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第百七十八話:化神が見える方……々

 伊賀崎(いがさき)さんが転校してきて数日が経過した。

 今のところ何か特別変な事は起きていない。

 とはいえ黒崎(くろさき)先輩や牙丸(きばまる)先輩の調査結果も出ていない以上、完全に警戒を解くわけにはいかない。


(つっても、実際に一本線引いてるのは俺と速水くらいか)


 一応ソラや(らん)達にもこの前の話し合いに関しては伝えている。

 いるのだが、まぁ普通に女子達で仲良くやっているな。

 本来なら良いことなんだろうけど……今はまだ素直に喜べないというジレンマ。


(そんな中でも日常は容赦なく過ぎていきますと)


 現在はお昼休み。

 女子達は伊賀崎さんと共に屋上でお昼ご飯。速水(はやみ)は軽食片手に資料室へ自習(資料室には飲食可能なスペースがある)。

 残された俺は一人で学食に来ているのでした。


「キュプ〜……目がしょぼしょぼするっプイ」

「おぉ起きたか。もう昼飯時だけどな」

「まるで気圧と低血圧にやられて目覚めた気分っプイ」


 久しぶりに学園で目覚めたカーバンクルは、俺の頭上でぐったりとしている。

 この状態で難なくカレーを食べられるって、俺も大概器用な人間になったもんだな。

 まぁそれはそれとして、目覚めたなら話は早い。


「カーバンクル。調べ物できそうか?」

「ご覧の通り疲労状態っプイ……でも、薄っすらとウイルスの気配ならあるっプイ」


 完全に元気を失っている声だけど、本当に話が早くて助かる。

 案の定というか何というか、やっぱり既に学園内にウイルスカードを所持している人間が複数人いるのだろう。

 薄っすらという事は、今現在ファイトで使っている人間がいないだけなのだろうか。


「キュップイ〜、薄っすらしか感じられないから、どこで誰が持っているかまでは分からないっプイ」

「そっか……今日は起きていられそうか?」

「保証はできないっプイ。でもウイルスを見つけたら教えるっプイ」


 そうしてくれると助かる。

 特に評議会補佐の中には、間違いなく所有者がいるだろうからな。

 見つけたらすぐにでもウイルスカードを無力化する必要がある。


(……薄っすらとした気配か。隠神島(いぬがみじま)戸羽(とば)の時のようなパターンもある)


 物質的なカードを所持しておらず、既にあるカードがウイルスカードに変化していたパターン。

 このパターンに関しては既に先輩達にも伝えているけど……今思えば、アニメで政帝が不在の間にウイルス感染者が出ていた理由の可能性も高い。

 だとすれば評議会補佐の生徒達は、知らず知らずのうちに感染させられている可能性もあるって事になる。


(もしそうなら発見が遅れるって事もあり得るか)


 となれば尚更、化神の皆さまには起きていてもらいたいな。

 人間だけだとウイルスの気配なんて感知できないし。

 そんな事を考えながらカレーを食べ終えて、食後のコーヒーに手をつけようとすると、見慣れた人物が向かいの席に座ってきた。


「正面、邪魔するぞ」

「男のツラ拝みながらコーヒーを飲む趣味はないんだけどな」

「奇遇だな。僕も同じだ」


 コーヒーを手に持って現れたのは財前(ざいぜん)

 ファイト以外でコイツと二人になるのって初めてかもしれない。

 ……ところで財前くん? どうして俺の頭上に視線を向けているんだい?


天川(てんかわ)……キミの頭に乗っているソレについて聞いてもいいかい?」

「見えるようになってたかぁ」


 うん、その内この話はされるとは思ってたよ。

 だってコイツのデッキには化神がいるもんね(カーバンクル談)。

 でも何で急に見え始めてるんだ?


「おーい相棒。見えてるってさ」

「キュップ〜イ。はじめましてっプ〜イ」

「喋るのか、そのカーバンクル」


 カーバンクルが疲れ切っているので、代わりに俺が財前に化神の説明をする。

 もちろん補足説明はカーバンクルに任せるけどな。

 合わせてウイルスカードについても、俺は財前に説明した。


「なるほど。昨日の放課後あたりからキミ達の周りにモンスターの姿が見えたが、気のせいでも何でもなかったのか」

「あぁ〜、昨日って事は藍のブイドラとアイのウィズか」


 昨日は放課後、学園を出て少し経った事にブイドラとウィズが目覚めていた。

 恐らくその時の様子を財前は目撃したのだろう。


「しかし、まさか僕のデッキにもいるとはね」

「カーバンクル曰くだけどな。眠っている化神はエネルギーが不足しているって聞くし、なにか切っ掛けがあれば目覚めるだろ」


 実際、パートナーである財前自身が化神を認識できるようになっているし。

 なんとなくエネルギーが溜まってきている気がするんだよな。


「そうか……だったらウイルスというやつを狩った方が手っ取り早そうだな」

「まぁ俺もそのパターンだったけどさ」

「戸羽が使ったようなカードなのだろう? なら碌でもない事にしかならないのは明白じゃあないか」


 こういう場面で力に憧れを抱かないあたり、財前は信用できちゃうんだよな。

 本当に、最初に出会った時の小悪党っぷりは何だったんだよ。


「それにしても、政帝(せいてい)が黒幕だったとはね」

「黒いお付き合いも間違いなくある。評議会補佐も怪しい。何か動くなら慎重にいかないと――」

「命にも関わる。キミに言われなくても、そのくらいは検討がつく」


 そう言うと財前はコーヒーを一口飲んで話を続けた。


「こう見えて僕の周りは、産まれた時からそういう類の人間がわんさかいた。危ない橋を渡る時は、入念に下準備をしなければ容易く崩壊してしまう」

「説得力のある言葉をどうも。一応あちらさんが帰国してきたら、先輩達と一緒になって派手にドンパチする予定だ」

「それは派手で楽しそうだね。だが無関係の者に降りかかる火の粉を払う役目が足りていないんじゃないかい?」


 財前の言う通りであった。

 二学期が始まって一年生はA組やS組は生徒数が減っている。しかしそれ以外のクラスはそこまで大きく生徒数は減っていないのだ。

 結果的に生徒数はまだまだ十分に多いのが実情だ。

 アニメ通りに政帝がパンデミックを起こした場合、政帝を倒せば解決するとはいえ大惨事は回避できない。


「僕は自分の力量を間違えるほど愚かではない。ましてや今の自分が政帝に勝てるとも思っていない……だがそれ以外なら。火の粉を払うくらいなら、僕でもできる」

「……そうか。じゃあその時が来たら頼ってもいいか?」

「必要ない。僕は勝手にやるさ」


 そう言っていつも通りの様子でコーヒーを飲み干して、席を立つ財前。

 リスクを理解した上で、協力してくれる人間が増えるってのはやっぱり心強いもんだな。


「キミの方こそ無茶をしない事だな。相手はこの学園の最強だという事を忘れるな」

「ご心配どーも。お前もちゃんと伊賀崎さんを守ってやれよ」


 俺がそう言うと財前は盛大に吹き出しそうになっていた。

 お前バレてないとでも思ったのか。


「ななな何のことだね!?」

「転校初日から隣の席。最寄り駅も帰る方角も同じ。ロマンチストなお前にゃあドストライクなシチュエーションなんじゃねーの?」

「何故キミがそれを知っているんだ!?」

「情報提供者は藍だ」


 正確には伊賀崎さんとの話に花を咲かせ過ぎて電車を乗り過ごした藍だ。

 なんか藍と伊賀崎さんて相性が良いらしい……そのせいで昨日、九頭竜(くずりゅう)さんが真っ白に燃え尽きた干物になっていたけど。

 消え入りそうな声で「お友達が遠くへいっちゃう」ってうわ言のように呟いていたからな。


「まったく。余計なことを」

「あっそうだ財前。伊賀崎さんって何か変な様子とかあったか?」

「質問の意図が理解できないが、ヒトハなら別におかしな点などないぞ」

「そうか。サンキュー」


 俺がそう言うと財前は空の紙コップを手に持って去って行った。

 やっぱり伊賀崎さんに関しては杞憂だったのかな。


「……アイツ下の名前で呼んでた?」



◆◆◆



 ツルギ達が学食で話をしていた頃。

 聖徳寺学園の屋上ではソラと愛梨(あいり)、そして藍と真波(まなみ)がヒトハと共に昼食を楽しんでいた。

 とはいっても、真波は完全に藍から離れられないコアラと化している。


「真波ちゃーん、暑いよー」

「やー!」


 まるでデフォルメ体型になりそうな雰囲気を出している真波。

 藍は困った表情を浮かべつつも、真波から離れようとはしていなかった。

 そんな二人の様子を、ヒトハはポカンと口を開けて見つめている。


「いつもあんな感じなの?」

「あはは、否定はできないです」

「安心しなさいヒトハ。その内慣れるわ」


 ソラと愛梨にそう言われたので、ヒトハは無理矢理自分を納得させる。

 青空が広がっている中、ヒトハはクラスメイト達との時間を楽しんでいた。


「九頭竜さんって評議会の人なんだよね? すごいな〜」

「だってさ真波ちゃん。褒められてるよ」


 ほんわかした雰囲気で真波を称賛するヒトハ。

 それを藍が伝えると、真波の中にあったヒトハへの敵意が大幅に消え去った。

 あまりにも露骨に敵意が消えたので、感じ取ってしまった愛梨は思わず「単純すぎるわね」と呆れた感じで呟くのだった。


「ワタシ評議会の人達って怖い人ばかりかと思ってたよ〜」

「大丈夫ですよ。例えば……」


 ソラは真波以外の六帝(りくてい)評議会のメンバーについて思い出す。

 政帝と嵐帝(らんてい)は悪い意味で説明不要。

 暴帝(ぼうてい)(ワン)牙丸は超がつく女好き。

 氷帝(ひょうてい)音無(おとなし)ツララは基本的に無愛想でクール過ぎる上に、藍が絡むと危険な不審者と化す。

 裏帝(りてい)の黒崎勇吾(ゆうご)に至っては滅多に現れないので、説明し難い。


「……ごめんなさい。私には、私にはとても」

「えっ、そんなに怖い人ばかりなの!?」

「大丈夫よヒトハ。一部を除いて癖のある人ばかりってだけだから」


 なんとかフォローを入れる愛梨。

 続けるように愛梨は注意喚起もしておいた。


「真波なんかは善良な帝王だけれど、中には行儀の悪い帝王もいるのよ」

「そうなんです。ちょっと私達の悩みの種にもなっている人が二人ほど」

「一人は序列第2位の【嵐帝】風祭(かざまつり)(なぎ)。まぁこの先輩に関してはもう一人に付き従っているだけのイメージね」


 そう言う愛梨は、最重要警戒対象の名前を続けて出した。


「一番警戒しなきゃいけない相手は序列第1位。【政帝】の(まつり)誠司(せいじ)よ」


 政誠司。その名前が出た瞬間、ヒトハはビクッと反応して身体を僅かに強張らせた。


「今は海外に行っているけれど、もうすぐ帰国して学園にやって来るわ。ヒトハ、万が一にでも政帝が何かを渡してきても決して受け取っちゃダメよ」

「う、うん。そうするね」


 妙に歯切れが悪い返事であったが、愛梨はそれ以上なにか釘を刺すような事はしなかった。

 ツルギから警戒をして欲しいと言われていたが、愛梨はきっと杞憂で済むだろうと思っていた。


(別に怪しいところなんて無い。普通の子じゃない)


 ヒトハについてそう考える愛梨。

 もしも何かおかしな点を捻り出すのであれば、ヒトハの食事量が女子から見ても少ない事くらいである。


「ところでヒトハ。貴女いつもそんな食事なの?」

「えっ……あぁ、これ?」


 そう言うヒトハが手に持っているのはゼリー飲料。

 それもたった一つである。


「カラオケに行った時もそうだったけれど、貴女少食過ぎないかしら?」

「あ、あはは〜、よく言われる」


 どこか苦笑いのような感じでそう言うヒトハ。

 転校初日に女子達で行ったカラオケでも、ヒトハはジュースは飲んでも食事には一切手をつけていなかった。


「ちゃんと栄養は取らなきゃダメよ。倒れたら元も子もないんだから」

「うん。前向きに検討します」

「実行しなさい……とはいえソラの真似はしちゃダメよ」


 そう言って愛梨が指差す先には、ソラが食べたパンの袋で膨れているゴミ袋があった。

 この屋上に来た当初には、ソラがまるでサンタクロースのように袋いっぱいのパン担いでいたが、それも今や見る影がない。

 ヒトハはソラの方を見て素直に「赤翼さん、どこに栄養が消えてるの?」と呟くのだった。


「うぅん、頭が重いのね。今日の目覚めは最悪なのね」

「……えっ!? なに、モンスターが喋って出てきた!?」


 その時であった。愛梨のデッキで眠っていたウィズが目覚めて外に出てきたのだった。

 突然現れた木の根塊で構成された鳥型モンスターの出現に、ヒトハは思わず声を出して驚いてしまう。

 だがそれはつまり、ヒトハには化神が見えている事を示していた。


「ヒトハ、貴女ウィズが見えてるの?」

「う、うん。もしかして普通は見えないの?」


 様子からしてヒトハは化神について何も知らない。

 愛梨は藍と真波にも協力を仰いで、ヒトハに化神について説明をした。

 ちなみにソラはというと……


「こんにちは。きょうはちゃんと見えますし、声も聞こえます」

「お姉様のお友達さん、こんにちはなのね〜。今日のウィズは頭が重いのね〜」

「ツルギくんも言ってましたけど、どうしてなんでしょうね?」


 今日は調子が良いのか、化神をハッキリと認識できている。

 ソラは楽しそうにウィズの身体を撫でているが、当のウィズは学食のカーバンクルと同様にぐったりしていた。


「ねぇ愛梨ちゃん。噛まれたりしないかな?」

「大丈夫よ。ウィズ、貴女を認識できている人間よ」

「のね〜?」


 愛梨の言葉で顔を上げるウィズ。

 そこには物珍しそうな目線を向けてくるヒトハの姿があった。

 ウィズはぐったりとしながらも数秒ヒトハを見つめる。

 そして――


「アナタ……生きてるのね?」


 眠そうな目で突然そう言い放ったウィズ。

 愛梨は「突然なに言ってるのよ」と呆れた様子で言うが、ヒトハはウィズに手を伸ばしたまま少し身体が固まっていた。


「あれ、でもこれ気のせい? 頭が重くてなんにも考えたくないのね〜」

「まったく、無理そうなら大人しくデッキで眠ってなさいな」

「ヒトハちゃん、大丈夫ですか?」


 なにかショックを受けたような様子のヒトハにソラは声をかける。

 するとヒトハはすぐにいつも通りの笑みを浮かべてきた。


「大丈夫だよ〜。ちょっとびっくりしただけだから」

「ごめんなさいね。ウィズには後でちゃんと言っておくから」

「気にしないでいいよ。こういういい子もいるって知れただけで、ワタシは嬉しいから」


 そう言ってヒトハは、ぐったりと倒れ込んでいるウィズを優しく撫でる。

 どうにか問題なく朗らかな雰囲気で収まり、その場にいた全員が一安心する。


 だからこそ誰も気づかなかったし、予想もついていなかった。

 ヒトハの飲んでいたゼリー飲料の中身が、ただの水であった事に。

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