第百六十九話:瓦礫の王の矜持
中学を卒業する少し前から、財前小太郎は自分の事を『瓦礫の王』と呼ぶようになった。
瓦礫とはそのままガラクタの山。自分はその頂点に立つ王なのだと。
だがこれは決して自嘲の類ではなく、彼の誇りである。
中学時代は周りにガラの悪い者が集まっていたが、彼らは一様に財前小太郎という人間を慕っていた。
最初はただ強者に従っただけに過ぎなくても、最後には財前小太郎という人間に惚れ込むようになっていたのだ。
元は治安や民度のよくない地域の中学校の生徒達。
その家庭環境はお世辞にも良いものとは言えない者も珍しくはない。
財前小太郎の実家は金を持っているが、彼は彼なりに自分を慕う者達を見捨てようとはしなかった。
ある者は財前の事を「まるで不良漫画に出てくる兄貴だ」と言った。
またある者は財前の事を「自分達にまともな道を示してくれた恩人だ」と言った。
学も世界も知らない臣下達に手を差し伸べるために、実家のコネを最大限に使った事もあった。
それも全ては自分の生き様のため。
幼さによる過ちは数多くあったが、ある出来事を切っ掛けに財前小太郎は自分を見つめ直す機会を得た。
それは天川ツルギという男と初めてファイトした時である。
仲間のために奪う事は厭わない。王様らしく簒奪して支配する事は不可思議な事ではない。
何より強者はそれを成して初めて、強者足り得るのだと……それまでの財前はごく自然と考えていた。
だがファイトの結果、財前小太郎はチュートリアルモードが起動するような相手に敗北。
何もかも、今までの全てを奪われても文句を言えない状況だった。
仲間達への謝罪をどうするか考え始めていた中、勝者である天川ツルギは……最小限のものしか取り戻そうとしなかったのだ。
これはただ単に天川ツルギという人間が奪う事に抵抗感があっただけなのだが、間違いなく財前小太郎という人間の価値観に切っ掛けを与えたのだった。
その後も何度かツルギは奪われたものを取り戻しに来たが……あくまで取り戻すだけ。
必要以上に奪おうとはしない。差し出そうと提案しても断る。
(なんだ、こっちの方がいいな)
いつしか財前はそう考えるようになり、自分の王としてのあり方を少しずつ変えるようになっていった。
取り巻きであり臣下でもある仲間達も最初は戸惑ったが、次第に財前という人間の新しい考え方を受け入れるようになったいったのだ。
財前小太郎は瓦礫の王。
たとえ瓦礫に埋もれるような者達であっても、頂点に君臨したからには彼らを守護する義務がある。
中学を卒業する間際、自分だけが聖徳寺学園へと進学する事について悩んだが……財前に救われてきた臣下達は胸を張って彼を送り出す事を選んだ。
「財前さんは、自分の人生を歩んでください」
「俺らバカだけどさ。財前さんのお陰で高校くらいには行けそうなんスよ」
「オレも、財前さんがいなかったら就職とか無理そうでした。オレらはもう大丈夫です……だから、財前さんはもっとスゴい王様になってください!」
もう大丈夫、心配しないでくれ。
感謝があるからこそ、彼らは財前という王からの卒業を選んだ。
「……なにかあれば、連絡くらいしたまえ」
表情を悟らせようとはせず、ただそう言い残して財前小太郎は聖徳寺学園へと進学した。
もう一つ幸運だった事は、進学先で因縁の相手でもある天川ツルギと再会できた事だ。
そして、進学後始めての夏休みが終わりそうになった頃。
財前の元に数人の臣下が入院したという情報が舞い込んで来た。
「これは……なにがあった」
病院で彼らの姿を見た財前信じられない様子でそう呟き、他の臣下から事情を聞き出す。
甘い言葉を使った違法な地下ファイトへの勧誘。そして敗北による金銭の搾取。リミッター解除装置を使用したファイトでの制裁と入院という結果。
何より財前の怒りに火を点けたのは……一連の事件に聖徳寺学園の一年生が関わっていた事であった。
「ただで済むと思うな」
その怒りを胸に灯し続けて、財前は自分の臣下を愚弄した犯人を探し始め、見つけ出し現場へ乗り込む。
そして今、財前は事件の主犯格である坂主真威人と対峙していた。
財前:財前:ライフ6 手札3枚
場:〈【合体機神】デルタ・アーサー〉+〈レフト・サンダーカブト〉+〈ライト・マグネクワガ〉(アームドカード〈マキシマムバズーカ〉武装済み)
地下ファイト場では瞳の奥に激しい怒りを抱いた財前が、先攻第1ターン目を終えていた。
財前の場にはパワー16000ヒット4という巨大ステータスとなった〈デルタアーサー〉が君臨している。
能力によって〈デルタアーサー〉は右半身にクワガタ型のメカを、左半身にカブトムシ型のメカを合体させた巨大ロボとなっている。肩には巨大な必殺キャノンも武装済みだ。
「さぁ、好きにしたまえ」
「その余裕がいつまで持つんだろうなァ!? 俺のターン、スタートフェイズ! ドローフェイズ!」
坂主:手札5枚→6枚
威勢よくカードをドローするや、坂主は口元に笑みを浮かべる。
自分の敗北など想定していない、あくまで相手を舐め切っているだけ。
そんな下卑た思想を隠そうともせず、坂主は自分のモンスターを召喚し始めた。
「来やがれ〈嘆きのスレイヴ〉〈毒刃のスレイヴ〉〈妖艶なるスレイヴ〉!」
〈嘆きのスレイヴ〉P3000 ヒット1
〈毒刃のスレイヴ〉P4000 ヒット1
〈妖艶なるスレイヴ〉P4000 ヒット1
場に召喚されたのは痣のある奴隷の少女、ダガーを手にした包帯だらけの少年。そして色気を前面に出した奴隷の女。
坂主の使うモンスターを見て、財前は一言「趣味が悪い」と吐き捨てる。
だがそんな悪態を気にするでもなく、坂主は自分のエースモンスターを呼び出した。
「コストで〈嘆きのスレイヴ〉を破壊! テメェら下等種族を支配する偉大なる王! 〈【怒号鬼】タイラント・オーガ〉召喚!」
怯える奴隷少女を無惨に握り潰し、坂主の場に巨大な赤鬼が出現する。
〈【怒号鬼】タイラント・オーガ〉P13000 ヒット3
「クズが死んで引き金は引かれる! 〈嘆きのスレイヴ〉の破壊時効果、そして〈毒刃のスレイヴ〉の効果【怒号】を発動! テメェに1点のダメージを2回与える!」
「それで終わりかい?」
「バカ言ってんじゃねェ! 〈妖艶なるスレイヴ〉の効果でさらに1点のダメージ。合計3点のダメージで苦しめェェェ!」
痛めつけられた奴隷達の嘆きや怨嗟が呪いとなり、財前のライフに襲いかかる。
通常ならば大した事のないダメージ量だが、今はリミッター解除装置によって身体ダメージが危険域となっている。
それを見越して坂主は、1点ダメージの連打で嬲り殺しにしようと企んでいたのだ。
しかし……財前は全く動じていない。
「魔法カード〈シェルターウォール〉を発動。このターン僕が受ける全てのダメージを1点減らす」
「なっ!?」
「どうせキミのような人間の考えだ。1点ダメージを連打して僕を拷問しようとでも思っていたのだろう?」
「チッ、ダメージが入らなきゃ〈タイラント・オーガ〉の効果も発動しねェ」
坂主の使う系統:《隷刃》の持つ【怒号】は1点のダメージしか与えられない。
その性質上、ターン中のダメージを常に軽減されてしまうと機能不全に陥ってしまうのだ。
自身のデッキを理解しているからこそ、坂主はあえてこのターンを捨て、次のターンで財前を始末しようと考える。
「雑魚のクセに命拾いしたな。俺はこれで――」
「逃すと、本気で思っているのか?」
キッと睨みつける財前に、坂主は「は?」と間抜けた声を溢す。
財前の目に宿るのは怒り。そして確実に仇敵を葬るという強い意思であった。
「〈ライト・マグネクワガ〉が【合体】している時、キミの場にいるモンスター全てに【指定アタック】を与える」
「アァン? なに俺のモンスターを強化してんだよ」
「そして3体のモンスター【合体】している場合、〈マグネクワガ〉の効果によって、キミのモンスターは必ず〈デルタアーサー〉を攻撃しなければならない」
「なッ!?」
右半身に合体した〈マグネクワガ〉が持つ、磁石型の顎が強大な磁力を生み出す。
その磁力に誘われて、坂主達のモンスターは強制的に攻撃体勢へと入ってしまった。
「テメェ、最初からこうするつもりだったのかッ!?」
「僕から攻撃なんでする気はない。自分の攻撃で自爆したまえ」
効果によってターンを終える事ができず、坂主は強制的にアタックフェイズに移行してしまう。
まずは包帯だらけの奴隷少年〈毒刃のスレイヴ〉から攻撃に入った。
苦虫を噛み潰すように怒りを浮かべる坂主だが、まだ手が残っていないわけでもなかった。
「こんなゴミクズにィィィ! 魔法カード〈搾取のポーション〉を発動ォ! 俺の場の奴隷どもを全て破壊してライフを回復するッ!」
「魔法カード〈アンチマジックビーム〉を発動」
自分のモンスターを全て犠牲にして難を逃れようとした坂主。
しかしそれすら財前には想定内であった。
坂主の発動した魔法カードは、〈デルタアーサー〉の目から放たれたビームによって焼き払われ、無効化されてしまう。
「このカードは僕の場に合体しているモンスターがいる時、相手の発動した魔法カードを無効化できる」
「テ、テメェ……クズの分際でよくも」
「悔しいならお仲間と同じように禁止カードでも使ってみたらどうだい? もっとも、キミのデッキに入っていたらの話だけどね」
これ以上なく冷たい目で、財前は坂主にそう言ってのける。
それに対し坂主は怒るでもなく、微かな動揺を見せていた。
「気づいていないとでも思ったのかい? キミのデッキには禁止カードは入っていない。もっと言ってしまえばキミの召喚器は改造ツールによるクラッキングを受けていないだろう?」
「な、なにを根拠に」
「改造ツールを使えば禁止カードでも何でも自由に使える。だが反面、召喚器に内蔵されたアラート機能を誤魔化せなければ即座に個人番号がブラックリストに入ってしまう」
財前は改造ツールが持つ最大の問題点を語る。
改造ツールは禁止制限から逃れる事ができる反面、アラート機能を乗り越えなければ即座にブラックリストに入ってしまう。
そしてアラート機能によって個人番号がブラックリストに入った人間は……二度と公式大会には出場できなくなる。
「アラート機能はUFコーポレーションによって24時間更新され続けている。運良く1度は誤魔化せても、2回3回と続けるのは困難極まる……小学生でも分かる事実だ」
「だ、だからなんだってんだ」
「坂主、キミは自分だけ改造ツールを使わない事で……自分だけが表舞台に復活する余地を残していたな?」
声にも怒りが乗り始める財前。
目の前にいる男の事は予め少し調べていた。その上で財前が確信した人物像は「利己主義を極めた邪悪」である。
たとえ仲間を肉の壁にしようとも罪悪感など感じない。たとえ自分だけが無事で済むとなれば、躊躇わずその道を選ぶ。
財前から見た坂主という男は、最も王から程遠い存在であった。
「キミはかつて、天川ツルギに自分こそが王だと言ったそうだね?」
「ただの事実だろうが」
「黙れ。我が身可愛さに臣下を殺すような男が、王になりたいなんて間違っても言うんじゃない」
攻撃を強制された〈毒刃のスレイヴ〉の頭を右手で鷲掴み、〈デルタアーサー〉は左腕に持ってきた〈マキシマムバズーカ〉の砲門を胴体に押し当てる。
「これは僕による誅罰だ。瓦礫の王であっても王は王。僕の臣下を傷つけた報いを受けろッ!」
そして至近距離から発射される〈マキシマムバズーカ〉の一撃。
回避できずに撃たれた〈毒刃のスレイヴ〉は、そのまま呆気なく蒸発して消えてしまった。
同時に〈マキシマムバズーカ〉の武装時効果が発動。砲撃はモンスターを貫通して、坂主の身体へと襲いかかる。
坂主:10→6
「グギャァァァァァァ!?」
「〈マキシマムバズーカ〉の効果は、相手ターンでも発動する……勉強になったかい?」
「テメェ、よくも、よくもこんなッ」
衝撃波と電気ショックによって、腕から少し血が流れている坂主。
膝をついた状態で、睨みつけるように財前の方を見上げる。
そんな彼を冷めた様子で見ながら、財前はある問いかけをした。
「赤木、青島、黄原……この3人の名前に覚えはあるかい?」
「アァッ!? 知らねェよそんな奴らッ!」
「そうか……だったら今の一撃は、キミ達から奪われたものを取り戻そうとして、僕の代わりに戦って入院した赤木の分だ」
続けて〈デルタアーサー〉は右腕の磁力を使って〈妖艶なるスレイヴ〉を引き寄せた。
先程と同じように頭を右手で鷲掴み、左腕の〈マキシマムバズーカ〉の砲門を押し当てる。
「これは、キミ達の誘惑に乗ってしまった友人を助けようとして……キミの無法によってデッキを奪われた青島の分」
至近距離で砲撃され、消し飛んでしまう〈妖艶なるスレイヴ〉。
再びモンスターを戦闘破壊したので、効果ダメージが坂主に襲いかかる。
坂主:ライフ6→2
「ウギャァァァァァァ!? ゴフッ」
衝撃波で後方の壁へと叩きつけられ、腹部に強い圧を食らったのか盛大に吐いてしまう坂主。
だが財前の怒りはまだ止まらない。
残る坂主のモンスターは〈タイラント・オーガ〉のみ。
「はぁ、これが天川ツルギに因縁をつけていたと思うと……呆れてモノも言えないな」
「なんッだと!?」
「キミはさっさと僕を倒して、彼にリベンジでもするつもりだったのだろう? 僕にすら勝てない雑魚が聞いて呆れる」
「ふざけんな、俺はァァァ!」
叫びながら立ち上がる坂主。
しかしそれと同時に〈デルタアーサー〉は〈タイラント・オーガ)へと飛びかかった。
右手で頭部を掴み、動けぬよう床に叩きつける〈デルタアーサー〉。左腕の大砲は既に〈タイラント・オーガ〉の腹部へと押し当てられていた。
「自分は王さとホラを吹く馬鹿に、あの男倒せると思わない方がいい」
なにより――と財前は続ける。
「天川ツルギは僕の獲物だ」
故に余計な手出しをするな。その自惚れを今ここで破壊する。
財前の凄まじい威圧感を感じ取り、ついに坂主は言葉を失ってしまった。
「さぁ、これが最後だ」
左腕の〈マキシマムバズーカ〉にエネルギーが充填され始める。
「必ず儲かるファイトだと言い。腕の良い医者のいる病院を紹介すると言い……身体を壊した母親のために稼いだ給料を巻き上げられた挙句、キミ達の制裁で入院した――」
怒りもう抑えきれなくなっていた。
それに合わせるように〈デルタアーサー〉の左腕に貯められたエネルギーが激しい光を放ち始める。
「黄原の、分だァァァァァァ!」
咆哮と同時に砲撃が解き放たれる。
凄まじいエネルギーの噴流を至近距離で叩き込まれて、〈タイラント・オーガ〉は一瞬にして蒸発してしまう。
そして怒りの砲撃はそのまま、咎人である坂主へと向かっていった。
「あ……あァァァァァァ!」
光は処罰の痛みを伴う。
迫り来るエネルギーの噴流から逃げる事もできず、坂主はそのまま飲み込まれてライフを失ってしまった。
坂主:ライフ2→0
財前:WIN
立体映像が消え、ファイトが終了する。
激痛に耐えられなかった坂主は、その場で血と泡を吹いて倒れてしまった。
「痛みで倒れていたら、瓦礫の王すら務まらない」
どこまでも王に不向きな男だと、財前は気絶していふ坂主に吐き捨てるのであった。
さて、自分のファイトが終わったのであれば他の者のファイトだ。
「天川ツルギは――」
財前がツルギの様子を確認した瞬間、一つの絶叫が響き渡る。
その叫びを聞いて動きがピタリ止まってしまったツルギを見て、財前はあまり良い状況ではないと判断するのだった。




