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第百四十六話:ギョウブという化神の記憶①

 ギョウブという化神について語らねばならない。


 化神とは世界のバグから産まれ落ちる存在。

 故に彼らは自身が産まれた瞬間を記憶する事はなく、気がつけば()()に存在しているのである。

 であれば、ギョウブという化神の始まりは決して幸せなものとは言えなかったであろう。


 自我が芽生え、知識を得てすぐに理解したのは自分の居場所。

 白衣を着た人間達がいて、自分は透明なガラスの中。

 ガラスの向こうにいる人間の中に、パートナーと呼べそうな者はいない。


(人間……ボク達化神と友達になれる存在。でもあの人間達は……ボク達を友達とは思っていない)


 まだ一人称が「ボク」だったギョウブは、ガラス越しに白衣の人間達を観察し続ける。

 ここがどういう場所で、何故自分が閉じ込められているのかは分からない。

 だがギョウブには、彼らが自分に対して友好的な存在ではない事だけは理解していた。


(化神は、ボクの他にもいる……どうしてこんなに捕まってるんだろう?)


 ギョウブはガラス張りの牢屋の中にいる他の化神達をみてそう考える。

 化神の誕生なんて決して安定したものとは言えない筈なのに、どうしてこれ程の数が集まっているのだろうか。

 世界中を探して捕まえた人間がいるのか。それとも化神が産まれるように、世界に手を加えた存在がいるのか。

 まだ産まれて間もないギョウブには何も分からない。


(逃げる……でも、逃げてからなにをすれば)


 ここが良くないとは理解できても、逃げた先の事はなにも思いつかない。

 ギョウブはガラス張りの牢屋の中で、ただ無意味な時間を過ごし続けていた。

 そんなある日であった、牢屋の中から数体の化神が連れ出された。

 行き先はガラス越しにも見える機械の上。


(あの機械なんだろう? あの人間達はなんでアイツらを出したんだろう?)


 ただの疑問であり、ちょっとした好奇心だった。

 ギョウブはぼんやりとガラスの向こうにある機械と、そこに集められた化神達を見つめる。

 何が起きるのか全く理解できていない化神達は機械の上でキョロキョロと周りを見て、白衣の人間達は口元に小さな笑みを浮かべていた。

 ギョウブは何か嫌な予感がした……だがその予感を言語化するよりも早く、ソレは始まってしまった。


「マシンを起動。化神の構成プログラムへ介入を開始します」

「介入完了。第1フェーズに入ります」

「化神の分解を開始しろ」


 一人の男がそう指示を出した瞬間、機械上の化神達に変化が起き始めた。

 不完全な存在とはいえ化神は生命体であり、自我を持っている。

 機械の上に集められた化神達に周辺が淡く光り始めたと思った瞬間、彼らは生きながらにして存在を分解され始めてしまった。


(えっ……?)


 ギョウブは目の前で何が起きているのか、すぐには理解できなかった。

 ガラス越しでも聞こえてくる、化神達の悲鳴と断末魔。

 白衣の人間達はそれを意に返す事なく、淡々彼らを細かな粒子へと分解していった。


「化神の分解完了。第2フェーズに入ります」

「分解した化神をウイルスへ変換。カードに封印します」


 そして白衣の人間達は躊躇うことなく、さらに化神達の尊厳を陵辱していく。

 生きたまま粉々に分解された化神はウイルスへと作り変えられ、1枚のカードへと封じ込められてしまった。

 そして大きな光と共に一連の作業が終わり、1人の人間がカードを手にして歓喜の声を上げるのだった。


「できたぞ……本当にウイルスカードが完成したぞ!」


 白衣の人間達は皆立ち上がって喜びを分かち合う。

 だがガラス張りの牢屋の中では、一連の出来事を目撃した化神達が恐怖に震えていた。


「なんなのね……アレ、なんなのね」


 ギョウブの隣で一体の化神が声を震わせながらそう口にする。

 気持ちはギョウブも同じだった。

 何故あの人間達は化神を殺したのか。何故あの人間達はこんなにも惨い事をするのか。

 色々な思いがグチャグチャと頭の中をかき乱すが、ギョウブの中で一つだけ確かな決意は芽生えていた。


(逃げなきゃ……ここから逃げなきゃ)


 あんな末路だけは嫌だ、ただその感情だけがギョウブの中でグツグツと沸き始める。

 だがまずはこの牢屋から脱出しなくてはならない。

 ギョウブは牢屋の中にいる他の化神達と話し合い、一つの策にたどり着いた。

 策とは言っても簡単な話。そのためには時が来るまで待つ必要がある。


 そして数日後……その時が来た。

 新たな実験するためか、白衣の人間が再びガラス張りの牢屋の扉を開けたのである。


「今だぁぁぁ!」


 ギョウブが叫ぶと同時に、中にいた化神達は一勢に出口へと押しかけた。

 先陣を切っていたので、そのまま白衣の人間に体当たりをするギョウブ。

 ほんの僅かな隙であったが、囚われていた化神達はそれを逃さなかった。

 我武者羅に牢屋の外へと出て、とにかく施設から脱出しようと逃げ惑う。


「追えー! 化神を逃すなー!」


 白衣の人間がそう叫ぶが、ギョウブはひたすら施設を駆け抜ける。

 他の化神達も各々出口を探し始めているが、そもそも脱出できるという保証なんてない。

 ギョウブは同胞達を心配しながら、出口を探すために走り続ける。


「外へ……とにかく、外へ」


 人間の追っ手はすぐ後ろにいた。

 それでもギョウブは諦めずに走り続ける。

 あの恐怖から逃げるために、外へ出るために。

 しかし行き着いた先は、無情にも袋小路だった。


「そん、な」


 ここまでか、これで全てが終わるのか。

 そう絶望しそうになった瞬間、袋小路だった鉄の壁が僅かに開いたのだった。

 奇跡か、誰かの意思か、それは分からないがギョウブには希望でしかなかった。


「な、何故急に扉が」


 後ろから困惑する人間の声が聞こえる。

 ギョウブはそれを背にして、巨大な扉にある僅かな隙間へと身を投げ込んだ。


「させるかッ!」


 ギョウブが脱出しようとした瞬間、白衣の人間は壁にあった一つの赤いボタンに拳を叩きつけた。

 すると扉に仕掛けられた罠が作動し、僅かに開いていた隙間に凄まじい電流が流れ始めた。

 当然、そこを通ろうとしたギョウブは直撃を食らってしまう。


「ギャァァァァァァァァァァァァ!?」


 化神に対応して細工を施されていたのか、ギョウブの身体に凄まじい痛みが走り抜ける。

 だが今のギョウブにはそんな痛みさえも乗り越えようとする強い意思があった。


「い、生きて……生きて、やるん、だ」


 全身の痛みを堪えて、ギョウブはなんとか扉の向こう側へと脱出する事に成功した。

 同時に何かの意思が働いたのか、ギョウブを逃すかのように扉は閉まってしまう。

 それを目にして、ギョウブはようやく安心をする事ができた。


「……これから、どうしよう」


 傷だらけの身体を引きずって、ギョウブはひとまずその場を離れる事にした。

 誰かを頼ろうにも、そもそも化神は普通の人間には見えない。

 施設にいた化神達は……今は上手く脱出できている事を祈る他ない。


「とりあえず……休みたい、な」


 全身の傷を癒す事を優先したギョウブ。

 行き先など特に考えず、適当に移動を続ける。

 そして気づいた時には、木々が生い茂っている場所へと辿り着いていた。

 人気はなさそうで、何やら古くさい祠がある場所である。


「今日は、ここでいいかな」


 身体の痛みも酷いので、ひとまずギョウブはその祠の近くで寝る事にした。

 周辺には野生のタヌキが彼を興味深そうに見ている。

 だが今のギョウブにはそれを気にする余裕すらなかった。


(今日は休んで……明日は、どうしよう)


 何も思い浮かばない。思い浮かべるには経験も知識も足りていない。

 そんな自分に僅かな嫌悪感を感じながら、ギョウブは眠りについた。





 ギョウブにとって転機が訪れたのは、その翌日であった。

 まだまだ癒えない傷に頭を悩ませながら、祠のそばで休んでいると、何者かが近づいてきたのだ。

 すぐさま警戒を始めるギョウブ。

 足音からして人間の大人ではない。もっと小さく軽い足音であった。


 どうせ普通の人間には見えない。だったら顔を見てから逃げるかどうか判断すればいいだろう。

 そう考えたギョウブはいつでも逃げられるように立ち上がりながら、その人間の姿が見えるのを待った。


「……?」


 現れたのは幼い人間の少女であった。

 肩まである朱色の髪に白い肌、そして青い瞳の少女はポカンとした様子で立っている。

 どう都合悪く考えても、あの白衣の人間達のような悪意ある人間ではない。

 少なくとも追っ手ではないだろう。そう結論づけて安心したギョウブはため息一つ吐くのだった。


「ハァ……びっくりした」

「タヌキさん、怪我しているですか?」


 その少女の言葉を聞いて、ギョウブは大きく目を開いて驚く。

 まさか自分が見えているのかと、手放した筈の警戒心を大急ぎで手繰り寄せ始めていた。

 だが念のため確認は必要である。


「キミ……ボクが見えているのか?」

「ハイです。ララお話しできるタヌキさんハジメて見ました」


 興味深そうにこちらを見てくる、ララという少女。

 ギョウブは内心非常に焦っていた。

 追っ手可能性もあるが、純粋に化神を認識できる適性を持っている人間である可能性もある。


(どっちだ……どっちなんだ?)


 やや判断に迷いが生じている間に、ララはギョウブの元へと近づいてくる。

 そしてポケットからハンカチを取り出して、ギョウブの体毛に付着していた血を拭きはじめた。


「タヌキさん、怪我してよごれちゃってるです」


 優しく、幼いなりに傷が痛まないよう配慮をしながら身体を拭いてくれるララ。

 それはギョウブにとって生まれて初めて出会った、優しさを持った人間であった。

 ララの行動と手の温もりを感じ、ギョウブの心は少しだけ軽くなる。


「あっ! ハンカチ水でぬらさないとですね。ちょっとマっていてくださいです!」


 大丈夫だよと伝えたいような笑み浮かべて、駆け足に去っていくララ。

 今なら簡単に逃げられるだろう。だけどギョウブの中では、逃げるという選択肢が消え去っていた。

 ハンカチを濡らして戻ってきたララは、再びギョウブの身体を拭き始める。


「イたくないですか?」

「ボクは大丈夫……このくらい今更だから」

「よかったです。タヌキさんすごくツラそうだったから、びっくりしちゃったんです」


 そう言いながらララは優しくギョウブの傷を癒してくれる。

 本来化神が受けた傷はエネルギー補給による自然回復が一番早いので、今のララがやっている行動に意味はない。

 だがギョウブは何故か自身の身体にあった痛みが引いていくような気がしてならなかった。

 身体だけではない、心の痛みさえも癒えていくような感覚。


(人間……あの白衣の人間だけじゃなくて、こういう人間もいるんだ)


 心のどこかで求めていた存在。

 今ここにいるララは、ギョウブにとって理想に描いた人間の一つであった。

 そうとは知らず、ララは純粋な気持ちでギョウブに接してくる。


「タヌキさん。タヌキさんはどうして――」

「ギョウブ。それがボクの名前」

「ギョウブ……ギョウブさんなのですね」

「さんは要らないよ。なんだかムズムズするから」


 そう言われるとララは一瞬ポカンとした表情を浮かべ、すぐさま満面の笑みを浮かべてきた。


「ギョウブ……ギョウブってヨべばいいのです?」

「うん。そのほうがボクも気楽だから」

「エヘヘ、なんだかお友達ができたみたいなのです」


 ララの口から出てきた「友達」という言葉。

 ギョウブは知識としては理解できたが、心ではそうでなかった。

 だが今は……不思議とララに友達呼ばれたことが、嬉しくて仕方なかった。


「あっ、ギョウブ笑っているです?」

「笑っている……そっか、ボクは笑えるんだ」


 なにも考えず、感じないように生きてきたギョウブにとって、それは生まれて初めて心から感じた喜びであった。

 自分の笑顔というものを体験して、ギョウブの心は完全にララを受け入れていたのだ。


「ねぇ、キミの名前を教えてくれないかな?」

「ララは月島(つきしま)ララなのです!」

「じゃあララ。お願いがあるんだけど」


 少し恥ずかしそうに、だけど彼女でないと頼めない事だと思いながら、ギョウブはそれを口にした。


「ボクに……友達ってのを教えて欲しいんだ」

「ララが教えるですか?」

「うん。ボクはそういう友達ってのがいないから」

「……じゃあ、ララとおなじなのです」


 そしてララは、自分に友達がいないという事情をギョウブに話した。

 一通り聞き終えたギョウブは、不思議と彼女に強い親近感を覚えるようになっていた。


「ねぇララ。それならボク達で友達になれないかな?」

「ララとギョウブがですか?」

「うん。ララと一緒に友達ってどんなのか、ボクは知りたい」


 そう言った瞬間、ララは思いっきりギョウブへと抱きついた。

 ララは少し涙が流れているようだったが、ギョウブはそれを察して彼女の抱擁を甘んじて受け入れる。


 この日、ララとギョウブにとって初めての友達ができたのだった。

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