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第百九十一話:最悪と行方不明

 遅刻して教室に戻り、複雑な感情のまま授業を受ける。

 内容なんて頭に入ってこない。

 特に、肝心の伊賀崎(いがさき)さんが欠席なのが不安を駆り立ててくる。

 休み時間に先輩達へもメッセージを送り、昼休みが終わると俺達は六帝(りくてい)評議会の会議室へと集まっていた。

 もちろん財前も一緒だし、どうせ話は長くなるだろうから、午後の授業は先輩達の働きかけで公休扱いになっている。


財前(ざいぜん)、全部話していいか?」

「いや、僕が話す」


 そして財前は、今朝俺に話した内容と同じものを全て語った。

 想像を絶する程に残酷な真実も全て、包み隠さずにだ。

 昨日の時点で黒崎(くろさき)先輩から伊賀崎さんが戸籍上死んでいるという話しを聞いていたとはいえ、こういう形で真実だとされてしまうと皆困惑してしまう。


「本当に、死んでいたんだな」


 黒崎先輩の呟きが会議室に響いてしまう。

 それが心臓を締め付けて、嫌な真実を実感させてくる。


「化神というのはよく分からないけど、あのウイルスと関係していると思って良いんだね?」

「それで合っている。そして政帝(せいてい)の仕込んだ所業と、トリックのタネもだ」

「そうだね……そうだね」


 黒崎先輩が肯定してきた事で、牙丸(きばまる)先輩は拳を強く握りしめる。

 これまでの点が線で繋がってしまった。それも最悪な形で。

 かつては政誠司と良きライバル関係でもあった牙丸先輩にとって、今の怒りは計り知れないだろう。


「ウイルスなんてSF染みた存在、実際に見たからには信じる他なかったけど……まさか死者蘇生までやるなんて」

音無(おとなし)先輩、蘇生なんて生優しいものじゃないと思いますよ……死の恐怖で支配して、何から何まで踏み躙られているなら、そんなの生でも死でもない」


 自分で言いながら、徐々に声に怒気が乗ってしまう。

 怒りを感じているのは音無先輩も同様だった。

 激しく声を荒らげる訳でもなく、音無先輩はただ静かに、氷点下を越える冷たさで怒りを露わにしている。

 所業が所業。まともな人間、それも学園の生徒達を束ねる帝王であれば尚更当たり前の反応だ。


「やっぱり、気のせいなんかじゃなかったのね」


 アイの側でウィズがそう呟く。

 今日はカーバンクルも含めて、化神は全員調子が良いらしい。


「あの子の魂、もう肉体から離れている筈なのに、何かに縛り付けられていたのね」

「なるほど、つまりそれが件の人造化神だったというわけか」

「きっとそうなのね」

「死した人間に寄生するに飽き足らず、同胞を喰わせて自らを維持するか……我はソレを間違っても化神とは呼びたくないな」


 ウィズの話を聞いたシルドラは、静かに怒りを爆発させている。

 そういえばシルドラも九頭竜(くずりゅう)さんとは長い付き合いで、プライドの高い性格だけれど人間と友好的な化神だもんな。


「ヒトハちゃん、なんで」

「大丈夫だって、オイラ達なら〈ビクトリー・ドラゴン〉でウイルスを切り離せるブイ!」

「それは、ヒトハって子を救う方法にはならないっプイ」


 顔を青くする(らん)を励まそうとするブイドラに、カーバンクルが残酷な事実を告げる。

 当然ながらブイドラは食ってかかるが、カーバンクルは俺たちにした説明と同じものを話した。

 たとえウイルスと人造化神を切り離しても、それは伊賀崎ヒトハという人間を生かす結果にはならないと。

 逆にそうすれば、本来の状態に戻るだけなので死んでしまうと。


「残念だけど、ギョウブの時とは状況が違いすぎるっプイ。既に失われている生命をどうこうなんて、ボク達には不可能っプイ」


 項垂れてしまうブイドラ。藍も唇を噛んで悔しさを滲ませている。

 希望が潰えたら、誰だってそうなるさ。


天川(てんかわ)、化神達はなんだって?」

「簡単に言えば、一度失われた生命はどうしようもないってさ」


 隠神島(いぬがみじま)の一件が終わってから、再び化神を認識できなくなった速水が聞いてくる。

 俺が端的に説明すると、速水は短く「そうか」とだけ呟いたけど、歯痒さを感じてはいそうだった。

 あえて俺達も口には出さないけれど、現状ウイルスを除去するにはパートナー化神の存在は必要不可欠だからな。


「そういえば、件の子は?」

「今日は欠席です。だから不安しかない」

「昨日の今日じゃあ来にくいだろうね。だけど不安は理解できる」


 牙丸先輩に伊賀崎さんの欠席を伝える。

 確かに昨日財前に自分の秘密を告げたのなら、今日は来にくいだろうな。

 とはいえ、このタイミングの欠席は不安でしかない。


「これは一度、彼女の住むマンションまで行った方が良さそうだね。財前は知っているんだろう?」

「はい。何度も送り届けてますから」


 ダミーじゃない、伊賀崎さんの本当の住所。

 牙丸先輩に聞かれたので、財前は正直にどの辺りなのかを答えた。

 確かに場所的には財前が通っていた中学校の校区内だなと、俺が思っていた時であった。


「あら? そこって確か」


 突然、音無先輩がスマホを取り出して何かを調べ始めた。

 目当てのものはすぐに見つかったのか、先輩は「あったわ」と言って画面を俺達の方へと向けてくる。


「昼前くらいに出てきたニュースよ。マンションの住民が一夜にして全員失踪したって事件。これ貴方の言ってた住所の周辺じゃないの?」


 俺達も自分のスマホでそのニュースを調べる。

 最新ニュースだからか、適当なワードでもすぐに記事は出てきた。

 マンション一棟の住民、計74人が忽然と姿を消したと。


「なによこれ。70人以上も急に姿を消すなんて普通じゃないでしょう」

「しかも血痕が確認できた部屋が複数。警察は殺人事件も視野にいれて捜査中だと」


 あまりにも異常な内容に驚いているのは、アイと速水だけじゃない。

 他の皆もそれぞれ驚いているが、俺が一番気になってのは別の事。


「財前……この写真に写ってるマンションって」

「……ヒトハが、住んでいる」


 どうにかして絞り出すように答える財前。

 端的な単語だけだが、十分すぎる返答だった。

 だからこそ、次の瞬間に財前が会議室を飛び出たのは必然だったのだろう。


「おい財前!」


 俺も財前を追って学園を飛び出す。

 とはいえ場所の都合、電車による移動だから行き先は駅だ。

 IC定期で駅の改札を駆け抜けると、あと数分で次の電車がくる状態。

 俺はとにかく一度落ち着かせるために、財前肩を掴んだ。


「財前、少し落ち着け」

「落ち着いていられると思うかッ!?」

「今冷静じゃなくて、いつ冷静になるんだよ! ファイターならそれくらい本能で理解しろ!」


 咄嗟の一喝が効いたのか、財前はホームで一度深呼吸する。

 その間に他に二人、ホームへとやってきた。


「財前くん、アタシも行くから!」

武井(ぶい)

「ヒトハちゃんの手、今離したりしたら、アタシ絶対に一生後悔すると思う」

「……そうだな。僕だけではなかったな」


 伊賀崎さんと仲良くしていた藍が、俺や財前と共に行くと言う。

 そしてもう一人、俺達の元へやってきたのは黒崎先輩だ。


「まったく、突発的な行動ではなく理性的な行動をしろ。サモンファイターの基本だ」

「先輩、他の皆は?」

赤翼(あかばね)宮田(みやた)が後から来る。ウイルス感染者がいつ発症するか分からないからな。学園にはそれ以外の奴らが残った」


 つまり今の学園には帝王が三人。化神持ちとして九頭竜さんも待機しているってわけか。

 それなら俺達も安心できる。


「財前。オレも同行するが、嫌とは言わせないぞ」

「言う気はないですよ。あるのは感謝だけです」

「その感謝は取っておけ。ハッピーエンドになる保証はないんだ」


 そしてやってきた電車に乗って移動する。

 時刻としては午後2時半といったところ。

 俺と藍、黒崎先輩は駅を出ると、財前の案内で伊賀崎さんが住んでいるというマンションへと向かって行った。

 だが案の定というか、事件現場でもあるマンションに近づけば近づく程に、明らかに人が多くなっている。


「報道ってやつか? 怪奇事件はさぞ美味しいだろうよ」


 そんな事をぼやきながら、俺は財前の後について先を急ぐ。

 だがマンションが見えてきた瞬間、密集している大勢の報道陣と、立ち入り禁止テープの向こうに立つ警察官の姿が見えた。


「ねぇどうする? このままじゃ進めないよ」

「オレに考えがある。出てこいシーカー」


 パートナーに呼び出されて、黒崎先輩の召喚器からシーカーが姿を現す。

 なるほど、俺達にはその手があったな。


「シーカー、マンションの中を調べてこい」

「オ安い御用です」

「あっ、そうか! 化神なら普通の人には見えないから中に入れるんだ。そうと決まればブイドラ!」

「オイラに任せるブイ!」


 そしてシーカーとブイドラは空中を飛びながら、素早くマンションへと向かって行った。

 俺も頭上に乗っているカーバンクルに声をかける。


「カーバンクル。お前も調べてきてくれないか?」

「キュップ……キュププププ」

「カーバンクル?」


 笑っている。と言うには何か不気味なものを感じる。

 いや、これは笑っているというよりも……


「ツルギ、一つ言っておかなければいけない事があるっプイ」


 怒りが臨界点を突破して……


「例の人造化神。もし見つけてもボクは浄化なんてしないっプイ」


 完全にキレている。


「必ず……殺す」


 明確な殺意を剥き出しにしているカーバンクル。

 現場のマンションは十分見える位置にまで近づけているけど、恐らく何か良くないものでも感じ取ったのだろう。


「カーバンクル。何か分かったのか?」

「人の子の気配があらず。あるのは血の臭いと……阿呆の残り香か? 造られたと言うあたり、大海の広さすら知らぬ餓鬼かや?」

「……伊賀崎さんの気配とかは?」

「化神らしき気配が無いあたり、十中八九逃げたあとであろうなぁ」


 逃げたあと。つまり死んではいないという確信はあるのだろう。

 二十分ほど経過すると、シーカーとブイドラが戻ってきた。

 だけど結果はカーバンクルの予想通り。


「シーカー、伊賀崎ヒトハは?」

「どこにも居ませんね。文字通りもぬけの殻でございます」

「血痕は?」

「それはもうあちこちに。ただし件の部屋以外にですが」


 淡々とマンション内の状況を説明するシーカー。

 一方のブイドラはかなりグッタリとした様子であった。

 恐らく人間の血を見て、その死を確信してしまったのだろう。


「ブイドラ、ヒトハちゃんは?」

「どこにも、いなかったブイ……生きてそうな人間は、どこにも」


 顔を伏せて、重々しく首を横に振るブイドラ。

 だけどおかげで、マンション内の光景はおおよそ察する事ができた。

 無論よくない方向でだし、藍と先輩も同じ考えに至っているだろう。


「となれば問題は伊賀崎さんがどこに逃げたのかだよな。財前」

「明確な答えを出せれば良かったが、ヒトハはここに引っ越してきて一ヵ月程だ。出会って日の浅い僕には……」


 予測もつかない……仕方ないとはいえ、財前にそれを言われてしまうと俺達もお手上げになってしまう。

 ならどうするべきか。俺がどこから探し始めるか思考を始めた瞬間、財前が突然顔を上げてきた。


「そうだ、ノートだ」

「ノート?」

「ヒトハのやりたいことノート! まだ達成していない項目がある。それを当たれば」


 やりたいことノートってのはよく分からないが、財前が心当たりとして出すなら賭けてみる価値はある。

 俺が気配に敏感なカーバンクルと一緒に行けばより確実だろう。


「天川と武井は財前について行け」

「先輩は?」

「こんな現場だ、感染者が出ていないとも言い切れない。それに警察が出ているなら父さんの力も借りやすい」


 要するにもっと詳しく調べられるって事か。

 後の事を考えれば、それで何か出てくれるなら最適解だ。


「赤翼と宮田にはオレが説明をする。お前たちは伊賀崎ヒトハを」

「はい! 行こうブイドラ、財前くんも案内よろしく!」

「頼むぞ、お前の記憶だけが頼りなんだからな!」

「任せろ」


 そして俺と藍は財前の背を追うように駆け出していく。

 スマホを一瞬見ると、現在時刻は15時53分。

 マンションで事件が起きてから、かなり時間が経過している。


(早く見つけないと)


 万が一新しい被害者が出てしまえば、伊賀崎さんの傷がさらに深刻になる。

 そうなる前に見つけて……手を打たないと。


(それにしても……やりたいことノート、か)


 伊賀崎さんの経歴を考えれば、どんな中身なのかは察しがつく。

 だからこそ、そんな彼女を利用した政帝への怒りが沸々と湧き上がってくるのだった。

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