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第百七十四話:伊賀崎ヒトハ

「それでは、転校生の……おなぁぁぁりぃぃぃ!」


 伊達(だて)先生が拍子木をカンカン鳴らして、教室の扉を開ける。

 いやどういうテンションだよ、これで迎えられる転校生も反応に困るだろ。


「あのぉ、これは普通に入っちゃダメなやつかな?」

「「「普通で大丈夫!」」」


 クラス全員の心が一つになった瞬間だった。

 転校生の女の子はそれならと、普通に教室へと入ってくる。

 そして彼女は慣れてなさそうな手つきで、黒板に自分の名前を書き始めた。


「えーコホン、今日からこのクラスでお世話になります。伊賀崎(いがさき)ヒトハです」


 黒板に名前を書き終えると、彼女は自己紹介を始める。

 垂れ目で、ふんわりとウェーブのかかったピンク色の長髪。

 パッと見は普通の女の子だけど、俺は念の為に少し警戒心を残しておく。


「質問等ござろうが今日は後回しにさせて頂くでござる。では伊賀崎殿の席は、そこの財前(ざいぜん)殿の隣でござる」

「はーい」


 まぁクラスメイト激減とか色々連絡事項もあるだろうからな。伊達先生の言う通り、転校生への質問は後回しだ。

 伊賀崎さんはトテトテと空いている財前の隣の席へと移動する。

 ……なんか伊賀崎さん、側から見てもワクワクを抑えきれないって感じだな。


「エヘヘ、よろしくね。えーっと……洗剤くん!」

「財前だ! 何故こうも僕の名前は間違われるんだ」

「アワワ、ごめんなさい」


 めっちゃいい笑顔で挨拶してたのに、一瞬で焦り顔で謝罪モードになってる。

 つーか伊賀崎さんめっちゃ表情豊かだな。


(今のところ見た感じは文字通り普通の女の子……性格は明るい感じっぽいけど、裏があるかは不明)


 警戒心から思わず伊賀崎さんを観察をしてしまう。

 杞憂で終わってくれるならそれが良いけど……今は流石にそうも言ってられない。

 カーバンクルが起きてくれていれば良かったんだけど、眠ったままなんだよな。


(それよりも気になるのは、この時期の聖徳寺(しょうとくじ)学園に転校してきたって事だ)


 そもそも高校の編入試験というものは、聖徳寺学園に限らず難易度が高いと聞く。

 ましてやそれがサモンの名門校であれば尚更ハードルは高いはずだ。特にこの世界なら編入希望者も多いだろうに。


(……念の為、牙丸(きばまる)先輩とかに聞いてみるかな)


 黒崎先輩でも良いけど、女子なら牙丸先輩の方が情報を持っていそうだ。

 いやマジで何でも持ってそうなんだよな、牙丸先輩。


「えーではまず始めに、二学期からの一年A組についてぜござるが――」


 伊達先生が学園を去ったクラスメイトについて話を始める。

 とは言っても、俺はある程度事前に知っていたから改めてのような話になってしまう。

 誰が居なくなったのかも、顔ぶれを見れば一発だ。


(さっきの財前の発言もあるし、伊達先生からもフォローもある……そう考えると、本当に良いクラスだよな)


 だからこそ、堕ちた面々を思い出すと複雑な気持ちにはなる。

 流石にあの一件については安易に話せないからな。

 伊達先生の話に耳を傾けつつ、俺は件の転校生の方に視線を向けてみる。

 伊賀崎さんは妙に目を輝かせながらも、真面目に話を聞いている。財前は隣で興味なさげな感じを出しているけど……アイツ絶対に色々考えてるだろうな。


(本当に、全部俺の杞憂で済めば良いんだけど……)


 そして伊達先生の話が終わると、校内放送による始業式が始まった。

 気温の関係と体育館にエアコンがないから、近年はこういうスタイルらしい。時代だな。



 午前中は始業式とか提出物とかで消費され、授業は午後から開始する。

 始業式の日から授業があるというのも中々に気が重い。

 ちなみに今は昼休み中。昼食を終えて飲み物片手に教室へ戻ってくると、当然ながらクラスの奴らは転校生である伊賀崎さんの周りに集まっていた。


天川(てんかわ)は行かないのか?」

「野郎が行っても威圧感にしかならねーだろ。見ろよアレ、圧倒的な女子率だぞ」


 現在伊賀崎さんの席は我がクラスの女子ほぼ全員に囲まれている。

 その後ろに男子が数名いるが、残りは俺や速水と同じく教室の角に追いやられていた。

 ちなみに財前は一番角に追いやられて体育座りさせられていた。


「財前、お前なにがあった」

「よく聞け天川ツルギ。女子力は暴力と同義だったぞ」

「そのイコールは初耳だけど大体理解できた」


 よく見たらコイツ首からダンボール製の札下げてるじゃねーか。

 誰だよ用意したの……あと「萌えないゴミ」って誤字だよな? 誤字だと言ってくれ。


「にしても珍しいよな。この時期のウチに転校してくるなんて」

「それだけ努力家という事なのだろう。俺も見習わないとな」


 俺と並んで紙パックのコーヒー牛乳を飲みながら、速水はそう言う。

 まぁ確かに、普通はそう解釈するよな。

 一応今日は同盟の件で放課後に先輩達に会うし、気になる事はその時でいいか。


「ちなみに財前。転校生の女子と隣の席だからってロマンスが始まるとか幻想だからな……幻想なんだよ」

「キミはいきなり何を言い出すんだ。妙に重みも感じるぞ」


 前の世界で心当たりなんてありませんよ。


「でも気持ちは分かるぞ。ラノベとかアニメならここから物語が始まるもんな」

「僕はロマンに殉じるのも生き様だと思うけどね」

「ハッピーエンドが確約されてねーじゃねーか。殉じるくらいなら、理想(ロマン)を掴むために動く方がよっぽど良いだろ」


 俺がそう言うと財前は立ち上がり「愚問だったな」と一言口にするのだった。

 中学の頃と違って、根は良いやつなんだと思うんだけどなぁ。

 いや本当に中学の時の世紀末っぷりは何だったんだ。


「……なぁ天川、俺はそろそろ突っ込んでもいいか?」


 何故か速水が俺の方をジトっとした目で見てくる。

 ここまでの話で俺に突っ込まれるような要素は無かったぞ。


「速水、俺は突っ込まれるような覚えはないぞ」

赤翼(あかばね)が転校してきて最初に隣の席だったの、お前だろ」


 速水……それ初耳なんだけど。

 えっ、ソラって中学の頃転校してきて最初のお隣さん俺だったの!?

 流石に転移前の情報を引き合いに出されるとどうしようもないぞ。


「天川、お前忘れてたな」

「……ソラには黙っててくれ」

「そうした方が良いな。俺も火の中に飛び込みたくはない」


 前から思ってたけど、速水ってたまにソラを怖がるよな。

 あの子のどこに怖がる要素があるんだ、不思議で仕方がない。


(そういえば、件の転校生さんはどんな感じなのかな)


 ふと思い立って、俺はコーヒー牛乳をストローで飲みながら、教室の中に耳を傾けてみる。

 基本的に女子ばかりが話しかけているからか、女子の声しか聞こえてこない。


「ヒトハちゃん、前の学校は女子校だったんだ〜」

「うん。ワタシは……あんまり通えてはいなかったけど」

「ねぇねぇ女子校ってどんな感じ? アタシずっと共学だったから気になる!」


 藍が尻尾振る大型犬みたいな感じで、伊賀崎さんに質問している。

 というか女子校から共学に転校してきたんだ、なんか珍しさを感じる……と思ったけど、この世界ならサモンの名門校ってだけで選択肢に捩じ込まれてそうだ。


「女子校か、通りで殺気のない子だと思った」

「なぁ財前、それは流石に純度100の偏見だと思うぞ」

「天川、キミは偏差値の高い女子校というものを知らないからそう言えるんだ。ウチに転校して来られるような頭の女子校はな……殺気の消し方を教えているんだよ」

「俺は生まれて初めて女子校という存在に恐怖したよ」


 今ドキの女子校はみんなそうなのか、それともこの世界の女子校だけがそうなのか。

 殺気の消し方を学べる学校ってそもそもなんだよ、それ絶対カードゲームすら関係ないだろ。暗殺者養成学校か?


「なるほど。ファイト中に漏れ出る殺気を消して淑女を演出する女性がいるとは聞くが、そういう類の話か」


 速水が納得しているという事はこの世界限定だな、よし。

 深くは考えないでおこう、俺のメンタルが削られる。


「えっウソ、愛梨(あいり)ちゃん!? ホンモノ!?」

「あら、アナタ私のファンだったの?」

「ワタシ中学の頃病院のテレビで観てたもん! ライブの円盤も買ったし、JMSカップの決勝もちゃんと観てたよー!」


 伊賀崎さん、アイのファンだったんだ。

 涙声と歓喜の声が混ざって面白い音が出ているぞ。


「ちなみにその決勝戦で私を倒した男なら、そこにいるわよ」


 うわこっちに振られた。

 女子達がモーセの海割りみたいに伊賀崎の視界を作ってる。

 とりあえず手でも振っておくか。


「どーも」


 俺を認識した瞬間、伊賀崎さんは両手で口を覆ってプルプル震え始めた。

 なんだこのリアクション。


「い、隕石を落とした人だ」

「前から思ってたんだけどさ、なんで皆んな揃いも揃って予選のメテオばっか覚えてるんだよッ!」

「いや、あのインパクトは強過ぎるわよ」


 どこか呆れた様子でアイに言われてしまう。

 でも正直、どうせ引き合いに出されるなら決勝戦を出して欲しい。

 最終ターンの〈カーバンク・ドラゴン〉とかカッコよかったでしょ!


「速水ぃ」

「天川、あの予告なしのメテオは許してないからな」

「ソ、ソラは」

「ごめんなさいツルギくん。メテオの予告はして欲しかったです」


 ちくしょう、これが四面楚歌ってやつだな。

 軽減できるダメージだから許されると思ってたけど……


「どうやら、予告なしで20点のダメージはダメだったらしい」

「「「それはそう」」」


 見ろよ、クラスの女子が心を一つにしているぞ。

 美しい光景だな。俺だけが消し炭にされているけど。


「でもワタシもああいう派手な勝ち方やってみたいな〜」

「伊賀崎さん、ツルギくんのアレを参考にするのは程々にした方がいいと思いますよ」

「ヒトハよく聞きなさい。彼は確かな強さを持ってはいるけれど、アレを安易に真似をすれば火傷じゃ済まないわよ」

「……愛梨ちゃんって隕石に加担している側じゃなかったっけ?」


 そうだぞ伊賀崎さん。あの時アイは俺のメテオに協力した側の人間だからな。

 だからアイ、目を逸らすなちゃんと伊賀崎さんの方を向け。

 そんな昼休みを過ごしていると、次の授業まで時間が迫っていた。


「次はファイト場で実技か、そろそろ移動しないとな」

「首を洗っておくんだな天川ツルギ! 今度こそ僕が勝つ!」


 相変わらず財前はテンション高いな。

 この前みたいに静かでシリアスやっていてくれ。


「ヒトハちゃん、次の授業アタシとファイトしよー!」

「ファイトの授業! ワタシしはじ――ワクワクする!」


 藍とファイトの約束をして、目をキラキラ輝かせている伊賀崎さん。

 すると伊賀崎さんは自分の召喚器を取り出して、小さな仮想モニターで何かを操作し始めた。


(あれって……設定画面のやつだよな)


 伊賀崎さんは何かを確認すると「よし」と短く呟いて、藍と一緒に教室を後にした。


武井(ぶい)と同類の無邪気さだな」

「あぁ……そうなのかもな」


 隣にいる財前の言葉に、俺はぼんやりと答えてしまう。

 別に気にするような事でもないのだろうが、俺は心のどこかで伊賀崎に奇妙なものを感じていた。

 彼女は好奇心が旺盛で、少し無邪気な感じで……本当に普通の転校生だと、そう思いたいんだけどな。


(召喚器の設定画面……このタイミングで確認するような項目なんて無いと思うんだけどな)


 些細なことまで気になっている自分に少し嫌気がさしながら、俺は空になった紙パックを捨てて教室を出るのだった。

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