第百八十一話:途中報告
一週間が終わって今日は日曜日。
俺は黒崎先輩に呼び出されて、地元の喫茶店に来ていた。
間違っても牙丸先輩行きつけのメイド喫茶ではない。
ちなみに場所は黒崎先輩の指定な上、ソラと藍も一緒である。
「普通の喫茶店って、どうしてこうも心が落ち着くんだろうか」
「ツルギくんってよくブラックコーヒー飲めるよね。苦くないの?」
「苦味が良いんだよ。この苦味が男を強くするんだ」
「甘くないならアタシは女の子でいーもーん」
そう言ってオレンジジュースをストローで飲む藍。
なんというかアニメ通りの性格というか、ただの子供舌というか、こんな些細な動作に安心を覚えてしまう。
きっと俺は疲れているんだ。本当に今年は色々あり過ぎたんだよ。
「ツルギくんって中学の頃からコーヒー好きですよね」
「コーヒーは俺の魂であり血液です」
美味しいんだぞ、ブラックコーヒー。
みんなも苦味を美味に昇華させて楽しもう。
ちなみにソラは毎年バレンタインにコーヒー豆をくれます。この子は間違いなくコーヒー界から来た女神だ。
「でもツルギくん。エスプレッソをダブルで注文するのは強者過ぎると思うんです」
「慣れると美味しいんだぞ。他人には勧めない飲み方だけど」
「真似できる人の方が少ないと思います……」
まぁ実際苦手な人多いからな、特に否定はできない。
それはそうとして、今日呼び出された面子は中々奇妙だな。
比較的近い場所に住んでいる者だけ、というには速水は呼ばれていない。
強い者順というにも不自然。化神持ちというには、九頭竜さんとアイがいない。何よりソラに至ってはまだエオストーレが目覚めてないし。
「キュップ〜イ、ツルギ〜ボクにもジュース〜」
「席の隅でお冷でも飲んでてくれ」
「冷たいっプイ」
仕方ないだろ、普通の人には見えないんだから。
あとカーバンクルよ、ソラの方にジュースをねだりに行くな。
ほらソラが出来心で甘やかしちゃうじゃんか。
「カーバンクルくん、炭酸大丈夫なんですか?」
「問題なしっプイ。クランベリーの酸味が染みるっプイ〜」
そのウサギヘッドでストロー使えるのって不思議な光景だな。
炭酸を飲んで大丈夫なあたり、やっぱり普通の動物とは根本から異なっているんだなと実感してしまう。
いや、それよりも気になるのは……やっぱりソラの事だよな。
「ソラ、もう完全に化神を認識できてるよな」
「はい。カーバンクルくんもブイドラくんも見えますし、触れますよ」
「なぁなぁ藍。オイラもジュース飲みたいブイ」
「あとで自販機の買ってあげるから我慢して」
藍の隣でブイドラが「ケチっ!」って言いながら頬膨らませてる。
そんなブイドラをソラが微笑ましそうに見ているが……気になるのはそこなんだ。
「カーバンクル。ソラのパートナー化神って目覚めてるのか?」
「まだ眠ってるっプイ。だけどツルギが言いたい事は理解できるっプイ」
ソラと藍は理解できていないようで、頭の上に疑問符を浮かべている。
あとブイドラも同じように首を傾げている。お前は理解しろよ化神なんだから。
「ボク達が把握している限り、ソラはウイルス感染者と直接ファイトをした事はないはずっプイ」
「はい。ツルギくん達が戦っているところは見たことありますけど――」
「そこっプイ。休眠状態の化神が目覚めるのに必要なエネルギーは簡単には集められない。ウイルスを吸収するような機会もないのに、こんな短期間で化神を完璧に認識できるようになるなんて。流石に早すぎるっプイ」
そう、俺もカーバンクルと同じ事を感じていた。
ソラの(恐らく)エオストーレが目覚めているような気配もないのに、化神を認識する能力だけが異様な速さで目覚めている。
素人の感覚だけど、チグハグなんだよ。
「カーバンクル。ウイルスの近くでファイトしていた場合でもエネルギーは吸い取れるのか?」
「多少は吸収できても、やっぱり直接戦った化神と比べたら雲泥の差っプイ」
となるとこの前の戸羽とのファイトは関係ないのか。
よく考えれば、あの時のウイルスはファイト後に消滅したもんな。
隠神島の時もそうだったけど、なんで二種類もあるんだ?
「でもここまでボク達を認識できている以上、化神にエネルギーが溜まってきているはずっプイ。でもどこでどうやって?」
「カーバンクルに分からないなら俺らにも分からねーぞ」
「ブイドラ、わかる?」
「オイラに聞かれても困るブイ」
藍に聞かれるも、ブイドラはちんぷんかんぷんといった様子である。
前々から思っていたけど、ブイドラはそこまで博識というわけではないらしい。
皆でそんな事を考えていると、黒崎先輩とシーカーがやって来た。
「待たせたな」
「皆様、オ待たせいたしました」
大きな懐中時計の身体に、歯車の両手が浮かんでいるシーカー。
その特徴的な姿を見るや、ブイドラは大袈裟に驚きの声をあげた。
「ウワァ!? なんだオマエ!?」
「オや、オ初にオ眼にかかりますネ。ワタシの事はシーカーとお呼びください」
「オ、オイラはブイドラ……オマエその身体どうなってるブイ?」
「企業秘密です」
興味深そうにシーカーの身体がどうなっているのか観察しているブイドラ。
そういえば君ら初対面だったね。
俺の隣に座った黒崎先輩はコーラを注文すると、すぐに本題に入った。
「まずは王先輩からの伝言だ」
「伊賀崎さんの事ですか?」
「あぁ。と言っても王先輩もオレも途中報告でしかないがな」
そう言って微かに眉間に皺を寄せる黒崎先輩。
伊賀崎さんを調べている事に関しては仲間内で周知済みにしてある。
とは言え、流石に藍やソラは何も問題ないと思いたいらしいけど……先輩のあの様子じゃあ、あまり良い答えは期待できないかもしれない。
「王先輩が、件の女子生徒が通っていたとされる女子校と、中学の同級生を調べてみたそうだ」
「牙丸先輩のコミュ力なら色々聞き出せそうですね……何か出たんですか?」
「逆だ天川『何も出てこない。だから異様』それが先輩からの伝言だ」
出てこないから異様?
俺は奇妙な表現を使うなと思っていたが、どうやらソラと藍も同じような事を思っている様子だった。
何も出てこないなら、俺達の杞憂だったで終わると思うけど……
「オレも最初は意味が分からなかったが、先輩の話を聞いてすぐに理解した」
「あの、なにが異様だったんですか?」
「文字通り何も出てこなかったんだよ、赤翼。伊賀崎ヒトハという人物が在籍していた記録はあり、その姿を見たという者もいた。だが……誰一人として、それ以上の情報を持っていなかった」
ソラの質問に先輩が答えた瞬間、俺は何が異様だったのかを理解してしまった。
つまり伊賀崎さんの存在を把握している人達はいたが、まともに交流をしたという者は誰もいなかった。
そして俺は、彼女が転校してきた日に抱いた小さな違和感を思い出した。
「先輩、もしかして伊賀崎さんって……学校でのファイト記録がほとんど存在しないんじゃ」
「オレと先輩でそれについても調べてみるが、まぁ天川の予想通りになろうだろうな」
「えっ、なんでヒトハちゃんのファイト記録が無いって思ったの?」
違和感を持っていなかった藍が俺に聞いてくる。
実際あの初日に違和感を持ったのは俺と速水、あとは可能性としてアイが考えられるくらいか。
「簡単に言うと、伊賀崎さんって不自然なくらいファイト慣れしてないんだ」
「不自然? どゆこと?」
「ポイントは二つ。一つは実技授業の前に、召喚器の設定画面をわざわざ確認する念の入れよう」
仮にも聖徳寺学園はサモンの名門校。
召喚器の扱い、それもファイト設定に慣れていない生徒なんて存在がありえない。
「そしてもう一つは……伊賀崎さんのデッキだ」
俺は以前先輩達に話た時と同様に、伊賀崎さんの使う【四葉】というデッキの特徴を説明した。
当然、そのデッキで勝つ事がどれだけ困難であるのかも含めて。
一通りの説明を聞いて、ソラと藍もどこか思い当たる節が浮かんだ様子になっている。
「確かにツルギくんの言う通り、普通ならそのデッキで勝つ方が難しいですよね」
「複数のデッキを使い分けるタイプ、って考えたら授業で毎回【四葉】を使う理由がない」
「そういえばアタシもヒトハちゃんとファイトしたけど、アタシ一回もダメージ受けた事ないよ」
元々抱いていた疑念。
そこに追撃で来た牙丸先輩からの伝言(途中報告)。
疑惑は深くなり、頭の中から杞憂の文字が消え始めてしまう。
「伊賀崎さんは慣れていないんだ。ファイトも学校生活も、不気味なくらいに」
「天川、その事なんだが――」
そう言って黒崎先輩は、自分の調査に関して切り出した。
「先輩からの情報でもあるが、伊賀崎ヒトハはかなり長期間入退院を繰り返している」
「は……入退院?」
「生まれつき身体が良くなかったらしい。オレの方でやった調査だとすぐに出てきた情報だ」
入退院を繰り返すほどの病気。それで学校に通えなかったというのは、話としては筋が通っている。
ファイト記録が無いのも別におかしくはない。
だけどそうなると、何故伊賀崎さんは編入試験を合格できたのかだ。
「父さんの協力もあって、入院していたという病院も調べはついている。母親と共にいた場面の目撃証言もあったから、間違いはないだろう」
そういえば、刑事の父親が協力してくれるって言ってたな。
この前は全く気にしなかったけど、冷静に考えたらこの一連の事件に警察が協力してくれるってすごい話だな。
……多分、秘密裏な単独行動なんだろうけど。
ちなみにソラと藍にも黒崎先輩の父親については説明しておいた。めちゃくちゃ驚いていたけど。
「細かいところを言い出すとキリがない。だから重要な箇所だけ先に伝えるぞ」
そう前置きをしてから、黒崎先輩は俺たちの方に視線を向ける。
「政帝が日本を出る少し前。伊賀崎ヒトハが入院していた病室を訪れている」
血の気が引くとはこの事を言うんだろう。
出国する少し前という事は、俺がウイルスに感染した速水とファイトをする前後くらいか。
同時並行で伊賀崎さんに接触していたとは……だけど、入院していた?
「あれ? もしかしてヒトハちゃんって、最近まで入院してたの?」
「そうだ。そして政帝との接触後、謎の転院をしている」
「先輩、不穏なんてレベルじゃないんですが」
俺がそう言うと、黒崎先輩は「だろうな」とどこか苦々しそうに返してきた。
途中報告と言っていたあたり、まだハッキリとした答えには辿り着いていないんだろう。
だけど現時点の情報だけで、政帝がよくない干渉をしている事は簡単に想像がつく。
「まだ手をつけてはいないが、どうせあの男の事だ。伊賀崎ヒトハの編入試験に手を回していても不思議ではない」
「でしょうね。ただそうなると何故そこまでして伊賀崎さんを編入させて来たのか、ですよね」
評議会補佐のように、自分の戦力として使うにしては根本的にデッキが力不足。
ウイルス感染させるという前提にしても、わざわざ別の学校から連れてくる理由が分からない。
……やっぱりこの前アイから聞いたあの情報も関わっているのか?
「伊賀崎ヒトハは化神が見えている。宮田愛梨からすでに聞いている」
どうやら黒崎先輩にも情報は伝わっていたらしい。
流石にメッセージの送信は化神の存在を知る面々だけな気はするけど。
「だがそれを踏まえれば、彼女のデッキに化神の気配がないという点が気になるな」
「あれ、そうなんですか?」
アイからの話を聞く限りでは、目覚める前の化神がいるのかと思っていたけど。
そういえば先輩のパートナーであるシーカーは比較的学内でも動けるんだったな。
なら気配で察知するくらいはできるか。
「化神適性だけを理由に連れてくるというのも奇妙な話だ。仮に化神が目覚めてしまえば、ウイルスへの対抗札を増やす事になる」
「化神そのものをウイルスと同化させている、という可能性はないですか? 俺達は以前そういう化神を見たので」
「それでは化神の気配すら感じない理由がつかない。だが何かがある可能性は十分以上だ」
ギョウブのようなケースを想像したけど、流石に違うか。
まぁあんな酷いケース、二度と出会いたくはないけどさ。
俺がそう考えていると――黒崎先輩は改めて俺達三人に視線を向けてきた。
「途中報告については以上だ。ここから先は少し個人的な付随事項について話したい」
付随事項。
この面子から察するに化神関係ではあるんだろうけど、なんか妙なメンバーなんだよな。
「三人とも単刀直入に聞かせて欲しい。自分のパートナー化神のカードをどこで手に入れた?」
パートナー化神の入手経路?
また妙な質問をしてくる先輩だな。
「あ、あのぉ……私のパートナーって、まだ確定ではないんですが」
「〈【天翼神】エオストーレ〉だろ。シーカーは既に気づいている」
やっぱり他の化神達も気づいているのか。
それだけエオストーレの目覚めが近いんだろう。
「質問をした手前、オレから言おう。シーカーは元々、オレが育った施設で入手したカードだ」
施設育ちって、その話も初耳なんですが。
「詳しい話は一度後回しにさせてくれ。次はそうだな、武井」
「えっ、アタシ!? ん〜まぁ、ブイドラのカードは小さい頃にお母さんから渡されたんです。この子は絶対に手放しちゃダメな友達だって」
簡単に説明をする藍。
正直、例の施設で見たレポートもあって薄々そうじゃないかと思っていたけど……やっぱり藍のお母さんって化神見えてるよな。
(て事は、ブイドラは藍のいた施設から一緒に持って来たカードなんだな)
あのレポートにも「覚醒前のカード」が奪われたって件があったし。
それを踏まえてブイドラを藍に渡したんだろうな。
「次は赤翼だ」
「えっと、私のエオストーレは……亡くなったお父さんから貰ったカードなんです」
これも以前聞いた話だな。
エオストーレを貰ってすぐに、サーガタワーの爆発事故が起きて、ソラは親父さんを亡くした。
でもまさか化神の宿ったカードだとは……いや、そういえばソラの親父さんって化神研究してたって言ってたな。
ソースは三神博士。
(そういえば、学園で化神が眠りやすくなる件について相談したかったんだけどなぁ)
三神博士、今出張で海外にいるんだとか。
ソラと一緒に相談しに行こうと思ったけど、間が悪かったな。
「最後に天川。お前はどうやってカーバンクルのカードを手に入れた」
流石に前の世界なんて言うわけにはいかないよな。
まぁそこだけ伏せれば何も問題ないんだけど……あれ?
俺どうやってカーバンクルを入手したんだ?
前にも考えたけど、やっぱりカーバンクルを当てた記憶がないぞ。
本当に気がついたら手元にあったとしか言いようがない。
「どうした天川?」
「あの、先輩……気づいたら手前にあったじゃあ、ダメですか?」
「なんだそれは」
「本当にそうなんです。パックから引き当てた記憶も無ければショップで買った記憶も無いんです! 本当に物心ついた頃には手前にあったんですよ!」
我ながら無茶苦茶な説明をしているという自覚はある。
だけど黒崎先輩は俺の言葉を聞くと「そうか」とだけ言って、それ以上追求はしてこなかった。
「三人とも、今日家に帰ったら自分の保護者に確認をしてもらいたい事がある」
保護者……親に確認して欲しい事?
「そしてコレは、お前たちへの確認も兼ねているんだが……『財団』と呼ばれる集団に覚えはないか?」