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08

 魔法学院。

 魔法を使える者のみが入学を許される学院である。

 とはいえ、魔法を使える者のほとんどが貴族以上であるため、実質的な貴族専用の学院となっている。

 

 魔法学院へ通う貴族たちの目的は大きく三つ。

 一つ、魔法学院で学問や魔法を学び、自己研鑽に努めること。

 二つ、魔法学院で成果を出し、あるいは徒党を組むことで、さらに上の権力を手に入れること。

 三つ、自分と同等、あるいは同等以上の爵位を持つ婚約者を探すこと。

 なお、許嫁の存在する上級貴族ほど自己研鑽に、存在しない下級貴族ほど婚約者を探す傾向にある。

 

 法学院の入学式の日。

 機会は、魔法学院から露骨に与えられる。

 

 午前中は、入学式と魔法学院の規則の伝達に費やされる。

 そして午後は、新入生と上級生の入り混じったパーティが開催される。

 

 新入生と上級生は、左胸のポケットに爵位を示す布を入れ、パーティに臨む。

 

 王族と公爵は、赤色。

 侯爵と伯爵は、青色。

 子爵と男爵は、黄色。

 騎士と平民は、灰色。

 異なる爵位でも同じ色をあてがっているのは、魔法学院の『魔法の道は、平等に開けている』という理念の元だ。

 もっとも、公爵と侯爵、伯爵と子爵、などの間でしっかりと色分けされているので、理念はとうに形骸化している。

 

 パーティ会場には、灰色、黄色、青色、赤色、の順に学生の数が多い。

 例年であれば、灰色の学生は灰色と黄色に、黄色の学生は黄色と青色に、青色の学生は青色に、視線を送るものだ。

 青色の学生が赤色の学生に視線を送らないのは、赤色の学生にはたいていの場合婚約者がいるという背景による。

 が、今年は違う。

 ほとんどすべての学生は、二人の赤色の学生に視線を集める。

 

 

 

 エドナ王国第二皇子。

 アダム・エドナ。

 赤い短髪と赤い瞳が印象的な少年だ。

 一見細身に見えるその身体は、日々の訓練で筋肉を纏い、近くで見れば余計な脂肪がないだけだとわかる。

 次期国王候補の一人として担がれてる、エドナ王国で五本の指に入る権力者だ。

 が、本人は王位を継ぐ気がないというのも有名な話。

 また、正義感が強くまっすぐで、一切の女性を寄せ付けないという噂もある。

 女性を寄せ付けない理由が本人の口から語られたことはない。

 

 が、まことしやかに、噂は流れている。

 アダムが女性を寄せ付けない理由。

 アダムの横に立つ少女の存在。

 ミュリエル・スロバリン。

 五大公爵家の一つ、スロバリン家の一人娘。

 長い金髪と、宝石のような銀の瞳が印象的な少女だ。

 鋭いつり目は、少女に苛烈で力強い雰囲気を与えている。

 

 そして、アダムとミュリエルが婚約者同士であるのも有名な話。

 アダムは、ミュリエルという婚約者のために、他の女性を寄せ付けないのだろうとされている。

 婚約者がいようが配偶者がいようが、他の女性に手を出す貴族も多い中、アダムの振る舞いは好意的に評価されている。

 

 

 

 アダムとミュリエルへ集まる視線の正体は、お近づきになりたいなんて生易しいものではなく、神聖な存在に憧れるようなものだ。

 パーティが始まり、学生たちが交流を始めても、視線がゼロになることはなかった。

 

「すごい視線の数ですね。さすがはアダム様です。手くらい振ってもよろしいのではないですか?」

 

 ミュリエルが、からかうような口調で言う。

 

「無用な騒ぎを起こすだけだ」

 

「ふふふ」

 

 パーティで一人を相手にするということは、他の全員を相手にするということだ。

 だからアダムは、一度も周囲の視線に応えることはない。

 

「ミュリエル、君こそ視線に応えなくていいのか?」

 

「私には、アダム様がいますから」

 

「……そうか」

 

 ミュリエルの返答に、アダムは眉一つ動かすことなく返す。

 

 アダムは、昔以上に本心を出さなくなっていた。

 八歳の頃のアダムは、心の中で他人を拒絶していても、表向きには柔らかな態度で接していた。

 が、その影響で、アダムから自分へ好意を向けられていると誤解した令嬢のアプローチも起きてしまった。

 ミュリエルという婚約者の存在がある程度防波堤の役割を果たしていたが、結果的にミュリエルから奪い取ろうとの気概を持つ令嬢のアプローチだけがアダムの元に届いた。

 結果、アダムはさらに他人を拒絶し、柔らかな態度さえもやめた。

 

 八歳からアダムとの付き合いのミュリエルは、そんなアダムの変化を間近で見てきた。

 その感想が――。

 

(面倒くせぇ餓鬼だ……)

 

 ミュリエルは、心の中で大きなため息をついた。

 前世の記憶を合わせて、アダムの倍以上の年月を生きているミュリエルからすれば、アダムの変化は駄々っ子のそれだ。

 世の中が自分の思い通りにいかないことにすねて、不貞腐れているだけのただの餓鬼。

 

 前世のミュリエルの記憶に当てはめれば、嫌いなタイプだ。

 

 だが、ミュリエルはゲーム上のアダムを知っている。

 主人公と共にイベントを過ごすことで、心を開き、地位も財力も愛情も豊富に持った理想の旦那になることを知っている。

 

(ま、いいさ。私がイベントを攻略して、卒業までには心を開かせてやるさ。お・う・じ・さ・ま)

 

 だから、ミュリエルは我慢できる。

 アダムのそっけない態度など、未来の幸福に比べたら些細なものだ。

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