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第百六十五話:未来図/気配/逆鱗

 黒崎(くろさき)先輩とカードショップで遭遇してから二日が経過。

 夏休みの終わりも目前となって、残した課題なんかも姿を消してくれた。

 結局あの後、特に他のクラスメイトと出会う事や連絡をとる事もなく、穏やかな日々が進んだばかり。

 そんな中でソラから一つのメッセージが届いた。


『新しい切り札をデッキに入れたので、ファイトしてください』


 どこか退屈な空気を感じていたのは否定できない。

 不穏な事が起きているとしても、この世界なら自力でどうにかできると考えていたのも事実。

 ちょっとした気の緩みから、俺とソラは軽い気持ちで外に出てしまったのだ。





 カードショップが並ぶ通りの近くでソラと落ち合い、どこか空いてそうな場所を探し始める。

 カードショップばかり並ぶ通りに、通行人はいくらでもいる。

 そんな異世界情緒を感じながら、俺はソラと何気ない会話をしていた。


「SR当てたのか?」

「はい。この前アイちゃんと行ったショップで運試しに買ったパックに入ってたんです」

「すげー強運」


 この世界でのSRの封入率を考えれば、とんでもない強運。

 しかもソラのデッキに入ったという事は、聖天使のカードという事だ。

 速水が引き当てた時もそうだけど、この世界でSRを入手する人って何か運命に導かれているような感じがするな。


「あっ。今更ですけど私達って黒崎先輩から出歩くなって言われてましたね」

「大丈夫だろ。サモンでどうこうって話なら負ける気がしないし」

「ツルギくんが言うと頼もしすぎて不安になります」


 何を言うか、ソラだって今じゃこっち側だぞ。

 治安の悪さをカードの腕前で吹き飛ばせ。

 とは言っても、今そういうトラブルに巻き込まれたら……敵対するのは元同級生とかになるのかな。


(気持ちとしては良いものではない。だけど場合によっては迷うより先に倒さなきゃダメだよな)


 無いとは思うけど、万が一にでもウイルスカードを受け取っていた奴が混ざっていたら。

 それこそ厄介な事態に他ならない。

 まぁ政帝(せいてい)は今頃海外なんだけど……ギョウブの一件があったから、安心しきれないんだよな。


(せめてウイルスとは無関係な人間が……いや、そもそも堕ちた顔見知りと戦うなんて無い方がいいか)


 黒崎先輩が調べ物していたのは気になるけど、それが確定でクラスメイトだと確定した訳ではない。

 ましてや、仮にクラスメイトだとしてもピンポイントで俺がファイトする羽目になるとも限らない。

 なんだか尤もらしい事を自分に言い聞かせてしまうが、不確定情報だけで警戒を解かないのは疲れてしまう。


(だったらとりあえず、日常を過ごしてみる方がいいか)


 なんて事を考えていると、ソラが俺の頭上に手を伸ばし始めていた。

 当然ながら俺の頭には今日もカーバンクルは乗っている。


「今日は見えませんけど、なんとなく感触はわかります」

「ツルギ〜、この子的確にボクのお尻を揉んでくるっプイ」

「触られていてくれ。認識があれば現実になるんだって偉い人も言ってたんだ」


 昔やったゲームの受け売りだけどな。

 そんな感じでカーバンクルを触って確かめていたソラだが、ふと手を止めて何かを思うような表情を浮かべていた。


「勝てば手に入る。負ければ失う。あたり前のことですけど……自分が勝つ側になってしまった時って、何を考えればいいのか分からなくなりますね」


 ソラの言葉を聞いて、俺も少し思うところはあった。

 この世界はカードゲーム至上主義。

 サモンの勝敗はそのまま色々な進退に直結する。

 中学の頃であれば、俺やソラは東校から色々と奪われる側だった。

 だけど今は違う。聖徳寺(しょうとくじ)学園というサモンの名門校に通い、最初の合宿をトップで通過した強者。


「40人いたんです。でもあと数日で26人の教室になります……色々理由はあるんでしょうけど、きっと私もその一つに含まれてます」


 否定の言葉は、出せなかった。

 根拠のない否定を言おうにも、一学期の成績という目に見える結果が残っている。


「強くなりたいって思ってました。だけどその先を何も想像できてませんでした」

「それは俺もだよ」


 頭の中に浮かび上がるのは、合宿で召臨寺(しょうりんじ)の和尚に言われた言葉。


――強さの果てを想像しろ。それを怠れば、いずれ道を外すことになるぞ――


 今なら少しだけ、意味が分かるかもしれない。

 強さの過程が今だというなら、果てに残るものは屍の山に座る自分自身。

 後ろを振り向けば、既に血濡れの道しかない。

 それが勝つという事であり、この世界の摂理でもある。


「神様じゃないから他人の心なんて全部分からない。誰がいつ折れたかなんて、知れる方がレアなケースだと思う」

「でもそれは」

「ただの言い訳でしかない。勝てば相手が折れて、負ければこちらが失う。それがルールだっていうなら、俺達にできる事は勝ち続けることだけだと思う」


 そうでもしなければ、俺はきっと後ろを振り返る事ができなくなる。

 わがままであって、自分勝手な理由。

 だけど他の選択肢を選べば、きっと道を踏み外してしまう。


「もしも、本当にクラスメイトだった奴が何かを仕掛けてきたら……」

「ツルギくんは、戦えますか?」

「戦うしかない。もし逃げたら、少なくとも俺は(らん)に顔向けできなくなるだろ」


 隠神島(いぬがみじま)でのギョウブの一件。

 多少マシな結末を迎えられたとはいえ、それも結果論でしかない。

 俺が引き受けてよかった戦いだった。藍の意思を無視して、傷を背負ってよかった戦いだった。

 それを藍に任せた以上、自分の関わる戦いから逃げるような事はしたくない。


「私は……よく分からないです。自分のせいで折れた人と戦う事になったら、ちゃんと勝ちにいけるか分からないです」

「それでいいと思う。そんな状況分からなくていいんだ」


 ただの願望かもしれない。

 ウイルスカードのような元凶のある代物や、正気を失っているだけの状態ならいざ知らず。

 理性もあり、自分のせいで失った人間と戦う状況なんて考えなくていい筈なんだ。


(だけど牙丸(きばまる)先輩や黒崎先輩に聞かれたら、きっと怒られるんだろうな)


 あの人たちは勝ち続けた事で玉座に至った存在だ。

 当然、折られた人間は少なくない。

 もしかすると……そういう意味でも「強さの果て」を想像しなくてはいけないのかもしれないな。


「キュップ? クンクン」


 思考を巡らせていると、俺の頭上でカーバンクルが突然鼻を動かし始めた。


「どうしたカーバンクル?」

「感じるっプイ……これは、ウイルスのにおいっプイ!」

「縁起でもないタイミングだなオイ」


 ここまで心底縁起の悪いタイミングがあっただろうか。

 なんて文句を言っても仕方ないのだけど。


「ツルギくん、何かありましたか?」

「カーバンクルが近くでウイルスカードの気配を感じるってさ。縁起が悪いってもんじゃねーぞ」

「……あの! ウイルスの気配ってどっちからなのか分かりますか?」


 突如そう聞いてくるソラに、思わず驚いてしまう。

 確かにソラならウイルスの影響を最小限に抑えてファイトできるかもしれない。

 だけど化神であるエオストーレが目覚めていない以上、過信もできない。


「カーバンクルに案内して貰えば分かるだろうけど、ソラは危ないから」

「それを逃げる理由にしたくないです。もしも相手が知っている人であっても違っても。勝つ事が奪ったり壊したりするだけじゃ悲しすぎますから。ファイトで誰かを助けたり、少しでも笑顔に繋げる事ができるなら、私はそっちの方がいいです」


 胸に手を当てて、そう主張してくるソラ。

 知っている。こうなったソラは簡単に意思を曲げてくれない。

 だからこそ強くなったのかもしれないけど。


「できればファイトは俺に押し付けてくれよ」

「その前に横取りしちゃいます」


 話がまとまれば行き先変更だ。

 俺達はカーバンクルに頼んで、ウイルスの気配がする方へと案内してもらった。


「そこを右に曲がるっプイ!」


 人の多かった通りから離れて、雑居ビルの多い場所に入っていく。

 なんだか速水がウイルス感染した時の地下ファイト施設への道のりを思い出す光景だ。

 人の姿も明らかに減っている。そしてすれ違う人もガラの悪そうなのが混じり始めていた。


「こういう場所にウイルスって言われると、前の事もあるから嫌な感じしかしないな」

「そうですね……あれ? ツルギくん!」


 カーバンクルの案内に従って移動する中、ソラが誰かを見つけて指さしていた。

 その方へと視線を向けると、俺もよく知る人物が歩いている。

 ある意味では今一番ここにいて欲しくない人物かもしれないけど……一応声かけておくか。


「おーい、賽銭!」

財前(ざいぜん)だッ! 神社とは無関係……ってなんだ天川(てんかわ)赤翼(あかばね)か」

「お前こんなとこで何してんだ?」


 頼むからウイルス感染してるのがお前とか言わないでくれよ。

 間違いなく面倒くさい展開になるだろうから、マジで勘弁してくれ。通行人Aであってくれ。


「今は君たちに構っている暇は――」


 暇はないとでも言おうとしたのか、財前はすぐに俺達から顔を背けてしまう。

 と思いきや一瞬の間の後、すぐに俺達の方へと振り返ってきた。


「少し聞いてみるが……いや、しかしコイツらの手を借りるのは」

「なんか訳ありっぽいな。さっきから見た事ないくらいピリピリしてるぞ」


 仮にも同じクラスであり、何度も俺にファイトを挑んできた男だからよく分かる。

 本当に何度も挑んでくるけど、こいつのメンタルはどうなってるのか気になるが、まぁ一応よく分かる枠だ。


「……お前たち、荒っぽいファイトに自信はあるか?」

「それは穏やかな導入じゃあないな」


 渋々といった様子で事情を語り始めた財前。

 どうやらこの近くに違法な地下ファイト場があるらしい。

 それだけなら大した話ではないのだが、どうやら財前の後輩……中学校時代の取り巻き数人が、そこの賭けファイトの被害に遭ったのだとか。


「確実に儲かるだとか、相手は実力のない金持ちが多いからカモだとか。甘い言葉で絡めとって、一番金を必要していそうな人間から有り金を巻き上げて。吸い尽くせばギャングが運営している闇バイトへ斡旋ときたものだ」

「ひどい」

「ソラと同感だな。でもそれでお前が動く理由になるようには思えないけど、まだ何かあったか?」


 正直そこまで判明しているなら素直に警察に通報してもいいはずなのに。

 何故か財前は自ら相手を倒しに行こうとしている。

 俺がそれを聞くと財前の表情は険しくなり、相手の正体を吐き出してきた。


「その地下ファイト場の運営。僕の臣下達から搾取するなんて真似をしたのは、聖徳寺学園を退学した生徒の集団。僕ら1年A組にいた奴も混じっている!」


 嫌なピースが繋がってしまった瞬間であった。

 地下ファイト場なんて場所で、退学した元生徒となれば……俺達の探し物も、きっとそこにあるだろう。


「天川、赤翼。これは僕の独り言だから聞かなくていい。相手の数が未知数だ、戦力が要る」


 再び俺達から顔を逸らしてそう口にする財前。

 どの道ウイルスを探せば同じ場所にたどり着くだろう。

 だったらもう腹を括る他ない。


「ソラ、俺は行くけど本当についてくるか?」

「勝手についていきます。きっと私が行こうとした場所もそっちだから」

「じゃあ独り言返しだな。勝手に暴れとくから、好きなだけ楽してろ」

「……恩にきる」


 小さくそう呟いて、財前は目的地へと進み始めた。

 一応俺は頭上のカーバンクルに気配を探って貰いながら、財前の後をついていく。

 やはりカーバンクル曰く、財前の目的地に近づく程に気配は強くなっているらしい。


(大当たりってやつか……外れた方がなんてイフは、もう通用できないよな)


 そして到着した場所は、一見するとテナントの入っていない建物の一つ。

 だけど以前の地下ファイト場も酒場が入り口で、地下にデカいのが広がっていたからな。

 もう何が入り口でも驚かないぞ。


「その扉から下がっていたまえ」


 建物の裏口らしき場所に回った途端、財前は短くそう呟く。

 すると財前は裏口近くに停まっていたバイクに目をつけるや、上着の内側から配線用らしきニッパーを取り出した。


「おい財前、まさかとは思うが」

「静かにしてくれないか」


 黙々とバイクの配線を弄る財前。

 そしてコードを引っ張り出す事に成功するや、躊躇う事なくそれを直結させてエンジンをかけた。


「マジかあいつ」

「怪我をしたくなければ下がっていろ!」


 強制的にエンジンのかけられたバイクに乗るや、財前は迷わず建物の裏口に突っ込んだ。

 元々そこまで頑丈ではなかったのだろう、鍵を開けるかどうかを通り越して、建物の裏口は跡形もなく破壊されてしまった。

 俺とソラはあまりの光景に唖然としてしまうが、とりあえず財前だ。


「財前くん大丈夫ですか!?」

「もっと知的に扉開けるって発想なかったのかよ!?」


 壁やらなんやらが壊れて崩れているが、財前はバイクを乗り捨てて床に転がっていた。

 が、すぐにムクリと起き上がって何事もなかったように動き始める。


「どうせアイツのバイクだ。壊れても心なんて傷まないね」

「そういう問題なのでしょうか?」

「今ので気付かれただろう。僕は逃げられる前に進む」


 そう言って財前は、こちらを振り返る事もなく先に進んでいく。

 俺はソラと一緒に後をついていくが、ひとつだけ引っかかる事があった。


(アイツ……主犯格か実行犯か、それが財前のメインターゲットか)


 誰が道を踏み外したのかは分からない。

 俺達はただ建物の中へと入っていくのみであった。

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