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「ヘレナさん! 無事だったのですね!」
ミュリエルはヘレナへと近寄ろうとし、ヘレナの手元を見て歩みを止める。
ヘレナの手には、両手両足を縛られた盗賊が掴まれていた。
ヘレナが一歩進むたび、盗賊は引きずられ、うめき声をあげる。
「……ヘレナさん、それは?」
「ミュリエル様、お伺いしたいことが御座います」
いつもと異なる雰囲気のヘレナに、ミュリエルはごくりと息をのむ。
(……まさか、何か掴まれたか?)
ミュリエルは、資料庫に足を踏み入れた時のことを思い出す。
スロバリン家からエオーリオ盗賊団に金が流れた事実が記載されている紙を、拾った時のことを。
ミュリエルにとって、想定した最悪のシナリオである。
ヘレナは静かに視線を盗賊に向け、口を開く。
「話しなさい!」
ヘレナの言葉を受けた盗賊は、ただ一言、呟いた。
「……十年前の事件に、ミュリエル・スロバリンは関与している」
(……んなっ!?)
アダムと私兵たちの視線が一斉にミュリエルへと向く。
当のミュリエルはと言えば、驚愕の表情を浮かべている。
この場にいる誰もが、ヘレナの魔法を知っている。
ヘレナの神聖魔法の前では、命令されれば偽りを述べることはできない。
盗賊は確かに、ミュリエルの関与を肯定したのだ。
スロバリン家の関与ではなく、ミュリエルの関与を。
「ヘレナさん……? 何を言って……?」
「証拠がこちらになります」
ミュリエルの言葉を待たずに、ヘレナは一枚の紙をこの場の全員が見えるように差し出す。
エオーリオ盗賊団に宛てられた手紙。
アダムは、ヘレナの持つ紙をしげしげと見つめる。
「……それは?」
「スロバリン家からエオーリオ盗賊団へ送られた手紙になります」
「本物……か?」
「答えなさい。この手紙は本物か?」
「……本物だ」
盗賊が、再び肯定する。
ミュリエルの心臓が、バクバクと打つ。
頭の中では、本物である根拠を求めて、過去の記憶を遡る。
焦りの中で見た過去に、ミュリエルと手紙を持ったヨハネが会話をした記憶を見つけた。
(あの時……? いや、私は手紙に触れたりはしてねえ。証拠なんか、あるわけがねえ)
証拠がないという記憶を得たミュリエルは、自分の気持ちを落ち着かせる。
「ヘレナさん、落ち着いてください。今貴女は、村の敵を前にして、興奮しすぎているのです」
「…………」
「ヘレナさんの魔法で、その盗賊が本当のことを言っていることに疑いはありません。しかし、盗賊自身が誤った認識をしていた場合、彼の言葉は必ずしも真実と一致しません」
「…………」
「ヘレナさん、私は天地生命に誓って、リーバリ村の事件に関わっておりません」
穏やかなミュリエル。
感情の読めないヘレナ。
しかしアダムの心は、ミュリエルへと揺れた。
ヘレナのいうとおり、盗賊の吐いた真実は主観的な真実でしかないからだ。
否、ミュリエルを信じることができなかった罪悪感から、ミュリエルを信じたかった。
ヘレナはミュリエルの言葉を一通り聞き終えた後、盗賊に視線を向け、再び口を開く。
「本当、というのは、どうやって証明したのですか?」
「……神聖魔法だ」
神聖魔法。
その言葉に、ミュリエル含む全員の表情が固まった。
エオーリオ盗賊団の中には、魔法を使える人間がいることは、この場にいる人間ならば周知の事実。
神聖魔法を持つ人間がいても、おかしくはない。
「誰の、どんな魔法ですか?」
「……俺の魔法だ。物が持つ記憶を遡り、映像として見せることができる」
ミュリエルが、一歩下がる。
(物が持つ……記憶……!?)
ミュリエルと手紙を持ったヨハネが会話をした記憶が蘇る。
(あの光景を……見られた!?)
ミュリエルは、ヨハネがスロバリン家を裏切った件について、何も知らないという態度を崩さなかった。
が、もしもヘレナが今持つ手紙に、ミュリエルとヨハネの接触が記憶されていたとしたら。
その時の会話まで鮮明に、一言一句違わずに、物が持つ記憶として手紙に染みついていたとすれば。
(あの時……私は何を話した……!?)
さすがのミュリエルの記憶力でも、十年前の会話を一言一句違わず覚えておくことはできなかった。
それゆえ、ヘレナが持つ情報が、どの程度かわからない。
盗賊の言った『映像として見せる』が無音であれば、話した内容っをでっちあげていくらでも誤魔化すことができる。
それこそ、ミュリエルが八歳の頃の話だ。
ヨハネの言葉に訳も分からず相槌を打っていた、とでも言えばいい。
が、音声があれば、音声を聞いていない現状で下手な言い訳をすれば、ドツボにハマる。
かといって、このタイミングでミュリエルがヘレナに対し、「音声も記憶されているのか」などと聞くことは不自然。
この場で音声の有無を気にするのは、つまりどこまでヘレナが知っているのかを問う行為であり、関与していた人間だということを吐露することに他ならない。
(もしもあの時、私がヨハネにリーバリ村の件の指示をしていたとしたら……。もしもヘレナが、既に映像を見終え、私が黒幕と確認してるとしたら……)
「あ……」
そこで、ミュリエルは我に返る。
(馬鹿か……私は……。悩んだ時点で……自白してるようなもんじゃねえか……)
信じられないという表情の、アダムの視線がミュリエルに突き刺さる。
私兵たちの視線が、ミュリエルに突き刺さる。
(バレ……た……?)
ミュリエルの頭は、急速に冷え、冷静さを取り戻した。
そして、ヘレナの言葉の偽りに気づく。
(いや……ああ……試してたのか……)
ヘレナが最初に言ったのは、「話しなさい!」だ。
それに対し、盗賊は「……十年前の事件に、ミュリエル・スロバリンは関与している」と答えた。
ヘレナの質問は、非常に抽象的だ。
何を話せ、とも言っていない。
が、盗賊はピンポイントにミュリエルのリーバリ村の事件への関与を回答した。
ヘレナはあの時、神聖魔法を使って質問などしていなかった。
事前に、「話しなさい!」と言われれば、そう返すように盗賊を神聖魔法で縛っていただけの話。
一時的にでもミュリエルに疑惑を持たせ、ぼろが出ればよし。
本当にミュリエルが関与していない場合、ミュリエルが言葉に詰まるわけはない。
ヘレナの知るミュリエルであれば、困惑し、しかしきっぱりと関与を否定できる人間だ。
黒幕で、焦りさえしなければ。
(試して……私の反応を見てたのか……。で、私はまんまと間抜け面さらしちまったって訳だ……)
ヘレナの思惑を全て察したミュリエルは、静かに目を閉じた。
「ミュリエル様……。やはり……貴女が……」
ヘレナは悲しそうな目で、ミュリエルを見る。
「違います!! 私じゃありません!! 信じてくださいアダム様!!」
途端、ミュリエルは泣き喚き、アダムへとしがみついた。
私兵たちがミュリエルに剣を向けるが、アダムが手で制した。
「本当です!! 本当に!! 私じゃないんです!! 信じてくださいアダム様!!」
あまりにもみっともなく。
あまりにもプライドなく。
あまりにも普段の彼女と違う姿で。
子供のように泣きついた。
「…………ミュリエル」
アダムは、そんなミュリエルを、やはり悲しそうな目で見つめ――。
ミュリエルに刺された。
「あーあ!! ぶち壊しじゃあねえか!!」




