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07

「お早う御座います、アダム様。良いお天気ですね」

 

「ミュリエル」

 

 ミュリエルとアダムは婚約者同士。

 定期的に、どちらかの家を訪れ、会話する習慣がある。

 

「少し、雰囲気が変わりましたか?」

 

「いえ。私はいつもと変わりませんが」

 

 前世の記憶を取り戻したミュリエルの言動と、取り戻す前の幼い言動。

 アダムはどことなく違和感を感じるも、深入りはしなかった。

 

 アダムにとって、ミュリエルは愛情を向けていない婚約者。

 自信へ求婚してくる女の数を減らすための、いわば防波堤。

 

 アダムは、第二皇子という地位に目を輝かせる女の視線を、幼いころから受け続けてきた。

 結果、女という存在に恐怖し、失望し、期待を辞めた。

 もっとも、女に限らず、すり寄ってくる男たちも同様。

 アダムは、世界に興味がなくなった。

 

 とはいえ、王族として生まれた責任感も併せ持っていた。

 エドナ家の血を絶やさぬよう、子を成そうという義務感だけはあった。

 結果、公爵という地位があり、かつ最も愚かで御しやすいだろうミュリエルを婚約者に選んだ。

 

「そうですか」

 

 アダムは優しく微笑んで、ミュリエルに手を伸ばす。

 ミュリエルはその手を優しく受け取り、アダムの横に並んで歩き始めた。

 今日の散歩場所は、アダムの屋敷の庭園。

 

「そういえば、スロバリン領は大変だったようですね」

 

 アダムは、最初の話題にリーバリ村を選択した。

 今さら無難な話題を選択する間柄でもなく、またアダムがミュリエルの近況よりも王国の時勢に興味がある故の言葉。

 アダムは聡明であるも、ミュリエルと同じ八歳。

 婚約者を前にしても、自分の興味を優先してしまうのはやむを得ないだろう。

 

「ええ。今日も、お父様はあちこちを飛び回っております」

 

「そうですか。私としても、自国の村が襲われたとあっては何かご協力を差し上げたいのですが……」

 

「お気になさらないでください。王国からも多大なご支援をいただいており、大変助かっております」

 

 悔しそうな表情を浮かべるアダムを、ミュリエルは幼子をあやすような笑顔を向ける。

 ミュリエルは知っている。

 ゲーム上のアダムは、正義感が強い。

 魔法学院でトラブルが起きようものなら、何度も自ら動き、解決を試みていた。

 もっとも、アダムの正義感が原因で、ゲーム上のミュリエルは主人公へ行った悪事が暴かれ、破滅の道を歩むのだが。

 

 アダムが、ふと思い出したように足を止める。

 

「そういえば、ミュリエルはリーバリ村へ自ら足を運んだそうですね」

 

「ええ。大切な領民の一大事とあっては、自然と体が動いてしまいました」

 

 アダムの頭の中に、そんな行動をするミュリエルはいない。

 表面上は取り繕うし、耳障りの良い言葉をつらつらと並べるが、実際に足を運ぶなどと言う労力をかけない。

 

「やはり、少し雰囲気が変わりましたね」

 

「? そうでしょうか?」

 

 アダムは、微笑む。

 どんな思惑の上だとしても仮にも自分の婚約者。

 ほんの僅かでも、自分好みの人間な側面が見えれば、微笑ましくもなると言うものだ。

 

 

 

(ま、今日はこの程度にしとくか。いきなりミュリエルが変わっちまったら、逆に不信感を増しちまうからな)

 

 アダムの感情は、ミュリエルの想定通りに動いている。

 

 ミュリエルは、主人公がいなくなったことで心が軽くなってはいたが、一方でアダムが自分を好きでないことも知っていた。

 形だけの婚約者。

 このままでは、アダムの寵愛を、具体的にはアダムの持つ地位や財産を自由に使える未来が訪れるかが不安だった。

 

 そのため、ミュリエルの方針は、アダムエンドを主人公の代わりに迎えること。

 魔法学院に入ってからの、アダム攻略方法は頭の中に入っている。

 まして現在は、ゲーム上の終盤で見せるアダムの本当の性格を知ったうえで、ゲーム上ではプレイできない八歳からの生活を、アダムと共に歩むことができるアドバンテージ付きだ。

 アダムエンドを目指すにあたり、こんなに容易なことはない。

 

(一度きりの人生だ。ハーレムルートなんて、ハードモードをプレイする気はねえ。全力で、アダムを落とす。私の幸せな未来のために)

 

 

 

 

 

 

 時は流れる。

 

 

 

 

 

 

 ついに、ゲーム開始の日――魔法学院の入学日が訪れる。

 

 ミュリエル、十五歳。

 制服を身に纏い、魔法学院の校門をくぐる。

 

 侯爵家以下の新入生たちが、遠巻きにミュリエルを見つめる。

 羨望と、尊敬。

 ミュリエル・スロバリン。

 スロバリン家の公爵令嬢。

 その名を知らぬ者は、この国にいない。

 

 ミュリエルは、廊下に貼り出されたクラス名簿を眺める。

 

 王族と公爵以上の貴族、そして入学試験で優れた才能を見せた特待生だけが集まる、特別クラス。

 アダム・エドナ。

 ミュリエル・スロバリン。

 二人の名前は、特別クラスに載っている。

 ゲームと違う点は、特待生の名前が一人も載っていないこと。

 

 

 

 主人公、ジェリー・ブルーの名前は、当然ない。

 

 

 

 コツン。

 コツン。

 颯爽と、ミュリエルはクラスに向かう。

 

 廊下を歩く新入生たちは、ミュリエルに気づくや否や、廊下の壁際によって頭を下げる。

 

「ごきげんよう」

 

 ミュリエルはにっこりと微笑んで、新入生たちが作る道の真ん中を悠々と通過した。

 

(ああ、これから始まるのね。私のハッピーエンドにつながる、幸せな人生が……。アダムを攻略して、幸せな未来を)

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