第百六十六話:凋落した者ども
財前がダイナミックに破壊した裏口から、建物の中へと入っていく。
元々はコンビニか何かだったのか、それっぽい痕跡が視界に入る。
それは特に気にせず、俺とソラは財前の後をついていく。
とりあえず頭上のカーバンクルの声には意識を向けているが……
「多分このままついて行って正解っプイ。気配が分かりやすく濃くなっているっプイ」
そう言われてしまった以上、素直に財前についていった方が良さそうだ。
妙にだだっ広い空間に出てきた俺達。
不自然なくらい酒ばかり入っている冷蔵用の棚はあるけど、それ以外は特に何もない。
(いや……まだ二階があるか)
階段を見つけて上の存在を確信する。
一応表口になっているはずの自動ドアが開いたような痕跡はない。
となれば感染者は上か。言葉にする必要もなくそう判断した俺達は、二階に続く階段を早足で上っていく。
誰がいるのか見当はつかない。それでも知っている顔はいるだろうから、覚悟を決めて進むしかない。
「……」
ふと、後ろからシャツの裾を小さく摘んでくる感覚があった。
振り返らなくても、ソラの指だと理解できる。
俺はなるべくソラに合わせる歩幅で、その空間へと到達した。
「監視カメラってのは便利だよなぁ。どこの馬鹿面が来たのかすぐに分かる」
「それは素晴らしいね。さぞキミの不細工なバイクも映えただろう?」
「あれ気に入ってたんだぜぇ……ケジメつける覚悟はできてるんだろうなぁ?」
いつも通り……いや、初めて出会った時のような傲慢な口調で煽る財前。
その視線の先、俺とソラの視界にも映っているあのバイクの持ち主。
俺は、その特徴的なドレッドヘアをよく覚えていた。
「坂主……アイツが主犯だったのか」
「S組からドロップアウトして堕ちた愚者さ。一学期で退学した人間に声をかけて、こうして猿山の王を演じている」
「人聞きが悪いなぁオイ。俺は行き場を失った奴に居場所を提供しただけだぜ?」
まるで自分は正しい事をしているんだと、白々しい口調で言う坂主。
合宿の時も、その後にウイルスに感染していた時もそうだったが……性根の腐敗は何も変わってないみたいだな。
だけどアイツは一度ウイルスに感染した後だし、また感染したとも思えない。肝心の政帝がいないんだからな。
「アイツが相手だったら遠慮する要素が無いな……ソラ?」
俺のすぐ横にいたソラが、さっきから不思議なくらい無言でいる。
視線を向けてみると、ソラは坂主よりもさらに向こうを見ていた。
そういえば坂主に気を取られて、他にいる奴が誰か見ていなかった。
「……そうか、お前らだったのか」
この場にいた坂主の仲間であり、地下ファイト場の運営者である元生徒。
その中に二人、俺やソラと同じ1年A組にいた奴らがいた。
「戸羽、小鳥遊」
少し太めのシルエットをした男子の戸羽。
そして、いかにもスクールカーストのトップにいそうな高飛車さのある風貌の女子、小鳥遊。
二人とも俺とソラの姿を確認するや、明らかに動揺をしていた。
「天川、なんでお前が」
「財前について行ったら坂主と悪事してるお前らがいた。それだけだ」
「小鳥遊さん、なんで」
同じ女子だから交流もあったのだろう。
ソラは少し震えた声で、かつてのクラスメイトの名前を口にしていた。
そして俺は男子である戸羽の方を睨みつけてしまう。
「ギャングの小間使い。違法な地下ファイト場で賭博の運営。弱い人間を借金漬けにして闇バイトの斡旋……ガキでもアウトって理解できると思うんだけどな」
「なにが分かるんだ……お前らのせいで全部失ったのに、ボクのなにが分かるっていうんだッ!」
憎悪混じりと表現できそうな叫び声で、戸羽がそう吐き出してくる。
俺のせいと言われると少しクるものはあるが、今は落ち着いて対応するべき時だ。
「失った? たかが一学期が終わっただけで、クラスの降格にもなっていないのにか?」
「たかがだと。ボクが人生を賭けて手に入れるはずだった栄光を、たかがだと!?」
「その末路が今の現状だったら意味ないだろ」
流石に今回は被害者も出ているからな、キツめの口調でいく。
とはいえ戸羽の言葉を聞くと、本当にこの世界は……いや、この世界の親という存在の歪さを感じてしまう。
差し詰め教育熱心な両親が、戸羽の成績を気に入らず退学させて家を追い出したってところか。
(本当に胸糞悪い。その結果がコレなんだから始末にも負えない)
しかもよく見れば、戸羽の隣にいる小鳥遊さんは要所で頷いている。
こちらを睨んでいるあたり、小鳥遊さんも戸羽と似たような境遇ってところか。
こんな堕ち方するくらいなら、素直に他の学校にでも転校してくれた方がマシってもんだよ。
「ツルギ、もう一人いるっプイ」
頭上でカーバンクルが俺に教えてくれる。
わざわざ隠れているあたり、奇襲要員のつもりか?
「さて、わざわざ僕達を迎え入れてくれたんだ。歓迎のサプライズを用意しているんだろう?」
「へぇ、気づいてたのか。ここがどういうファイト場なのか」
「観客席用に見せかけた椅子。仕込んでいるのはその辺りか……リミッター解除装置」
財前の言葉を聞いて、坂主は得意げに「正解だ」と答える。
リミッター解除装置。
召喚器を使ったファイトで発生する衝撃波などの演出、その安全装置を外して外傷を負うような威力でプレイヤーに叩き込む代物。
当然ながら法律で製造どころか単純所持も禁止されている。
「僕の臣下が入院してね。そこで初めてキミ達の所業を知ったんだよ……キミ達も全身の皮膚を剥がれる覚悟はあるんだろうな?」
怒り。
ただその一言を具現化したような空気が、財前の全身から放たれる。
その時ふと、俺はある事が気になった。
坂主も、戸羽と小鳥遊さんもどこか余裕そうな雰囲気であった。
(この後のファイトは避けられないだろうに、なにか勝算でもあるのか?)
何が仕込まれていようとも、今はファイトして勝つ他ない。
俺や財前は召喚器を取り出して構える。
「3対3、ちょうどいい数字だと思わないかい?」
「馬鹿言うな。それじゃあ俺らが勝つのに時間がかかっちまう……3対4だ」
そう言うと坂主は右手を挙げ始めた。
それが合図となって、物陰から新たに一人の男子が姿を現した。
ほとんど見覚えのない顔だけど、年齢は俺達と変わらないように見える。
「牧野、やれ」
「言われなくても」
牧野と呼ばれた男子はニヤついた表情で、手に持った小さな機械を操作し始めた。
リミッター解除装置でも操作しているのだろうか?
だけどその程度で彼らが余裕風を吹かせるとも思えない。
「コレで俺達ぁ正真正銘の限定解除になれたってわけだ」
「限定解除だと、なんの事を――」
「召喚器内のプログラムをクラッキングしたんだ。コレで奴らは禁止制限から解放された状態でサモンファイトができる」
財前の言葉を遮るように、突如階段を登ってきた人物が現れた。
振り返るとそこには、白と黒のツートンカラーの髪に、夏らしくない黒のロングコートに身を包んだ男が立っていた。
「黒崎先輩!?」
「調べ物の果てに狼藉者を見つけたから始末に来たのだが……まさか天川たちが先に来ているとはな。賭けファイト目当てではないだろうな?」
「そう見えるなら節穴通り越して目がちくわですよ」
「冗談だ。それよりも」
黒崎先輩は坂主達の方へと視線を刺し向け、俺達の前に歩み出る。
「話はおおよそ聞こえていた。リミッター解除装置、召喚器へのクラッキング行為。そして地下ファイト場に関する数々の違法行為。既にキサマらが学園の生徒でなくて良かったと思っているぞ」
「誰だ、テメェ」
明らかに舐めた様子で黒崎先輩に聞いてくる坂主。
いや申し訳ないんだけど、コレに関しては表に出てこない先輩の責任もあるので、坂主を責めきれない。
「オレは黒崎勇吾。六帝評議会【裏帝】にして、キサマらのように学園の名に泥を塗る者を粛清する存在だ」
「六帝評議会だとッ!? まさか裏帝が出てくるとはな」
「ちょっと、粛清ってどういう事よ!」
黒崎先輩の正体に驚く坂主に対して、小鳥遊さんは先輩の言った「粛清」という言葉が引っかかっていたらしい。
耳障りな声で叫ぶ小鳥遊さんをスルーして、黒崎先輩は一瞬だけ俺達の方を見てから語り始めた。
「キサマらのように、二学期へ突入する前に学園を去る生徒は少なくない。だが中には学園の名を利用して私欲を肥やそうとする馬鹿もいる」
そう言うと黒崎先輩は坂主の隣にいた男子生徒、召喚器をクラッキングする機械を操作していた牧野という男子を指差した。
「元1年S組牧野庄太郎、キサマはそのクラッキングシステムを売る時に学園の名を利用したな?」
「な、なんのこと――」
「聖徳寺学園の生徒が在学中に起業した会社。そこが作ったファイトログ解説ツール……そう銘打てば大層売り捌けただろうな」
黒崎先輩の言葉を突きつけられるや、牧野は分かりやすく顔を青ざめさせた。
まさかクラッキングツールの販売までやっていたとは。
「つーかそんなツール、高校生がどうやって作ったんだよ」
「作ったのではない。ノルマとしてギャングから押し付けられた商品だろう。こういう違法の品を捌けさせるために手段を選ばない輩は少なくない」
なるほど、黒崎先輩の説明で納得はいった。
ギャングが裏で作ったツールを、堕ちた学生を使って売りに行かせる。
クラッキングなんてやってる代物だ、どうせ召喚器から個人情報も抜き取っているんだろう。
「キサマらはさっき3対4だと言っていたな。これで4対4だが……」
そう言うと黒崎先輩は俺達の方へ振り向いてくる。
「ここから先は暗部とも言える戦いだ。今なら逃げられる。逃げてもオレは決して責めないと約束する。どうする?」
これが荒事から逃げられる最後のチャンスなのだろう。
わざわざ自分から巻き込まれていく必要はないのかもしれない。
だけど少なくとも一人、ファイトをする理由がある奴がいる。
「ターゲットロック!」
財前は一切の躊躇いも、逃げの姿勢も取ることなく、坂主の召喚器へと勝負を挑んだ。
「裏帝、お気遣いは感謝なのですが……僕の臣下を踏み躙った男は、僕が始末をつけなくては気が済まない」
「逃げとけばいいもんを。だったらテメェも下僕と同じ病院へ送ってやらァ!」
瞳の奥に凄まじき怒りを宿して、財前は坂主とファイトする道を選ぶ。
となれば俺も逃げるわけにはいかないよな。
「「ターゲットロック!」」
そんな事を考えていると、向こうからラブコールが来てしまった。
俺の召喚器に接続してきたのは、戸羽か。
「そっちから挑んでくれるなら、手間も省けるな」
「天川ツルギ、もう負けない。今のボクは無敵なんだ! お前たちから受けた屈辱も、ボクが失った全ても! このファイトでお前に償わせてやる!」
戸羽の奴、完全に目がイッてるな。
人間ってのは怒りや憎しみに飲まれるとこうも醜くなれるのか。
とはいえ無意識に種を蒔いたのは他でもない俺自身。
相手がどれだけ道を踏み外した奴だとしても、元クラスメイトだとしても。
芽吹いたのであれば、俺が責任を持って叩き潰そう。
「逃げないんだ」
「逃げません。知っている人が相手だからこそ、逃げたくありません」
「赤翼さんのそういうところ、本当に……反吐が出るくらい大っ嫌い」
ソラの相手は小鳥遊さんか。
あっちはあっちで色々感情が渦巻いているようだけど、今はソラに任せよう。
きっと今のソラなら、精神的にも勝ってくれると信じているから。
「ならキサマの相手はオレだ……逃げられると思うなよ」
「クソっ、六帝評議会が出てくるなんて聞いてないぞ!」
黒崎先輩は牧野って奴の相手か。
どうやらこれで綺麗に対戦カードが揃ったらしい。
準備完了、あとは自分の全身全霊を持って――潰して勝つ!
「「「「サモンファイト! レディー、ゴー!」」」」