第百四十一話:藍とブイドラ/ララと……
愛梨と真波がララの祖母と出会っていた頃。
ララと一緒に隠神島の中を探し続けていた藍とブイドラ。
とにかく早く化神ギョウブを見つけたいのか、藍はとにかく辺りをキョロキョロと見回していた。
「ギョーブー、どこー」
「クンクン……匂いじゃ全然わからんブイ〜」
「うーん、やっぱりまだちゃんと嗅げない感じ?」
藍の言葉にブイドラは申し訳なさそうに「ブ〜イ」と声をこぼす。
そんな中ララは、藍とブイドラを羨ましそうに見ていていた。
まるで憧れの玩具を持つ子どもを見るような目のララに、藍はすぐ気がついてしまう。
「大丈夫だよララちゃん。ギョウブが見つかったら、ララちゃんだって友達いっぱい出来るから」
「いっぱい……でもララは、ギョウブしかお友達がいないです」
「たった一人の友達……だったら早く見つけないとね」
「はい……ギョウブがいないと、またララは一人になるです」
俯き、力なくそう口にするララ。
その言葉を背にしながら、藍はある思いを抱いていた。
「ねぇララちゃん。ギョウブが見つかったらさ、その後どうするの?」
「ギョウブを見つけたあと、です?」
「うん。ギョウブといっしょに家に帰って、それからなにしたい?」
藍の意図がわからなかったララは、小さく首を傾げる。
だけどララは、なんとなく藍が言おうとしている事を察してはいた。
「大切なパートナーを見つけて、家に帰ってから何をしたいのか。時間なんて勝手に過ぎていくし、明日なんて嫌でも来ちゃうでしょ」
「ララの、したいこと……ギョウブといっしょにサモンファイトをすることです」
「そっか。でもサモンって一人じゃできないから、相手を見つけないとだよね」
相手という言葉を耳にした瞬間、ララは再び表情暗くしてしまう。
人間の友達はおらず、四年前に出会ったギョウブだけが友達だったララ。
彼女には、どうやって対戦相手を見つけるのか見当がつかなかったのだ。
「立ち止まっているとね、誰もこないの。誰かとファイトしたい、誰かと友達になりたいなら、自分から前に進んでみなきゃ始まらない」
「ララは、どうやってススめばいいのか、わからないです」
「簡単だよ。ファイトしようって声をかけるだけでいいの」
誰かに声をかける勇気。
たったそれだけの事でも、ララには大きな巨壁に思えてしまった。
「……ララはハンブンです。ファイト、してもらえるですか?」
「誰でも平等に戦えるのがサモンだよ。まずは声をかけてみて、後のことなんてそれから考えればいいの」
「ランは、そうやってお友達をつくったですか?」
「うん。アタシは……それしかなかっただけなんだけどね」
何かを思い出しながら、藍は何もない空間に手を伸ばす。
ララには見えなかったが、その瞳には忘れられない過去が浮かんでいるようであった。
「いろんな人達とファイトして、勝ったり負けたりして、でも楽しくて良いファイトができたら友達になれる。だからアタシはサモンが大好きなの」
すると藍は「でもね……」と続ける。
「友達や家族ってね、手を伸ばし続けないと、ある日突然いなくなっちゃうの。だからララちゃんは絶対に手を離しちゃダメだよ」
「いなくなる、ですか?」
「うん。急に会えなくなっちゃうとね、すごく後悔しちゃう。もっと遊べばよかったとか、もっとお話しをしたかったとか」
普段の後先考えない元気の塊からは想像もつかない、憂いを帯びた顔を浮かべる藍。
その様子だけで、彼女自身の経験による言葉なのだと理解するのは容易であった。
「だからララちゃんは、絶対にギョウブから手を離しちゃダメだよ」
「ハイ、ララももう離れたくないです」
力強く決意をするように返答するララを見て、藍は安心したように笑みを浮かべる。
その一方でララは、言いにくそうに一つの質問を投げかけてきた。
「ラン……ファイトすれば、なかなおりもできるですか?」
「できるよ、ツルギくん達もそうだったもん。ファイトして、言いたいことを沢山ぶつけ合えば、ちょっとした事なんて簡単に消えちゃう。だからお父さんやお母さんが喧嘩をしても、ファイトさせちゃえばいいんだよ」
藍の言葉を聞いた瞬間、ララは目を大きく開いて驚いた。
ララは祖母以外に、自分の両親の事を話した覚えはない。
何故彼女が知っているのか、そう考えていると藍は申し訳なさそうに苦笑いをした。
「えっとごめんね。昨日ララちゃんのお祖母さんから聞いたの」
「そう……ですか」
「喧嘩って言いたいことを言えなくて、少しずつ嫌な気持ちが溜まっていくとしちゃうと思うんだ。だから言いたい事があったらこまめに吐き出しちゃえばいいの」
「ランのおカーさんたちも、そうしてたですか?」
純粋な気持ちから出たララの質問。
だがそれを聞いた藍は、少し困った様子を晒してしまった。
「あぁ、その……ごめんね、アタシの家ってお母さんしかいなくてさ」
「そうだったですか。ごめんなさいです」
「いいのいいの。親の喧嘩なんて周りでもたまに聞く話だし」
「自分のおカーさんたちが喧嘩したら、とても困るのです」
頬を膨らませて、プンプンという擬音が聞こえてきそうな雰囲気でララはそう答える。
だが直後、ララはすぐに「悪いのはララなのですけど」と自虐的になってしまう。
そんな彼女を見て、藍は手のかかる妹みるような表情で一つの提案してみた。
「ねぇララちゃん。ギョウブが見つかったらさ、アタシ達とファイトしようよ」
「えっ、ランたちとファイトですか?」
「そう。せっかくデッキもあるんだし、思いっきり楽しいファイトしちゃおうよ!」
「ララ、ファイトしたいです! ギョウブといっしょにランとファイトしたいのです!」
先程までの暗い様子からは一転して、ララは眼を輝かせて藍との約束に期待を膨らませる。
自分とパートナーがするファイトを夢見て、少し浮き足立つララ。
そんな彼女を見て、藍は尚更早くギョウブを見つけなくてはと意識をするのだった。
「ブイ? 藍、スマホ鳴ってるブイ」
ブイドラに言われて始めて着信に気づいた藍。
すぐさま立ち止まって電話に出る。
「もしもし真波ちゃん? どうし――いや真波ちゃんどうしたの大丈夫!? なんか死にそうな声してるけど!?」
何故か電話の向こうで瀕死の声をしている真波に驚く藍だが、その原因が自分であるとは思ってもいなかった。
とりあえず電話の向こうで真波が落ち着いてから、本題に入る。
「えっ、今どこって……神社の前だよ。ほら、ララちゃんと会ったお祭りやってたところ」
色々歩き回った結果、藍とララは気付けば隠神大社の前に来ていた。
お祭りは終わったので既に屋台の姿はないが、タヌキは相変わらずいる。
それを目視で確認した藍はふと、今日はタヌキがララに近づいてこない事に気がついた。
(なんで今日はララちゃん、タヌキだらけになってないんだろう? タヌキも近づかずに見てくるだけだし)
偶然なのか、なにか理由があるのか。
藍にはそれが分からないが、とりあえずは電話の向こうにいいる真波の要件を聞く。
「ララちゃんなら今いっしょだけど……えっ、そうなの!? うん、でもまだ肝心のギョウブが見つかってな――」
「ギョウブ……ギョウブなのです!」
「えっうん、ララちゃんが見つかったって言ってえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
思わず絶叫しながらララの方へと振り向く藍。
電話の向こうで真波が爆音に驚き倒れた音と、シルドラの「マナミィィィ!?」という叫び声が聞こえたが、今の藍には届いていなかった。
「ギョウブ! ほんとうにギョウブなのです!」
神社の鳥居の下、そこに姿を現していたのは幼稚園児くらいの大きさはあるタヌキ型のモンスター。
昨日ララと見つけたカードに描かれていた姿と一致していたので、藍もすぐにそれが化神ギョウブであると確信できた。
「ギョウブ、探したのです」
四年ぶりの再会を喜び、ララは目に涙を浮かべながらギョウブへと抱きつく。
当のギョウブは仏頂面のまま、それを受け入れていた。
「ララ……オレも、探していた」
「うぅ〜、ギョウブぅ」
モフモフとしたギョウブの身体に顔を埋めるララ。
それにどこか空虚な声で応じるギョウブだが、藍には待ち望んだ再会の場面だとしか思えなかった。
故に、違和感に気づいたのは同じ化神であるブイドラのみ。
「藍、少し離れた方がいいブイ」
「そうだね。せっかく会えたんだし二人だけで」
「そうじゃないブイ! アイツ、なにか変ブイ!」
嫌な胸騒ぎから叫び声をあげるブイドラ。
その違和感に気づけなかった藍は、すぐには動けなかった。
だからこそ、ララに迫った脅威にも気づくのが遅れてしまったのだ。
「ホントうに、探しタ……オレの……オレを捨てた、ニンゲンへの復讐ゥゥゥ!」
そう叫んだ次の瞬間、ギョウブの身体はドス黒いエネルギーの塊へと変わり、ララの身体へと入り込んでいった。
一瞬の出来事、それでも藍はすぐさまララの元へと駆け出したが、ギョウブのエネルギーによる余波で跳ね返されてしまった。
「ララちゃん!」
「ズット待っていた……オレたちを呼び出し、殺しテきたニンゲン、オレを見捨てた……ララへの復讐を」
「違うよギョウブ! ララちゃんはずっとギョウブのことを探して」
「オレたちの苦しミ、オレたちの怨み、全部……ゼンブ思い知レェェェェェ!」
藍の声など届いていないのか、ギョウブは深い憎しみを込めた叫びを上げる。
すると周囲にいたタヌキ達は頭を上に上げて口を開き始める。
その口から、膨大な量の黒い霧が上空へと解き放たれていった。
「なに、あれ」
「あの黒いの、間違えるはずがないブイ……あれはウイルスカードのウイルスブイ!」
空へとのぼり、黒い霧に含まれたウイルスは島を覆い尽くそうとする。
それも今藍たちがいる場所だけではない。
黒い霧の柱は、他の場所からも立ちのぼっていた。
「うそ、あれ全部ウイルスってことは……」
「きっと島中のタヌキが、ウイルスを運んでいたんだブイ」
「じゃあツルギくんが戦った感染者って、ギョウブがやったの!?」
信じられないといった様子で、目の前にいるギョウブに視線を向ける藍。
そしてギョウブは完全にララの身体へと入り、その支配権を奪うことに成功した。
「『化神のままじゃあ動きづらいからな。やっぱりニンゲンの身体を使うのが正解だったらしい』」
ララの口から言葉が出るが、声はギョウブのものと重なっている。
「おいギョウブ! 今すぐララの身体から出ていくブイ!」
「『ん? そういえばオレ以外にも化神がいたんだったな……だがその願いは聞けない。オレは死んだ化神の怨みを晴らすためにやっているんだ』」
「そのために人間を、パートナーを利用するなんてふざけるんじゃないブイ!」
「『キサマの許可は要らない。オレはオレの中に集まった怨みを思い知らせる、ただそれだけだ』」
怒りを覚えたブイドラは飛びかかるが、すぐさまギョウブの放った衝撃波によって吹き飛ばされてしまった。
飛ばされたブイドラを藍は間一髪でキャッチする。
「ブイドラ、大丈夫!?」
「大丈夫ブイ。でもララが」
ララの身体をいくらか動かし、その具合を確認するギョウブ。
そして満足したのか「こんなものか」とだけ呟くのだった。
「『さて……それじゃあまずは、この島のニンゲン達から始めるか』」
「なにをする気なの!?」
「『駒にするだけだ。まずはキサマからと言いたいが、その化神が邪魔をするだろうからな。後回しにさせてもらおう』」
そう言うとギョウブはララの足元に黒いエネルギー集める。
エネルギーが脚力を強化したのか、ギョウブはララの身体を使ってその場から飛び去ってしまった。
「待って! ララちゃん、ララちゃぁぁぁん!」
すぐに姿が見えなくなってしまうララ。
そんな彼女の背に向けて藍は悲痛な叫びを上げるが、届くことはなかった。
「不味いブイ。みんなと合流しないと島中が大変なことになっちゃうブイ」
「なんでなの……」
「藍」
「ギョウブ、なんでララちゃんを……」
力なくそう口にする藍に、ブイドラはどう声をかければ良いのか分からなかった。
しかしこのまま立ち止まるわけにはいかない。
ブイドラは何とか藍を説得して、ツルギ達と合流するよう進言するのであった。