結末になろうとも、僕は僕の道を突き進む!」
財前の目には、伊賀崎さんの姿しか見えていないだろう。
クイーンはそれが気に入らなかったのか、伊賀崎さんの身体の支配権を奪うと、召喚器から初期手札5枚を取り出した。
『アタシの機嫌を損ねたこと、地獄で後悔しなさい』
「自称とはいえ王は王。女王を騙るバケモノから臣下を取り戻すのは僕の義務だ」
廃墟のような倉庫の中で、財前とクイーンが対峙する。
俺と藍が後ろに下がると、二人のファイトが始まった。
「『サモンファイト! レディー、ゴー!』」




