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イタイイタイ人

作者: ヌマチ

「はあ、いいよね。そっちはさ。それに比べてうちの大学は・・・」


ため息混じりに玲子はそう呟く。これで何度目だろう。


コロナ禍において受験戦争をなんとか勝ち抜いた。と言うのは私のような受験生だけではない。共通一次試験は今年から内容がガラッと様変わりしてしまったため、高校卒業までお世話になっていた塾の先生方は四六時中受験生の入試対策に追われていた。塾内の教員が使用する喫煙所にはタバコの吸い殻の他にリポDやチオビタの空き瓶が何度も目撃されていた。


「先生たちの方が大変なんじゃない?」と同じ塾に通う友人はよく呟いていた。同感である。


親の決めた大学であるが、専攻についてはわからないと母に言われたため、前々から興味のあった地質調査のできる理学部を専攻した。とはいえ細かな専攻過程は2年後にあるので方向性を変える時間的余裕もあった。



****


「うちの大学なんてさ、そっちに比べてオシャレなカフェもないし、バカっぽい人ばっかりだし。それにさ、英語のクラスが10クラスもレベルごとにあるんだよ!?私なんて下から数えた方が早かったしー・・・」


そもそもなぜそんなところを志望したんだろう、とも思ったけれど聞けば「お母さんの勧めで。」ということだったそうだ。玲子の通う大学は正直なところ国立の滑り止めに利用されることの多い私立大学であった。数学のできない玲子を見てせめて就職にまだ有利そうな経済学部をと念を推して玲子の母が本人に伝えたらしい。


玲子の母も大卒ではないので、正直なところ具体的な根拠を持って薦められないのである。


だがどこかの滑り止めに利用される大学がほとんどではないだろうか?


国公立にしたって、私立にしたって。高校3年のクラスメイトには入学して数日で「東大目指します!」と宣言し、2年目に「早慶にします!」、3年目の春に「名大か広大を・・・」といって、有言不実行に終わり最終的には地方の偏差値も50ほどの大学に進学していた。


妙な天下りを見ているような感覚であった。そもそも天に登り詰めていないのでそれも違うか。妥協の連鎖反応に近いのかもしれない。


なので土壇場で進路先を変えて受験することなんて往々にしてある。共通一次試験の内容が大きく変わったのであるから受験生皆が自身の素質が問われる内容になったことを実感したのである。打率を上げるためには二次試験の選択も入念にしておかないといけないのだ。



とはいえ私の兄も同じ大学を出たが、「結局見下すやつはいる、最近ではマウンティングっていうのか?」と話していた。実際私も入学してから2週間ほど経つが、なけなしのプライドを引っ提げて入学した学生が多かった印象であった。


「本当は〇〇に行きたかったんだよね」「実は第一志望ここじゃなくてさ・・・」暗に実力的にはもっと上を目指せたんだけど、調子が振るわなかった。と言いたげな様子であった。けれども20歳にも満たない私たちは世間一般から見るとまだまだ子供で、『どうしてこの大学を志望しましたか?』というオリエンテーションでのアンケート用紙に馬鹿正直にも「妥協して(ここに決めた)」と書いたのが全体の6割を超えていた。


流石に教員も腹に据えかねたか、「お前らが自分で決めたことだろ?どうしても行きたかったなら1浪、2浪して挑戦したらよかったじゃないか。」と叱咤した。


流石にまだ自立心も芽生えない、受験勉強ばかりに明け暮れた学生集団だったので萎縮してしまった。なけなしのプライドを自己処理する術を持っていなかったのだ。


入学当初はそうした鬱蒼とした雰囲気を持ちつつ学んでいた学生達も、2回生に上がる頃には大学の中での自己を見出し、アルバイトやサークル活動に精を出す者も出てきた。とはいえ、潜在的に潜む自己肯定感の低さを隠しているようにも思えた。


大学のキャンパス内にはたまに社会人の方も紛れ込んだりしていた。理由は生涯学習として講義を聞いてみたい。という表向きのことを言っている人もいたが、大半はカルトへの勧誘やネットワークビジネスの種まきであった。

特に孤独を抱える学生の心の拠り所になりたい、と訴えかけて出入りしている社会人はそういったコミュニティに引き摺り込むのがとても巧妙である。


私も気をつけないと、と思い自分の居場所や目標を探すのに行動だけはしていた。幸い、内省する期間を設けて自分自身の進路をしっかり固めたことから、運よく地質学研究の研究室に空きが出たため、3回生の春先にはそこに配属できるようになった。とても嬉しかった。


「就職先なども検討しておかないとだけれど、研究続けたいなら最低院卒、あるいはドクターだね。でもニッチな分野だから理学部なんて就職先は銀行員・公務員ばっかりだよ。他は知らんね。」と小林教授はよくボヤいていた。


小林教授の率いる通称:コバゼミでは月に一回は地質学調査としてフィールドワークがあった。小さい頃に埼玉にある東松山の化石発掘体験をさせてもらった。掘ったものを施設でさらに細かく削り、採れた化石はお土産に持って帰れた。その時私が発掘したサメの歯の化石は参加者の誰よりも大きく施設の人に褒められたのを覚えている。

化石を調べてわかることはおよそ何年前のものだったか、そして掘り進めた地質に含まれる同位体の含有率を分析するとさらに細かい年数まで見られる。化石の奥深さに魅了された。発掘した後もなお発見がある体験は他にないと思う。


この見つける楽しさからずっと夢中なんだと自分を俯瞰した。


コバゼミに入れてとても嬉しい。

研究員として、あるいは大学教授として研究を続けたいとも思ったが、実家が経済的にも援助は難しい状態だったので2回生に上がる前から断念していた。定期的に半年に一回授業料免除の申請用紙が回ってくるが、毎回それには申請していた。初回申請から継続して毎回承認されていたため、授業料は半額で済んでいたのだ。


狭き門ではあるが、将来的には学芸員になろうと思っていた。もしだめなら県の公務員、産業技術研究所の設備が整ったところならどこでもよかった。そんな将来像を思い描いていた。


****


3回生に上がる頃には玲子との会う頻度も少なくなっていた。


こちらは試験前の期間になると毎日4、5時間は図書館に篭り、授業の合間も試験勉強を進めていた。


2回生まではテスト期間が終わるたびに玲子と「プチ打ち上げ」と称してテストお疲れ会をやっていた。


「本当経済学わからないわ〜、毎回単位取れてるかヒヤヒヤしちゃう!冬のテスト期間なんて最悪だよね。ショーパンにニーソが毎回必需品なんだけど、お腹まで使う勢いだったよ!」

この話を初回で聞いた時は何のことか全く理解できなかった。


「なんで?ジーパンなり長いパンツ履けばいいじゃん?生理とテスト被ったら私ならそんなの死んじゃうよ。」


「え?なんでって、そりゃカンペ書くんだから、そうじゃないと困るじゃん。」


この一言で私はこの子と一線を引いてしまった。テストというものにかける思いは私の学部友達では同じ共通認識であった。ただの単位ではなくて自分の知識や思考を試すことに意義があると捉えていたからだ。


けれどもそう言ったカンニングを図る者は彼女曰く少なくないらしい。


***


3回生に上がると研究室にこもる時間が長くなってきた。冬ごろには正直なところバイトか大学の2択しか行動範囲がなかったと思う。何よりコバゼミの先輩や同期ととてもウマがあった。好きな漫画も同じ、ゲームもやっているアプリは違えど、共有することが多かった。


たまに小林先生も混ざってスプラトゥーンをした時には大いに盛り上がった。一番は先生が楽しかったようで、忘年会と称したスプラトゥーン大会を開いた。先生のポケットマネーで景品まで用意していた。


最終的に優勝したのは、伊地知先輩だった。彼はメタバース系のゲームをほとんど網羅している。ルックスは悪くないのだけれど、恋愛はコスパが悪い。といって避けるタイプであった。


景品がスプラトゥーンのイカのぬいぐるみだったことでゼミ内忘年会では爆笑が起きていた。


***


4回生に上がる頃には玲子と遊びに行くのも数ヶ月に1回ほどとなった。


この頃には学部内に気になる人がいるらしく、恋愛相談を一度された。けれども学部内で一緒に行動する才色兼備な友達がいるようで、気になる彼はその子に夢中だとぼやいていた。


「もっと可愛かったらな〜、私って本当ブスだよね」


反応と返に困る発言がこの頃から徐々に増えていた。元からコンプレックスはあったようだが、その劣等感を払拭するには私ではお役御免である。


聞けば自分が彼にアドレスを聞かれて有頂天になっていたところ、その夜に彼から連絡があり、「南さんの連絡先聞いてもらえない?」と言われてしまったらしい。


同情はするけれども、この発言の場合はどう返すのが正解なのかわからず、「そんなことないよ、次の人見つけようよ」と当たり障りのないことを返していた。


この頃から元々あった玲子の劣等感は少し暴走気味になっていた。


相棒とも言える南の悪口を私に延々と聞かせ、自分が下だと思える女の子の友人を作ったようだ。

「本当にミキはバカなんだけどいい子なんだよね〜」と話の最後には決まり文句をつけていた。


一度紹介されたことはあるが、確かに可愛い、と言った感じでもなく男子ウケする愛想の良さも持ち合わせていない感じであった。自分より下の立場と思える子を横に置いたことでなけなしのプライドは保たれたようだ。


***


就活の時期となりスーツで出かけるゼミ生が増えた。私は県庁と学芸員の2本で決めていた。どちらもダメだった場合どうしようかと悩んでいたが、小林先生が「正社員じゃないけど派遣社員として地質調査に近いことができる会社があるんだよ、もし・・・ああ、いや。なんか派遣らしいけど半年ぐらいいい子にしてちゃんと仕事できたら正社員になれるらしい。来年2月に出産予定の人が社内にいるらしくてね、穴埋めではあるけどやその人も復帰するかわかんないし、若い人が欲しいし誰かいない?って言われたんだよね。」と伝えてきた。


「ぜひ、もうそちらの方が気になってきましたけど・・・でも自分のやれることをやってからまた考えたいです。・・・ああ、でももし万が一があったら、その・・・」嘘をつくのも体裁を装うのも苦手なので本音でしか言えなかった。


「ああ、もちろん。大丈夫、もしかしたら紹介できるかも。って伝えるぐらいにしとくよ。それに来年1月に返事くれれば良いって聞いてるからね。・・・採用試験、頑張って!」


やっぱりコバゼミでよかった、小林先生でよかったなあ。ってつくづく思う。


それから4ヶ月ほど経って、自分の中では望み薄だった学芸員として採用が決まった。とても嬉しい。仕事内容としては施設のガイドを子どもたち向けにすることもあるらしい、説明会を聞いただけでもワクワクした。採用通知が来た時には死ぬほど嬉しかった。


「死んだら土葬ね!」がコバゼミの決まり文句だ。自分の孫、その孫・・・何年も先の自分のつながりのある人に化石として発見されたい。がコバゼミの共通認識だった。他の研究室では全くもって理解し難いらしい。


ゼミのみんなも次々と就職先を決めていき、研究室内も明るいムードになっていた。元々明るかったけれど。


***


3月の卒業旅行に一緒に行こうと玲子に誘われた。


けれどもその期間はコバゼミ同期と先生との卒業旅行だったので断った。正直ホッとしている。

玲子は地元の中小企業の事務職の内定をとったらしいが、縁故採用というのは地元の友達が風の噂として運んできた。正直なところどうでもよかった。けれども当の本人は「100人ぐらい受けてたけど、5人しか採用されてなったんだよね〜」と自慢げに地元で話していたらしい。


実際のところ民間の就職先にも滑り止めはあるらしいので、有名な会社であったことから他の人たちは第一志望や第二志望の就職先に決まったので二次試験では10人程度しか来ていなかったらしい。



コバゼミでの旅行から帰ってきて数日後、何気なくインスタグラムを開くとシュッと玲子の投稿が出てきた。以前紹介されたミキちゃんと一緒にドイツに行った様子であった。

キャプションには「#ドイツ #ビール最高! #女子旅」などハッシュタグが複数つけられていた。タグづけされている人のアカウントがあったので覗いてみるとミキちゃんであった。


@kimimi520_lov というアカウントに何故か妙に見覚えがあった。


「あ・・・」と声が漏れ、半年前から更新が止まっているツイッターを開いてみた。そういえば紹介された時に、玲子が居酒屋でトイレに行った時にSNS聞かれたんだよな〜と今更になって思い出したのだ。


あまりネット上での交流はなかったものの、読んだ本の感想やコバゼミでの一部をあげたり、一人でカフェに行った時の写真を載せるといいねを数回に1回は押してくれていた。


律儀だなあと思いながらその時は眺めていた。ふと旅行のことをミキちゃんも呟いているのかと思ってプロフィールに飛んでみた。



『正直疲れるなあ、あのブス。』


そのつぶやきを見て私は一瞬背筋が凍った。


『旅行の計画とか全部丸投げ、あ〜ドイツじゃなくてフランスがよかったのに。なんであいつの面倒見なきゃいけないわけ?』

『そもそもMちゃんのこと気に入らない、性格悪くね?って言ってたけど、それブスの僻みだろ。タヒね。』

『毎回毎回うちの大学ディスってるけど、そもそもお前大学ディスれる立場にねーだろ。』

『周りみんな言ってっからね、ブスのくせにプライドだけ一丁前って。』



『指定校推薦のくせに無駄に自尊心拗らせんなよ、バーカ!大学行けるおつむもないくせに、一丁前に大学生ぶるなよ、うざっ。』


プロフィールトップにあるたった数個のツイートだけでこれだけの罵詈雑言があった。

正直自分ももうそろそろ会うのを控えようかと思っていたタイミングでこれを見つけてしまったのだ。


旅行から帰ってきた浮かれ気分が一気に下向した。もうあまり仲良くできないと感じ始めていた矢先、このような身近な人の本音を垣間見てしまったから、余計に玲子の顔が見れなくなりそうだ。


確か玲子はツイッターはオタクばっかり喋ってそうだから使わない、って言ってたな。これを見ても自分のことと認識するまでに時間がかかるだろうか。


安分守己な振る舞いをできなかった彼女の落ち度なのかもしれない。


身近に感じていた友人と距離を感じ、イタイイタイ人に成り下がっている様をみるとなんだか妙な気分になった。



SNS一通り見終わり、冷めたコーヒーを飲む。

雑味と酸味が強くなり何か重なった気がした。





痛々しい感じで女子大生を書きたかった、表現したかった。


自己肯定感の無さから自己保身に極端に走る傾向が増えていると感じています。一部の大学生に対してですが。

劣等感を感じるポイントは人それぞれですが、自分でそれをバネに頑張ることができないと玲子のようにズルズルとプライドだけ高くなって扱いにくい腫れ物になってしまうかもしれませんね。


誰かにマウンティングする行為はプライドや自己保身を満たすための自慰行為と同じだと考えています。


もし玲子と同じような発言や行動をしてしまっていたら、(あるいは無意識に!)要注意です。


自分を俯瞰できる作品になっているといいなと思います。

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