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「アダム様」

 

「……ヘレナか」

 

 エオーリオ盗賊団の壊滅から、一か月。

 アダムは、スロバリン家の領地に立てられた、ミュリエル・スロバリンの墓地に手を合わせていた。

 ミュリエルの墓地には、『その身を賭して国の繁栄と民の幸福に尽くしし者、ここに眠る』と刻まれていた。

 

 

 

 生還したアダムたちは、王宮へと帰還した。

 エオーリオ盗賊団の頭領と思しき人物の首と、アダムの私兵数人の死体と、ミュリエルの死体を持って。

 

 帰還したアダムとヘレナを待ち受けていたのは、厳しい罰。

 エドナ王国が極秘に進めていた計画を無視しての独断行動。

 アダムは再び謹慎、ヘレナは魔法学院の退学を命じられた。

 二人とも、罰の内容について意を挟むことはなく、あっさりと執行された。

 

 ただし、エオーリオ盗賊団を討伐した功績をたたえられ、ヘレナは特例として、騎士団の受験資格の剥奪は恩赦された。

 兵たちの、後押しも理由の一つだ。

 が、ヘレナはこれを辞退し、孤児院へと戻った。

 復讐を果たしたヘレナとしては、既に戦う理由がない。

 ヘレナと同じように、何らかの理由で親や住む場所を失い、独りになった子どもたちを助けるために、残りの命を使うことにした。

 

 そして、ミュリエルについては、その死が伝えられた。

 ただし、真相をゆがめて。

 ミュリエルが、ヘレナやアダムを手にかけようとした事実は全てアダムの手によりもみ消され、エオーリオ盗賊団との戦いの中で殉職したことを対外的な事実とした。

 もちろん、国王のヤハウェでさえ、真実は知らない。

 

 理由の一つに、ミュリエル程の地位にいる人間が、村一つ焼き払ったとなれば、貴族や王族に対する大きな不信感に繋がることがある。

 しかし、実際のところは、アダムの懇願によるところが大きい。

 アダムの腹の内は、ヘレナにも私兵たちにも分からなかったが、最も高い地位を持ち、かつミュリエルを失って最も悲しんでいるだろう人間の言葉に従うこととした。

 ヘレナとしても、復讐さえ果たせれば、それ以上は望まなかった。

 ミュリエルという黒幕の死以外に、興味はなかった。

 

 

 

「スロバリン家の養子に入ると伺いました」

 

「……ああ」

 

「何故ですか? アダム様は、ミュリエル様に利用されていただけなんですよ? ミュリエル様に……スロバリン家に、義理立てする必要はないと思います」

 

 ミュリエルは、スロバリン家の唯一の子。

 ミュリエルがいなくなった今、スロバリン家を継ぐ者はおらず、他家から養子をとらねば家は取り潰される。

 さらに魔の悪いことに、スロバリン家はヨハネの所業によって、貴族内での評判も下降気味。

 そんな家に、進んで養子へ入ろうとする者はいなかった。

 

 アダム以外は。

 

 アダムの進言は、スロバリン家の当主であるバラッシにとっては救世主の言葉だった。

 すぐさま然るべき手続きを踏み、アダムをスロバリン家の長子へと迎え入れた。

 

「……何故だろうな」

 

 アダムの行動は、世間には婚約者を想い続ける男の美談として語られた。

 が、事情を知るヘレナとしては、美談どことか狂談だ。

 

 アダム自身にも、アダムの行動は説明できないものであった。

 何かが、アダムを突き動かしたのだ。

 何かが。

 

「ミュリエルは、この国のために尽くしてくれた。確かに私を、愛してくれた」

 

「それは、アダム様を利用するための」

 

「違う。ミュリエルが本当に私を利用するだけだったのなら、私はここまでミュリエルを愛していない。……愛すことなど……できていないさ」

 

 アダムは、最もミュリエルの側にいた。

 それ故、アダムにしか感じられない何かを、ミュリエルから感じていた。

 

「アダム様は、まだミュリエル様に惑わされているだけですよ」

 

「……かもな」

 

 溜息をつくヘレナに、アダムは笑ってみせる。

 

 

 

 ヘレナは、立ち去った。

 孤児院へと戻るため。

 ヘレナの未来を歩むため。

 

「ミュリエル」

 

 一人になったアダムは、ミュリエルの墓地へと笑いかける。

 

「君はずっと、何かに怯えていたんじゃないのかい? 苦しんでいたんじゃないのかい?」

 

 アダムの声が、風に乗って流れる。

 アダムの涙が、頬をつたい、大地へと落ちる。

 

「……すまない。気づけなくて……すまない。私を救ってくれた君を……私は救うことができなかった……」

 

 

 

 泣いても。

 

 笑っても。

 

 明日は来る。

 

 

 

 アダムは、皆は、これからも生きていくのだから。

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