第百七十二話:バケモノでいい
ファイトが終わり、立体映像が消えていく。
リミッター解除による衝撃波を受けて気絶した戸羽に、すぐさまカーバンクルが飛びついた。
俺は戸羽の周りに散乱しているカードに目を向ける。
(ウイルスカード……政帝はまだ海外なのに、いつから持ってたんだ?)
床に落ちている〈カオスプラグイン〉を見ながら、思わずそう考えてしまう。
政誠司と風祭凪が日本を発ったのは一学期が終わるより前。
つまり期末試験より前の出来事だ。
もしも出国前の政帝からウイルスカードを受け取っていたとすれば、戸羽が期末試験で使ってこなかった事に違和感がでる。
(俺を倒す目的なら期末試験で使わない理由がない。かと言って今使ってきたという事は、ウイルスの入手時期が夏休みに入った後ってことになる)
じゃあ誰がウイルスを渡したのか。
アニメでも確かに政帝不在の時期に感染者が出てくる展開はあった。
だけどアレはどうやってウイルスカードを入手したのか描かれてはいなかった。あの辺みんなノリだけで楽しんでたし。
とはいえ今は状況が違いすぎる。ひとまずこのウイルスカードはカーバンクルに処置してもらって――
「キュップイ?」
そう考えていると、カーバンクルが首を傾げながら小さく声を出していた。
すぐさま戸羽の身体から飛び降りて、カーバンクルはこちらに戻ってくる。
「ツルギー、ウイルス残ってないっプイ!」
「は? 残ってないって」
瞬間、俺の脳裏に蘇ってきたのは隠神島での出来事。
あの時に感染していた人達も、ファイト後にはウイルスが身体から完全に消えていた。
そしてカードの方もだ。俺はすぐさま床に落ちていた〈カオスプラグイン〉に視線を向ける。
起きていた現象は、あの時と全く同じであった。
「普通のカードに、戻ってる」
「ギョウブの時と同じっプイ」
煙のように〈カオスプラグイン〉の絵は消え去り、ごく普通のカードへと戻っている。
隠神島でギョウブが感染者を増やしていた時と同じ現象。
だけど、あの時はタヌキを介してウイルスを広げていたけど……こんな街の中でどうやって同じ事を?
「カーバンクル、どう思う?」
「なにも断言なんてできないっプイ。だけどギョウブの事もあったし、どこかに感染源が存在するはずっプイ」
「そうだよな……」
だけどそうなれば、どこで誰がウイルスの感染源になっているのか、それが問題になる。
カーバンクルや俺が知っている化神も気づいていないみたいだし……それを特定しないと不味そうだな。
「ん?」
ふと、財前がこちらを見ている事に気づいてしまう。
正確には俺というか……俺の頭上にいるカーバンクルのあたり。
そういえばコイツも化神持ち(予定)だったな。
「どうした財前」
「いや、なんというか……キミの頭上に何かいるような気がしてね」
「そうだな。財前もいつか見えるようになるさ」
「僕は霊能力者に目覚めるつもりはないのだがね」
そうは言いつつも、財前は目を細めて俺の頭上にいるカーバンクルを視認しようと頑張っている。
まぁロマンだもんな、こういうスピリチュアルな存在を認識できる自分って。
「天川、そっちも終わったみたいだな」
「ツルギくん、大丈夫ですか?」
全てのファイトが終わったので、黒崎先輩とソラが俺達の元へやってくる。
だけど俺が真っ先に肝を冷やしてしまったのは。
「おいソラ、それ大丈夫なのか!?」
「えっ? 私はべつに」
「腕! 怪我してる!」
ただでさえ色白な肌をしているソラだからか、怪我で赤くなった肌はすぐにわかってしまった。
幸い出血は止まっているみたいだけど、荒事に巻き込んでしまった手前、胃と心臓がバクバクしている。
とりあえず手持ちの中にハンカチか何か、目立つ傷を隠せるものがないか探し出す。
「なにかないか、なにかないか!?」
「ツルギ、ネコ型ロボットみたいな事言ってるっプイ」
いざとなれば俺の服を破いて作り出す。
「あのツルギくん、本当に大丈夫ですから!」
「いやその傷で大丈夫は」
「本当に大丈夫なんです! 血も一瞬で止まりましたし、もう痛みも全くないんです」
両手をパタパタと動かして訴えかけてくるソラ。
見るからに痛々しそうな傷跡だけど、これだけ激しく動かしても問題ないあたり本当なのかもしれない。
にしてもウイルス戦ではなかったはずなのに、こんなにも急に傷が治るものなのか?
「……キュップイ」
どこかを見上げながら、カーバンクルが一言だけ鳴き声をあげる。
それだけで、何が起きているのか察する事ができた。
そっか、守ってくれていたんだな。
「どうやら、少し評価を誤っていたみたいだ」
「過小評価をしていましたね。失礼いたしました」
黒崎先輩とシーカーが俺達一年生に語りかけてくる。
いやシーカーは化神だからソラと財前にはキチンと認識できないんだけど。
「まさか一年生でここまで覚悟を決めて戦えるとはな。他の奴らなら躊躇いが原因で負けていても不思議ではない」
「無いわけではなかったですよ。身勝手な責任感で押し通しただけです」
先輩の言葉に俺は思わずそう返してしまう。
最終的には戸羽達への躊躇いが消えたとはいえ、元を辿れば自分が原因となった事実との向き合い。
文字通り、俺にとっては身勝手な責任感でしかないんだ。
「だが天川。お前は玉座への過程を理解して、その道を進むことを選んだのだろう?」
「……そうですね。そうでもしないと後ろを振り向くことすら難しくなりそうだったんで」
「まぁ、そこの財前の言葉が相当効いたようだしな。今はまだ及第点といったところか」
及第点か。自分でもそう思う。
もしもあの時、財前がなにも言ってこなかったら……今同じ結末を迎えられたのか分からない。
心の中にシコりはある。だけどいつか、少しはマシなハッピーエンドに辿り着くのであれば……今はそれでいいのかもしれない。
「天川ツルギ。その道がどういうものか理解はできたな? 次にお前が討たなければならない相手は、親しい者かもしれない。それでもいいんだな?」
「先輩。そうしなきゃ今倒した奴らの顔見れなくなります」
この先倒すべき相手はいくらでも存在する。
だからこそ今は立ち止まってはダメなんだ。
先輩の言う通り、誰が最悪の相手になるかは分からない。
それでも勝った者の責務として、進み続けなければいけないんだ。
「そうか……赤翼」
「は、はい!」
「ファイト前にも言ったが、逃げても構わない。このまま学園の上を目指せばこういう事からは逃げられなくなる。恐れるなら逃げても良い。少なくともオレは決してその選択を責めない」
「……逃げません。私もツルギくんと同じなんです。勝ってしまったから、今逃げてしまったら自分が許せなくなってしまいます。だから逃げたくありません」
真っ直ぐと先輩を見て、ソラははっきりと自分の意思を口にする。
それを聞いた黒崎先輩は満足そうな様子で「そうか」と呟いた。
「さて、この場の後始末はオレが預かろう。お前たちは早くここから去った方がいい」
「あ、あの〜裏帝?」
「流石にここからは警察なんかも絡んでくる。面倒な仕事はオレに押し付けておけ」
「僕は?」
「二学期はすぐそこだ。こんな事に時間を取られる必要はない。なによりオレは色々と慣れている」
「裏帝ー! 僕には個別コメントなしですか!?」
いきなりシリアスを壊さないでくれ財前。
ほらみろ、黒崎先輩もため息吐いてるぞ。
……先輩が何を考えているのか、想像はついているけどさ。
「財前」
「は、はい!」
「今さらオレの言葉が必要なのか? 小さな王よ」
財前の方へと振り返り、そう告げる黒崎先輩。
一瞬だけポカンとした財前だけど、すぐに真意を理解したのか不敵な笑みを浮かべた。
「そうですね。その通りでした……古き帝王の言葉は不要! 何故なら僕が次を創り出すからだ!」
「それでいい」
声色だけで満足な様子が伝わる。
黒崎先輩はそう財前に告げると、俺達が建物の外に出るよう促してきた。
「あの、先輩! 小鳥遊さんは」
「安心しろ。オレから何かする事はもうない。あとは司法の仕事だ」
「……はい」
それだけ聞くと、ソラはどうにか自分を納得させたのか、もう振り返る事はなく建物の外へとでるのだった。
「それではカーバンクル殿、また学園でオ会いいたしましょう」
「キュップイ」
化神組も挨拶を終えたので、俺と財前も外へ出る。
流石に外まで騒ぎが漏れ出ていた様子はない。
地下ファイト場にしていただけあって、あの建物の防音はしっかりしていたらしい。
「二学期か……ランキング戦もあるし、それに勝てば六帝入りを賭けた戦いになる」
「そうだな」
「手順はあるけど、それくらいしないと自分が納得できないよな」
「そうだな……天川ツルギ」
俺に背を向けたまま、財前が呼びかけてくる。
「序列2位はくれてやる。その上は僕だ」
「……その言葉、そっくりそのまま返してやる」
「二学期は僕が勝つ。たとえバケモノと呼ばれようとも、僕がキミに勝つ」
それだけを言い残して、財前は俺達の元を去っていった。
恐らく主犯を倒した事を、取り巻きだった臣下に伝えに行くのだろう。
だけど……ひとつだけ心に残ることは。
「行っちゃいましたね」
「そうだな。早く結果を報告してやりたいんだと思う」
「そうですね。でも戸羽くんもそうでしたけど、バケモノ呼ばわりは……ちょっとだけ酷いと思います!」
すごく気になる間がありましたよソラさん。
いやまあ既に殺戮兵器とか呼ばれてはいるけどさ。
ただそれでも……この世界の人たちが気づいていないとしても。
「じゃあツルギくん、私達もいきましょうか」
「あぁ、カードショップな」
「はい。新しい切り札で頑張ります!」
俺自身が反則のような存在で、普通の人から見ればバケモノだという事実があるとして。
「ツルギくん、どうしたんですか?」
「えっ、いやぁ何でもない」
もしも、目の前にいるこの子が……ソラが俺の真実を知ってしまった時。
ソラは俺を、バケモノと呼ぶのだろうか。
ただそれが不安で仕方なかった。
(先の事を考えれば、いつかどこかでボロを出してしまう可能性は十分にある。それでも……)
少しでも良い未来にできるなら。
少しでも災厄を軽くできるのであれば。
小さな犠牲を俺だけで済ませられるなら。
(俺は……バケモノでいい)
異世界から来たバケモノだとしても、今はこの世界に生きている。
だったらせめて、真実が露わになるまでの間は……このままでいさせてください。
そう願うことしか、俺にはできなかった。
【第八章へ続く】




