第百七十三話:二学期開始
八月が終わって九月になる。
夏休みが終わり、今日から聖徳寺学園も二学期を迎えた。
流石に今年の夏休みは色々と濃密……いや本当に濃密過ぎたけど、今日からまた学園生活を頑張るしかない。
(いや実際、隠神島の件とかこの前の戸羽達の件とか色々とね)
朝から電車に乗って学校へと向かっている俺だが、正直精神的な疲労はまだ少し残っていた。
濃度が高い出来事の多さもあれば、頭を悩ませる事も多い。
それに加えて、この後始まる二学期は更なるイベントが盛り沢山ときた。
(秋のランキング戦が始まれば、色々と動いてくるし……政帝が帰国すれば荒事が起きるのも確定している)
電車を降りて、学校のある赤土町の駅に着く。
これから起きるであろう事件なんかを考えながら、俺は学校へと歩みを進める。
「キュップ〜イ。本番開始の二学期っプイ」
「だな。少なくともこの二学期で政帝との決着はつく」
「六人いる皇帝のうち四人がツルギ達の味方って考えると、敵ながら少し同情しちゃうっプイ」
「まぁ、俺が言うのもなんだけど。あっちはあっちで同情の余地がない訳ではないんだよな」
前の世界で見たアニメでも断片的には語られていたからな、【政帝】政誠司と【嵐帝】風祭凪の過去については。
とはいえ、それとこれとは話は別。あちらが暴挙に走るのであれば俺達も抵抗は必要になるし、あの二人がやった事を許すわけにはいかない。
「この後は一年生編の折り返し地点とか色々あるからな。あっちも色々と手を打って……」
「キュプ? ツルギどうしたっプイ?」
瞬間、俺はある事に気がついた。
脳裏に浮かぶのは、前の世界で見たアニメ……一年生編の中盤から終盤にかけての展開。
俺は少し声を震わせながら、カーバンクルに問いかける。
「なぁカーバンクル。九頭竜さんと藍って、ちゃんと友達してるよな?」
「当然っプイ」
「……九頭竜さん、別に孤独感で悩んでたりしないよな?」
「もしそうだったら一緒に旅行なんてしてないっプイ」
そうだよな……そうなんだよな!
九頭竜さんが普通に藍と仲良くしているし、普通に俺達とも仲良くしているから忘れていたけど!
よくよく思い出せば九頭竜さんって本来なら藍にデレるのはもッッッッッッと後なんだよな。
具体的には一年生編の終盤。
「ツルギ、なんか顔が青いっプイ」
「先の展開がめちゃくちゃ歪んでしまった可能性に気付いたら、誰だってこうなる」
そもそも本来であれば一年生では藍が政誠司とファイトをして、政帝の野望を打ち砕くというラストになっている。
では何故、藍は政帝に勝負を挑む事になったのか。
俺は頭上にいるカーバンクルに軽く説明をし始める。
「実は……前の世界のアニメだと、一年生編の中盤から終盤にかけて九頭竜さんが政帝側についていた時期があるんだ」
「いくらなんでも展開としてありえないっプイ」
「そうなんだよ。今の九頭竜さんだと絶対にありえないんだよ」
そして九頭竜さんが敵になるという展開がありえないとなると、その前後の展開が起きない事になる。
「政帝は九頭竜さんに取引を持ちかけるんだ。ウイルスを使った幻覚と洗脳で、亡くなった両親と再会できる世界を提供するって言ってな」
「なるほどっプイ。もしも藍と友達になってなくて、合宿でツルギ達が手を差し伸べていなければ、孤独感からその取引に応じてしまう可能性もあったって事っプイ」
「そうなんだ。だけど今の九頭竜さんが孤独とは無縁になった以上、政帝の取引に応じる可能性が限りなく低くなっているんだよ」
「その政帝のやり方については色々と言いたいけど、真波が心の弱さにつけ込まれないなら良いことの筈っプイ」
確かにカーバンクルの言う通り、普通に考えるとその通りなんだ。
だけど俺が一番気になっているのはそこじゃない。
「九頭竜さんが敵側に回らないという事は、その後に九頭竜さんが一人で政帝に挑む展開にならないという事でもあるんだ」
「キュップイ? 藍じゃなくて真波が挑むっプイ?」
「そうなんだ。藍に心を開いた九頭竜さんが、自分の罪を償うために一人で政帝に挑んで……敗北する」
「……なるほど。それが因縁となって藍が政帝に挑む展開になった事っプイ?」
俺はカーバンクルの言葉を肯定する。実際その通りだったからな。
藍が政帝を倒して、途中で邪魔をしようとした嵐帝は音無先輩が倒したんだよ。だからあの変態必須なんだよなド畜生!
ともかく、九頭竜さんが政帝に一人で挑んで負けるルートが消えた事で、藍と政帝の因縁まで薄まってしまったと言える。
(一応ギョウブの件があるから、完全に因縁が消えたとは言えないけど……薄まった事による影響はどこかに出そうんなんだよな)
ある程度の未来を知っているというアドバンテージ。
だけど未来が変わればただの無用の長物でしかない。
特に今俺がいる世界はカーバンクルのような化神という存在が絡んでいる事もあって、アニメの世界と完全に同一とは言い難い。
変化は既に起きている。だったら今の俺が考えるべきは変化の先を予測する事。
「未来予測なんて、考えれば考える程キリが無くなるっての。なぁカーバンクル」
頭上の相棒に声をかけるものの、温もりと重量が消失している。
どうやらカードに戻って眠っているらしい。
「また眠ってる」
学校……いや、この赤土町にいると化神は眠る事が多くなる。
黒崎先輩と初めて会った時にも、先輩がそれについて少し触れていたな。
(ウイルスカードの影響……とも思えないんだよな。この町の外なら普通に起きてたし)
じゃあ何が原因なのだろうか。
俺はふと振り返ると、高くそびえるサーガタワーが目に映った。
(ソラのエオストーレの事もあるし。やっぱり一度、三神博士に相談した方がいいかな?)
そんな事を考えながら、俺は学校へと向かうのだった。
◆
一年A組の教室に入ると、非情な現実が嫌でも視界に入ってきた。
単純な話ではあるが、教室にある机の数が明らかに減っている。
流石に、こうも分かりやすく見せつけられるとため息が出てしまう。
「ツルギくん、おはようございます」
「おはようソラ。俺今どんな顔してる?」
「えっと……色々と疲れてそうな顔です」
だろうな。自分でもそう思うよ。
既に教室にいるクラスメイトは漏れなく神妙な面持ちになっている。
俺やソラは事前に黒崎先輩から聞いていたからショックを軽減できているけど、事前情報がなければ同じ感じだっただろうな。
「よぉ速水。想像以上だな」
「そうだな天川。だがこんな事言うのもなんだが、事前にメッセージで聞いていて俺は良かったと思っているよ」
「俺としてはクッションを貫通された気分だけどな」
速水も少し神妙な面持ちで現実を噛み締めていたが、やはり俺達からの事前情報である程度の覚悟はできていたらしい。
やっぱり四十人クラスが二学期から二十六人になるのは、この世界基準でも衝撃だからな。
「でも、これでも例年よりは残っている方なのでしょ? ならまだ幸運な方じゃない」
「アイちゃんは落ち着いてますね」
「芸能界ってね、もっと凄い勢いで消えていくのよ」
「お、重みが違いますね」
少し困った表情になるソラ。俺も少し反応には困っている。
流石と言うかなんというか、元アイドルの言葉は重みが違いすぎる。
正直、アイくらい強靭な精神はこういう時には憧れてしまう。
「まぁ、減ってしまった事実は消せないし……アレもあったから余計にな」
「そうですね」
ソラもあの地下ファイト場での戦いを思い出しているのだろう。
もう後戻りできない領域に達していた、元クラスメイト達。
そういう者達の事を考えれば、甘い理想なんて間違っても口にはできなかった。
流石に今日は一日、教室全体がシリアスな感じになりそうだな。
「天川ツルギィィィ! 今日こそは僕が勝たせてもらうからな、実技の時間を待っているがいい!」
「前言撤回。シリアスは浜で死にました」
朝からハイテンションに絡んでくる財前。
お前もう少し教室を漂うシリアスを感じ取ってくれよ。
「なんだね文句を言いたそうな顔をして」
「財前、お前この前までめちゃくちゃシリアスしてただろ。だったら今の教室のシリアスも読むとってくれ」
「あぁ、クラスの人数が減ったな……嘆くなら早めに終わらせる事だな」
教室全体に聞こえるように、財前はハッキリと言い放つ。
流石に責めるような視線が財前に集まるが、当人は全く気にしていない。
「去る者を忘れない事は大事だろう。だけど僕らは生き残ってしまったんだ。なら僕らには先に進む義務がある。去った者を待って立ち止まるなんて論外。僕らにできる事は、去った者が追いついてくる事を願うだけだ」
堂々と言う財前に、教室がシンと静まりかえる。
この前の地下ファイト場でもそうだったけど、コイツ意外にも『自分の考え』ってのをしっかり持っているんだな。
そして財前の言葉を否定できる人間なんて、この教室にはもう残っていない。
「そうだよな。それしかないよな」
誰かがそう呟けば、他のクラスメイトにも伝染していく。
神妙だった面持ちは、ある種の覚悟へと変化していく。
進まねばならない、学校に残る選択をした以上それしかないのだ。
「意外ね、彼こういう事を言える器だったのね」
「正直俺も意外だなって思ってるけど、案外そういうタイプだったっぽいんだよな」
「聞くとろによると、去年あたりから地元では『瓦礫の王』を自称しているそうです」
「それを自称しているあたり、やっぱりあの男なのよね」
少し財前に関心していたアイだったが、ソラによる追加情報を聞いて何とも言えない表情を浮かべていた。
ちなみにソラの言葉が聞こえた他のクラスメイトも似たような反応をしており……
「いい事言ってたけど、財前なんだよな」
「そうなんだよな、財前なんだよな」
「財前がカッコいいとか一瞬でも思ってしまったアタシが馬鹿だったわ」
「なんだやっぱり財前か、安心した」
言いたい放題である。
「キミ達はもう少し僕に優しく対応するべきではないか!?」
「大丈夫だ財前。過去は変えられなくても未来は変えられる」
「キミはフォローをしたいのか追い討ちをかけたいのか、どっちなんだ!?」
財前の肩を叩いてフォローをしたつもりだったけど、上手く伝わらなかったらしい。残念だ。
だけど実際、財前のお陰で教室を漂っていた緊張感が解れたのは確かだ。
その点に関しては、素直に財前は認められるべきだと思う。
「滑り込みセェェェェェェフッ! セーフだよね、遅刻じゃないよね!?」
そんな事をしていると藍が教室にやってきた。というかスライディングで滑り込んできた。
「藍、目覚ましかけたのか?」
「……二度寝って最高なんだよ」
「寝ぼけて解除したな。今年に入って何回目だ? おい目を逸らすな」
ちなみに藍にもクラスの人数に関しては事前に伝えてある。
藍はいつも通りに明るく振る舞っているけど、俺は何となく無理をしているように感じた。
後で九頭竜さんに言っておこう。
「皆の衆。新学期の始まりでござる!」
そうこうしている内にチャイムが鳴り、担任の伊達先生が教室に来た。
……いやあの人この時期でも鎧武者スタイルなんだな。
九月とはいえまだ暑いのに、絶対あの鎧辛いだろ。
「な、夏休みは楽しめたで、ご、ござるか。こ、今年の一年生は、例年に比べて生き残――」
「先生ぇぇぇ! 明らかに体調に影響してるんで鎧を脱いでくださぁぁぁい!」
俺は思わず声を上げてしまう。
だって伊達先生、明らかに暑苦しそうだったし、明らかに汗の量凄かったし。
流石にまずいと思ったのか、伊達先生は鎧を外し始めている。
少し時間がかかりそうだなって思った時、俺はふとある事に気がついた。
(あれ? 二十六人……いるよな?)
たまたま俺の席が後ろの方だったので、教室全体を見る事ができたので気がついた事。
この教室には今、確かに二十六人いる。
机も必要分を残して全て撤去されている……はずであった。
(なんで、財前の隣に空席があるんだ?)
財前も気づいているのか、どこか不思議そうに隣の空席を見ている。
なんとなく、この後の展開が予想できるが……そんな展開があればアニメでもやっていそうなのに、俺の記憶には該当する話はなにもない。
「ふぅ、これで少し涼しくなったでござる」
そう言う伊達先生だが、兜と肩の部分外しただけじゃねーか。
えっ、それだけでここまで劇的な回復するもんなの?
伊達先生めっちゃ元気復活してるけど、鎧武者ってそういうもんなの?
「コホン。それではまず、皆の衆には転校生を紹介するでござる」
伊達先生の口から出てきた『転校生』という言葉を聞いて、クラス全体が騒めく。
そりゃあそうだろうな、聖徳寺学園への転入ってかなりハードルが高い筈だからな。
いや、それよりも俺が気になるのは……転校生イベントなんてアニメには無かったよな?
(やっぱり、色々と先の展開が変化しているんだろうな)
どうやら当分の間は、気を緩める事も出来なさそうだ。
「先生ー! 男子ですか、女子ですか?」
「女子でござる」
藍の質問に答える伊達先生……の言葉を聞いた瞬間、財前は無言で制服の襟を整え始めていた。