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第百九十話:せめて魂だけでも

 通学路の風景は何も変わらない。

 もしも変わった事があるとすれば、俺の胃が重い事くらいだろう。


(なにもない……そう、思いたかったんだけどな)


 昨日、皆で集まって情報共有をした時に、黒崎(くろさき)先輩から最終的な調査結果を聞かされた。

 それはあまりにも突飛すぎて、すぐに理解できるようなものじゃない。

 だけど、それを真とした場合、違和感に理由がついてしまいそうなのも事実だった。


伊賀崎(いがさき)さんは戸籍上だと……もう死んでいる)


 ずっと黒崎先輩が調べていた事はコレだったらしい。

 最後に入院していた病院を親父さんと共に調べた結果、見つけてしまった異常事態。

 ただ戸籍上の死を演出しただけという(まつり)誠司(せいじ)の策略……と言うには、戸籍上の死を出すような理由も考えられない。

 じゃあ俺達が会った伊賀崎さんは誰なんだ?


(黒崎先輩と牙丸(きばまる)先輩は、間違いなく伊賀崎ヒトハ本人だと言っている……)


 特に牙丸先輩が見つけてきた小中学校時代の写真がそれを真実にしてしまう。

 アレは間違いなく伊賀崎さんだったし、整形の類をしているようにも思えない。

 じゃああの伊賀崎さんが本人なのだとしたら、何故死んだ事になっているのか、何故政誠司は編入させてきたのか。


(真実には近づいている筈なんだ……だけど、あまりにも嫌な予感しかしない)


 特に嫌な予感を加速させるのは伊賀崎さんの住所だ。

 昨日の放課後、音無(おとなし)先輩と牙丸先輩が学園に登録されている書類から伊賀崎さんの自宅に向かった。

 だけどそこにあったマンションの一室は空室、ダミーの住所。

 間違っても俺やソラの最寄り駅から一駅なんて場所じゃなかった。


(伊賀崎さん……少なくとも政帝は何かを隠している)


 追い討ちをかけるように、昨日の夕方に目覚めていたブイドラが感じたという何かの気配。

 ブイドラや(らん)は気のせいだと思いたかったらしいけど……他の状況が状況なだけに、気のせいで片付けられない。


「……カーバンクル。今日は起きてるか」

「キュップイ。今日はびっくりするくらい眠気が無いっプイ」


 俺の頭上でそう言うカーバンクル。

 今日は眠く無いか……まるで何かの意思で操作されているような眠気だな。


「なぁ、もうすぐ学園に着くんだけど」

「分かってるっプイ……もう、何かが蔓延している気配しか感じないっプイ」


 一回だけ心臓が高鳴ってしまう。だけど次に感じたのは、残念な納得感だった。

 仮定に根拠を与えられてしまうと、それは真実になってしまう。

 その真実が残酷であろうがなかろうが、俺達はそれに応じて動かなければいけないんだ。


「カーバンクル。今日はかなり動いてもらうけど」

「言われなくてもそうするっプイ……既に嫌な気しかしないっプイ」


 そして俺達は校門を通って、一年A組の教室へと向かった。

 教室の扉は開いているので、そのまま自分の席へと進む。

 既に教室には何人かのクラスメイトがいるけれど、俺が一番会いたかった奴はもう席についていた。


財前(ざいぜん)、少しいいか?」


 隣の席にはまだ来ていないのか、伊賀崎さんの姿はない。

 どこか不機嫌な表情の財前に話しかけると、まるで俺を待っていたかのように見上げてきた。

 同時に財前は俺の頭上にいるカーバンクルにも目線を向ける。


「奇遇だね。僕もキミに用があった」

「伊賀崎さんの事だ」

「それは最高だ。僕もヒトハについて話がある」

「俺の頭上を見たよな。つまりそういう事だって判断してもいいんだな?」


 財前は無言で頷くと席から立ち上がる。

 どうやら化神も関係する何かがあるようだ。

 となれば尚更、俺達は話をしなければいけない。


天川(てんかわ)、サボりに抵抗は?」

「今ゴミ箱に捨てた」

「上出来だ。外に出るぞ」

「帝王の皆様直伝。校内にいい場所があるんだけど、趣味じゃないか?」


 チラリと俺の方を振り向くと、財前は「それでいい」と答えてきた。

 俺は財前と共に、同盟の集まりがある時に使っていた空き教室へと向かった。

 予め先輩達から合鍵を預かっていて正解だった。


「鍵まで持っているとは、訳ありだね?」

「そういう事だ。お互いな」


 念の為、カーバンクルに周辺の気配を探ってもらう。

 他の人はいないので、安心して話はできそうだ。

 サボり云々に関しては、後で速水に適当に遅刻理由をでっち上げてもらおう。


「そうだな、どっちから話す?」

「キミからでいい。キミの話で何かの判断がつくかもしれない」


 適当な机に腰掛けながら、財前は真剣な眼差しを向けてくる。

 隠し事はお互い不要って事か。なら話せるだけ話すまでだ。


「単刀直入に言う。伊賀崎さんの編入に政帝(せいてい)が関わっていた」

「だろうね。それくらいは想像できる」

「想像できる程近づいたって事か。じゃあ、伊賀崎さんが学園に提出した住所がダミーだった事は?」

「……どこだったんだ」

「俺達とは逆方向。これで十分だろ」


 俺がそう言うと財前は「そうだな」と言って少し顔を俯かせる。

 恐らく財前が知っている住所は本物なんだろう。

 だけど同時に浮かび上がるのは、伊賀崎さんの黒い一面と呼ぶべきものだ。


「伊賀崎さんが化神を認識できるというのは、藍達から聞いている……それと」


 これを言うべきか否かは、やっぱり悩んでしまう。

 だけど言わなければ先には進めない。


「伊賀崎さんは戸籍上、もう死んでいるって事も」


 俺自身まだ信じ切っているわけじゃない。

 だけど黒崎先輩の調査結果や、実際に見せられた資料が証拠になってしまう。

 荒唐無稽が百も承知。嘘ならそれ以上の喜びはない。

 それでも今は、この情報を伝える他なかった。


「ま、まぁ、流石に昨日も会ったクラスメイトが実は死んでるなんてさ。俺も正直信じられないんだけど――」

「本当だ」

「……財前?」

「昨日、ヒトハは全て話してくれた。自分がもう死んでいるという事も、自分の身体に植え付けられたものも」


 死んでいる? 伊賀崎さんは本当に死んでいた?

 それに植え付けられたものってなんだ。

 色々な感情や言葉が頭の中でグルグルと渦巻いて、上手く自分の言葉が出せない。

 ただ唖然と、財前の証言を理解しようとする事しかできなかった。


「なぁ天川。化神ってのは人を喰うのか?」

「いや……基本的にはそんな事ないと思うけど」

「ヒトハに植え付けられた人造化神は、人間を食っているそうだ」

「人造、化神?」


 初めて聞く単語。そして不穏極まる単語。

 人を襲うという点では、確かにギョウブのようなパターンもあった。

 だけどアレはウイルスの影響による暴走であって、本来のギョウブは人間に有効的だった。


「なぁカーバンクル。化神って人間を喰う奴もいるのか?」

「いない、なんて事は絶対に言えないっプイ。前にも言ったけど、ボク達化神も人間と同じく多種多様っプイ。中にはそういう化神がいても不自然ではない――」


 だけど……とカーバンクルは続ける。


「エネルギー補給のために必ず人間を喰わねばならない、なんて事はないはずっプイ。その人造化神が相当な悪趣味でない限りは」

「財前、伊賀崎さんに何があった」


 そして財前は俺に全てを話し始めた。

 伊賀崎さんが生まれつきの心臓病で、本当に入退院を繰り返していた事。

 母子家庭で海外での移植手術を受けられなかった事。

 そこに政誠司が現れて支援を申し出て……転院先の病院で死亡した後に、人造化神を埋め込まれて蘇生させられた事。

 人造化神と自分の命を維持するために、政誠司に死の恐怖を煽られながら、毎日人間を喰う他なかった事など。


「なんだよ、それ」


 確かにアニメでも政誠司や風祭(かざまつり)(なぎ)の背景ストーリーは、ホビーアニメらしからぬ重さがあった。

 だけど……まさかここまでの所業をやってくる外道に堕ちていたとは、流石に想像できなかった。


「ヒトハの身体に、黒い何かが確かに蠢いていた……恐らくアレが人造化神ってやつなんだと思う」

「キュップイ……それならアレも説明がつくっプイ」


 アレってなんだ?


「さっきの教室。財前の隣の席だけ妙にウイルスの残滓があったっプイ。それに二学期に入ってから、学園の中ではボク達化神は異様に眠くなりやすくなっている」

「じゃあその人造化神がウイルスそのものって事なのか?」

「多分間違いないっプイ。それなら急に学園内で感染者が出てきた件も説明がつくっプイ」


 なるほど、トリックのタネが見えてきた。

 隠神島でギョウブがウイルスと同化したまま、島中に感染者を増やした時もだ。

 あの時、本当にウイルスそのものを持っていたのはギョウブだけだった。

 散布されたウイルスは既存のカードの表面に付着して、ファイト終了後はすぐに消滅していた。

 つまり今回の……戸羽(とば)とのファイトの頃から続いていた一連の奇妙なウイルス感染者は全て同じ。


「あの時のギョウブを人間に置き換えて、人間を巨大なウイルスとして利用したって事かッ」

「そういうことっプイ。そのヒトハって子は多分一度も意識なんてしていない筈っプイ……誰かにウイルスを感染させようなんて」

「反吐が出るな……政誠司」


 静かに、だけど確かな怒りを込めて、財前は言葉を続ける。


「なにが序列1位だ。なにが最強のファイターで帝王だッ! なにも知らない人間を利用してッ! 自分の益のために尊厳すら蹂躙するようなゲスがッ! 王の名を振りかざしていい筈がないだろうッ!」

「全面的に同意だ。流石にここまで手段を選ばない奴だとは思わなかった」


 だけどそうなったら、伊賀崎さんをどうやって助けるかだ。

 どうせ主犯は今頃アメリカだからな。

 まずは目の前の問題を解決しないと。


「カーバンクル。いつもみたいにウイルスを吸い取ればなんとかなりそうか?」

「……ウイルスを吸い取って除去する()()ならできると思うっプイ」


 だけ?


「財前の話を聞く限り、それらの話が全て真実なのだとするなら……今その子は、言い換えればウイルスと同化している人造化神のおかげで生きているようなものっプイ」

「……カーバンクル、まさか」

「ギョウブの時と同じっプイ。周囲に撒き散らせる程ウイルスと同化している化神が、その子の生命活動を維持しているのなら……ウイルスを消した瞬間に、その子が死ぬっプイ」


 ウイルスから解放すれば死ぬ。

 あまりにも残酷な宣告だったが、俺の頭には一つの可能性が浮かんでいた。


「藍のカードはどうなんだ? ブイドラが進化した〈ビクトリー・ドラゴン〉なら、ウイルスだけを切り離せただろ?」

「ツルギ。アレはギョウブが化神だったから助けられたパターンっプイ。化神から同化しているウイルスを切り離しても、エネルギー不足になって休眠状態……最悪消滅すれば、結局そのヒトハって子の生命活動を維持する存在がいなくなるっプイ」

「……詰みって事か」

「ツルギ……ボク達化神も君達人間も、万能の神様じゃないっプイ。どれだけ強大な力を得られたとしても、ボク達生命体は、既に失われている生命を蘇らせるなんて不可能っプイ」


 なんでもはできない、か。

 それはそうなんだろうけどさ……理屈じゃなくて、心がどうにかしたいって叫んでるんだよ。

 言葉にしなくても、財前だって同じだって分かる。


「……どうにも、できないのか」

「実際に会ってみないと断言できないけれど。君の話を聞く限り、ボク達にできる事はただ一つ……せめて魂だけでも救ってあげる事だけっプイ」

「せめて、魂だけでもか」


 カーバンクルに告げられた言葉を繰り返して、財前は言葉もなく考え込む。

 俺が今の財前と同じ立場だったら、何ができたのだろうか。

 最後まで足掻くのか、諦めてしまうのか。

 自分の事ながら、自分でもよく分からない。

 ただ一つ言えるのは……俺は今の財前のように、冷静に考え込む事は出来なさそうだ。


「それにしても、嫌な残り香があちこちに残っているっプイ……これや、人を喰ろうた化神の臭いか? 血の臭いを乗せてしまうとは、余程の愚鈍であろうなぁ?」


 口調は変われど、声色変わらない。

 それでも俺には、カーバンクルが静かに膨らませている怒りが感じとれてしまった。


「財前、一度教室に戻ろう。他のみんなにも協力してもらう必要がある」

「天川……頼む」

「他の化神や先輩達の力を借りよう。みんな動いてくれるさ」


 どんな結果になろうとも、何もせずに最悪の結末になるよりはマシだ。

 俺と財前はひとまず空き教室を後にする事にした。


「それにしても……派手に撒かれた割には、ウイルスが薄い気がするっプイ」

「そういえばソラや財前が急激に化神を認識できるようになったのって、もしかして」

「学園中に撒かれたウイルスを、化神が無意識に吸収したから……可能性としては十分にあるっプイ」


 だよなぁ。それなら十分に説明つくもん。

 とりあえず財前の化神には、空気やタイミングをしっかり読んでから目覚めて欲しいな。




















 







『感じるぜぇ……このビートは、喧嘩(ロック)だな』

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