第百五十六話:【出張版】ツルギのサモン教室【中級者編】
ここまでのあらすじ。
黒崎先輩のパートナー化神が気になるけど、考えていたら頭が痛くなってきたので、休憩がてら漫画でも読もうと思いまして。
妹の部屋に漫画を取りに来たら、なんか配信に巻き込まれた。
自分でも何言ってるかわからないな。
「で、出張サモン教室って言うけど……俺は何すれば良いんだ?」
「うーん、せっかくだしお兄がサモンの小話とかリスナーにすれば良いんじゃない?」
雑だな我が妹よ。というか巻き込んできた張本人がソレ言うのか。
にしてもサモンの小話ねぇ……
「……あれ? これ絶賛配信中?」
「はい。なので先生お願いします」
智代ちゃんメッチャいい笑顔で言ってくるじゃん。
いやマジで普段とキャラ変わってない?
君もっと大人しい子だったよね!?
それはそれとして、とりあえずノートPCの配信画面からコメント欄を見てみる。
“食べないでください”
“ころさないで”
“これが殺戮兵器のツルギ……”
“キュップイ殺しのサモン教室は普通に興味ある”
なんか……俺に対して風評被害が発生してないか?
あと「殺戮兵器」とか「キュップイ殺し」ってなんだよ。
前にソラや速水が言ってたけど、俺マジでその通り名ついてるの!?
特に後者、俺最近はあまり相棒を過労死させてないからな。
「ツルギ〜、やっぱりデッキ環境をもっと健全化するべきっプイ。ウチも悪評だらけのブラック企業ってイメージを払拭するべきっプイ」
すまんなカーバンクルよ、カードゲームは労働基準法の適用範囲外なんだ。
あと配信中に頭上で喋り出さないでくれ、何も反応できないんだからさ。
見ろよ卯月の顔を、一般人には見えないし聞こえないから滅茶苦茶反応に困ってるぞ。
「で、出張版サモン教室と言っても……何すれば良いんだ? 狭いようで幅が広すぎるぞ」
「とりあえずそこの2人にいつも通りの授業でもすれば良いんじゃない? もしくはリスナーのお悩み相談とか」
「俺に相談役とか荷が重すぎる。とはいえそこの2人に教えてない言葉かぁ……」
ぶっちゃけ基礎的な知識はだいたい仕込み終わってるんだよな。
となれば残るは……汎用編だとあの辺りか?
「中級者編の授業をするか」
「先生!? 今中級者編って言いました!?」
「せんせぇー! 今までのは上級者編ですらなかったんですかー!?」
当たり前です。
だってこの世界の人らって基礎的なプレイング知識が欠けてる人が多いんだもん!
あと中級者編の知識は下手に使うと自分の首を絞めるので、危険度も上がります。
“なんだ、ただの中級者編か“
”いや待て、これ中級者編(当社比)って事じゃないか?“
”CHIYOちゃんと舞ちゃんの反応が答えですね。ありがとうございました“
”やべぇぞ、普通に内容が気になる“
はいそこのリスナーの皆様、変に期待値を上げないでくれ。
俺視点だと本当に大した知識じゃないんだからな!
ドヤ顔したくない内容なんだからな!
「コホン。では……ちょっと待ってその前にハンドルネームとか教えて」
流石に本名呼ぶ訳にはいかないからな。
俺は卯月から各々のハンドルネームを聞いたわけだが……智代ちゃんはほぼ本名だし、舞ちゃんはストロングが過ぎる。
「舞ちゃん、サモンの前にリテラシーを学ばないか?」
「将来実家の宣伝に使うからだいじょーぶでーす!」
これは逞しいと捉えるべきか、ただの無知なるやらかしと捉えるべきか。
とりあえずその問題は置いておいて、今日の授業に入ろう。
「それじゃあ今日は中級者向けのテクニックである『6点止め』についてやっていこう」
「ろくてんどめ?」
「初めて聞きます」
まぁこの世界ではあまりメジャーではないっぽいからな。
実際俺も転移してきてからは、このテクニック使った事ほとんど無いし。
とはいえ覚えておいて損は全くないテクニックだ。
「それじゃあ今から一つの例を出すぞ」
俺は卯月から画用紙を貰って、油性ペンでサモンの盤面状況の図を描いてみる。
相手:ライフ10 手札3枚
場:なし
自分:ライフ10 手札0枚
場:〈ヒット3のモンスター〉〈ヒット2のモンスター〉〈ヒット2のモンスター〉
「さて、まずはこんな状況だったとしよう」
描いた図を配信カメラにも映るように向けて、説明を開始する。
「自分の場にはヒット3のモンスターが1体、そしてヒット2のモンスターが2体いる」
「相手の場にはモンスターが0体で、ライフはお互い10点ありますね」
「こういう状況は割とよく見ると思う。リスナーさん達も覚えがあるんじゃないか?」
”あるなぁ……相手側のほうで“
”小さい頃、運良く除去魔法とか手に入れた奴がこの盤面作ったてクラスの英雄になるよな“
”↑あるあるだわ“
”↑かつての俺じゃないか“
”↑かつてという文字にこれ程の哀愁を感じる事があるんだな“
「CHIYOちゃんとこのリスナーさんって、いつもこんなノリなの?」
「はい。いつも仲良くしています」
「そ……そうか」
すまない智代ちゃん、この人達を見ると昔の掲示板に生息していた人種を思い出すんだ。
まぁ無害なら何も問題ないんだけど。
「それじゃあここで問題です。この絵の状況で今は自分のターンです。みんなはどの順番で攻撃をしますか?」
「……じゅん、ばん?」
キョトンとした顔で首を傾げる舞ちゃん。
智代ちゃんも順番という単語が引っかかったのか、似たように首を傾げている。
「リスナーのみなさんも一緒に考えてみよう」
“えっ……どの順番でって、どういう事?”
“どれから攻撃しても一緒じゃないですかー!”
“↑全然違う……のか?”
“↑俺達は素人だったのか”
“やべぇ、問題の意図が全然分からねぇ”
うーん、リスナーさんにも難しかったか。
でもすぐに答えを言ってしまうと学びにならない。
「ヒントは2つ。自分の場のヒット数の合計と、残りライフだ」
「ヒット数の合計……全部で7ですね」
「全員攻撃したら相手のライフは残り3になりまーす!」
“残り3になるから、トドメまでは行けないな”
“自分の手札は0枚だから、魔法でモンスターを回復させて追撃なんて出来ないな”
“これは相手の手札を考えろって事か?”
“↑でもヒントでは相手の手札について触れてないぞ”
“どうしよう、マジで何が正解か分からない……これ本当に中級者編なの!?”
“誰かプロのファイターを呼んでくれ”
うーん、流石にこれ以上は難しいか。
じゃあ答えを知っているであろう、我が妹に任せよう。
「それでは蛇姫さん、答えてもらって良いかなぁ?」
「あとで〆上げるから覚悟しといて」
凄まじい形相で俺を睨みつけながらそう吐き捨てる卯月。
だって俺も蛇姫呼びしてみたかったんだよ。
卯月はため息をひとつ吐くと、答えを述べ始めた。
「相手の手札に防御札は無いって事でいいのよね?」
「とりあえずはそれで良い」
「じゃあヒット2のモンスター2体で攻撃した後、ヒット3のモンスターでは攻撃せずターンを終了する」
「大正解。花丸をあげよう」
流石は我が妹、俺が仕込んだ知識をちゃんと維持しているな。
とはいえ、この世界の住民だとすぐにはこの答えの意味は分からないだろう。
「えーっ、なんで一番ヒットが高いモンスターで攻撃しないのー!?」
「先生……ちょっとこれは、分からないです」
”なんで?(なんで?)“
”この状況でヒット3のモンスターで攻撃しないとかあるの?“
”マジで意味がわからん……なんで?“
舞ちゃん智代ちゃん、そしてリスナーの皆さま。
とても分かりやすく進めやすいリアクションをありがとう。
それでは答えの解説に移らせていただきます。
「確かに。普通に考えればヒット数の高いモンスターで攻撃した方が相手に与えるダメージは大きいし、より勝利に近づけたようにも見える」
「見える、ですか?」
「そうだCHIYOちゃん。今回の重要ポイントは『全てのモンスターで攻撃しても相手のライフは0にならない』というところだ」
「せんせぇー、でも相手のライフは残り3点まで減らせるよー」
不満そうに頬を膨らませてそう言う舞ちゃん。
だがその考え方にこそ、落とし穴があるのだよ。
「じゃあ2人とも、そしてリスナーの皆さんも一緒に思い出してみよう……俺が今回教えると言ったテクニックの名前を」
「……あっ! 6点止めだー!」
「さっきの蛇姫ちゃんの答え、相手のライフを6点までしか減らしてない!」
「その通り。このライフ6点という数字が重要なんだ」
とりあえず画用紙を下ろして、俺は卯月から召喚器を借りて何枚かのカードを取り出す。
「サモンには色々なカードがあるわけだけど、強力なカードには効果の発動条件が設定されている事が多い」
「それはそうですね。強い効果には相応のコストが必要だって、学校でも習いました」
中には……いや結構な数の例外があるけど。
例えば原作主人公とそのライバルが使うドロー魔法とかな。
「発動条件といっても多種多様なんだけど、その中で最もメジャーな条件って何か知ってるかな?」
「うーん……わっかんない!」
「正解は、自分の残りライフの数値だ」
そう。実はサモンにおける効果発動の条件として最もメジャーであり、最も逆転の手段として採用されやすいカードが持つもの。
それが自分の残りライフを参照する条件なんだ。
「例えばよく見るカードだと、自分の手札が3枚になるよにドローできる魔法カード〈逆転の一手!〉。これの発動条件はライフが4以下の時だ」
「お兄の使う進化モンスターも、残りライフが召喚条件になってるよね」
「そうだな。JMSカップの時に使った〈カーバンクル・ドラゴン〉は残りライフ3以下が召喚条件だし、他にも残りライフが5以下を条件にした〈カーバンクル・ミョルニール〉もいるぞ」
”あれ、じゃあどうして6点止めなんだ?“
”なんか引っかかるけど……なんだコレ?“
おっ、リスナーの中には気づきかけている人がいるな。
じゃあ本格的な答え合わせだ。
「今日覚えておきたい知識。それは『残りライフを条件にするカードのほとんどは、残りライフ5以下に設定されている事が多い』だ」
「「……あっ!」」
そう、ここまでに例として出したカードもそうだ。
残りライフ3以下、残りライフ5以下など……実はサモンのカードには残りライフ6〜9以下などを条件にする汎用カードはほとんど存在しない。
「つまりだ、さっき描いた図の状況で全員攻撃をしたとしよう。そうした場合相手の残りライフは3点となる……ここまで減らされたら、大抵のカードは発動条件を満たしちゃうよな」
「そっかー、だから相手のライフを6点で止めちゃうんだー」
「ライフを6で止められたら、もし手札に〈逆転の一手!〉とかがあっても発動できない」
「その通り。あえて相手のライフを残してやる事で、次のターンに相手のカード使用を阻害してやるテクニック。それが6点止めなんだ」
そして自分の場にはブロッカーが残っているというメリットもある。
相手の動きを鈍らせて、次の自分のターンで安全にトドメを刺してやるのが理想的な動きだ。
「ただし。相手がライフコストを要求するカードを使ってくると、このテクニックも無駄に終わってしまう」
「えー、じゃあどうすればいいのー?」
「主な解決策は魔法を無効化するカードや、モンスター除去をあらかじめ手札に温存しておくことだな。もしくはそういう保険が手札に揃うまで防御に徹するという戦い方もある」
特に自分の手札が0枚な先程の図のような状況だったら、いっそ攻撃しないという判断もありだ。
相手の手札が3枚というのは、想像以上のプレッシャーだからな。
自分自身の手札で解決できないなら、守りに徹しても良いんだ。
もちろん時と場合によるけどな。
「6点止めのようなテクニックを使うかどうかの判断は、相手のカードを観察してからやると良いぞ」
「あっそうか。相手がコストで捨てた手札や、墓地に行ってカードを見れば良いんですね」
「流石CHIYOちゃん大正解」
隣で舞ちゃんも理解してくれたのか、手のひらに握り拳をポンと置いている。
相手の墓地など、公開情報から推察できる事は多いからな。
カードゲームは難しくも奥が深いんだ。
“なるほど〜いやマジでなるほどだわ”
“やべぇ理解した瞬間メチャクチャ頭がスッキリした”
“俺今日から6点止めを意識してファイトするわ”
“えっ、これ無料の配信で聞いて良いんですか?”
“↑普通に金取れるレベルの話なんだよなぁ”
“今オレはCHIYOちゃん達の強さ、その理由に触れている”
“そりゃ3人とも強いわ。コレを中級者編とかいう人から教えを受けてるんだから”
うんうん、リスナーの皆さんも理解してくれたようで嬉しいよ。
やっぱりカードゲームって近しい実力の人と戦う時が一番楽しいからな。
みんな成長してくれ、俺のために。
そんな自分の欲望にウンウンと頷いていると、ふと一つのコメントが目についた。
“この人ならデッキ作りで凄まじい無茶振りしても成し遂げてきそう”
無茶振りを実行するデッキかぁ……ちょうど手元にあるな。
昨日ふとした思いつきで組んだ、カジュアル向け(俺基準)のデッキ。
よし、やるか。
「CHIYOちゃん、舞ちゃん……久しぶりに俺とファイトしないか?」
「えっ先生と!?」
「せんせぇのデッキで皆殺しにされるのー!?」
「いやいやそうじゃなくて、俺はいつもの【幻想獣】じゃなくて別のデッキを使うから」
そう、昨夜ふとした思いつきと気づきで組んでしまったデッキ。
恐らくこの世界だと常識外れ過ぎるトンデモ内容なデッキ。
たまたまオークションサイトにキーカードが出品されているのを見て、この世界でも実装されていると知ったから組んだデッキがあるのだよ。
「さっきリスナーさんがさ、コメントしてたんだよ……デッキ作りで俺に無茶振りをしたいってさ。じゃあ応えてやるよ、かなりぶっ飛んだデッキを昨日組んだからさ」
“おい言い出しっぺ責任をとれ”
“どうすんだよ、殺る気満々じゃねーか”
“震えが止まりません。たすけて”
“リスナー総マナーモード”
「なぁ卯月、これ外でも配信できるのか?」
「召喚器のカメラ機能と連動させれば、外でファイトの配信ができるよ」
「召喚器便利過ぎるだろ。でもそれなら話は早い」
俺は立ち上がって舞ちゃんと智代ちゃんに話しかける。
「2対1でやろうぜ。絶対に面白い映像にはなるからさ」
「先生、いつものデッキじゃないのに大丈夫なの?」
「心配無用。2人の成長を派手にぶつけてくれや」
実際、進学してから舞ちゃんと智代ちゃんがどれだけ成長したのか知りたいし。
それに今回のデッキは絶対ん配信映えする自信がある。
「それじゃあ準備して近くの公園行こうぜ。楽しいサモンファイトの始まり始まり〜」
そう言い残して、俺は自分の部屋に件のデッキを取りに行こうとする。
後ろで智代ちゃんがパソコンを操作したり色々しているけど……その前に一つだけネタバラシをしておくか。
「そうだ、今回俺が使うデッキの名前なんだけどさ……」
是非とも事前に知っておいて欲しい。
この世界では好き好んで使う者はまずいないカード群をメインに据えたデッキの名を。
「【バニラコントロール】だ」