09
「やあ、アダム、ミュリエル。こんにちは」
パーティが始まり、しばし孤立していたアダムとミュリエルに、一人の男子生徒が近づく。
フェリックス・アミアカ。
アミアカ公爵家の長子にして、魔法学院の二年生。
腰まで伸びた長い白髪に、神々しい金色の瞳。
首から下げた十字架は、エドナ王国の国教に対する強い信仰心の証だ。
「よお、フェリックス」
「ごきげんよう、フェリックス様」
二人の返答に、フェリックスは笑みで返す。
「こんなところで、二人ぼっちかい? せっかくのパーティなんだから、君たちも参加して来ればいいのに」
フェリックスは、ちらりと会場の中央へ視線を向ける。
会場の至る所にテーブルが置かれており、テーブルの上には豪華な料理が並べられている。
「女に言い寄られるのが面倒だ」
「そうか、君はそうだったね」
アダムとフェリックスは、幼いころから交流があり、また正義感が強いという共通点がある。
年上だが、アダムにとっては、数少ない友人と呼べる存在である。
だから、二人の間では、敬語のない会話が普通である。
フェリックスは、ミュリエルに視線を向ける。
「君は行かないのかい、ミュリエル」
「ええ。アダム様がいらっしゃるなら、私もここに」
「別に行っても構わんが」
「いいえ、ここにいさせてください」
アダムの横に居続けたミュリエルもまた、フェリックスとは相応の交流があった。
親密度で言えば、ミュリエルがフェリックに敬語を使わずとも、誰も問題にしない程度。
敬語を貫くのは、ミュリエルの意思だ。
「ははは。君たちは、本当に仲がいいね」
「光栄です」
フェリックスは楽しそうに笑った。
ミュリエルも、つられて笑った。
(攻略対象の一人、フェリックス。やっぱここで接触してきたか)
ただし、ミュリエルが笑っているのは表面上。
心の中では、冷静にゲームを思い返していた。
一人目の攻略対象、アダム・エドナ。
二人目の攻略対象、フェリックス・アミアカ。
ミュリエルは、ちらりと会場の中央を見て、ひと際目立つ二人を視界にとらえる。
ヴェルビオ公爵家の第三子、ダドリー・ヴェルビオ。
ウェーブのかかった青髪が波のように揺れ、深海のように深い青い瞳が周囲の女子生徒を映している。
周囲のことなど気にも留めず、両腕で女子生徒の肩を抱いて、ヘラヘラと笑う。
そのまま口をアーンと開ければ、肉の刺さったフォークが別の女子生徒から差し出される。
「んー! うめえー! ありがとなー!」
ダドリーがニカッと笑ってみせると、笑顔を向けられた女子生徒は頬を赤くさせ、その場にへたり込んでしまった。
一方、少し離れたところでは、ダドリーとは真逆の対応を見せる男子生徒。
パンテリア公爵家の長子、ブラントン・パンテリア。
サイドを刈り上げた短い茶髪に、光のない茶色い瞳。
近づいてくる女子生徒の言葉に、「うむ」や「いや」と一言だけ返して会話を終えている。
寡黙な性格のブラントンが初対面の相手にできる唯一の返答。
それでも周囲の女子生徒たちは、キャーキャーと喜びの声をあげる。
(そして、ダドリーとブラントン)
三人目の攻略対象、ダドリー・ヴェルビオ。
四人目の攻略対象、ブラントン・パンテリア。
二人とも今年の新入生、つまりミュリエルの同級生である。
(最後のエドワードは、一つ下だから来年入って来るんだっけか)
五人目の攻略対象、エドワード・フレグレント。
肩までかかる黄緑色の髪に、明るい緑の瞳を持つ。
華奢な体格かつ童顔で、しばしば女子に間違えられる。
ゲームでは、このパーティは、主人公が四人の攻略対象に顔を覚えてもらう強制イベントだ。
パーティに参加した主人公は、平民出身ゆえドレスなど持っておらず、やむなく学院からのレンタル品を着ることになる。
灰色の布に、借り物のドレス。
その装いは、主人公がこの場で唯一の平民であることを全員に知らした。
より位の高い貴族とお近づきになろうとしていた生徒たちは、当然主人公を避けた。
孤立した主人公は、きょろきょろと周囲を見渡し、壁際に一人立つアダムを見つけてしまう。
「こ、こんにちは」
アダムが人を寄り付かせないのは、貴族の中では周知の事実。
が、そんなことを知らない主人公は、勇気を出してアダムに話しかける。
アダムは、いつも通り言い寄ってくる女かと面倒そうに主人公を見るが、主人公の瞳に邪心がないことに気づき、一言二言言葉を交わした。
アダムが貴族を差し置いて、平民と言葉を交わしている状況は他の生徒たちから奇異に映ったらしく、視線が集まる。
そこへ、興味本位のフェリックス、ダドリー、ブラントンがやってきて、主人公と四人の攻略対象がめでたく初対面を果たす。
ここで最初の選択肢。
四人のうち、誰に話しかけるかで、話しかけた攻略対象の好感度を上げることができるボーナスイベント。
余談だが、イベント終了後、アダムと平民が話していることを不快に感じたミュリエルが割り込み、主人公とミュリエルも初対面する。
だから、ミュリエルは動かない。
ミュリエルが目指すは、アダムルート。
アダムに話しかけ続けることが、この場の正解だと知っているから、
「アダムは幸せ者だね」
「……どういう意味だ」
フェリックスの言葉に、アダムは眉を寄せる。
そんな二人をミュリエルは楽しそうに見つめる。
結局ミュリエルは、パーティが終わるまでずっとアダムの側についていた。