第百六十八話:ソラと星海天馬
ある者から見たとき、赤翼ソラという人間の評価は「善人気取りの気持ち悪い女」となる。
地獄の合宿を4位で通過する実力がありながら、彼女は決して驕らない。
奪える強さを持ち合わせながら、彼女は決して奪いにこない。
中学時代にどれだけ努力をして、どれだけ強いカードを手に入れていたとしても、赤翼ソラという壁が立ちはだかる。
中学ではクラスカーストのトップ。
何でもできる、何をやっても周りを黙らせる事ができる。
自分のエリートコースを確信して、聖徳寺学園へと入学して……圧倒的な壁を知った。
赤翼ソラという女子生徒を光とした場合、必然的に自分は闇に属してしまう。
手段を選ばず勝とうとしてきた自分の愚かさを、彼女の存在自体が否定してくる。
元1年A組の小鳥遊という女子も、その一人であった。
赤翼ソラは自分の欲した全てを手に入れていた。
強さも、人脈も、濁っていない心も。
奪い取ろうとしても、実力から何まで足りていないという事実だけを思い知ってしまう。
気づけば周りからも置いて行かれてしまい、一学期が終わる頃には心が折れてしまった。
そして今、小鳥遊は復讐のチャンスを手に入れたのだった。
小鳥遊の先攻で始まり、最初のターンが終了する。
仲間の牧野と同様に、彼女のデッキは改造ツールによってボスファイト用のカードが解禁されていた。
小鳥遊:ライフ7 手札3枚
場:〈【試練獣二型】マジックキャンセラー〉〈【試練獣三型】グレイトフルガーディアン〉×2体
メカ狼が1体にメカ狐が2体。
嗜虐と喜びが混じり合ったような様子で、小鳥遊は余裕を振りかざしている。
手段の善悪はもはや関係ない。奪われたものを奪い返すだけだと、自分を正当化して悦に浸る。
過去の栄光に縋りつき、彼女はそれを取り戻せると疑わなかった。
「ハハ、アハハ! 魔法カードは封じた。パワー15000の破壊されないブロッカーも2体並んだ。やっと……やっとアタシの勝利を取り戻せる」
「なんで……なんでそこまでして、自分だけが勝とうとするんですか?」
身体に走る痛みに耐えながら、かつてのクラスメイトが露わにした醜悪な側面に対して、ソラはただ純粋に疑問をぶつける。
だからこそ、小鳥遊という女の火に油を注いてしまった。
「なんでって、そうじゃなきゃオカシイでしょ。アタシはずっとキラキラしてきたのに、勝手に踏み躙って壊したのはそっちでしょ!」
「……私は、誰かを踏み躙ろうと思ってファイトをした事はありません」
「だったら――」
「でもそれは、踏み躙られて奪われる人の気持ちを知っているからです! 何かを奪うだけのファイトなんて悲しいだけだから、せめて自分のファイトでは奪うんじゃなくて何かを与えられるようになりたかったから!」
それでも今は――とソラは小鳥遊に視線を刺して続ける。
「私のせいで奪う側になろうとする人がいるなら。私が奪う側になってでも止めます」
きっとツルギならそうするだろうから。
一番憧れた人の隣につくためには、乗り越えなければいけない壁だから。
何より今は……この戦いをツルギに任せっきりにしたくなかった。
「赤翼さんのそういう良い子気取りなところが……本ッッッ当に大っ嫌い!」
「私は、自分の事を良い子だなんて思った事はありません。特に今は――」
貴女を傷つけるから――そう口にして、ソラは意を決して自分のターンを開始した。
「私のターン。スタートフェイズ。ドローフェイズ」
現在ソラのライフは小鳥遊と同じ7点。
先程発動された魔法カードによるダメージだったのだが、ソラの身体に走っていた痛みは思いの外早く治まっていた。
反面、小鳥遊は余裕ぶりながらも自分の身体に襲いかかった痛みに苛ついている様子である。
「メインフェイズ。〈キュアピット〉召喚します」
ひとまずは自分のプレイに集中するソラ。
お馴染みの天使がソラの場に召喚され、その効果でライフを回復する。
〈キュアピット〉P3000 ヒット1
ソラ:ライフ7→9
「ちょっとライフを回復したところで、魔法カードを使えなかったら」
「使えないのは魔法カードだけです。何かを封じられた時の戦い方も、色んな相手との戦い方も、ツルギくんやみんなが教えてくれました」
「なんで諦めないのよ……早く折れてよ! じゃないとアタシがバカみたいじゃん!」
「……折れたら、終わってしまうんです。諦めたら手を離れてしまうんです」
今までもそうであった。折れたから終わってしまった者達がいた。
諦めなかったから手にできた結末もあった。
誰かが諦めようとせず、手を差し出してくれたから――デッキを失った自分に手を伸ばしてくれた人がいたから、赤翼ソラは今ここにいる。
「自分が折れたから、諦めたからって。それで誰かを巻き込んで傷つけて良い理由にはならないです」
ソラは手札にある、大切な切り札に目線を落とす。
最初は、父の遺品であるカードに相応しくなりたかっただけであった。
しかし今は、ソラの中に新しい目標が芽生えている。
仲間達と一緒に戦いたい。一緒に強くなりたい。なにより……天川ツルギというファイターに追いつきたい。
「ツルギくんは、必要以上に奪うような事はしませんでした。私はそういうところに憧れて、追いつきたくて頑張り続けてきたんです」
「男に媚び売ってるだけじゃん」
「もしそうだとしても。私はこの力を、胸を張って自分のものだって言えるようになりたいんです。そうなれるように頑張らないと、私はどこまでも借り物だけの存在になってしまいますから」
だからこそ必ず、貴女に勝つ。
ソラの確かな意思を持った宣言を受けて、小鳥遊の顔は醜く歪む。
それに臆することもなく、ソラは自身のエースを召喚した。
「天空の光。今翼と交わりて、世界を癒す輝きとなる! 最後まで……一緒に戦ってくださいっ! 〈【天翼神】エオストーレ〉を召喚です!」
〈【天翼神】エオストーレ〉P11000 ヒット3
場の〈キュアピット〉を進化元として、ロップイヤーの生えた大天使が降臨する。
召喚時の効果によって、このターン中ソラの聖天使は魔法効果では破壊されなくなる。
「そしてアームドカード。〈転生鏡〉を顕現! 〈エオストーレ〉に武装!」
大きな鏡が顕現し〈エオストーレ〉の側へと移動する。
その時ふと、ソラは自身の場にいる〈エオストーレ〉を見上げた。
(もしも、エオストーレが意思を持っていたとしたら……今のファイトをどう思うのかな)
ぼんやりと考えるソラだが、決して答えなどは返ってこない。
嫌われない怒られない可能性を考えても、結局は願望の域である。
それでもソラは、今はやらなければいけない戦いであると信じて、ファイトを続行する。
「続けて〈シグナスエンジェル〉を召喚します」
新たにソラの場へ召喚されたのは、白鳥座を司る天使。
白く美しい衣を身に纏った、バレリーナのような出で立ちのモンスターである。
〈シグナスエンジェル〉P4000 ヒット1
「〈シグナスエンジェル〉の召喚時効果で、私はデッキを上から3枚破棄して、ライフを2点回復します」
ソラ:ライフ9→11
能力で3枚のカードが墓地へ送られたカードを、ソラはすぐさま確認する。
その中には、今日ツルギとのファイトで初めて使う予定であったカードが含まれていた。
状況的には今墓地に送られた事は喜ばしい。
(この子の初陣を……このファイトで)
それがどうしても心に引っかかってしまう。
かといって使わなければ、このターンで勝てないかもしれない。
ソラの中で僅かに迷いが生じていると……〈エオストーレ〉は彼女の方へ振り向いて、小さく頷くのだった。
「えっ」
何か言葉が出たわけではない。もしかしたら気のせいかもしれない。
だがソラには確かに〈エオストーレ〉が背中を押してくれたように感じた。
大丈夫だからいきなさい、そう言われたような気がしてならなかったのだ。
「……ふぅ。アタックフェイズです!」
深呼吸をひとつしてから、ソラは攻撃へと移る。
相手がどれだけ強力なモンスターであっても、既にソラの中では勝利の方程式は完成していた。
「〈エオストーレ〉で攻撃! そして攻撃した瞬間に【天罰】を発動です!」
小鳥遊のライフを上回っているので発動条件は達成済み。
その能力によって小鳥遊は自身の場のモンスターを2体選んでデッキの下に送る事となった。
「ッッッ! 〈グレイトフルガーディアン〉と〈マジックキャンセラー〉をデッキにッ!」
残されたのはパワー15000でブロック可能な、もう1体の〈グレイトフルガーディアン〉のみ。
魔法カードを封じていた〈マジックキャンセラー〉が消えた事もあり、小鳥遊はさらに顔を醜く歪めてしまう。
だがソラの初撃はこの程度で終わらない。
「〈転生鏡〉の武装時効果で、相手モンスターが場を離れる度にライフを1点回復します」
ソラ:ライフ11→13
「そして〈転生鏡〉の【天罰】を発動! 私の墓地からヒット1以下のモンスターを1体選んで召喚します!」
墓地から呼び出すのは先程デッキから破棄された1枚。
ソラは先程の躊躇いを振り切り、目の前にいる元クラスメイトを倒すために、そのカードの召喚を決意した。
「このカードを召喚するためには、ライフを3点以上回復したターン中に手札を1枚捨てる必要があります」
ライフは3点以上回復済み。ソラがコストで手札を1枚捨てると〈転生鏡〉の能力によって墓地から場へと繋がるゲートが開いた。
しかしゲートの向こうに広がる光景は、美しき銀河。
星々が輝く広大な海の向こうより、そのモンスターはやってきた。
「白銀の翼。星座の海を駆け抜けて、新たな神話を紡ぎ出す! 力を貸してください〈【星海天馬】コズミック・ペガサス〉召喚!」
星の海より翼を広げて、1体の美しきペガサスがソラの場に降臨する。
何者も寄せ付けない白銀の輝きを身に宿した、ソラの新たな切り札の登場であった。
〈【星海天馬】コズミック・ペガサス〉P13000 ヒット1
「なにそれ、新しいSRカード!?」
「〈コズミック・ペガサス〉の召喚時効果。相手の場のモンスターを1体選んで墓地に送ります」
「墓地って、まさかッ!?」
カード効果によっては破壊されない能力を持つ〈グレイトフルガーディアン〉。
しかし〈コズミック・ペガサス〉はそれをモノともせず、その頭部から生えた一本角で容赦なく斬り捨ててしまった。
呆気なく両断されて墓地へと送られてしまう〈グレイトフルガーディアン〉。
「たとえ破壊できなくても。墓地へ送る効果なら通用します」
「そんな……アタシのモンスターが、全滅」
さらに〈コズミック・ペガサス〉の効果でカードを1枚ドローするソラ。
違法な改造ツールまで使ってボスファイト用のモンスターを並べていた小鳥遊。
しかし呆気なく全滅させられてしまい、その表情からは完全に余裕が消失していた。
「これでブロッカーはいません。お願い〈エオストーレ〉!」
「だったらァ、魔法カード〈復活の試練〉を発動! 墓地から〈グレイトフルガーディアン〉を召喚!」
魔法効果によって再び小鳥遊の場に召喚されるメカ狐こと〈グレイトフルガーディアン〉。
そのままブロック宣言をして、〈エオストーレ〉の攻撃を真正面から受け止めた。
「パワーは〈グレイトフルガーディアン〉の方が上! 返り討ちよ!」
「〈エオストーレ〉の【ライフガード】発動! 回復状態で場に残します」
一度だけの耐性を使って場に残る〈エオストーレ〉。
しかしブロック宣言はされているので、この攻撃は通らない。
だが小鳥遊はそれで良いと考えていた。何故なら彼女の手札にはアタックフェイズを強制終了させる〈防壁の試練〉があったから。
「いきます。〈コズミック・ペガサス〉で攻撃!」
新たな切り札で攻撃宣言をするソラ。
小鳥遊は〈エオストーレ〉で攻撃しなかった事を意外に思ったが、どうせもう攻撃は届かないと思い、深くは考えなかった。
故に小鳥遊という女は、〈コズミック・ペガサス〉の真価に気づけなかった。
「この瞬間〈コズミック・ペガサス〉だけが持つ能力【星紡】を発動です!」
「専用能力!?」
「〈コズミック・ペガサス〉は場に存在する他の聖天使が持つ【天罰】と同じ効果を得ます」
つまり現在、ソラの場に存在する〈エオストーレ〉と〈シグナスエンジェル〉の【天罰】能力をコピーして使えるという事。
その事実に気がついた瞬間、小鳥遊の顔は青くなった。
「〈エオストーレ〉から受け継いだ【天罰】発動! モンスターをデッキの下へ送ります!」
小鳥遊の場にはモンスターが1体のみ。
必然的に〈グレイトフルガーディアン〉がデッキの下へ送られてしまい、今度こそ場はガラ空きになってしまった。
だがそれでも小鳥遊は、自分が生き残る道を信じて疑わない。
「魔法カード〈防壁の試練〉を発動! アンタのアタックフェイズを強制終了――」
瞬間、小鳥遊が発動した魔法カードは「パリン」と音を立てて砕けてしまった。
無効化されてしまったのだ。しかし何故そうなったのか小鳥遊には即座に理解できなかった。
「〈シグナスエンジェル〉から受け継いだ【天罰】です。私のライフが相手を上回っていれば、相手が発動した『アタックフェイズを終了させる効果』を無効化できます」
「は……え……?」
「そして〈コズミック・ペガサス〉自身の【天罰】です。私の場にいる他の聖天使1体につき、ヒット数を+1します」
〈【星海天馬】コズミック・ペガサス〉ヒット1→3
もはや小鳥遊に防御手段は残されていなかった。
聖なる天馬は罪人に容赦をしない。
その雄々しき一本角を振るい、小鳥遊のライフを狩りとる。
小鳥遊:ライフ7→4
「きゃァァァァァァ!」
リミッター解除装置によって、本来想定されていないダメージが襲いかかる。
自分達が用意した装置によって生じた痛みに、悲鳴を上げてしまう小鳥遊。
だがまだソラの攻撃は終わっていない。
「っ! 〈シグナスエンジェル〉で、攻撃です!」
相手に痛みを与えるという状況に、罪悪感が襲いかかる。
それでも負けるわけにはいかないと、ソラは自分の心を押し殺して攻撃宣言をした。
バレリーナのような動きで、〈シグナスエンジェル〉は小鳥遊に回し蹴りを食らわせる。
「ギャァ!?」
小鳥遊:ライフ4→3
たった1点のダメージでも相当な痛み。
その場で膝をつき、嗚咽を上げ始める小鳥遊。
だがソラの場には、小鳥遊自身のプレイミスによって【ライフガード】を発動し、回復状態となってしまった〈エオストーレ〉が残っている。
「やめて赤翼さん、もう、攻撃しないで」
涙を流しながら、必死に助けを乞う小鳥遊。
以前のソラであればきっと、試合を棄権してしまっただろう。
しかし……元とはいえクラスメイトだったからこそ。
自分も彼女が堕ちた理由の一つだったからこそ……トドメを躊躇うわけにはいかなかった。
「ごめんなさい小鳥遊さん……私は良い子じゃないんです」
「や、やめ」
「恨んでくれて構いません。〈エオストーレ〉!」
「いやァァァァァァ!」
攻撃宣言に応じて、〈エオストーレ〉が最後の一撃を叩き込む。
集められた光のエネルギーの塊を放たれて、小鳥遊のライフは全て砕かれてしまった。
小鳥遊:ライフ3→0
ソラ:WIN
ダメージに襲われて、痛みに耐えきれず悲鳴は途切れてしまう。
ファイト終了で立体映像が消えると同時に、小鳥遊はその場に倒れ込んでしまった。
「……これで、よかったのかな」
勝利の喜びなどない。ただ自分の行いに確信が持てないソラ。
そんなソラの頭に、誰かの手が優しく添えられた。
「……?」
見上げると、消えかかっている〈エオストーレ〉の立体映像が近くまで来ていた。
頭に添えられた手はすぐに消えてしまったが、それは間違いなく〈エオストーレ〉の手であった。
「あっ、エオストーレ」
名前を呼ぶも、〈エオストーレ〉は姿を消してしまう。
だがソラの中には、確かな確信が芽生えていた。
今起きたことは夢でも幻でもない。確かに〈エオストーレ〉が自分の意思で励まそうとしてくれたのだと。
「……ありがとう、ございます」
今となっては虚空となった場所へ、ソラは感謝の言葉を述べるのであった。




