第百四十七話:藍の戦い
感染者による妨害を乗り越えつつ、藍達はギョウブの元へと走り続ける。
しかしそう簡単には進ませてもらえない。
襲いかかってくる感染者の数は、予想通り増え続ける。
「私達が引き受けます!」
「藍は早く行きなさい!」
まずはソラと愛梨が道を拓くために離脱した。
山道を走り、徐々にギョウブのいる場所に近づく。
だがやはり感染者は用意されていた。今度は20人以上は目視で数えられる。
これは流石に全員で戦うしかない……藍と真波がそう考えた時であった。
「二人は先に行け。ここは俺が全員引き受ける」
「えっ、いや天川くんなら大丈夫、だよね?」
「ツルギくん。ごめん」
「藍は早くララちゃんのとこへ行け。こういうお邪魔狩りは、俺の役目だ」
そう言って召喚器を手に取り、バトルロワイヤルモードを起動するツルギ。
彼に押し付けてしまう罪悪感を抱きつつも、藍は真波と共に先を急ぐ。
そして山道を駆けていくにつれて、ブイドラ達はデッキから声を上げてきた。
『藍、ギョウブの気配が近づいてるブイ!』
『マナミ、よからぬものが濃くなっている。気をつけろ』
シルドラもウイルス等が混ざり合った気配を感じ取り、真波へ警告する。
幸い二人ともパートナー化神のおかげで、ウイルスへの感染はしていないが、どこまで有効なのかわからない。
言葉にせずとも何となく理解できていた藍は、少しでも早くこの事態を終わらせようと考えていた。
だが同時にそれは、ララとギョウブの別れを早める事でもある。
(きっと全部壊れる。アタシが壊しちゃう……それでも)
それでも奇跡が起こるなら。何かを変えられるのであれば。
何もしないでいるよりも、可能性が生まれるなら。
罪を背負ってでも自分が戦う、それが藍の決意であった。
何度も躓きそうになりながらも、足元の悪い道を走っていく。
「ウァ……ウゥ……」
「アァ……アァウ……」
あと少しという地点で、山道を塞ぐように3人の感染者が現れる。
狭い山道であるため、すり抜けるような事も難しい。
これはもう戦闘を避ける事はできないだろう……藍がそう考え、召喚器を構えようとした時であった。
「ターゲット、フルロック!」
後ろにいた真波が、すぐさまバトルロワイヤルモードを起動していた。
3人の感染者全員にファイトを挑む形となった真波。
藍は驚いた様子でそんな彼女の方へと振り向いた。
「真波ちゃん!?」
「行って藍。ここはボクが片付ける」
「でも」
「ボクだって六帝評議会の末席。このくらいで負ける程弱くない」
まっすぐと感染者達を見据える真波。
そこには立っているのはいつものポンコツ少女ではなく、純然たる強者であった。
後ろ髪を引っ張られる思いはあったが、藍は彼女の意思を汲み取り先に進む事を選ぶ。
「藍! お願い」
「真波ちゃん……うん!」
余計な言葉は必要なかった。
お互いの意思は確かに通じ合ったと確信して、藍は感染者達を押し退けて先に行く。
あとはもう、誰も邪魔をしてこない。
『藍ッ近いブイ!』
デッキの中からブイドラが声を上げる。
それと同時であった。
藍の視界にララが……ララの身体を乗っ取っているギョウブの姿が見えた。
「ララちゃん……」
「『ん? なんだ、またキサマか』」
ララの身体で空を見上げていたギョウブは、藍の存在に気づくと振り返り、心底つまらなさそうにそう口にする。
まるで迷惑な客人にあしらいたい気持ちを露骨に出しているようにも見えた。
「『感染していないニンゲンが何匹かいたが、化神に守られていたか。キサマらはオレ達を利用することだけは一流だからな』」
「利用されてなんかないッ! オイラは、オイラ達は自分の意思で人間と一緒にいるんだブイッ! シルドラもウィズもカーバンクルも、みんなパートナーが大好きだから守りたいんだブイ!」
「『それすら踏み躙ったのがニンゲンだッ! 化神を殺して利用してッ! そしてララように平然と捨てるのがニンゲンだッ!』」
「違うっ、ララちゃんはギョウブを見捨ててない! ララちゃんはずっとギョウブを探し続けてたんだよ! 四年前からずっとずっと」
怒りで叫ぶギョウブとブイドラ。
藍はギョウブの勘違いを訂正しようと、ララの事を伝えようとするが、今の彼には届かない。
火に油を注ぐように、ララの身体から黒いオーラのようなものが膨れ上がっていく。
「『ララはオレを捨てたァ! それが事実。そのための怨み! 殺された化神の怨みだってそうだ、今こそキサマらに思い知らせてやる!』」
膨れ上がったオーラに赤い目や口のような光が浮かび上がる。
藍にはその目から赤い涙が流れているように見えた。
もしもこれが、今のギョウブが抱いている気持ちだすれば。
これがギョウブの中にある怨嗟なのだとすれば。
今自分にできる事は一つしかないと、藍は自分の目に浮かんでいた涙を拭いとって、召喚器を構えた。
「ターゲット……ロックッ!」
ララが持っていた召喚器に、無線接続される。
たとえ本当に助けられないのだとしても。
たとえ今のギョウブに言葉が届かなくても。
「ララちゃんの心も……アタシ達の気持ちも……分かってくれるまで何度もぶつけるから!」
こんな形でファイトをしたくはなかった。
だが今のギョウブに言葉を届けるにはこれしかない。
心に痛みが走る藍に対して、ギョウブは目を赤く光らせて敵意を向けてくるばかり。
「『キサマから狩られに来るかァ! ならオレが直接相手してやるッ!』」
「お願いだから、ララちゃんの気持ちに気づいてよ!」
「藍、オイラも全力で手を貸すブイ!」
そう言ってブイドラは藍のデッキに戻る。
お互いにデッキがオートシャッフルされ、初期手札5枚を手にする。
震えそうな声を無理矢理抑えながら、藍はファイト開始の言葉を叫んだ。
「「『サモンファイト! レディー、ゴー!』」」
先攻と後攻は自動決定する。
今回は藍が先攻だ。
「アタシのターン。来て〈ブイ・ラブスネーク〉!」
〈ブイ・ラブスネーク〉P3000 ヒット1
まず召喚されたのは着物姿の可愛らしい姫君。
藍はここに辿り着くまでにファイトした感染者の事を思い出していた。
彼らはいずれも系統:《陰陽》のカードを使い、ウイルスカードによる強化モンスターを駆使してきた。
感染したモンスターが強力だという事実は藍も十分に理解している。
「続けて魔法カード〈カサ乱舞地蔵!〉を発動! 効果で〈地蔵トークン〉を1体召喚!」
そこで藍はまず、防御を固める事を選んだ。
魔法カードの効果によって、藍の場には1体の地蔵が召喚される。
〈地蔵トークン〉P8000 ヒット0
「ターンエンド」
藍:ライフ10 手札3枚
場:〈ブイ・ラブスネーク〉〈地蔵トークン〉
ひとまずの防御モンスターを並べてターンを終える藍。
しかしウイルスカードを使う可能性が極めて高い以上、油断できるような相手ではない。
藍がどうにかして呼吸を整えようとする中、ギョウブのターンが始まった。
「『オレのターンだ。スタートフェイズ、ドローフェイズ!』」
ギョウブ:手札5枚→6枚
手札を見るやニヤリ笑みを浮かべる。
そしてギョウブは迷うことなく、手札から3枚のカードを仮想モニターへと投げ込んだ。
「『メインフェイズ! 現れろォ〈天宝の祠〉〈守護者の祠〉〈封印の祠〉ァ!』」
召喚可能な盤面に、三つの祠が出現する。
豪華な金色の祠に、中に収めた守護獣の像が見える祠。
そしてお札が何枚も貼られている、古びた祠であった。
〈天宝の祠〉P1000 ヒット3
〈守護者の祠〉P1000 ヒット3
〈封印の祠〉P1000 ヒット3
「『〈封印の祠〉の効果発動! 1ターンに1度、オレはデッキから系統:《陰陽》を持つモンスターを1枚手札に加える事ができる』」
「陰陽のカード……ってことは」
藍の予想は大当たりであった。
ギョウブはデッキから選んだカードを手に取り、ララの身体を使ってニヤリと笑う。
「『オレが選んだカードは当然……〈【陰陽の怪狸】ギョウブ〉だァ!』」
そう叫ぶや、ギョウブは迷う事なく自身のカードを仮想モニターへと投げ込む。
「『自分の場にある系統:《祠》を持つモンスターを効果破壊して、オレは召喚する事ができる!』」
場の〈天宝の祠〉にヒビが入り、粉々に破壊されてしまう。
祠の破片を踏みつけながら、大きなタヌキのモンスター……ギョウブ自身が召喚された。
〈【陰陽の怪狸】ギョウブ〉P4000 ヒット1
一見すると召喚の手間に見合わないステータスのモンスター。
しかし藍はツルギのようなファイターの存在を知っていたからこそ、警戒を解くことはなかった。
「『祠を破壊してオレを召喚した場合、相手モンスターを1体破壊するッ! 〈地蔵トークン〉を破壊だァ!』」
効果発動に伴って場のギョウブは跳び上がり〈地蔵トークン〉を殴りつける。
妖力を込めた拳を使い、凄まじい威力で殴られてしまった地蔵は、無惨にも粉々に砕けてしまった。
パワーの高いブロッカー失ったのも痛いが、【陰陽】デッキの連鎖はここで止まらない。
「『効果によって破壊された〈天宝の祠〉の効果。オレはカードを2枚ドローする』」
ギョウブ:手札3枚→5枚
効果を上手く組み合わせて、初期手札近い枚数まで増やしてしまうギョウブ。
流石に盤面にモンスター3体、手札5枚ともなれば藍も冷や汗をかいてしまう。
「『アタックフェイズ。まずはそのニンゲンもどきから殺すッ!』」
ララの身体から指示を出し、場のギョウブが攻撃態勢に入る。
幸いにして祠のモンスターはデメリット効果によって攻撃もブロックもできない。
今モンスターの数を減らしたくない藍は、この攻撃をライフで受けようと考えていた。
しかし……
「『オレ自身の【壊放】を発動! 【指定アタック】を得たことで〈ブイ・ラブスネーク〉を噛み殺ォすッ!』」
「指定アタック持ちになるの!?」
召喚時に祠破壊していた事で【壊放】の条件も達成されている。
さらにギョウブは自身の【壊放】によってパワーも+8000されていた。
〈【陰陽の怪狸】ギョウブ〉P4000→P12000
強化されたギョウブは着物の姫君の腹を殴りつけて、押し倒してしまう。
そのまま鋭い牙の生えた口を開けて、〈ブイ・ラブスネーク〉の首に噛みついた。
ブチリブチリと容赦なく肉を引きちぎり、血塗れになりながら破壊してしまう。
「『ニンゲンへの復讐だ。こうやって喰らい、苦しませ、オレ達の味わった屈辱全てわからせるッ! ターンエンド!』」
ギョウブ:ライフ10 手札5枚
場:〈【陰陽の怪狸】ギョウブ〉〈守護者の祠〉〈封印の祠〉
ライフダメージは発生しなかったが、消耗したカードは少なくない。
痛手を負いつつも、藍はとにかくギョウブに伝えたい事を叫ぶのだった。
「ねぇギョウブ、もうやめて! お願いだからララちゃんを解放して、ちゃんと話してあげて!」
「『オレを捨てたニンゲンの話なんて聞きたくもないッ! オレは、オレは……なんでニンゲンを』」
何かに気づきかけたギョウブだったが、すぐに苦悶の声を上げる。
藍にはギョウブの中で、何かが邪魔をしているように見えた。
その予感が当たったかのように、ギョウブはすぐさま憎悪を宿した目を藍に向けてくる。
「『ニンゲンがオレ達を殺した、ララがオレを捨てた! それが事実、それが復讐の理由ッ! これで十分なんだァァァ!』」
「ギョウブ……」
明らかに何かによって狂わされている。
それがウイルスによるものなのかは、藍には分からない。
ただ藍の中では「ギョウブを助けたい」という気持ちが強まっていた。
たとえ周りから不可能だと言われていても、方法が分からないとしても。
藍はギョウブとララに、キチンと話をしてもらいたかった。
「絶対に……絶対にわかってもらうから。それまでアタシは負けないし、絶対に負けさせないから!」
その先にどんな結末が待っていようとも、最後に自分が罪を背負う。
本当に必要なのは過程に生まれる奇跡か必然か。
ギョウブを少しでも正気に戻すために、藍は自分のターンを開始した。