第百四十話:アイと真波と真実と……?
ツルギ達がウイルス感染者と遭遇していた頃、愛梨と真波は2人で島の中を歩いていた。
提案者はシルドラであり、目的は化神という存在に関して改めて説明をすること。
一応カーバンクルがやってはいたが、その時は愛梨の脳がパンクしたので、落ち着いてから再びということである。
そして歩きながら一通りの説明を聞いた愛梨の感想はというと……
「まったく分からないわ」
「大丈夫、ボクも完璧に理解しているわけではない」
「擬似生命体とか世界構成プログラムとか、完全に門外漢よ」
現役女子高生によるごく一般的な所感を述べる愛梨。
しかしこの程度は想定内だったと言わんばかりに、真波はウンウンと頷いていた。
一方で説明をしていたシルドラは、翼を動かして飛びながらため息を吐く。
「全く、触りだけでこのザマか」
「アンタの説明が下手っぴなのが悪いのね! お姉様に負担をかけないで欲しいのね!」
「黙れ小娘。これでも我は優しく説明をしたのだぞ……もっとも、カーバンクル程の知見は持ち合わせてないがな」
「誰が小娘なのね! 謝罪を要求するのね!」
偉そうなシルドラに対して、ウィズはパタパタと翼を動かして抗議する。
プンスカと音が聞こえてきそうなウィズを呆れ顔でスルーしながら、シルドラは話を続けた。
「まぁいい。ひとまずは我らが不完全な生命体であると理解できれば十分だ」
「不完全……ね。とてもそうは見えないけれど」
「一部の者にしか認識されぬ不安定な存在……それが不完全でなくて何と言う」
達観した様子で事実を淡々と述べるシルドラ。
そんな彼の身体をペタペタと触りながら、愛梨は心底不思議そうな顔を浮かべていた。
「呼吸がある。体温もある。自分で考える意思もあるのに、どこが不完全な生命体なのかしら?」
「……不思議なものだな。マナミも、あの雑種のパートナーもそうだった。お前たち人間は我ら化神を他の生命と同等に考える」
「きっとツルギだって同じ答えを返すはずよ。それ以外の人間だって、普通はそう返すわ」
「それが人間だと、そう言いたいのか?」
「そうよ。もしアナタ達を生命だと呼ばない人間がいれば、それはただの異常者よ」
堂々と自分の答えを出す愛梨に対し、シルドラは表情一つ変えず「そうか」と短く返した。
自分の顔を見せたくないのか、ただ前を向き続けるシルドラ。
そんな彼に後ろから、ウィズが茶々を入れる。
「ニヤけてるのね! 王様野郎がニヤけてるのね!」
「黙れ小娘! 貴様とて無駄に喜んでいるだろうが!」
「当たり前なのね、ウィズも化神なのね」
先程までのおどけた様子から一転して、心からそう思っているような言葉を口にするウィズ。
不完全であるが故に、生命体として認められる事は彼らにとってこの上なく重要な意味を持っていた。
そんな中、真波は何も言わずにシルドラの手を握る。
「生きてる……生きてるから、大丈夫」
「……そうだな。マナミが言うならその通りだ」
僅かな不安を含む真波に対して、シルドラは自分自身にも言い聞かせるように返事をする。
そんな短いやり取りを見て、愛梨は二人の間に存在する大きな絆を感じ取るのであった。
ちなみにウィズは愛梨の隣で「アイツらイチャついてやがるのね! ウィズだってお姉様とイチャイチャしたいのね!」と勝手に腹立たしさを晒していた。
「流石に真波達は仲がいいのね」
「そうだな。我らはもう10年程の付き合いになる」
「うん。だからボクとシルドラはもう家族」
少しはにかんだ笑みを浮かべる真波に対して、シルドラは「家族、か」とまだその概念を理解しきれていない様子であった。
化神は基本的に親や兄弟、子もいない。
知識としての家族は知っていても、生命体としての家族はまだまだ理想の領域。
憧れの心はあっても、それをつかみ取れる自信などシルドラには無かった。
「なんだか、漫画やアニメの世界を見ている気分ね」
「ウィズもお姉様とイチャつきたいのね!」
「はいはい、また今度ね」
小さな竜と女の子の絆。それを眼前で見た愛梨は思わずそんな感想を口にしてしまう。
とはいえ今後は自分も当事者なのだと、愛梨は横から喧しくしてくるウィズをあしらいながら考えていた。
「それにしても化神に例のウイルス……引退したのに芸能界とトントンな深さの闇に関わってしまったわね」
「トントン、なんだ」
サラりとそれを口にする愛梨に、真波はなんとも反応に困った顔をする他なかった。
彼女の言葉には、あまりにも重みがありすぎる。
「ねぇ真波。あのウイルスカードをばら撒いているのは政帝と嵐帝だけなの?」
「そうだと思いたい……断言はまだできないけど」
「何事も一枚岩とはいかないわけね」
とはいえ味方がいないわけでもない。
少なくとも序列第三位の暴帝、王牙丸は味方であると二人は知っている。
となれば問題は残る二人、氷帝と裏帝である。
「氷帝の音無先輩は少し気難しいけど、まだ話は通じると思う。問題は裏帝の黒崎先輩」
「確か二年の先輩よね。そんなに強敵なの?」
「間違いなく一番の強敵……そもそも滅多に学校に来ない」
「それは……強敵ね」
曰く、評議会に所属している真波でさえ数えられる程度しか会った事がない存在。
サボり癖が酷いが、その圧倒的な実力で六帝評議会の席を保持し続けている男。
根本的に真波でさえ、彼がどういう性格なのか把握しきれていないのが実情だった。
そんな実態を知り、愛梨は思わず大きなため息を吐いてしまう。
「藍は、この島の化神を探しているのよね?」
「うん。ララちゃんががパートナーだと思うから、その子と一緒に捜索中」
「昨日のあの子ね。そう考えると、縁って気軽に転がっているものね」
その時ふと、愛梨は隣を飛んでいるウィズに質問をしてみる。
「ねぇウィズ。貴女ずっとこの島にいたのでしょう? その化神に心当たりはないの?」
「う〜ん、あの施設には色んな化神がいたのね。ウィズは隠れていたから逃げられた化神いたとしても、それが誰なのか分からないのね」
心底申し訳なさそうに答えるウィズ。
だがその直後に彼女は「そういえば……でもアレで生きてる筈はないのね」と小さく呟いていた。
「そうなると探すのも大変ね。今は藍が一緒に探しに行ってるでしょ?」
「うん。どうしても見つけてあげたいって藍が」
「昨日言ってたわね。あの子なにか深刻そうな様子だったけど」
「……多分、ララちゃんが一人で島に来てたからかな」
真波の言葉に「えっ」と驚く愛梨。
ここは小学生程度の女の子が海外から一人で来るには、あまりにもハードルが高すぎる場所。
愛梨がどういう事か聞こうとした瞬間、一人の老婆が真波に声をかけてきた。
「あぁアナタは昨日ララを送ってきてくれた」
「真波の知り合いかしら?」
「ララちゃんのお祖母さん。昨日藍といっしょに送ってあげた時に会った」
真波曰く、現在ララは祖母の家に泊まっているとのこと。
だが同時に愛梨の中で浮かぶ疑問は、何故ララは一人で祖母の元に身を寄せてきたのかについてだ。
「ごめんなさいねぇ、今日はララちゃんを見てないかしら?」
「まだ見てないです。でもボク達の友達がいっしょにいる筈」
「そうなの? やっぱりまだお友達を探してるのかしらねぇ」
ララの祖母が口にしたお友達が化神であると、愛梨達はすぐに理解できた。
とはいえ彼女達の近くにいるウィズやシルドラに反応していないあたり、ララの祖母は化神が見えていないらしい。
「本当にごめんなさいねぇ、あの子のワガママに付き合ってもらってしまって」
「それは大丈夫。ボク達も少し気になってた事があったので」
「やっぱり、なにか悪いものでも見ちゃったのかねぇ……あの会社が島に来てからずっと探しているのよ」
「あの会社……?」
そう呟く愛梨の脳裏には、ふと例の施設が思い浮かんでいた。
アレがどこかの企業の作った施設なら、それこそウイルス事件の重要な情報になる。
だがララの祖母が語った内容は、愛梨達の予想を遥かに超えていた。
「四年くらい前かねぇ、あの会社はこの島に立体映像の研究所を作っていったんだよ。それから島では色々と変な事が起き始めてね。ララちゃんの事もそうだし、突然体調を崩す人が急に増えたんだよ」
「お祖母さん、その会社の名前は?」
「UFコーポレーションだよ。カードや召喚器を作っている会社さ」
この世界で、その会社の名を知らぬ者はいない。
モンスター・サモナーを製造販売し、世界の頂点に君臨する大企業。
愛梨もJMSカップでCEOの姿を見た、あのUFコーポレーションであった。
(UFコーポレーションが、あの施設を……!?)
静かに困惑する愛梨。
しかし元アイドルの無意識故か、その動揺は決して表には出さなかった。
「ここ最近もそうだねぇ、体調を崩す人はよお出る。だからララちゃんを早く家に帰してあげたいんだよ」
「そういえば、ハワイから来たって言っていたわね」
「うん。ボクもそれは聞いた……ハワイから一人で来たって事も」
真波がそう言うと、ララの祖母は小さく頷いて肯定する。
そして彼女が単身で日本に来た理由をポツリポツリと話し始めた。
「あの子はハーフだから、向こうでずっと友達ができてないのよ。それでね、一人ぼっちのララちゃんの事で親が二人とも喧嘩ばかりしちゃって……」
話を聞くと、ララの両親は彼女の現状や教育方針を巡って喧嘩ばかりしており、その鬱憤が爆発した彼女は日本の祖母の元へ家出をしてきたそうだ。
その話を聞いて愛梨と真波は、何故ララが一人で来たのか、何故藍が彼女を放っておけなかったのかを理解した。
「なるほどね。たしかにそういう子を放っておくなんて、藍には絶対無理でしょうね」
「うん……そうだね」
色々と納得する愛梨の側で、真波は薄っすらと例のレポートの話を思い出してしまう。
だがアレは藍の知らない事柄。であれば今の藍が動いている理解は、純粋に彼女の心に従ったものなのだろう。
それと同時に真波が考える事は、何故UFコーポレーションがウイルスカードの研究所を運営していたのかという事だ。
(いくら序列一位の政帝に権力があるとはいえ、UFコーポレーションを動かすような……そもそもあんな危険な物を作らせることなんて)
絶対にできない。
あるいは既に完成していた仮定しても、政帝はウイルスカードどのようにして入手するようになったのか。
六帝評議会に所属している彼女だからこそ気づいた違和感。
どちらが先に接触したのかは分からないが、真波は政帝の背景も調べる必要があると確信していた。
「さっきね、あの子の両親から電話があったのよ。謝りたいから明日迎えに来るって」
「なるほど、それで探していたのね……そうするの真波?」
「とりあえず藍に連絡してみる。ララちゃんも一緒のはずだから」
「本当にごめんなさいねぇ、アナタ達にはお世話になりっぱなしだわ」
真波は自身のスマホを取り出して藍に電話を繋げ始める。
例の施設について気になる事はあるが、ひとまず愛梨は後でツルギに報告する事だけを考えていた。
その一方で、愛梨の隣を飛んでいるウィズは奇妙な事に頭を捻っていた。
「お姉様、お姉様」
「ちょっと、今は返事がしにくいわよ」
「あの人間さんって、お年寄りで間違いないのね?」
「そうよ、当たり前でしょ」
何故か見ればわかるような当たり前の事を聞いてくるウィズ。
しかし愛梨が小声で返事すると、またもや「ん〜」と唸り始めてしまった。
その矢先に絶望の二文字を体現した様子で電話を終える真波。
「どうしたのよ真波」
「藍が……電話に出ない」
「少し時間おいて、もう一度すれば良いでしょう」
「藍が……お友達が……電話スルーした……ボクは、よわ、い……」
その場で真っ白になってしまった真波に、シルドラが「マナミィィィ!?」と声をあげている。
だが愛梨は心底面倒くさそうなものを感じたので、しばらく放置する事を決心した。
それはそうと、とりあえず愛梨はララの祖母の対応をする。
「えっと、ちょっと電話が繋がらないみたいなので、また見つかり次第お家までお送りいたします」
「そうかい? 本当にすまないねぇ」
「いいんですよ。一度乗りかかった船ですから」
ララを送り届けると約束をし、愛梨は老婆を見送る。
その姿が見えなくなると今度は、真っ白になった真波をどうするか考えるのであった。
「もう、電話に出なかっただけで何でそうなるのよ」
「それは……ランはマナミにとって初めての友達だからだ」
「そ、そうなの」
それを加味しても燃え尽きすぎだと思ってしまう愛梨。
その一方で頭を悩ませ続けていたウィズも、ついに根を上げてしまっていた。
「あぁぁぁもう分からないのねぇぇぇ! どうすればあんな事になっているのね!?」
「さっきからどうしたのよウィズ」
「お姉様と一緒にいた人間のことなのね! カーバンクルのおじさんを頭に乗せてたやつなのね!」
「ツルギがどうかしたのかしら?」
ツルギの未知数なところなど、愛梨達にとっては今更なこと。
だがウィズが理解不能だと感じていたのは、全く想定できいない部分であった。
「あのツルギって人間、本当にお姉様と同い年なのね?」
「当たり前でしょ。でなきゃソラ達は同じタイミングで中学を卒業していないわ」
「それがおかしいのね。外見はお姉様達と同い年でも、魂が明らかに外見年齢と一致してないのね!」
「どういう事かしら?」
魂というワードに、愛梨は何か嫌な予感を感じる。
「どんな生命体でも、歳をとれば必然的に魂は劣化していくのね。でも普通その劣化具合は肉体の老化と一致しているはずなのね」
「ツルギは一致してないと言うの?」
「一致してないどころじゃないのね! 外見からは考えられないくらい魂が劣化、というか傷だらけなのね!」
「試しに聞くけど、ツルギの魂って何歳くらいなのかしら?」
愛梨が問うと、ウィズは神妙な様子でそれに答えた。
「あれは多分……60歳くらいの魂なのね」
「それは、随分と老化しているわね」
「でもおかしいのね。60歳というのは普通に老化していたらの話なのね! あの人間の魂についている傷は、どう考えても外部からついたものなのね!」
外部というワード聞いて愛梨がまず思い浮かべたのは、誰かがツルギを傷つけたという可能性。
しかしそれは、すぐにウィズによって否定されてしまった。
「誰かの意思でなんて無理なのね。人間は魂への攻撃手段を持っていないし、仮に魂への干渉が可能な化神によるものだとすれば、傷だけで済ませる理由もないのね」
「でもツルギの魂に傷がついてるんでしょう?」
「そうなのね、だからおかしいのね。何が原因なのかさっぱり分からないのね!」
分からないと言いつつも、ウィズは一つだけ思い当たる可能性を述べてみた。
「魂を霊体ごと、なにか途轍もない力の奔流に飲まれたのなら……でもそんなのありえないのね」
「私には何を言っているのかさっぱりだわ」
だが後でツルギに聞いてみよう。
愛梨がそう考えると、真っ白に燃え尽きていた真波がようやく復活した。
「ハっ!? 千年ぼっち地獄から帰ってきた?」
「おかえりなさい。早く藍達を探すわよ」
今は藍とララを探す事が最優先だ。
愛梨はウィズを連れてさっさと歩き出してしまい、真波はそれを後ろから追いかけていくのであった。