表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

結婚式、或いは結婚に至る経緯 2

 パーティーを終えて、家に帰宅する。

 いつになくぼんやりとした様子の私に、周囲は心配そうな顔をしていた。私が一言、久しぶりのパーティーで疲れたと話せば、納得したように離れていった。私がパーティーや人付き合いを苦手としていること、疲れたときは基本的に1人でいることが多いこと、家の人たちはみんなわかってくれている。

 勿論、理由はパーティーのせいではない。いいえ、要因の1つにはなりえるかもしれないけれど、原因、基、元凶ではない。

 小さなテーブルに突っ伏して、頭を抱え込んだ。

 あのときの私は、どうかしていた。そうでなければ、あんな選択はできない。今すぐ、あのときに戻って、正気に戻って、あとから大変になる、と大声にして教えてあげたい。とはいえ、私にはそんな便利な力はないので、大人しく項垂れるしかない。

 そもそもの話、あれだけ多くの女性に囲まれている方が、あえて私を選ぶだろうか。……いいえ、有り得る。美しい花ばかりを見過ぎて、雑草に興味を惹かれてしまったのかもしれない。

 例えば、と思い浮かべる。この草はどこが食べられるのだろうか、なんて思考に陥ったとしてもおかしくはない。

 ウォルホード男爵の言葉は間違いなく、求婚(プロボーズ)。けれど、それは受け取り手の私が、うっかり彼の真意を間違えてしまった可能性が高い。人との接点が家族以外ではミーシャ様しかいない。つまり、語り手の言葉を意図的に捻じ曲げてしまった可能性が高い訳だ。

 これは、つまり。

 ……? どういうことだろう。


「お嬢様、本日もご機嫌麗しゅうございます」

 うんうんと考え込んでいる内に、寝落ちしてしまったらしい。

 窓から差し込む光が眩しくて、思わず顔をしかめた。こんな顔が麗しく見えているのなら、医師に診てもらうべきだ。けれど、この言葉を言った本人が本気で『ご機嫌麗しゅう』などと言っていないことなんてわかりきっている。

 何故なら、私へ言葉を投げかけた彼は真顔だったからだ。これで嫌味や皮肉なら怒れたものを、彼は天然でやっている。なんというか、複雑な気持ちだ。

「……ケイン、貴方ね。なんでも定型文を用いればいいというものでもないのよ。寧ろ、だからこそ腹立たしいというときもあるわ」

「失礼いたしました。お嬢様のご機嫌を図ろうなどと、一使用人の分際であるまじきことを……」

「いいえ、そういう意味ではなくて――」

「――お許しくださると? なんて寛大なお嬢様‼ 貴女のようなお方に仕えることができたのは我が身に勝る光栄です」

 深々と頭を下げた。勿論、真顔だ。

 私は重々しく頷いた、さながら、偉大なる女王陛下のように。厳めしい顔つきは、寝起きのせいだ。

 ――さて。

 ここまでが所謂(いわゆる)、様式美、というものである。


 どうやら、昨日のことがあって、私は相当混乱しているようだ。でなければ、いつものやり取りに口をはさんで、こんな喜劇みたいな場面を演じる訳がない。

 ズキズキと頭が鈍く痛む。この痛みは寝不足のせいか、それとも目の前の微笑を湛えた青年のせいか。

 頭を軽く横に振って考えを捨てる。考えるまでもない、私の忠実なる――かは甚だ疑問だけれど――執事こと、ケインのせいに決まっている。

 両親は彼の聡明さに目をつけて、私付きにしたけれど、それだけではないことを知っている。彼の性格、中でも楽観的(ポジティブ)思考が私の中に芽生えることを期待しているのだ。……当初この計画を知ったとき、無理があるだろう、無理だ、無理しかない、と思ったのに、未だに両親は諦めていない。まあ、私としても、どこまでも落ち込んでいくような卑屈な女には、これくらい図太い人の方が助かるというのが事実だ。……言えば、調子に乗りそうなので、心の中で思うくらいが限界だけれど。


 首を傾げて、私を覗き込む。

 ぼんやりとしている私を心配していますパフォーマンスは、どことなく愛嬌を与えた。彼は表情を意識していないと変えられないほど、仮面のような顔つきだ。美人の真顔ほど恐ろしいものはない、というのは余談だ。だから、彼は相手へ感情を伝えるとき、どことなく劇団のような振る舞いになる。つい先ほどのやり取りのように。

 ケインは全体的に青い印象を与えるかっちりとした人。髪色といい、瞳の色といい、同系統のブルーだからだ。しかも執事服を着こなして、1度たりとも乱した様子がない。少なくとも、私は見た試しがない。

 彼は非常に愛想がよく、コミュニケーション能力が高く、社交性があり、(あるじ)たる私を立てることもでき、フォローも完璧だ。理想の執事を体現したような人だけれど、1つだけ、身内だからこそ知っている欠点がある。というものの、これはあくまでも私から見た欠点であり、人によっては美徳と捉えることができるかもしれない。……それは、彼の欠点が明らかになったときに、やっぱりこうなった、とうんざりした私が、改めるべきだと彼に直談判するだろう。


 ケインの手を借りて、一通りの準備を終える。

 私は、昨日の夢のような――メルヘンチックな意味合いではなく、悪夢という意味で――出来事を話した。

 ウォルホード男爵との1件について、できる限り、客観的に説明した。

 彼の話したこと、私の話したこと、彼の行動と、私の行動。

 ケインはところどころ相槌を打ちながら、聞いていますパフォーマンスをし、私のカップのお茶がなくなると補充をし、そうして、にっこり笑って断言した。

「流石、お嬢様です。いいえ、私は信じておりました。お嬢様の魅力は、必ずや衆目に触れることになり、多くの方々を虜にしてしまいます。私が証人ですから」

 ケインは確かに、出来る男だ。けれど、彼の欠点はどうやら1つだけではなかったらしいことが、この度、明らかになった。

 ケインは、私限定で、澄み切った瞳を濁らせて、事実を捻じ曲げてしまえるらしい。素晴らしい才能だ。……勿論、嫌味である。

「私は褒めてほしい訳じゃないの、ケイン。彼の、ウォルホード男爵の目的を知りたい。一目惚れだなんて、商人が使うと思うの? それも貴族社会に入りたての彼が? 明らかにおかしいわ、私は確かに古い血筋だけれど、いえ、だからこそ、誰もが扱いに困るの。彼だって周りの噂くらい、知っている筈なのに」


 アルフィン伯爵令嬢という肩書き以上に、幼少期の私はとんでもないことをしてしまっている。一定の地位以上の者たちにとって、知る人ぞ知る公然の秘密だ。

 そして、アルフィン家は建国の折より、国に仕えた古き血統の1つでもある。由緒正しき、古の家柄。

 同時に、現在は没落寸前の崖っぷち貴族でもある。祖父の代から、人を疑うことを知らなかった、というより、土地の関係上、そういった貴族社会の足の引っ張り合いから遠ざかっていたため、騙され続けたことが要因の1つだ。そうして、搾取されて、搾取されて、搾取され続けて、今やかつての栄光など見る影もない。とはいえ、両親はその日の暮らしが安定していれば満足という、おっとり気質でもある。だからこそ、様々なタイプの人たちに付け込まれているのだけれど。

 ともかく、この3つが複雑に絡み合っているアルフィン家に、口出しや手出しなんて面倒なことをする人なんて、滅多にいない。

 これらの理由が、私から結婚を遠ざけている原因で、一生独り身かもしれないという恐怖を教えたものでもある。


 ケインはぱちぱちと瞬きを繰り返して、思いがけないことを言われましたパフォーマンスをした。

「お嬢様のご慧眼の通りです。ウォルホード男爵は、おそらくお嬢様のお力をお借りしたいのだと、推測します」

 彼はさっと答えた。突拍子もない発言だけれど、ケインが言うならば、間違いない。しかし、不可解な点が1つだけ。

 それを訊ねよう。

「私の力、とは何を指しているの?」

 古き名門アルフィン家。古の血を有する娘。あるいは、アルフィン家を取り巻く人たちだろうか。

 ウォルホード男爵がどれに重きを置いているかによって、私の立場が異なる。必然的に、私に求められる役割も異なる。

「ウォルホード男爵は、お嬢様の有する、瞳の力に興味がおありのご様子です」

「……それは、また、随分と」

 随分と、酔狂なことだ。

 私に一目惚れをした、なんて口説き文句と同じくらいには。


「お茶を淹れ直します」

 彼はそう言って、カップを下げた。

 私はそれくらい茫然としていた。

 ふわふわと立ち上っていた湯気が消えてなくなって、カップからお茶の暖かさが消えて、陶磁器の冷たさが伝わるくらい、茫然自失の状態だった。

 ケインの言葉で、目を覚ましたともいえる。

 それくらい、衝撃的だった。ケインの言葉が、ウォルホード男爵の目的が、私の思考の遥か彼方にあって、想定外の予想外だった。

 だって、だって。そうじゃない。

 つまり、ウォルホード男爵はしようとしていることは、私のトラウマを呼び起こそうとしている、私の黒歴史を蘇らせようとしている、ということに他ならない。

 誰も彼もが目を背けて、私自身すら見ようとしなかったものに、価値を見出したということだ。

 これは、一体、どういう気持ちなのだろう。

 なんと表現すれば、いいのだろう。


 ケインは新しくカップにお茶を注いだ。

 カップを手に取ると、温かみがあって、ほうと息をついた。いつもと変わらない温度と匂いが、安心させてくれた。

 一口、飲み込んだ。

「ケイン、どうしてその結論に至ったのかを、教えて」

 ケインの言葉を疑うことなんてありえない。彼が『そうだ』と言えばそうなのだろうし、『そうではない』と言えばそうではないのだろう。

 彼は非常に論理的で理性的だ。希望的観測なんて口にしないし、過大評価も過小評価もなく、客観的に、無機質に、ただ事実だけを述べる。そういう在り方を、ケインは好んでいる。

 これが、私が評した彼の悪癖だ。どこまでも機械のように弁が立つ彼は、人と一線を画す存在でもある。表情が変わらないのも、声音が変わらないのも、必要性を感じないからだ。今は、主君たる私の願いで少しだけ気に留めているに過ぎない。いつか、主君の願いを叶えることに意味を見出せなくなったとき、彼はパフォーマンスを止めるだろう。


「ウォルホード男爵は、先立ってあるものを購入されています。そして、それがウォルホード男爵家に来て以来、不可解なことが起こっているのです」

「不可解なこと? それと私とどう関係しているの?」

「関係性自体は掴めておりません。しかし、ウォルホード男爵は解決策がお嬢様にこそあると思われています。――不思議な力を有する方と特定できるのは、現在、お嬢様以外におりませんから」

 ケインはまず、結論から述べた。彼が『不可解なこと』、なんて曖昧なものの言い方をするのは珍しい。きっと彼自身もわからなかったから『不可解なこと』と表現した。もっと明確なことがわかれば、はっきり喋った筈だ。

「……ウォルホード男爵は、その不可解なことを解決させたくて、私を手元に留めておきたい。そういう認識でいいのかしら?」

「ええ、おそらく。ですが、解決に至らずともよいかもしれません。ウォルホード男爵も現状を把握なせるのに、苦戦されていらっしゃいますから」

 ケインの言葉を聞いて、ウォルホード男爵の目的を考え直す。

ウォルホード男爵は問題を解決したいのではなく、どんなかたちであれ、現状を進めることができたらいいのだと思う。私の力が必要だということは、きっと男爵自身すら、何が起こっているのかがわからない可能性が高いからだ。

 さて、ある程度のことがわかったところで。

「ウォルホード男爵が購入された品はなあに?」

「宝石です、いわくつきの」

 ケインは簡潔に述べた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ