第百七十話:最悪の禁忌【クロックトルネード】
クラスメイト……いや、今となっては元がつくか。
元1年A組であり、今では地下ファイト場など違法な活動に身を堕としている戸羽とのファイトが始まった。
「必ず勝つ。家族からの愛も、未来も人生もッ! お前に勝って取り戻すッ!」
「それで気が晴れるんだったらやってみろ。つっても俺は、道を踏み外すような奴相手に手を抜くつもりも無いけどな」
「ボクの意思じゃない。こんな場所にいるのはボクの意思なんかじゃないんだ!」
頭に血が上っているのか、ギャンギャン叫ぶ戸羽。
言葉からも読み取れたが、やはり親に切り捨てられていたか。
この世界では珍しくもない事で、戸羽も被害者なのかもしれない。
だけど、それと今の状況は別問題だ。
「道なんて一つじゃないんだ。喰らいつく意思を手放すのは自由だけど、そこから人として堕ちたのは自分の判断だろ」
「うるさい」
「召喚器に改造ツールなんて使わなければ、公式大会から這い上がる事だってできる。サモンとは関係のない道だって存在する。それを全部手放したのは、他でもない自分の――」
「うるさいうるさいうるさァァァいッ! 栄光はボクを選ぶはずだったんだ。愛も名声も全てボクが手に入れるはずだったんだ! それを邪魔して奪ったのは、他でもないお前だろうッ!」
邪魔して奪うか……そりゃあ俺も少しは思うところはある。
カードゲームにおいて最も強力な武器は自身が持つカードプールそのもの。
ましてや前の世界で入手した大量のカードを持ち込んで、この世界で使えば容易に無双だってできる。
だからこそ俺は使用デッキの出力を抑えて、ファイト中に何度も言ってきたんだ。
防御札の準備はいいか、ってヒントをな。
「結果論がそうなったなら、俺が恨まれても仕方ないのかもしれない……で、お前は自分が奪う事についてはどう思ってるんだ?」
「ただの権利だろ!」
「あぁそうかい。自分だけは例外でないと気が済まないって、幼児未満のワガママを言いたいだけかよ」
ほんの少しでも情を向けようと思った自分が馬鹿だった。
そもそも聖徳寺学園のAクラスに入れる実力があるなら、他の学校へ転校するのも難しくないはずなのに。
あくまで学歴と自分の栄光だけって事か。エリート意識は良いけど、それで破滅するんじゃあ元も子もない。
「ワガママじゃなくて道理だろォ!」
「まずは結論になってる事に気付け、馬鹿!」
「だったらお前が結論に至ってしまえ、天川ツルギィィィ! ボクのターン。スタートフェイズ!」
そして戸羽の第一ターンが始まる。
さて。戸羽もそうだけど、コイツらは召喚器に改造ツールを使っているって話だ。
聞く限りでは禁止制限リストの適用解除という改造。
(単純に考えれば禁止や制限に指定されたパワーカードを何枚か自分のデッキに投入するというやり方か)
特に汎用的な効果を持つ禁止制限カードはいくつもある。
それらを駆使して、自分のデッキパワーを底上げする……なんてのが、一番無難な考え方なんだけど。
(うっわぁ……そう来たか)
少しだけ目線を逸らして、他の皆がやっているファイトの様子を見る。
まず視界に映ったのは、合宿の時に出てきたボスファイト用のモンスターであった。
なるほど、通常ファイトでは使用不可のカードもシステム的には禁止カード扱い。それを解禁すればこその戦い方というわけか。
(発想は面白いけど、一番ダメな選択肢だろ……俺らはボスファイトを突破できた人間だぞ)
やるならせめてボスファイト用カードに加えて、通常の汎用禁止カードを混ぜるくらいしないとな。
見えた限りでは小鳥遊さんと元S組の牧野って奴が【ボスファイト試練獣】を使っている。
となれば、戸羽も似たようなデッキかな?
(モンスター効果を無効化されると面倒だけど、面倒なだけで勝てないわけではないからな)
そして俺が自分の手札を軽く確認していると、戸羽が最初のカードをプレイし始めた。
「ボクはライフを1点支払い、魔法カード〈プライドドロー〉を発動!」
「……マジで禁止カードを入れてるんだな」
「当たり前だ! それを前提にしたこのデッキで、お前の顔面を地面に踏みつけてやる!」
興奮で目がガンギまった状態で叫ぶ戸羽。
魔法カード〈プライドドロー〉……僅か1点というライフコストで、カードを2枚ドローできる最強のデッキエンジン。
サモン黎明期に生まれたパワーカードであり、当然ながら前の世界どころか今の世界でも禁止である。
戸羽:ライフ10→9 手札4枚→6枚
「続けて〈コボルトウィザード〉を召喚! 召喚時効果で1枚ドローだ!」
「ん? 幻想獣?」
〈コボルトウィザード〉P2000 ヒット1
続けて戸羽が召喚したモンスターは、俺もよく使う〈コボルトウィザード〉。
ステータスは低いけど、召喚時に1枚ドローできるという汎用性のある効果を持っている。
しかし、俺は妙なものを感じていた。
(サモンは基本的に系統を統一してデッキを作る。【バニラコントロール】みたいな例外はあるけど、系統サポートが強力にデザインされているから極端に系統をバラけさせるメリットもない)
一応〈コボルトウィザード〉は汎用的なカードだけど……今の戸羽に限って俺と同じ【幻想獣】を使うとも思えない。
じゃあアイツのデッキはなんだ?
(〈コボルトウィザード〉に〈プライドドロー〉……どちらも比較的サモンの初期に登場したカード)
俺の中で何かが引っ掛かり、警鐘を鳴らしてくる。
この組み合わせをわざわざ採用するデッキがあったような気がする。
とにかくドローをしてパーツを揃える戦術は定番だけど、これら汎用枠を優先的に使うデッキが。
「コイツで……ボクの敗北は無くなった。召喚コストで〈コボルトウィザード〉を破壊!」
コストにされて爆散する〈コボルトウィザード〉。
そして戸羽が仮想モニターに投げ込んだ1枚が、巨大な魔法陣を強引に破って出現する。
「過去も未来も破壊して、新たな時代を創り出せェ! 来い〈【時壊巨兵】クロック・ブレイカー〉ァァァ!」
戸羽の場に召喚されたのは、青く染まった金属と鉱石が集まって出来た巨大ゴーレム。
胴体には時計のような造形があり、場に出るやピタッと不動になってしまう。
〈【時壊巨兵】クロック・ブレイカー〉P10000 ヒット3
俺はこのカードを知っている。
コイツは前の世界では有名な禁止カードの一つであり、コイツを使ったデッキは歴代でも最悪と呼ばれた代物だったからだ。
「〈クロック・ブレイカー〉は疲労状態で召喚されてしまう。だけどこれで良い。これが良いんだ」
(まさか、戸羽のデッキって)
流石に少し冷や汗をかいてしまう。
だがそんな事関係なく、戸羽は次のカードを使ってきた。
「敗北が無くなったなら、次は勝利を掴むだけェ! 来い〈竜巻のピエロ〉!」
〈竜巻のピエロ〉P4000 ヒット2
続けて戸羽の場に召喚されたのは、小さな竜巻に乗って浮かび上がる仮面のピエロ。
ケタケタと笑ってくる不気味さもあるが、俺は別の事に意識を持って行かれていた。
「〈竜巻のピエロ〉それも禁止カードじゃねーか」
「そうだ。そして〈竜巻のピエロ〉の効果を発動ォォォ! ボクのターンに1度プレイヤーを1人選んで、そのプレイヤーは自身の手札を全て捨て、同じ枚数のカードをドローする! 選ぶのは当然、天川お前だァァァ!」
効果が発動して、〈竜巻のピエロ〉が放ってきた竜巻に俺の手札が全て吹き飛ばされてしまう。
そして捨てた枚数である5枚のカードを新たにドローするのだけど……あの〈竜巻のピエロ〉持っている恐ろしさはそれだけじゃあない。
「〈竜巻のピエロ〉の更なる効果! 効果で手札を捨てたプレイヤーは、〈竜巻のピエロ〉のヒット数と同じ枚数のカードを追加でドローしなければならない!」
つまり〈竜巻のピエロ〉はヒット2なので、2枚のカードを俺は強制的にドローしなければならない。
ツルギ:手札5枚→0枚→7枚
「〈竜巻のピエロ〉を除去しようと思わない事だね。〈クロック・ブレイカー〉が存在する限り、ボクのモンスターは魔法カードの効果で選ぶ事ができない」
「……それだけじゃあないだろ。〈クロック・ブレイカー〉の専用能力」
「なんだ知っていたのか。そうだ〈クロック・ブレイカー〉だけが持つ専用能力【時壊】によって、〈クロック・ブレイカー〉が疲労状態で存在する限りお互いにアタックフェイズを行えなくなる!」
やっぱりか、ようやく戸羽のデッキが何か理解できた。
モンスター・サモナー黎明期に生まれた負の遺産。
〈竜巻のピエロ〉と〈【時壊巨兵】クロック・ブレイカー〉の組み合わせを駆使した、ロック型デッキ破壊デッキ。
「【クロックトルネード】……よりにもよってかよ」
歴代最強のデッキとして前の世界では度々名前が上がる怪物。
しかもこのデッキがやるのは、卯月の【蛇竜】がやるような王道なデッキ破壊ではない。
デッキへの攻撃ではなく、相手にドローを強制してくるという、回避困難な戦法なのである。
「だけど〈クロック・ブレイカー〉はモンスター効果までは防げなかったはずだ。モンスター効果が効くならまだ――」
「まさかボクが、そんな弱点を見落としているとでも?」
口元に不気味な笑みを浮かべ、顔を上げてくる戸羽。
その目は赤く染まり、周囲には黒い霧が薄っすらと発生していた。
そうか……コイツがカーバンクルが感じ取っていたウイルス感染者だったか。
『ツルギ! アイツもう手札に来てるっプイ!』
「だろうな……いつウイルスなんか受け取ったんだ」
ちょうど手札に来ていたカーバンクルが教えてくれる。
だが、今俺達の疑問を聞いたところで答えなんて返ってくるわけがない。
そして戸羽は1枚のカードを仮想モニターに投げ込んだ。
「ボクは魔法カード〈【暗黒感染】カオスプラグイン〉を発動ォ! このカードは、自分の場のモンスターを1体除外して、ゲーム外部から対応する系統:《感染》を持つモンスターを召喚する!」
今の戸羽の盤面を見る限り……感染対象は恐らく。
「ボクは〈【時壊巨兵】クロック・ブレイカー〉を除外! 闇に染まりて今こそ目覚めよ。汝が使命は世界の終焉なり!」
ドス黒い魔法陣が出現して、抵抗する〈クロック・ブレイカー〉の飲み込んでいく。
無機物の身体にウイルスが侵食していき、黒く邪悪な存在へと書き換えていった。
「カオスライズ! 現れろ〈【時壊の感染兵】クロノス・デストロイヤー〉ァァァ!」
闇を振り払って現れたのは、青色だった全身が黒く染まったら邪悪な巨大ゴーレム。
造形も刺々しくなり、より凶悪な印象の姿となってしまった。
〈【時壊の感染兵】クロノス・デストロイヤー〉P20000 ヒット4
禁止カードが感染するなんて、流石に冗談じゃないぞ。
そんなカード、前の世界じゃあオリカ職人でさえ敬遠する代物だ。
(……あれ、このカードはテキストが読める)
ふと自分の仮想モニターを見てみると、今までのウイルス感染したカードとは異なり、テキストを全文読めるようになっていた。
理由はわからないが、とりあえず俺はテキストを確認する。
(【時壊】はそのまま。疲労状態から回復しない効果に加えて、自分のモンスターは魔法効果を受けず、モンスター効果では破壊も除外もされない!?)
元の〈クロック・ブレイカー〉でさえ防御性能が高いのに、それをさらに強化してきたのか。
禁止カードをそのまま強化するなんて、カードゲーム的にも無法が過ぎるぞ。
「さぁ、これでもうボクを止める事はできない。次はコイツだ〈変幻なる大道芸師〉を召喚!」
新たに戸羽が召喚したモンスターは、周囲に色とりどりの球体が浮かんでいる、仮面の大道芸人。
こいつも【クロックトルネード】を支える1枚であり、禁止カードである。
ここまで禁止カードを連打されると、もう驚きも何もないな。
〈変幻なる大道芸師〉P2000 ヒット1
「〈変幻の大道芸師〉の効果発動! 1ターンに1度、自分のモンスターを手札に戻して、そのモンスターのヒット数だけ自身のヒット数を上げる!」
そして戸羽は当然のように〈竜巻のピエロ〉を手札に戻す。
一応〈変幻の大道芸師〉はデメリット効果で、ヒット上昇後に自身のヒット数だけ相手のライフを回復させてしまうのだけど……【クロックトルネード】には関係のないデメリットだ。
〈変幻なる大道芸師〉ヒット1→3
ツルギ:ライフ10→13
何が一番問題かって、一度手札に戻ってしまえば……〈竜巻のピエロ〉はもう一度効果を発動できるという事だ。
「〈竜巻のピエロ〉を再召喚ッ! そして効果発動ォ、今度は〈変幻の大道芸師〉の能力も加わってドロー枚数+1だァァァ!」
『キュップゥゥゥイ!? 出番の前に墓地送りなんて、あんまりっプイー!』
再び竜巻が襲いかかり、俺の手札は吹き飛ばされてしまう。
しかも相棒である〈カーバンクル〉まで墓地に送られてしまった。
7枚捨てて7枚ドロー。しかし戸羽のモンスター達の効果でさらに3枚の追加ドローを強制されてしまう。
ツルギ:手札7枚→0枚→10枚
「っ、流石にドローし過ぎたかな」
俺は自分の残りデッキ枚数を確認する。
ドローと手札破棄を繰り返して、現在の残りデッキ枚数は18枚。
一応手札枚数が増えたおかげで対抗札は使えるが、うっかりもう一度〈竜巻のピエロ〉を食らえば無事では済まない。
「もう誰もボクを倒す事なんてできない。ターンエンドだ!」
戸羽:ライフ10 手札2枚
場:〈【時壊の感染兵】クロノス・デストロイヤー〉〈竜巻のピエロ〉〈変幻なる大道芸師〉
ターンを終えてくる戸羽。
どうやら〈竜巻のピエロ〉を回収するカードは手札になかったらしい。
一応俺としては命拾いしたという事になるんだろうな。
「やっと終わる。この屈辱も、この痛みも、ボクは本当の人生を取り戻せるんだ!」
「取り戻そうとするのは良いけどさ。手段を選ばなかったら碌な結果にならないだろ」
「お前はその碌でもない結果に負けるんだ! ボクの手で壊れて、ボクの足下で懺悔するんだ!」
あくまで自分だけか。
自分が得をするという事以外に、なにも関心を向けていない。
ウイルス感染で多少の暴走があるとしても、結局はこれが戸羽の本音なんだろうな。
「俺が原因でそうなったって言い張るんだったら……俺が責任を持って、1ターンで始末する」
「はぁ? なに言って――」
「防御札の準備はいいか? 俺は確かに言ったからな」
これが玉座への過程だというなら、乗り越えなければならない戦いでしかない。
俺は回ってきた自分のターンを始めるのだった。