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 ミュリエルの金属魔法は、剣技と違い、ノーモーションから刃を繰り出せる。

 ミュリエルの腹部から伸びた金属の刃がアダムの腹部に突き刺さるのを、アダムと私兵たちが止められなかったのも、やむを得ないだろう。

 

 血が吹き出し、地面に崩れ落ちるアダムを、ミュリエルは冷酷に見下ろす。

 

「アダム様!?」

 

「アダム様!!」

 

 真っ先に動いたのは、ヘレナ。

 

「跪き」

 

「遅い!!」

 

 次に動いたのは、ミュリエル。

 空中に現れた無数の金属が擦りあい、不快な音を創り出す。

 声は音で消す。

 ヘレナの神聖魔法を知った時から、ミュリエルは対策などとっくに考えていた。

 また、くしくも盗賊が銅鑼の音でヘレナの魔法に対処したことが、ミュリエルの中で実績のある解となっていた。

 

 ミュリエルの足元から、金属の液体が流れ始める。

 先に盗賊たちを一網打尽にした時と同じ金属魔法。

 液体は、五つの道と入り口につながる道へと流れ、金属の壁となって道に蓋をした。

 ミュリエルのいる場に、完全な密室が作り上げられた。

 

「……もう少しでハッピーエンドだったんだぞ?」

 

 ミュリエルの声は、金属音にかき消されて届かない。

 ミュリエルの足元に倒れる、アダム以外は。

 

「アダムと結婚して、金と権力を持った幸福な未来が……目の前にあったんだぞ!!」

 

「ミュリ……エル……」

 

「主人公を殺して!! 忠実な部下のヨハネも犠牲にして!! ようやく掴んだ未来なんだぞ!!」

 

 アダムの目に涙が溜まり、金属の液と混ざり合う。

 アダムには、ミュリエルの言葉の意味は分からない。

 主人公だの破滅だの、何を言っているのかわからない。

 ただ、ミュリエルの行動すべてがアダムへの好意ではなく、アダムと結婚することでついてくる副次効果のためだったと知り、アダムの感情は絶望へと落ちた。

 アダムは確かに、ミュリエルを愛していたのだから。

 本当のアダムを見てくれる、ミュリエルを。

 

「まあいいさ……。こうなったら仕方ねえ……」

 

 耳を塞ぎたくなるような音の飛び交う中、私兵たちは金属の液を警戒しつつ、ミュリエルに刃を向ける。

 ミュリエルを、倒すべき敵だと判断した証。

 ヘレナもまた、剣を向ける。

 

「ここにいる誰一人として生かしておかねえ。リーバリ村の真実を知った人間は、全員殺す」

 

 床から、道を塞いだ壁から、無数の金属の槍が生え、発射される。

 

「てめぇら全員ぶち殺して!! もう一回やり直すまでだ!!」

 

「回避ッ!!」

 

 私兵たちは、その場を跳びのき、向かってくる無数の矢を剣で叩き落す。

 

「ぐっ!?」

 

 が、全ての矢をさばけるわけもなく、数本が体に刺さる。

 

「筋書きはこうだ!! 復讐に狂ってエオーリオ盗賊団の本拠地に乗り込んだヘレナは返り討ちで死亡!! ヘレナを助けようと突撃したアダムたち一行は盗賊どもと相打ち!! ミュリエルだけが、命からがら助かったってなあ!!!」


 ミュリエルの金属魔法が、ミュリエルの体を包み込む。

 剣を通さない金の鎧となって、ミュリエルの身を守る。

 実際の金属の鎧であれば、重量によって俊敏な動きはできなくなるが、この鎧は金属魔法によって作られた特別性。

 ミュリエルの体にのしかかっているのではなく、ミュリエルの体周りに浮いている。

 ゆえに重さはなく、動きに制限はない。

 

 ミュリエルが、ヘレナに向かって駆け出す。

 

「婚約者を失ったミュリエルを救うのは、フェリックスか? ブラントンか? エドワードか? 王子にゃ劣るが、攻略対象はまだまだいるんだよ!!」

 

 ミュリエルの持つ狂剣が振り下ろされる。

 ヘレナはそれを、剣にて受け止める。

 

(この距離なら……)

 

「跪け!!」

 

「あーん? なんか言ったかー?」

 

 もちろん、ヘレナに近接する以上、ミュリエルはヘレナの神聖魔法については対策済みだ。

 金属の液体で耳を塞ぎ、音を完全にシャットアウトしている。

 ミュリエルが音によって周囲の状況を感知できなくはなるが、代替として金属の液を使う。

 金属の液の踏まれた場所がミュリエルの脳に流れ込み、私兵全体の動きを把握する。

 

 床から生えた槍が、私兵の一人の足を貫いた。

 

「ぐあっ!?」

 

「はははははは!! てめえら風勢が、私に勝てると思うなよ!!」

 

 ゲーム上、ミュリエルは最強のキャラクター。

 アダムの私兵では勝つことなどできない。

 唯一の不安要素、ヘレナさえ倒してしまえば、ミュリエルの憂いは完全に払拭される。

 

 ミュリエルの剣が何度も何度も振り下ろされる。

 同時に、ミュリエルの鎧から生えた槍が、ヘレナを貫く。

 

「あ……」

 

 前かがみになったヘレナを、ミュリエルは思いっきり蹴り飛ばす。

 ヘレナの体は壁へとぶつかり、その場に倒れる。

 

「はあ……はあ……」

 

 ヘレナは、朦朧としながらもミュリエルの方へ視線を向ける。

 ミュリエルは、今まで見せたことのない邪悪な笑みを浮かべながら、ヘレナの方へと向かってくる。

 

 ヘレナの後ろでは、無数の矢と槍の前に、次々倒れていく私兵たちの姿があった。

 絶体絶命。

 ヘレナの頭に、そんな言葉が浮かんだ。

 

「ヘレナ……。お前の復讐は、失敗だよ」

 

 ミュリエルは、よろよろと立ち上がるヘレナの頭に狙いを定め、剣を振り上げた。

 

 

 

 

 

 

「ミュリエル」

 

 そんなミュリエルを、アダムは後ろからやさしく抱きしめた。

 

「!?」

 

 アダムは、最後の最後まで、ミュリエルを嫌いになれなかった。

 心の底から好きだった。

 心の底から感謝していた。

 自分を人間に戻してくれたのはミュリエルだと。

 

 だから、全てが明るみになった今もなお、アダムの心はミュリエルに捕らわれていた。

 正義に反することだとしても、ミュリエルの味方でいたかった。

 

「アダム?」

 

「ミュリエル」

 

 アダムの体は、ミュリエルを巻き込んで発火した。

 

「ぎ……ぎゃあああああああああああああああああああ!?」

 

 ミュリエルはアダムを腕で払いのけ、炎を消そうと咄嗟に地面に転がる。

 金属の鎧の隙間から入る炎に苦しみ、さらに金属の持つ熱伝導性が、ミュリエルの身体に高熱を伝える。

 まるで鉄鍋で焼かれるがごとく、ミュリエルの体を焦がしていく。

 

「アダム!! てめえ!!」

 

 ミュリエルは熱を回避すべく、金属魔法を消して鎧を消しさる。

 そして、勢いよく立ち上がり、笑顔のまま仰向けになって燃え続けるアダムを睨みつける。

 

「てめえ!! ふざけた真似を!!」

 

 

 

 その心臓を――。

 

 

 

「ミュリエル!!」

 

 ヘレナが背中から突き刺した。

 

 

 

 

 

 

「……………………………………は?」

 

 

 

 

 

 

 ヘレナは、自身の左胸から飛び出す刃を、唖然と見つめた。

 自身の心臓を貫いたヘレナの剣を。

 

 金属の鎧を消した際、金属の液体も同時に消えていた。

 そのため、ミュリエルはヘレナの接近に気づけなかった。

 背後を、許してしまった。

 

「ゴホッ……」

 

 血を吐き、ミュリエルは全身の力が抜け、その場に倒れる。

 倒れてなお、ミュリエルは自身に何が起こったのか理解できていなかった。

 

 抜けていく熱が。

 伝わっていく痛みが。

 ミュリエルに答えを教える。

 

 なぜ、倒れているのか。

 

「……っあああああああああああああああああああ!? ヘレナアアアアアアアアアアアアアア!? 貴様!! お前ええええええええええ!!??」

 

 剣を抜き、金属の液体を流し込んで胸に開いた穴を塞ごうとするも、魔法が使えない。

 生命力の低下により、ミュリエルの魔法を使う器官は、沈黙をしていた。

 

 胸に開いた穴からは、血がとめどなく流れ出る。

 ミュリエルの意識も、急速に薄れていく。

 

「ふ……ふざけ……!! わた……私が……!!」

 

 ヘレナは体を転がしてうつ伏せになり、這いつくばって進む。

 

「こんな……ところで……。もう少し……。後……少しで……」

 

 ただ一つ、執念の身で意識を繋ぎとめる。

 

「ア……ダ……ム……」

 

 か細い意識で、手を伸ばす。

 ハッピーエンドに向かって。

 伸ばされる手に気づいたアダムもまた、ミュリエルに向かって手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 互いの手が触れ合う直前で、ミュリエルの手は地へと落ちた。

 

 ミュリエルは絶命した。

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