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結婚式、或いは結婚に至る経緯 1

 キラキラと輝くパーティー会場は、まるで夢の世界にいるようだ。

 そして、この世界の主人公は間違いなく、親愛なる私の友人――ミーシャ・マクリーンである。

 マクリーン侯爵家の麗しき令嬢、アメジストの姫君。今宵のパーティーの主催者にして、社交界の花の一輪。

「あらあら、こんな日陰に隠れていたの? 太陽の光がないと、どんな花も萎れてしまうわ、カメリア」

 シルバーブロンドを結い上げて、瞳と同じ色のアメジストの宝石がドレスを彩る。彼女が『アメジストの姫君』と呼ばれる所以でもある。私は彼女以上に美しい女性を知らないと断言できる。……なんてこと、王家に対して不敬だと言われても仕方がない。

「お久しぶりです、ミーシャ様。そして、私は確かに花の名を頂いていますけれど、私自身は花ではありません。よって、光の下いる必要はなく、萎れることもありません」

 ミーシャ様の言葉に流されていては、いつの間にかどこにいるのかすらわからなくなってしまう。そういう風に、人を勘違いさせることが上手な方で、だから人の中心にいるのだと思う。誰だって、自分を褒めてくれる人を嫌いにはなれない。

「確かに、仰る通りだわ。わたくしの友人が花では、誰かに摘み取られてしまうかもしれないもの。そうね、本当に花ならば、一生愛でることもできたのに」

 本当に悲しいわ、と寂しそうに瞼を伏せた。

 止めてほしい、切実に。ミーシャ様が仰ると、冗談に聞こえない。というか、冗談で済ませる気がないのがわかる。

 ミーシャ様はそれはもう完璧な淑女だけれど、ちょっと変わったご趣味をお持ちだ。そうでなければ、私の友人になんてならなかっただろうし、彼女の目にすら留まらなかっただろう。

 彼女は、以前、私が起こした失敗に、どうしようもなく興味がある。ちょっと不思議なこと、ちょっと変わったこと、そういう“普通”とのズレを彼女は愛している。

 ミーシャ様が私を手元に置いておきたいのも同じ理由だ。彼女の愛するものを、私が持っているから、ただそれだけ。


 ミーシャ様は私の近況を訪ね、代わり映えがしないことを知ると、ほぉとため息をついて去っていった。彼女はこのパーティーの中心なので、私のような者にばかり構っていられない。

 けれど、置き土産と言わんばかりに、去り際に『変わったことがあったら教えてちょうだいな、貴女だけが頼りなの』と、恋する乙女のような眼差しで告げた。

 思わず頬を引きつらせた私に、非はないだろう。いくら美しい友人の頼みとはいえ、私にとってのトラウマを呼び起こす気はないのだから。


 今宵のパーティーは、目新しいものを好む、流行の最先端をつくる、ミーシャ様が主催となっている。多くの貴族や商人を招き、彼女のお眼鏡に適った者ならば、出自の貴賤を問われることはない。規模の大きさと人脈の広さから、多くの人たちの憧れの場となっている。

 そんなパーティーにおいて、中心人物となるのは勿論、ミーシャ様。だけれど、彼女だけが人の輪に囲まれる訳ではない。

 例えば、と思わず視線を向ける。


 陽光を紡ぎ合わせたような煌めくプラチナブロンド、発光しているようにも見えるネオンブルー、パライバトルマリンを埋め込んだ瞳、優しく微笑む容姿端麗な殿方は、間違いなく、『王子様』と呼ばれるに相応しい。……とはいえ、ミーシャ様が誰よりも美しいご令嬢であることは変わらない事実だ。

 乙女の理想が体現したといってもいいほどの貴公子こと、ウォルホード男爵。

 私が知っている彼の情報はきっと、他の良家の子女に比べれば圧倒的に少ない。

 元々は商人の家系であったこと、前ウォルホード男爵の功績が認められて爵位を授かった新興貴族であること、父親は早々に爵位を明け渡したこと、どれもこれもウォルホード男爵家の内情だ。彼個人に限定すれば、諸外国との貿易を引き受けるほどの辣腕家であること、彼に集めることができない商品はないこと、一度(ひとたび)交渉のテーブルに着けばどんな内容でも成立させること、くらいだろうか。

見惚れるくらいなら、こんな私でも許されるだろう。なにせ、私は社交界にはあまり出てこないし、出たところで壁の花どころか、壁のシミくらいにしかならない。

 煌びやかな世界は、私には相性が悪い。綺麗なものや可愛らしいものは好きだけれど、それが私に似合うとは思えない。

 だから、パーティー会場はいつだって憂鬱なのだ。


「まあ、アルフィン伯爵令嬢よ。わたくし、久しぶりに見たわ」

「それを言うのなら、わたくしもよ。あんな壁際にいて、誰にもお誘いを受けないなんて、可哀そうな方ね」

「仕方がないのではなくて? アルフィン伯爵には不幸だけれど、あの方、ちょっと……変わっていらっしゃるもの」

「あら、ではあの噂は本当だったの? わたくし、てっきり」

「詳しいことはわからないわ、でも……」


 時折、私を見ながら密やかに話されている。彼女たちは確か……いいえ、覚えていなくてもいいことだ。だって、覚えていたって仕方がない。昔のことは、あまり思い出したくないことだけれど、人の口に戸は立てられないから。

 それに、彼女たちだけじゃない。幼少期のパーティーで、私が起こしてしまった騒ぎは風化したとしても、消える訳じゃない。みんなどこかで覚えていて、ひっそりと心に仕舞っているだけ。

 あのときから、人の目が怖くなってしまった。綺麗なものに憧れることも、可愛らしいものに心を躍らせることも、全部私には過ぎたるものだと思ってしまう。……忌避すべき事件があってこそ、ミーシャ様との関わりが生まれたのだけれど。だから、というべきだろうか、人と交流するのは難しい。

 早く、帰りたい。こんなところ、私の居場所じゃないのに。ミーシャ様がいらっしゃらなければ、私がアルフィン伯爵の娘でなければ、こんなところになんていないのに。

 きっと、神様とか運命とかが間違えてしまったのだろう。本来、アルフィン家に生まれる子は完璧な淑女だった。そう思えば気が楽になる。だって、こんな私では家の役に立つことすらできない。

 自分から話しかけに行く勇気もなく、会話を楽しむ社交性もなく、しかめっ面で下ばかり見ている女の子に、誰が興味を示してくれるだろう。……わかっているなら、直せばいいのに、それすらできない。

 両親はこんな私でもいいと言ってくれる。愛してもらって、育ててもらって、あんなことをしてしまった私を受け入れてくれた。なのに、私は私のままでは、親孝行の1つすらできない。

 思わず、ため息をついてしまった。

 貴族令嬢というものは、家を繋ぐ役割を持っている。少なくとも、私はそう学んできたし、私自身の考えでもある。家同士の繋がり、家の継承、他にも役割はあるけれど、1番大事なところはそこだろう。

 せめて、顔を出すことくらいならできる。それくらいの社交性はある、と思いたい。けれど、それだけで繋がりができるほど、貴族社会は甘くはない。

 私がウォルホード男爵を意識してしまうのは、きっとこんな私とは違うからだ。私は生まれながらの生粋の貴族出身で、いろんなことに恵まれてきた。彼が恵まれていないとは思っていないけれど、新興貴族にはどことなく厳しい視線が向けられることもある。それに気づかない方ではないだろう。なのに、彼は複雑な貴族社会を上手に泳いでいる。……私は呼吸すら危ういときがあるのに。だから、ウォルホード男爵には羨望と尊敬と、そして少しの嫉妬を抱く。


 バルコニーに出て夜風にあたると、少しだけ気分が落ち着いた。冷たい空気が頬を撫でていき、肺にすっきりとした空気を取り込んだ。いろんなものや人の匂いが混じり合って、どことなく息苦しかった。私の性格的な問題があるのかもしれないけれど。

 家の役に立つことを考えたとき、才能がない私には結婚くらいしか思いつかない。頭がいい人なら、財力や権力を増やすこともできるかもしれない。けれど、淑女教育しか受けてこなかった私には、そんな大それたことはできない。

 両親の知り合いにでも頼んで、お見合いすることはできないだろうか。いいえ、良い相手がいたら、それこそ早めに決まっているだろう。態々(わざわざ)、私に紹介してくれる筈もない。

 勝手に考えて、勝手に落ち込む。


「お探ししました、アルフィン伯爵令嬢」

 夜風のようにすっきりとした透明感があって、冴え冴えとした声音。

 思わず振り返ると、そこには先ほどまで人の中心にいたウォルホード男爵がいた。どうして彼がこんなところにいるのだろう。

 ……私を探しにと言ったの? いいえ、ありえない。きっと、何かの言い間違いだ。社交界の人気者との接点なんて、私にはない。今すぐどこかへ行ってほしいの暗喩に違いない。

「失礼しました、ウォルホード男爵。すぐにこの場をお譲りします」

 深々と頭を下げて、失礼にならない程度の速さで去ろうとした。礼が過ぎると逆に失礼にあたるとはわかるけれども、彼のような雲の上の人に目をつけられたくない。

 ウォルホード男爵は、私の前に障害のように立ちふさがった。初めて近くでみる彼は、私が思っていたよりもずっと背が高い方だった。

「あの……」

 何と言ったら、不愉快にさせずに済むのだろうか。あれこれと考えたけれど、頭の中は空っぽで上手な言い回しの1つも思い浮かばない。

 内心で慌てている私のことなんて気にも留めずに、ウォルホード男爵はゆったりと言葉を紡いだ。

「私こそ、失礼しました。待ち焦がれていた方にようやくお会いできたものですから、気が急いてしまいました。どうか、お許しください」

 プラチナブロンドの旋毛が一瞬だけ見えた。ウォルホード男爵に頭を下げられている、と時間差が認識した。息が止まりそう、止めてほしい。自分が社交界の人気者で、王子様みたいだとか美術品の貴公子とか言われている自覚を持ってほしい。私が後ろから刺されてしまう、貴方の熱狂的な信者から。

「い、いいえ。お気になさらないでください」

 今度こそ、立ち去りたい。けれど、私が動くよりも早く、ウォルホード男爵は会話を続けてしまった。

「アルフィン伯爵令嬢のお心遣いに感謝致します。……私はずっと、貴女とお話をしてみたかったのです」

 優しく微笑んで、ネオンブルーの瞳がキラリと輝いた。年頃の乙女なら、喜べたのだろうか。少なくとも、ウォルホード男爵から話しかけられて舞い上がらない女の子はいないように思う。……私のように、自分に自信がない子を除いて。


「カメリア・アルフィン伯爵令嬢。以前、パーティーでお見かけした際より、貴女に一目惚れを致しました。どうか、私の妻となって頂けませんか」

 彼は跪いて希うように、私に手を差し伸べる。

 どこか夢見心地のまま、私は差し伸べられた手に、自分の手を重ねた。

 触れ合った手はお互いにグローブ越しで、温もりはわからなかった。けれど、私と違う男の人の手であることは、わかった。

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